『』の白百合、『』の金盞花   作:月兎耳のべる

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ネズさーん!
歌ってくれー!


『高み』の白百合、『萎びた』金盞花

 分厚い雲模様は寝ている間に太陽が追い払っていたらしい。

 明るい日差しがテントの中に差し込んでおり、その暖かな光にあたしは起こされた。

 

 あたしの腕の中では未だにモルペコが安らかに眠っており、あたしは数度モルペコの頭を撫で、頬を寄せ、名残惜しさを振り払って起きた。

 隣にいるユウリは……未だ夢の中みたいだね。あたしは起こさぬようにテントから出ると、ゆっくりと。大きく伸びをした。

 

 雨上がりの澄んだ空気はあたしの全身に活力を与えてくる。

 寝惚けてぼんやりとしていた頭も、全身を包み始める冷気と共に次第に覚醒していく。

 今日は……うん。ユウリとスパイクタウンに行くんやね。それであたしもアニキに挑戦する。

 何も心配することなか。あたしならきっと勝てるし、ユウリも間違いなく勝てる。

 そしてあたしとユウリはバッジを8つ集め、チャンピオンリーグで再開して――、

 

 "私は、ホップより遥かに強くなっちゃったから" 

 

「……」

 

 再開して、ユウリと対戦して――、

 

 "実力が拮抗してた頃は良かったよ。でも今では……きっと挑まれたら圧勝してしまう"

 

「……っ」

 

 対、戦、して……あたし、は。あたしは。

 

「『あたしがいくらでも負けさせてあげる』。その一言すら言えん……情けなか」

 

 視界の前に広がる門出を祝福してくれるかのような朝日に、美しい景色。

 だけど心に深く引っかかった昨日の残滓(ざんし)は、決してあたしの気持ちを晴れやかにさせてはくれないのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ワイルドエリアから一路スパイクタウンへ。

 そらとぶタクシーを使えばすぐに行けるけど、あたし達は時間はかかるけどあえて自転車を使って向かっていた。

 それは特訓のため、ポケモン達との出会いのため、そして、お互いに交流を深めるために。

 

 ユウリは同年代のトレーナーこそ多いが、友人らしき友人も少ないらしい。

 そしてそんな友人とは出くわす事こそ多いが一緒に行動するということが中々ないとの事。(あたしもだけど)

 とにかく誰かと一緒に居たい、あわよくば友達とワイワイしながら旅したいという願いを持っていたユウリは、その念願が叶って顔だけでなく全身から喜びのオーラを振りまいていた。 

 

「今なら9番道路で寒中水泳も出来る気がするよ! ね、ひばひば!」

 

「ぎゅるぅ?」

 

「やめんしゃい……ただの罰ゲームだよアレは」

 

「うら」

 

 雪路厳しい9番道路の流氷エリアは、何故か大人たちが水着一枚で寒中水泳をしたり日光浴を楽しむという謎の流行がある。

 あそこは野生ポケモン達も結構凶暴だし、どう見ても寿命を縮めるための無謀なパフォーマンスに過ぎないと思う。きっとユウリは水泳を楽しんだ直後、火属性のエースバーン……ひばひばに抱きついてガチガチ震える他なかとよ。

 

「じゃあ穴掘りを楽しむとか! 穴掘り兄弟より掘り進めてみせるよ!」

 

「まだ健全だね、そっちにしときな」

 

「ぎゅる……」

「うら……」

 

 うんうんと頷いてたらひばひばとモルペコの二人に呆れた目で見られた。

 だって寒中水泳に比べたらまだマシな部類じゃん。それにもしかしたら貴重な素材も手に入るっていう実益もあるんだよ。いいじゃん。なんなん。

 

「……っとぉ」

 

「うわー……昨日より凄いね。これ」

 

 他愛もない会話を楽しんでいたあたし達。

 気が付けばあたしの故郷、スパイクタウンの前についた……のだけれども。

 街の入口がオンボロのシャッターで閉じられ、ジムチャレンジの参加者達が数十人群がってはぐだ巻いたり、ジュンサーさんに文句を言っている様子が見えた。

 そしてそんな噂を聞きつけたデイリーガラルの記者たちもその様子を放映しており、何だかお祭り騒ぎの様体になっている。

 

「……マリィちゃん、どうすればいいと思う?」

 

「……ここ出身だし、あたしは裏口知ってるから入れなくはないけどね。こっち」

 

「わ」

 

 しかしこんなに大事になっているとは思わなかった。

 今ここで堂々と裏口の事を吹聴してしまえば、何だか大変な目に合いそうな気がする。

 あたしはユウリの手ば取ると、人混みを大きく遠回りするようにスパイクタウンのはずれまで移動。うず高く積み上げられたコンテナや、産業廃棄物が残された空き地まで誘導した。

 

「ここは……ゴミ捨場?」

 

「兼、あたし達地元民の遊び場だよ。実はこのあたりにスパイクタウンに通じる裏口があるんだ」

 

「へぇ~……」

 

