封印されたダーマの神殿を英雄が救う話   作:よつん

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決闘場

 

 

 魔物の運営する決闘場を目の当たりにしても、もう三人は驚かなかった。力を取り戻して、偽物の大神官を倒すだけだと思っていたので肩すかしを喰らった気分であることは確かだが。これだけ色々なことがあれば、多少のことは気にしない胆力は身に着くというものだ。

 

「魂砕きに成功した人たちを集めて、決闘場で争わせて、勝ち抜いたら解放してあげるって約束してる……なーんて、本当に趣味が悪いわね、ここの魔物は!」

 

 マリベルがそう言うと、アルスもガボも同意することしかできなかった。今までの魔物たちの中でも、今回がダントツで性格と趣味が悪いような気がする。

 

「とはいえ、決闘にはネリスも参加してるっていうし、あたしたちも参加すべきだと思うのよね」

 

 ザジを取り戻すためと騙されたネリスは現在、魂の剣を手にして決闘に出場している。本来なら戦うのに不向きである病弱な体や非力さを無理やり魔物の力で誤魔化すことで、なんとか戦っているのだ。

 

 しかし、「戦いに勝ち抜けば、ザジを元に戻してやる」と魔物に唆されて決闘に参加し始めたはいいものの、魂の剣のせいで性格が変わってしまい、本物のザジが来ても、ネリスにはザジのことが分からなくなってしまっている。

 

 決闘に勝ち抜くとこの決闘場から出してもらえるらしい。アルスたちは、決闘を勝ちあがることでここか出て、偽大神官を倒し、犠牲者が増えるのを食い止めることが得策だと考えていた。その過程でネリスと戦うことがあれば、無茶な決闘をやめさせることができるかもしれない。もしネリスと戦う機会がなくても、諸悪の根源さえ倒してしまえば、事態は好転する。ネリスも正気に戻るはずだと考えていた。

 

「僕もそう思う。問題は、決闘が四対四で行われてて、僕らは一人足りないってことなんだよね」

 

 魂砕きを成功させた人間は、皆魔物に力を借りることで四人グループとなっている。これも、魔物側の打算だろう。魂砕きをした人間という人間というのは、基本的に利己的で、疑心暗鬼だ。自分のためにスイフーの作り上げたほとんど唯一の規律を破り、五人もの人間を犠牲にしてまで己の力を取り戻そうとしたのだから、当然といえば当然だが。

 

 だが、魔物以外でここにいるのはアルスたちという例外を除き魂砕きをした人間だけだ。そうなるとやはり、周囲の人間は信じられない。他者を犠牲にしてこの場にいる彼らだからこそ、強く思っていることだろう。

 

 しかし、解放されるための決闘に参加するためには誰かの協力が必要になる。だから魔物に縋るしかない。魔物に協力させるよう仕向けることで、魔物はより、人間たちの内情に入り込み、反乱分子を把握することが可能というわけだ。

 

「カシムとフーラルはネリスの様子を見つつ、もう少し魔物たちの動向を調査したいって言ってたわね。ザジは決闘に出てネリスから魂の剣を奪って、自分がされたみたいに魂を体に戻してあげたいって思ってるのよね」

 

 ネリスを見つけたときに、ザジがネリスへそう説得していた。ザジのことが分からなくなってしまっていたネリスには聞く耳を持ってもらえなかったため、そうなるとザジとしてはネリスと戦うために決闘に出場したいだろう。

 

「カシムも心配してたし、オイラ、ザジを見捨てられないよ。ネリスだってこのままじゃあ可哀相だぞ」

 

 頷いて、アルスは決闘場の受付の前で悔しそうに俯くザジに声を掛けた。決闘には出たいが、魔物とは組みたくない、という葛藤がよく表れている顔である。アルスたちに声を掛けられたザジは、彼らが提案する前から、焦ったように言葉を連ねた。

 

「たしかキミたちの目的って、ダーマ神殿をのっとった魔物を倒すことだったよね。そこでだ。決闘で優勝すれば、キミたちは堂々とダーマ神殿にもぐりこめる。ボクは姉さんを救うためにどうしても決闘に出たい。というわけで、どうだろう? ボクといっしょに決闘に出場してくれないかな?」

 

 アルスは「僕の方こそ、そう言おうと思ってたんだ」と微笑む。断られるかもしれないと緊張した様子だった彼は、その答えを聞いてうれしそうに顔を輝かせた。

 

