封印されたダーマの神殿を英雄が救う話   作:よつん

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牢獄へ続く洞窟

 

 

 道中は複雑に入り組んでいたが、人数が多いこともあって適度に交代しながら進むことができた。フーラルは盗賊の勘と目を頼りに、危険があればすぐに知らせるし、アルスやガボも特技が使えない中での戦闘に慣れ、マリベルはサポートが必要な時・相手を見極めることが出来るようになっていた。しんがりにいるミュラは背後から魔物に襲われたときには一太刀で敵を切り伏せるし、カシムも戦闘には加わらないながらも、戦った者たちへのアフターケアを忘れていない。

 

「思ったよりも順調だな。道は面倒だが、罠やおかしな仕掛けも今のところない」

 

 カシムの言葉に、ミュラは頷いた。だが、表情は硬いままだ。

 

「道よりも、フォズ様のいらっしゃる場所に力をかけている可能性がある」

 

 その言葉に、そろそろミュラの「フォズ様好き」を理解しはじめていたアルスたちは顔を見合わせてくすくす笑った。

 

「ミュラったら本当に、何かあればすぐ『フォズ様』なのね」

 

「いいや、今はまだ良い方だ。平常時であればもっと酷い」

 

 カシムはやれやれと首を振り、後ろに控える美しい上司を見た。彼の想い人であるネリスとは真逆の美しさである。ネリスが可憐で儚げな、寄り添って守ってやらなくてはならないと思わせる美人であるのなら、ミュラは凛々しい彫像のような、隣に立つには少々気後れする美人だ。

 

「酷いという言い方は心外だな。私は常にフォズ様にとって完璧な従者であり盾であり矛であることを心掛けているだけだ」

 

「周りへの被害は考えないのか。君が散々こき下ろした親衛隊長を慰めるのは我々部下だったのだぞ」

 

 亡き親衛隊長は、忍耐と調和の人だった。実力としては、ミュラと同じくらいか、条件によって少し勝るか劣るか程度だと言われているが、ミュラでなく彼が隊長であることを反対する者はいなかった。というのも、フォズ大神官以外興味がなく、協調性もなければ目上の者への敬意もほとんどなければ下の者に慕われるようなタイプでもないミュラを、どうにかして組織の不和を生じさせない程度に親衛隊に馴染ませていたのである。実力だけが上に立つ者の資質ではない、とダーマの神殿に仕える者は誰しもが知っていた。

 

「親衛隊長をこき下ろしたつもりはない。私はフォズ様の隣にいられる幸せについて語っただけだ」

 

 しかしミュラにも思うところがあったのか、言葉とは裏腹に、フォズ大神官のことだけしか考えていなかった様子の枯葉色の目に、別の感情がにじむ。

 

「あ、あのー、もしかして、フォズ大神官って、あの子?」

 

 後続よりも一足早く次のフロアに足を踏み入れていたアルスが、後続へと遠慮がちに声を掛けた。ミュラが親衛隊長のことを思い浮かべて想起された感情も、早々に消え去る。

 

「小さい女の子だぞ! ミュラの姉ちゃんの大好きなフォズ大神官は、女の子だったのか?」

 

 ガボの大きな声で問われた言葉に答えるよりも早く、ミュラは一行の先頭に駆けた。そして、半透明の結界のようなものの中に閉じ込められている、神官服を着た幼い女の子の前で片膝をつき、深く頭を下げる。

 

「長らくお待たせして、面目次第もございません。このミュラリアシア、フォズ大神官をお迎えにあがりました。お怪我や、体にご不調はございませんか?」

 

 感動を押し込んだような声は一見硬質だったが、主へ安否を問う際に上げたその顔は、今まで見たどんな表情よりも柔らかかった。結界の中に入っている少女は、はくはくと口を動かす。

 

「   」

 

 だが、声は聞こえなかった。恐らく、このおかしな結界のせいだろう。すぐにそれを理解したミュラはギッと周囲を見回した。結界を解く装置のようなものは見当たらないが、部屋の奥に梯子がある。

 

「フォズ様、もうしばしお待ちくださいませ。私をあなたを切り離す、この忌々しい壁を破壊して参ります」

 

 ミュラは立ち上がり、大神官に背を向けると、先ほどとは打って変わった厳しい表情で全員の顔を見た。

 

「カシム、フーラル、ガボの三人はここで見張りをしていてくれ。何かあったらすぐ呼ぶように。アルスとマリベルは、私と一緒に上に来てほしい。結界を解くヒントがあるかもしれない」

 

