咲夜さんが33歳くらいになったときの話   作:諸星おじさん

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第三話

 

夢を見ていた気がする。

初めて、紅魔館で働きだした時のこと。

霊夢たちが紅魔館に乗り込んできたときのこと。

春先に冥界に乗り込んだ時のこと。

 

若い頃は、もはや思い出の中にしかない。瞼さえ開けられず、冷たい床に這いつくばっている。若い頃なら、ひょいと立ち上がれただろうに。敵がすぐそこにいるかもしれないのに、気力が沸いてこない。

 

「無様ね、咲夜」

「お嬢様……?」

敬愛する主の声が頭上から聞こえる。目で見なくても、はっきりとレミリアの存在を感じた。

「見たでしょ、アレ。あれは私が命じてパチェに作らせた。お前の若い頃を再現した土人形よ」

「なぜ、そんなことを」

「少し試してみようと思って。若い頃と今と、どっちが強いのか」

レミリアの声は、あくまで咲夜に寄り添うように咲夜の心に侵入してくる。

「見た目は誤魔化せても、体力を技術で補うのは限界があるわ」

「……」

「前々から思ってたの。咲夜、あなた、こっち側になる気はない?」

床の冷たさが染みる。体温とともに、全身の血が流れ出ているかのようだ。

「人間である以上、若さには絶対に勝てないわ。けれど、私と一緒に化け物として生きれば、永遠を得られる」

咲夜は、自身の呼吸が粗くなっていくのを感じた。

「あなたが見た目の若さを保っているのも、私たちへの憧れからじゃないの?」

「私は、一生死ぬ人間です」

「まだそんなセリフを覚えてたのか。持って生まれた才能の時点で、お前はとても人間じゃあない。人間でも化け物でもない半端なままでいるより、いっそ化け物になってしまったほうが潔いとは思わない? 咲夜がその気なら、私はなんだって協力するわ」

「お嬢様、私は」

咲夜が意を決して頭をあげると、そこにレミリアの姿はなかった。

 

 

咲夜は壁伝いに立ち上がり、また屋敷の中をさ迷った。一階の廊下を歩いてみて気が付いたことがある。よくよく見てみると、この屋敷の空間はかなり歪に捻じ曲げられているようだった。先ほど咲夜が聞いた足音は、一階で響いていたもの。それを空間を捻じ曲げることで、さも二階で歩いているように錯覚させられたらしい。

「裏をかかれたのは私のほうか」

力量差は咲夜の想像以上に高い。だが、咲夜とてそれで諦めることはできなかった。どうして、自分は人間という生に執着しているのだろう。手近にあった窓から、外の中庭を眺めた。今にも雨が降り出しそうな曇り空が、咲夜の心を映しているように思える。

咲夜がほんの一瞬考え事をした隙に、後ろから物音がした。偽物の回し蹴りが下腹部に突き刺さる。咲夜はそのまま、窓を突き破って外に投げ出された。

腹部の痛みから呼吸が苦しくなる。乾いた咳をしながら、なんとか立ち上がると、少女が窓枠を乗り越えてこちらに向かってくるのが見えた。圧倒的な実力差の前に、少女は手加減をしている。もしかしたら、最初から殺す気などなかったのかもしれない。試しているのだ、咲夜がどこまで粘るか。そして、どこで諦めるのか。

 

少女がナイフを同時に四本投げると、咲夜はそのうちの一本を避けきれず、左腕に受けてしまう。また傷が増えた。対して少女はほぼ無傷、先ほどのC.リコシェも、やはり当たらなかったようだ。

咲夜は腕に刺さったナイフを抜いて、少女に投げ返す。しかし、少女の周りの歪んだ空間のせいで、ナイフは不自然に少女からずれていく。咲夜も同じように自身の周りを歪ませているはずだが、少女はこちらの空間のゆがみを計算に入れて投げているらしい。一方咲夜は、手持ちのナイフも先ほど殺人ドールのためにすべて設置してしまい、ほぼ丸腰。道具と言えば懐中時計くらい。だが時間停止は少女対してあまりにも無力だ。

 

少女はまた、ナイフを投げてくる。遮蔽物の少ない中庭では、もはや避けるしかない。けれど若い頃の体力を再現しているあの少女と、今の咲夜の体力とでは、どちらが有利かはわかりきっていた。咲夜の身体に、一本、また一本とナイフが刺さっていく。

逃げ惑いながら、咲夜はひたすら考えていた。何か利用できるものはないか? どうにかあの少女に、一撃いれられないか。耳を澄ませ。耳を澄ませ。どんな下らないことでもいい。何か、たった一つの勝ち目を。

 

 

咲夜はどうにか、中庭と屋敷をつなぐ扉の前にたどり着いた。いや、追い詰められた。屋敷の中の空間は少女の領域。中に逃げても意味はない。そして少女は歩きながら、確実に近づいている。咲夜にできることは、もはや一つしか残されていなかった。

幻符『シルバーバウンド』

身体に突き刺さったナイフを全て抜き取り、それを武器とした。咲夜の投げたナイフは、空間のゆがみに合わせて跳ね回る。しかし、本来は咲夜一人だけで空間を歪ませることで成り立つ技。当然少女には届かない。無数の刃が、虚しく空振りを繰り返していく。そして、少女はその中で、もう一度ナイフを構えた。これがきっと最後通牒なのだろう。咲夜は全ての決意を固めた。

少女が一歩踏み出したその時、超高速で現れた一本のナイフが、少女のわき腹を貫いた。一瞬何が起こったのか理解できない少女を尻目に、咲夜は宙を舞うナイフを二本捕まえて反撃に出る。