「えっ、ホントにいいの。あ、ありがとう。目的は違うけど、優勝するまでがんばろう」

 

 かくして四人は決闘に出場することになった。

 

 さて、決して弱くないどころか全体魔法であるイオの使えるザジは「敵を全員いち早く倒した方が勝ち」という分かりやすいルールの決闘ではかなり活躍した。その上回復魔法も使え、通常攻撃も弱くない。なぜネリスがあれほどザジを心配するのか分からないくらいの奮戦っぷりだった。

 

 もちろん、アルスたちも負けていない。特に力を取り戻したことと、注目されていることで普段より派手に魔法を撃ちこんでいくマリベルは、魔法が使えない間で大いに学んだ「臨機応変さ」で器用に華麗に敵を翻弄していたし、ガボも狼と連携を取りながら着実にダメージを重ね、剣に重みの宿ったアルスの太刀筋は相手を怯ませ倒してゆく。

 

「ミュラさんがいなくてよかったわね」

 

「ミュラの姉ちゃん、人間でも容赦なく殺しちまいそうだもんな」

 

 むろん戦闘不能にさせるためには相手の怪我など考慮していられないが、ミュラの場合は戦闘を早く終わらせるために真っ先に心臓だとか首だとかを狙って、取り返しのつかないことになりそうである。相手が極悪非道な魔物ならかまわないが、一応、この偽物の大神官に騙された被害者たちなのだ。周囲に甚大な迷惑を掛けていようとも、その事実は変わらない。

 

「案外、『この人たちが死んだらフォズ大神官が悲しみますよ』って言っとけば殺さなさそうだけど」

 

「……アルスって、そういうのの手綱を握るの上手そうだよな」

 

 ザジがため息を吐く。四度の戦闘の中で、ふきだまりの町であった角が取れ、自然と会話に加わるようになった彼は、五人目の挑戦者を知らせるアナウンスが流れたのを聞いて表情を引き締めた。

 

 第五の決闘は、ドンホセという男とストローマウス三体とだった。ザジは明らかに落胆していた。五回の戦闘の中でネリスと当たるかどうかは完全に運だが、ネリスと当たらなければ決闘に出場した意味がない。

 

「ザジ、まだチャンスはある。五回勝ち抜いた者同士で最後の決闘が行われるって、観戦していた人が教えてくれた」

 

「分かってる。――姉さんはこのボクが救ってみせる」

 

 

 

 *

 

 

 

 ミュラは笑った。その少し前を歩いていたフォズは珍しくやわらかな笑みを浮かべている従者を振り返った。ミュラの後ろに控える二人の親衛隊も目を丸くしている。決闘場に捕えられていた人々が反乱している中を進む足取りは軽く、少々の妨害は歯牙にもかけず排除していくミュラは、どういうわけか笑っているのだ。

 

「どうしたのですか、ミュラ」

 

「あ、いや、申し訳ございません。ただ、アルスたちは事を大きくする天才だなと思ったら、なんだか笑えて」

 

 

 アルスたちは決闘に勝ち進み、最後の決闘でネリスと戦うことができた。けれども、ザジがネリスを魂の剣で貫いた後、彼女の意識は戻らず、ザジはその場に留まろうとした。だが、魔物たちに早くしろと移動を余儀なくされたところで、ザジは観覧席の方を振り仰いだ。

 

「カシム! 姉さんを……姉さんを たすけてくれ!」

 

 ひらりと観覧席から飛び降りたカシムは「おう」と短く答え、素早く剣を抜く。こうして反乱の火蓋は落とされたが、その様子を見届ける暇もなく四人は勝利者の扉まで案内される。正真正銘ダーマへと続く階段を前にして、ザジが足を止めた。

 

 ザジの目的はネリスを救うことであり、ダーマの偽大神官に用はない。口先だけ達者だった少年は、すっきりとした表情で決闘場に戻ることを告げ、魔物に追いかけられながらネリスの元へと駆けていった。そして飛び出してきたザジと入れ違いになったミュラは、ザジの背を見て、笑ったのだ。

 

 

「そうですね。アルスさんたちが、すべてを良い方向に転がしてくださっているのです」

 

 襲い掛かってくる魔物を斬り捨て、ミュラはフォズのために恭しく扉を開いた。

 

「お待ちください、みなさん!」

 

 階段を上って、今度こそダーマ神殿へ向かおうとするアルスらを、フォズは引き留めた。

 