 人選は完全にバランスを重視した結果だった。この中でミュラの次に腕が立つのはカシムだろう。僅差でアルスというところだが、とにかく大神官の傍には顔のわかる者がいた方が良い。フーラルならば何かあったときの気配に敏感だろうし、もしも上ではなくて室内に結界を解く鍵があった場合に気が付く可能性がある。そしてガボはとにかく素早い。狼もいるので何かあったときの伝達にはもっとも向いているだろうし、回復アイテムである<奇跡の石>を所持しているので、下で戦闘になった際に2人のフォローに回れる。

 

「ミュラなら、大神官の傍にいたいと言うと思ったわ」

 

 マリベルがアルスにこそりと話しかけたのを、ミュラは耳聡く聞いていた。

 

「あの結界は特殊な力でできたものだろう。おそらく物理攻撃は効かない。今頃カシムとフーラルが試しているんじゃないか? 魔物が訪れた際には、皮肉だがあの結界こそがフォズ様を守ってくれるはずだ。それより、一刻も早くこんな場所からフォズ様をお連れしなくてはいけない」

 

 狭い通路で、足を踏み外せばすぐに下に落ちてしまいそうな場所だった。ぽっかりと空いた空間からは下を覗き込むことができるが、このメンバーなら落ちても大した怪我はしないだろうと思うと恐怖は感じない。

 

「そうねぇ、あたしとしてはそこにある石が使えると思うの。こういうときって、その場所にあるものをどうやって使うか、けっこう大事なのよね」

 

 梯子を上ってすぐのところに置かれていた三つの石を指さして、マリベルが言った。こんなところに置かれている割には、何の変哲もない、ただの石だった。

 

「うん、僕もそう思う。あの結界を作ってるヤツにぶつければ、壊せないかな?」

 

「この石を上手く落とせば、ぶつけることはできそうだな。物は試しだ、やってみるか」

 

 ミュラが頷くと、マリベルが監督となってどこに落とすか指示を出し、アルスとミュラで石を押した。大の大人がぎりぎり1人で運べないような石で、岩と言っても差し支えないかもしれない。

 

「そこ!」

 

 ぱりん、と階下で音がした。覗きこめば、結界を構成・制御していたのであろう球体が、ガラスのように砕け散っている。

 

「あと一つだ。マリベル、引き続き指示を出してくれ」

 

 マリベルは「まかせて!」と頼もしい返事をして、さくさくと岩の動かし方を伝えた。ぱりん、と再び音がしたのはすぐのことだった。

 

 

 下に戻ると大神官はひざまづいたミュラの手をしっかり握った。

 

「ミュラ、私を迎えに来てくださるのは、あなただと信じておりました」

 

 豊かな青みがかった黒髪を二本のみつあみにした神官服の少女は、幼さを残しながらも、瞳は力強く、そして優しい光を灯していた。幽閉されていたため衰弱していないはずがないのだが、周りを惹きつける空気を纏った彼女はそれを感じさせず、自らの従者を労う。それから視線を少し後方に移して、穏やかな表情を向けた。

 

「カシム、それから皆さんも、ありがとうございます。おかげでこの牢獄から出ることができました」

 

 カシムは胸がいっぱいで言葉が見つからない様子のミュラの代わりに、口を開いた。

 

「この方こそが、ダーマ神殿の真の主であるフォズ大神官だ」

 

 紹介されたフォズ大神官は、ミュラの手をそっと離し、アルス、マリベル、ガボ、フーラルの四人の顔を順番に見つめながら、軽く頭を下げる。

 

「まだ幼い身ではございますが、ダーマ神殿の大神官の職をつとめさせていただいてます」

 

 本人の言葉通り、フォズ大神官は「大神官」という役職を背負うには幼すぎるようにも見える。子どもらしい顔立ち、背丈、等身、どれをとっても、まだ親の庇護下にいるべき少女だ。可憐な少女の外見そのままに、鈴の鳴るような愛らしい声は、しかし、悔しそうに震えていた。フォズは悔しそうな顔で、気丈にも俯くことはせずに言葉を紡ぐ。

 

「しかし、魔物に神殿をのっとられた今となっては私も名ばかりの大神官です。こうしている間にも、偽の大神官が人びとを騙し続けているのですから……」

 

「フォズ様! 名ばかりなど、ありえません! フォズ様こそ……」

 

 ミュラが言葉の途中で何かに気が付いたように、入り口を睨んだ。直後、どたどたと煩い足音と共にイノップとゴンズが現れる。

 

「むむっ! なんだなんだ、やけに騒々しいな。ここは牢獄のはずだぞ」

 

「きっ、貴様は……!」

 