傷魂『ソウルスカルプチュア』

 

咲夜はやけくそでナイフを投げたのではない。少女の周りの空間を把握するには、どうしても実際にナイフを投げてみる必要があった。そして、咲夜は扉の前に追い詰められたのではない。扉越しに、館の中の空間を操作したのだ。空振りした後、歪んだ空間の中を跳弾し続けるC.リコシェを、中庭に誘導するために。

咲夜のナイフを受け続けた少女は、全身を切り傷に覆われ、今にも崩れ落ちそうになっている。しかし、まだ動いて咲夜に襲い掛かってきた。やはり身体能力では今の咲夜よりもずっと上。あっという間に間合いを詰めると、咲夜のわき腹にナイフを突き立てた。だが、咲夜はあえて、ナイフを受け、少女を抱きとめる。

「今だ!」

咲夜は少女を抱き固めたまま、二階に設置した殺人ドールを起動した。咲夜と少女が密着していれば、少女を取り囲む歪みも、自分で操作できる。少女の背中に無数のナイフが突き刺さると、少女の身体は土気色になり、そのまま本物の土になった。

 

雨が降り出した。咲夜に覆いかぶさっていた土が、泥となって流れ落ちていく。

「ああ、私の咲夜が」

どこからともなくレミリアが現れ、流れゆく泥に呼び掛けていた。

「半端モノなんかに負けるとは」

咲夜は起き上がり、身体にできた無数の傷を回復していく。特にわき腹の刺し傷は、あと一歩で致命傷だった。

「いい気になるんじゃないわよ。今回はたまたま運が良かっただけ、次はかなら

咲夜はレミリアの首を跳ね飛ばした。

「お嬢様は、雨がお嫌いなんですよ」

咲夜の足元には、もう一つの泥の塊があった。しかし、どんな汚れも、今降りつけている雨が流してくれるような、そんな気がした。

「人間ですもの。雨に打たれたら、風邪をひいてしまいますわ」

 

 

 

 

 

雨はすぐに上がり、それとともに朝日が昇ってきた。

「あら、どうしたの咲夜? そんなに汚れて」

咲夜が紅魔館に戻ると、霊夢がレミリアとともにバルコニーでお茶を飲んでいた。最近少しふくよかになった霊夢は、咲夜と比べると貫禄がある。

「咲夜、どんなやつだった?」

レミリアは紅茶に口を付けながら聞く。

「人の心の闇につけ入る、古いタイプの妖怪でしたわ」

「へぇ、そんなやつがいたのね」

「霊夢が行けって言ったんじゃないの」

「私そんなこと言ってないわ」

「だって手紙だってここに」

咲夜が体中のポケットを漁っても、手紙は出てこない。

「なるほどね、見事に化かされたわね」

「そうみたい」

「けど、あんたをそこまで泥だらけにするんだから、中々の奴だったようね」

「ええ、ちょっと手ごわかったけど、なんとか」

「咲夜、今日はもう休んでいいわ。お疲れさま」

「はい、失礼しますお嬢様」

 

 

 

 

 

また、月が昇っていた。どれくらい眠っていたのだろう。美鈴に傷の手当てを頼んで、それからずっと……。

咲夜は自室で目を覚ました。窓の少ない紅魔館だが、咲夜の部屋にはちゃんと窓がある。

「咲夜、入るわよ」

外からレミリアの声がした。『スカーレット』の名前とは裏腹に、顔も服も白いお嬢様。咲夜のただ一人の主。

「ああ、起きなくていい。見舞いに来ただけだから」

「ありがとうございます。お嬢様」

「それよりも、随分とひどい目にあったみたいだけど」

「ええ、けど大丈夫です。やっつけましたから、多分」

「そう、咲夜が言うなら大丈夫ね」

「はい。ですがお嬢様、一つだけ考えたことがあります」

「なに?」

「見た目を、年相応にしようかと」

「あら、ついに若作りやめるの?」

「若作りって言わないでください。こうしてるだけで買い物サービスされたりとか色々あるんですから」

「それが若作りなんじゃないの? まあそれはいいや、続けて」

咲夜は小さく咳ばらいをすると、窓の外の月を見ながら話し続けた。

「私には、覚悟が足らなかったのかもしれません」

「覚悟?」

「いつまでも幼いままのお嬢様、お嬢様を見ていたら、年を取るのが怖くなって」

「うん」

「それで、きっと自分に嘘をついていたんです。私も、お嬢様と一緒に年を取らずに……」

「そっか」

レミリアは咲夜の手に自分の手を重ねた。

「けど、そんなことあるわけないんです。いつか私は死んで、お嬢様とお別れをしなければいけないのに、その覚悟がなかったんです」

咲夜の手から、熱が伝わってくる。生物が持っている独特の暖かさを感じながら、レミリアは聞いていた。

「けど、もう決めました。私は、ちゃんと人間として生きていきます」

「わかったわ咲夜。あなたの気持ち、よく伝わった。けど、一つだけ言っていい?」

「なんでしょうか」

「もし、咲夜にその気があれば、私の同胞にするのも別にやぶさかじゃないのよ?」

「いいえ、お嬢様。私は一生、死ぬ人間ですよ」

「そうね、咲夜は人間のままのほうが、面白いかもね」

 

月光の差し込む室内、咲夜はようやく思い出した。自分が人間に執着する理由、それはお嬢様が楽しそうだから。お嬢様のために、私は人間であり続けよう。




Pixivにも投稿しています。
https://www.pixiv.net/novel/series/1222179

元ネタはサイボーグ009の「機々械々」
人間とそうじゃない存在の間で葛藤するの大好きです。
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