「驚かせてすみません。私をおぼえておいでですか? ダーマの大神官、フォズです。私もみなさんとともに、偽の大神官と戦うために参上いたしました」

 

 幼い少女の、しかし凛とした姿に、アルスたちは顔を見合わせる。むろん、彼女のことを忘れるはずもない。幼さに見合わぬ真剣な表情で、階段の途中にいる旅人たちを見上げる少女は、死地に向かう恐怖など微塵も見せずに、言葉を紡いだ。

 

「戦いもせず、安全な場所でただ待っていたとあっては、大神官の名に傷がつきます。さあ、大神官の名をかたる魔物を成敗しにいきましょう」

 

 有無を言わせない雰囲気は、まさしくダーマの主だった。旅人に全てを任せることを良しとせず、不甲斐ない自分を戒めるためにこそ、偽物の大神官は自らの手で屠らねばならない。フォズは両の拳に力を込めて、自然に三人の列に加わった。ミュラがついてこないことを不思議がり、待っている様子のアルスたちに、当のミュラはこほんとわざとらしい咳払いをする。

 

「本来なら私もフォズ様をお守りしたいが」

 

 にやりと笑い、彼女はすらりと剣を抜いた。ふきだまりの町で買った鋼の剣は、既に酷使されすぎて妙な貫禄を備えている。

 

「なにせ、事が大きい。君たちの、そしてフォズ様の大切な戦いを邪魔する不届き者がなきよう、私たち親衛隊はここで魔物の足止めをしよう。――フォズ様を、任せたぞ」

 

 獰猛な笑みだった。それは「盾」というよりは、まさしく悪をことごとく切り伏せる「剣」であり、邪魔だてする者を慈悲なく穿つ「鉾」である。その笑みを見て、三人の旅人と、彼女の主である大神官もまた、笑った。そして、買い物にでも行くみたいに自然な足取りで、彼らは階段を上っていってしまった。

 

 

 ミュラは階段を上る四人を見送った後、二人の親衛隊に階段前の警備を任せて、自分は決闘場へと切り込みに行った。

 

「ミュラ様、いても立ってもいられないんだろうなあ」

 

「魔物の屍がすごい数になっていそうだ。同情する気にはなれんがね」

 

 

 ネリスを腕に抱きながら片手で奮戦するカシムと、彼の腕の中にいる姉を守ろうと援護するザジ、ネリスを寝かせる部屋を確保したらしいフーラル。彼らを発見したミュラは、魔物を切り刻みながら「よぉ」と気安く声を掛けた。

 

「大変そうだな、色男。代わろうか?」

 

「この役目だけは、ゆずれんな」

 

 カシムは返り血を浴びながらにやりと笑う。確かに、身長の低いザジでは自分よりも背の高い姉を抱き上げながら戦うことはできないだろうし、そもそも誰かを抱えた状況で大勢の魔物と渡り合える人間は、ミュラを除いてこの場にはカシムくらいしかいなかった。

 

「じゃ、さっさとフーラルについてってネリスを寝かせてやれ。私はここにいる魔物を駆逐する。ザジ、手伝え」

 

「ボクも姉さんと一緒に――」

 

「馬鹿。周りが騒がしい中、ネリスにばかり貴重で有用な戦力を割くわけにはいかねぇよ。それよか、お前は私に協力してお掃除だ。さっさと片付けば、その分すぐにネリスの様子を見ることができる。それに、カシムは範囲攻撃をそんなに持ってねぇ。殲滅戦ではザジ、お前の方が使える」

 

 ネリスを守りながらの戦いを見て判断したのだろう。ミュラの言葉にはザジへの過大評価は含まれていなかった。カシムへの過小評価は含まれていたかもしれないが。

 

「……そんな風に言われるほど役立たずではないと思うが」

 

 カシムのぼやきを無視して、ミュラは「というわけで、ザジ、いいから来い」と強引に腕を掴んだ。

 

「カシムよりボクの方が使える、か。悪くないな」

 

 得意顔でカシムを見るザジに、フーラルは何とも言えない気持ちになったと後から話している。

 

 

「ミュラはどうして大神官と一緒に偽物を倒しに行かなかったんだい?」

 

 ザジがイオラを放ち、魔物が怯んだ隙にミュラが容赦なく止めを刺していく。負傷者には手当てをしながら、ザジは返り血を浴びすぎてそろそろ元の服の色が分からなくなっている親衛隊副隊長へと声を掛けた。