 魔物たちの顔色が変わる。油断なく剣を構え、フォズ大神官を背に庇ったミュラは挑発的に笑った。

 

「やはり生きていたか。とどめを刺してやらなくて悪かったな。苦しかっただろう? それにしても、せっかく人間から奪った力を与えられてるのに、人間一人すら満足に殺せないとは」

 

 魔物たちから怒気が膨れ上がる。そんな様子を見ても物怖じせず、フォズはミュラの後ろから隣に移動した。

 

「……奪った力ですか。ならば私がその力を封じてみせましょう」

 

 大神官が両手を上げると、光の粒が集まって球体を成し、魔物たちの目の前で弾けた。それは魔法とも少し違う。性質をいえばマホトーンが限りなく近いが、「相手の力を封じる」という、物理的にも魔法的要因にも、それから己の持ち得る技術という記憶的な要因にも働き掛ける、極めて広い範囲に作用するものだ。

 

「ぬおおおお! なんだ、この脱力感は!」

 

 一気に存在感が薄れたような二体の魔物は、膨大な力を封じられたことで苦しそうに呻く。

 

「さあ、私が魔物の力を封じている間に」

 

 魔物側のミスは、フォズの力を封じられなかったことだろう。幼いながらに大神官を任せられるこの少女を甘く見すぎたのだ。外見だけを見れば、彼女は「お飾り大神官」そのものだと思えるだろう。だが、他のどんな人間にも効いた「力を奪う」ことが、この少女にはできなかった。その事実を、魔物たちは楽観視しすぎたのだ。

 

 全体回復呪文をかけたフォズへと恍惚とした表情を向けていたミュラは、少女の視線が自分にとまった直後きりりとした顔に戻った。

 

「カシム、フーラル。フォズ様にもしものことがないよう見ていろ。マリベル、ガボは状況を見ながらサポートを頼む。アルス、借りを返しに行くぞ」

 

 跳躍。ミュラは西の洞窟で闘ったときよりもかなり動きの遅いイノップに渾身の一撃を与え、左肩の根元から腕を切り落とした。

 

「おやァ? まだ攻撃してねぇ心臓のところに血が滲んでるぞ? 人間様に『もらった』力がなくちゃ傷も治せねぇようだなァ!」

 

 にやにやと笑うミュラに、怒り狂ったイノップが棍棒をめちゃくちゃに振り回す。力を封じられているとはいえ、当たれば並みの人間ではそのまま絶命するであろうことが予測できる暴力の嵐だった。――当たれば、の話であるが。

 

「遅せぇぞブタ野郎」

 

 ミュラには当たらない。その全てを、ひらりひらりと身軽にかわしている。全快したミュラの足さばきは、戦士というよりは武道家、剣士というよりは踊り子のような流麗さであった。見かねて相棒の助太刀に入ろうと、ミュラに爪を向けたゴンズの背に悪寒が走る。咄嗟に体を捻って避けたものの、今までゴンズの首のあった位置にはアルスの剣が光っていた。

 

「お前の相手は……僕だッ!」

 

 突きの姿勢からすぐに腕を引き、確実に急所を狙う。

 

 ――強くなっていやがる。

 

 力を奪われた魔物たちとは対照的に、アルスはミュラやカシムからアドバイスを受け、それまで培ってきた戦いの土台に「戦うための技術」を上乗せした状態だった。それに、ミュラは負傷していたから基本的に道中での戦闘には出させないようにしていたし、このダーマで最も敵を倒したのは、まぎれもなくアルスだろう。

 

「安心しろ、今度はちゃーんと殺してやる」

 

 獰猛な笑みを浮かべたミュラは、しかし攻撃には移らなかった。大きく息を吸い込んだイノップを見て、咄嗟に目を庇う。このブタがこうして息を吸い込むときは、鼻から息を吐きだして砂煙を発生させ、目をくらませようとしてくるのだ。右腕が肥大したように筋肉が膨張したときは、こちらにとって痛恨の一撃を繰り出される可能性が上がるとき。幾度も死にかけ、幾度もこの魔物たちと戦ってきた彼女にとって、理解せざるを得ない敵の癖だった。

 

「やはり、隙が生まれたな?」

 

 イノップの醜悪な笑みが眼前に広がる。

 

 ――フェイクか。

 

 一丁前なことしやがって、と悪態を吐く前に、棍棒が右のわき腹を捕える。咄嗟に横に跳んで衝撃を殺したとはいえ、魔物の剛腕から繰り出されるダメージを馬鹿にしてはいけない。

 

「がっ……!」

 

「人間ごときが、このイノップ様に勝てると思ってるんじゃあないよなァ!?」

 