 

「偽物は、フォズ様が倒すべきだと、そう感じたからだ。ダーマ奪還のきっかけでもあり、要でもあるアルスたちが一緒にいるのは構わないが、――そこに私は必要ない。それに何より、魔物どものに知らしめてやれるだろう? 真の主は誰なのかを」

 

「だけど、大丈夫なのかい? 大神官ってあの小さな女の子だろ? そんなに強そうには思えなかったけど」

 

 魔物の数はかなり減っている。そのほとんどをたった二人で殺しつくしてきたのだから、二人の周りには魔物はおろか人間ですら近寄らない状態になっていた。

 

「よく言われるんだ。だが、勘違いも甚だしいぞ。ただ可憐で愛らしくてお優しくて賢くてカリスマ性があるだけの少女に、ダーマの大神官が務まると思うか?」

 

 剣にべっとりと付着した魔物の血を無感動に眺めながら、ミュラはなんてことのないように言う。多分自分の発言の気持ち悪さには気が付いていない。ザジはそんなミュラの言葉に突っ込むべきなのか、それとも流してさっさと話を進めさせた方がいいのか判断に迷い、「いや、それは」と言葉を濁した。

 

「フォズ大神官はお強い」

 

 枯葉色の目が、穏やかに細まる。ザジがフォズ大神官を見たのはアルスたちと離れる直前にすれ違ったときだった。その前は魔物に操られていてよく覚えていない。それどころか、ぼんやりと見えたあの幼い女の子が本当にダーマの大神官なのかと、何かの間違いではないかという思いも強かった。

 

「なにせ、私がダーマで働いているのはフォズ様に負けたからだぞ。今よりももっと幼いフォズ様に惨敗して、それからそのお力だけでなくお心に惹かれ、ずっと傍にいたいと思ったから、向いてないと分かっている上下社会に飛び込んだのだ」

 

「アンタが、惨敗?」

 

 それはどうにも、想像しがたいことだった。ふきだまりの町で最強と言われていたスイフーよりも強いと噂され、実際に共に戦えば、その戦闘力はすさまじいの一言でしか表現できないレベルである。

 

「ああ、それも、フォズ様は私が死なないように手加減をしてくださっていた。私は畏れ多くもフォズ様を殺すつもりで向かっていったというのにな。さあ、お喋りも終わりだ。向かってくる魔物はもういないが、生き残りはいるかもしれないから大丈夫とは言い切れないが、もうネリスのところへ戻っていいぞ」

 

 もっと話を聞きたいと思いながらも、ザジはダーマへ続く階段の方へと歩いていくミュラに声を掛けた。

 

「待ってくれよ! その――ミュラ、このゴタゴタが落ち着いたら、話を聞いてもらいたいんだ。い、いいかな?」

 

「君はダーマの恩人の一人だ。そうでなくとも、ネリスに言われて傷の手当てをしてくれたこともあっただろう。断る理由がないし、もっというなら、話を聴くだけでは到底足りないだろうよ」

 

 ひらひらと手を振った彼女は、そのまま階段の前まで歩いて、逃げ込んできた魔物を倒して息の上がった親衛隊たちに話し掛けた。

 

「ご苦労。階段前の見張りは変わろう。君たちは生き残りの討伐と、怪我人を一箇所に集めてまともな手当てをしてやれ。応急処置程度しかできてないし、中にはそれもできていない者がいることだろう。私はフォズ様をお迎えする」

 

「ミュラ様……その、すごい恰好ですが、お怪我は?」

 

「奪われてた力が戻ったんだ。そんなもの自分で治しているに決まっているだろう」

 

「じゃあ、全て返り血ですか?」

 

「さあな。本来なら着替えるべきかもしれんが、今は時が惜しい。それで、私の話は聞いていたな? 私が行くのはあまり良くないだろう。『親衛隊らしい』君たちで安心させてやってほしい」

 

「かしこまりました」

 

 二つの声が重なって、その背が遠ざかってゆく。ミュラはぼんやりと階段を見つめた。ダーマへと続く道。自分に光を与えてくれた麗しの我が家への道。

 

 ――そこに自分がいて良いのだろうか?

 

 人々の怯えた目。魔物に唆されて決闘をしていた者たちは、魔物の仲間ではないのだと必死で泣き叫んで、ミュラを近づけまいとしてきた。そんなこと、分かっているのに。決闘場まで来たは良いけれど、決闘をする勇気までは出なかった者たちは、魔物を倒してやれると喜んだ。けれどその速度を、殺戮した魔物の数を目の当たりにすると顔を青ざめさせ、腰を抜かす者までいた。

 

 ダーマ神殿は常に、人々の希望の光でなければならない。フォズのように誰もを慰め、誰もを激励し、誰もに手を差し伸べ、立ち上がらせ、己の足で歩めよと背を押す場所でなくてはならない。誰もを笑顔にする場所でなくてはならない。

 

 修業をして手に入れた力を手放したいと思ったことはない。この力はミュラがフォズと出逢った証であり、傍にいられた月日の証でもある。それを奪われたときに、何度偽物の大神官をこの手で屠ってやらねばと憎悪に胸を焦がしたことか。

 

 ――けれど、それではだめなのだ。

 

 フォズは戦いに向かうと告げたとき、憎悪も憤怒も宿していなかった。ただ、ダーマの主として。人々のために。そうするのが自分の職務であり、責任であり、贖罪であるのだと言うように。激情を秘めながら、それらの私情の一切を消して、勝つために戦う決意に満ちた顔をしていた。

 

 だからミュラは、「私も行きます」とは言えなかった。ザジに言った理由も嘘ではない。けれども、本当にそれだけかと言われれば違う。

 

 ミュラは、自信を無くしたのだ。

 

 アルスもマリベルもガボも、本来転職に来ただけの犠牲者だ。ダーマのために尽力する理由は、「偽の大神官をブチ殺すため」という単純なもので良いはずである。彼らは戦う前、偽物の大神官の話題になる度に――特にマリベルは、顔を真っ赤にして怒りを顕わにしていたものだ。

 

 けれども、いざ戦いに赴くとき。その顔は、フォズの表情と同じだったのだ。

 

 自分のこれまでの戦いを鑑みて、ミュラは自分はフォズの隣に立つには相応しくないのではと思い始めた。いつも誰かと戦うときは、「フォズ様のため」と言って、周りの迷惑を顧みずに己の好き勝手に戦っていた。後片付けは親衛隊長で、いつもどやされては「弱いくせに」とむくれていた。

 

 神殿が襲われたときも、ミュラは激情のまま魔物に斬りかかって、返り討ちにされた。大神官が代替わりして落ち着きのないダーマに潜入していた魔物たちは、神官に化けてダーマを着実に乗っ取り、包囲を固めて奇襲をかけ、親衛隊を惨殺し、フォズを捕えた。親衛隊長やフォズに逃げろと言われても、ミュラはぎりぎりまで戦っていたかった。他でもないフォズの言葉だから、聞いただけで。他の誰かだったら、無視してあのまま戦い続け、そして死んでいただろう。

 

 イノップとゴンズのときもそうだ。神殿を乗っ取ったときに見覚えがあったのと、「人間から奪った力を使っている」と奴らが言ったのを聞いて、無謀にも単身で斬りこんだ。死を感じた瞬間に、フォズの「生きて必ず、私を迎えに来てください」という言葉を思い出して、持てる力全てをもって逃げ出すという有様だ。大勢の命に守られて、逃げ道をつくってもらって生きているというのに、「勝ってダーマを奪還するため」に、本当に戦えていただろうか。

 

 

「ミュラ、そちらも滞りないようですね。ご苦労様でした」

 

 階段を下りてきたアルスたちの背から、ひょっこり顔を覗かせたフォズに声を掛けられて、ミュラはハッとした。剣を床に置き、即座に膝を着く。

 

「勿体なきお言葉。フォズ様こそ、ご無事そうで何よりでございます。こちらに敵はおりません。二人には後始末と怪我人への対応を任せました。私よりも彼らの方が上手くできると思いますので」

 

 普段より幾分か硬い声色に、フォズは「おや」と思った。下げられた頭ではどのような表情をしているか読み取れない。

 

「顔をあげてください。あなたの恰好で、どれほど頑張ってくれたのかは分かります。楽な姿勢でかまいませんよ」

 

 ゆるりと顔を上げ、立ち上がったミュラは、今度は立ったまま騎士の礼をした。

 

「アルス、マリベル、ガボ、ありがとう。君たちには言葉では表せないほど世話になった」

 

「いえ、僕たちは……」

 