 痛みが伝播したように、下半身が痺れ、足の動きが鈍る。頭の中を駆け巡るのは本能的な警鐘だ。――逃げろ、と。

 

「ミュラの姉ちゃん!」

 

 ガボの手元にあった<奇跡の石>が輝く。やわらかな光は痛みを和らげ、損傷していた内臓を修復していった。ミュラは内心でガボに礼を言う。視線は忌々しげに魔物を見据えたままだが、ミュラは「自分が万全の状態で闘えているのは、周りにいる者たちのおかげなのだ」ということを感じ、より一層気合が入った。

 

「勝てるだァ? 何度も言ってるだろ?」

 

 戦況を見つつ、必要あらばすぐに回復できるように準備しているマリベルとガボ。彼女の命よりも大切な大神官を守るカシムとフーラルのおかげで、そちらを気にせず戦える。アルスがもう一体を引き受けてくれているからこそ、目の前の敵だけに集中ができる。

 

「――殺してやるってな」

 

 イノップが一瞬、ほんの瞬間だけ「後ろのやつらをどうにかできないか」と考えたわずかの間に、ミュラの剣はイノップの口内に差し込まれ、喉の奥、脳に達するまで深く突き立てられた。

 

「っらァ!」

 

 そのまま剣を薙ぐ。魔物の大きな口が切り裂かれ、さらに広がった。イノップは恨めしげな視線をミュラへと向け、そのままゆっくりと膝から崩れ落ちていく。

 

「余所見なんてしてる暇はなかったな」

 

 ふん、とその首を切り落とし、剣に付着した血糊を落とす。

 

「ガボ、ありがとう。助かった」

 

 

 アルスはミュラがイノップを倒したのを見て、固唾を飲み込んだ。ゴンズというこのトラの着ぐるみを着たような魔物は、彼女が倒したブタのような魔物よりは厄介ではないだろう。砂煙で目をくらませてくることもないし、イノップのように明らかに「これはまずい」と思わせる痛恨の一撃を放ってくることは少ない。その代わり、隙を見せず着実に相手をじわじわ弱らせてくるタイプだった。

 

 特に、西の洞窟でミュラを襲ったあの尾には注意しなければならない。継続的にマリベルやガボが回復してくれているありがたい状況とはいえ、まだアルスは強敵と一対一で闘ったことはなかった。旅を始めてからいつでも、仲間と連携しながら、隙を作ったり作ってもらったりして強敵に挑んできた。

 

 ――これはミュラさんがくれたチャンスなんだ。

 

 キーファという幼馴染が抜けたことで、パーティの主力となったのは彼だった。それまでは攻撃もこなし、回復役もできる万能型、といえば聞こえは良いが、アルス自身はどっちつかずなだけだと感じていた。攻撃の要にはなりきれない。三人で闘うときは、ガボが先制攻撃をして敵の隙を作り、マリベルが状況に応じた魔法で追撃、自分は体勢を整えてとどめ、というパターンが多かったが、それでも仕留めきれないこともしばしばあり、旅はそれまでよりはるかに苦戦していた。

 

 けれど、キーファのせいにするわけにはいかない。彼は一国の王子という身分を投げ捨てるほど大切な、自分の生きる道を見つけたのだから。本当は引き留めたかったし、その肩にのしかかる責任から逃れた彼を責めたい気持ちもあった。家族の気持ちはどうなるんだ、この旅をはじめた言いだしっぺの君が、この旅を棄てるのか、と。

 

 ただ――それを口に出すほど自分は愚かではないと、アルスは思っている。キーファは頑固だ。一度決めたことは滅多なことでは覆さない。正義感に厚く、家族のことも、文句は言いながらも大好きだったということを知っている。自分の何もかもを捨ててまで、歩みたい道だった。そして、それを見つけられた彼を羨ましく思う自分がいるからこそ、彼を応援したいと思うのだ。

 

 ――これは、チャンスなんだ。

 

 キーファと同じにはなれないけれど、代わりになるつもりもないけれど、パーティを守っていくのは、ひっぱっていくのはアルスだ。旅をはじめたときから、なぜかみんなが自分の意見を聞いてくれて、リーダーみたいなことを続けてきた。

 

 だからちゃんと、強敵に立ち向かえる実力を身に付けなくてはならない。

 

「やァっ!!」

 

 ゴンズの爪が振り下ろされようとしているのを避け、懐に潜りこむ。そのまま顎から脳天を突き刺そうとしたが、バックステップで避けられ、不発。バランスを崩したゴンズはしかし、ぐるんと体を捻って背を向ける。予想通り向かってきた尾に向かって、タイミングを合わせ剣を振るう。