「うふふ、ミュラさんってば、そんなに感謝してくれなくても良いのよ。アントリアとかいう偽の大神官は、このマリベルちゃんがぼっこぼこにして、ちゃーんとフォズに止めを刺してもらったから!」

 

「そうだぞ! フォズがやっつけたんだ! もちろん、オイラたちも頑張ったけどな!」

 

 三者三様の答えをもらい、慌てたのはフォズだった。

 

「本当に、みなさんには感謝してもしきれません。私としたことが、すっかりミュラに先を越されてしまいました。本当に、本当にありがとうございます。お疲れでしょうし、みなさんは大神殿にあるベットをご自由におつかいください。我々はまだやることがありますので、大したふるまいはできませんけれど、どうぞ戦いで傷ついた体を癒してくださいませ」

 

 この戦いでの最大の功労者たちへそう労うと、まずマリベルが隣に立つ幼馴染の肩をぽんとたたく。彼女が口を開く前に、彼には何を言いたいのか分かっていたようで、こくんと頷いた。

 

「そうね……もうあたしたちに出来ることはなさそうだし、ここはお言葉に甘えさせてもらいましょ、アルス」

 

「じゃあ、僕たちは先に失礼します」

 

「うがぁ、オイラ最近強いやつと戦いすぎてくたくただぞ」

 

 欠伸をするガボの頭を撫でたアルスが歩きだすと、マリベルも続く。二人になった室内で、フォズはミュラに微笑み掛けた。

 

「ミュラ、あなたはいつも、私との約束を守ってくれますね。私にはそれがとてもうれしい」

 

 小さな手に、血まみれの右手を握られてミュラは動揺する。フォズの武器は杖で、杖から出した球体で敵を打撃するため、戦っても血にまみれることはない、きれいな手だ。

 

「フォズ様、汚れてしまいます」

 

「ミュラ。あなたの汚れは、主である私のものです。あなたが私に仕えると言ったその日から、――ミュラリアシア、あなたは『フォズの従者のミュラ』となったと記憶しておりますが?」

 

「――相違わず、私はフォズ様の従者以外の何者でもありません」

 

 フォズは微笑んだ。まるで怯える子どものような己の従者を。初めて逢った時に、雨に濡れた子犬と似ていると感じたことを思い出しながら。

 

「では、ミュラ。共に参りましょう。せっかくダーマを取り戻したというのに、大神官の隣に従者の一人もいないのでは恰好がつきません。このよき知らせを、早くみなに届けてさしあげなくては」

 

 手を取り合って、主従は誰もが腰を下ろして現実味のない事態を噛みしめている中に歩んでいった。

 

「みなさん、お疲れのところ申し訳ありません。私が、このダーマ神殿で大神官の職を勤めさせていただいております、フォズといいます」

 

 フォズはぐるりと辺りを見回す。彼女は彼らのことを知らない。彼らも彼女のことを知らない。転職に来るはずで、そうならなかった犠牲者たち。転職してもらうはずが、捕えられていた大神官。けれどそこには苦難を乗り越えた者たちの奇妙な連帯感のようなものがあった。

 

「長らくお待たせをしてしまいましたが、此度、アルスさんたちと親衛隊、それから辛く苦しい時を耐え、生き抜いてくださった皆さんのおかげで、われらの家であるダーマを取り戻すことができました」

 

 静寂。それから、割れんばかりの歓声が響いた。誰もが傷つき、誰もが疲れ果てた様子であるのに、誰もが興奮を隠せない様子で、喜びに肩を抱き、感動で涙を流し、手を取り合って互いを称えた。

 

「今回の惨事を招いた私がすべきことは、言葉よりも、行動でみなさんに詫び、感謝し、恩を返してゆくことだと思っています。神殿内にあるベッドは、どうぞご自由にお使いください。そして、傷を癒し、お休みになられてください。神殿が機能するまでに時間は掛かってしまうと思いますので、みなさんの悲願である転職は少し待っていただく形になりますが……」

 

 不満を漏らす者などいるはずもなく、むしろここにいるのは自身の中に罪悪を感じている者たちばかりである。彼らは神殿内に向かいもせずにその場で眠りこけたり、重傷の者を運ぶのを手伝ったり、亡くなってしまった者を弔うために死体を運び出したりと、それぞれ動き始めた。

 

 こうしてダーマ神殿を襲った悲劇は、幾人もの英雄のおかげで幕を閉じたのだった。

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