 

「こ、しゃく、な……!」

 

 切り落とせたのは先端だけだった。しかし、ゴンズは魔物だが、ネコ科に近い魔物だ。猫の尾というのは脊髄と直結しているため、非常に痛覚が強い。それはアルスの知らないことだったが、先端を切断しただけでも痛みに悶絶し、この世の終わりのような絶叫をあげる魔物に、耳がダメになりそうな感覚と同時に確かな手ごたえを感じる。

 

 痛みと怒りでより凶悪に攻撃をしかけてくるゴンズの目には、もはや憎きアルスしか映っていないことだろう。鋭い爪を避け、たまに掠って血が噴き出るが、アルスの頭は冷静だった。敵が激昂している姿を見れば見るほど、その隙の大きさ、攻撃の癖なんかが伝わってくる。

 

 これは、まがりなりにもアルスがこれまで幾度となく死線を潜り抜けてきたことが大きく関係していた。たとえばこれが、戦い初めて間もないひよっこであれば、魔物の形相に恐怖を抱いて、足が竦んでいたことだろう。たとえばこれが、そこそこ戦闘を経験しただけの者であれば、逃げることに頭がいっぱいになって、隙や癖を見抜くには至らないだろう。

 

 アルスはこれまで、好奇心から始めた旅で、その動機に似つかわしくない危険な目に遭っていた。そして、その度に敵を倒し、生きてここまで来た。ただ訓練を積んだだけの戦士ではなく、実戦から入り、実戦で鍛えている部分が大きい彼だからこそ――戦いの中での成長率は、計り知れない。

 

 ゴンズはもう背を見せなかった。尾で攻撃することもない。傷ついた尾に衝撃を与えることは、あの魔物にとってこれ以上にない激痛を自ら生んでしまうことになるだろうから。

 

 アルスは両腕を振り上げて、ありったけの力を込めて攻撃してこようとするゴンズの、がら空きの胸に、剣を突き立てた。

 

 素早く剣を抜き、おびただしい量の血が溢れ出す自らの左胸に、ゴンズは視線を向けた。その空白の時を、アルスは見逃しはしない。ミュラがイノップにそうしたように、首を跳ね飛ばす。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 もの言わぬ魔物の死骸は恨めしそうに空を睨んでいた。息を荒らげたアルスは、駆け寄ってきたマリベルから薬草を受け取り、攻撃を避けきれずにできた傷を癒していく。

 

「ミュラ、そしてアルスさん、ご苦労さまです」

 

 フォズが進み出て戦いを終えた両名の顔を見た。ミュラは光栄の至りとばかりに美しい礼を返し、アルスは息が上がったまま「いえ」とだけ答えた。

 

「私が至らないばかりに、このような最悪の事態を招いてしまったのです。皆につぐなうためにも、何としてでもダーマを取り返し、偽の大神官を倒さねばなりません」

 

 言葉を切った大神官に、ミュラがすかさず「フォズ様」と甘やかにとろけるような声で話し掛けた。

 

「そのようなことを仰らないでください。ダーマを守るのは我々親衛隊の役目であり、フォズ様をお守りするのが私の使命です。フォズ様は希望であり光です。どうか微笑んで、あなたを待つ大勢を迎え入れて差し上げてくださいませ」

 

 ふるふると弱々しく首を振ったフォズは「ミュラ、あなたは私に甘すぎますよ」と真剣な顔をする。

 

「私のためを想うなら、曇りなき目を持ってください」

 

「ミュラリアシア、反省いたしました」

 

 主の姿に見惚れながら、即答した言葉は、決してその場しのぎのものではないのだろう。しかし、本当に反省しているのかと問われれば首を傾げざるを得ない、夢見心地な態度であった。ぼそり、とカシムが目を丸くしているアルスたちに声を掛ける。

 

「どうだ、冷静に見えて暴走具合は今の方がよほど進んでいるだろう」

 

「納得したわ」

 

「大神官がいない間の褒めちぎりなんて序の口だったんだな」

 

「オイラ、フォズに怒られてるときの方がミュラの姉ちゃんはうれしそうに見えたぞ」

 

「気のせい……気のせいだよ、ガボ。それより、僕は早く集落に戻って様子を見たいな」

 

 呼吸が整ってきたらしいアルスが建設的な意見を述べる。帰りは、カシムが先頭で敵を切り伏せ、フーラルがしんがりで背後から襲う魔物を排除する形となった。カシム、ガボ、アルス、マリベル、フォズ、ミュラ、フーラルの順である。脅威は特になく、一行はつつがなく山肌の集落へと戻ることができた。

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