 ひばひばと共にきょろきょろと物珍しそうに見回すユウリ。

 そこに汚いとか言う蔑む気持ちが見当たらないのが嬉しかった。

 

「そして……ここはあたしやアニキがポケモンの特訓に使った場所でもある。あたし達の街ってさ、整った施設なんてポケモンセンターぐらいしかないからね」

 

「……」

 

 あたしの言葉に何かを察したかのように、ユウリが沈黙を返す。

 

「よくわかっとーね。ユウリ、あんたも町に入りたかったら案内してあげるよ」

 

「ただし……マリィちゃんと戦って勝ったら?」

 

「正直勝ち負けは関係なく教えてあげるけどね……あんたは、あたしのライバルだもん。コレ以上の理由なんてないよね」

 

「うら!」

 

 ばちっ。あたしの相棒もやる気をみなぎらせ、放電が一帯の陰影を深くする。

 しかしユウリは戸惑いと躊躇(ためら)いを隠せておらず、何かを悩んでいるようだった。

 ……分かっとー、分かっとーさ。あたしだってあんたの実力が分からない程愚かな訳ではない。

 

「ユウリ。何ぼさっとしとるん。早くポケモンを出して戦いなよ」

 

「マリィちゃん……」

 

「分かっとー。昨日の話であんたが怖がっとるんがよーくね。あんたがあたしにボロ勝ちしてしまうんやないかと、それであたしも傷ついてしまうんじゃないかと。そう思ってるんやね」

 

「……っ」

 

「――あまり、あたしを舐めるんじゃなかと!」

 

 自分でもびっくりするぐらい大声が出た。

 あたしはまだ構えること無く立ち(すく)むライバルに腰のモンスターボールを構えて突きつけて吠えた。

 

「あんたはそう思ってないかもしれないけど、あたしにとってあんたはライバルだ! 実力はあんたが遥かに上だとしても挑戦する権利はあると!」

 

「っ!? 違う、違うよマリィちゃん! 私もマリィちゃんはライバルだって思ってる。みんなみんなライバルだと思ってる!」

 

「だったら四の五の悩まずかかってきんしゃい! 手加減とか、今後の関係とかをうじうじ考えるじゃなくて……ただただ目の前の勝負に全力を出して見せてよ! 見込み違いだと思わせないでよ!」

 

 ポケモンバトルは実力だけでない、知識も、運も、知識も試される物。トレーナーとしての経験はあたしの方が多い! あんたが如何に強かろうと、易易と負けるつもりはない!

 (くすぶ)っていた思いの丈を、張り詰めた空気を吹き飛ばすかのように吐き出す。

 路地裏に響き渡ったその激情は、果たしてユウリを説得するに至ったらしい、ユウリは観念したかのように腰に下げたモンスターボールの一つを構えた。

 

 

「マリィちゃん、その、ありがとう……私すっかり心配かけてしまったみたいだね」

 

「……」

 

 ユウリが見せた顔は路地裏にふさわしくない程純白な笑顔だ。

 まるで憑き物が落ちたような、そんな表情。

 この子は良くも悪くも裏表という物がない――だからこそよく分かる。

 

 

「そして……ごめんね、私は確かにマリィちゃんに挑まれた時迷った。どうしよう、またホップみたいに傷つけちゃうんじゃないかって」

 

 

 この子の心の重荷は、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「本気の本気をかけている人に、手加減……うん。そんなの屈辱でしかないよね」

 

 

 優しげに微笑む目元が細まり、あたしと同じくらい細く華奢な体から庇護(ひご)欲を誘う雰囲気が、消える。

 顔に浮かぶは楽しみにするような感情ではなく、やりたくない行為に手を出すような複雑な感情。

 

 

「だから――言われた通りに私も本気を出します」

 

 

 この子が今抱いている感情それは――

 

 

「マリィちゃん。覚悟してね」

 

 

 ――哀れみと諦念だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 バトルが終わった直後だというのに、その場はあまりにも静まり返っていた。

 あたしは静けさの中最後まで頑張ってくれたモルペコを労い、モンスターボールにしまいこんだ。

 

「――うん、やっぱり、あんたは強かね」

 

「そんなことっ……ある、よ」

 

「素直になりきれん奴やね。しゃんと誇りんしゃい、ライバルに勝ったんだだから今は胸張って喜ぶところだよ」

 

「……う、うんっ! そうだよね、ありがとうマリィちゃん!」

 

「その意気その意気」

 

 ユウリは道中の様子と全く同じ、どこにでもいそうな垢抜けない子供そのものの表情に戻っており、あたしは空元気とは言え楽しそうに喜ぶ彼女の様子に、合わせるように(うなず)いた。

 

「今回は勝ちを譲ってあげる……でもね! あたし、スパイクタウンのみんなを喜ばせるんだから! 忘れんで! もう一度あんたと戦うため絶対ジムバッジ8個集めるけん! チャンピオンカップでリベンジやけん!」

 

「マリィちゃん……! 勿論だよ。絶対にチャンピオンカップで会おうね!」

 

「っ……じゃ、約束! あたしについてきてよ」

 

「わ、とっと……!」

 

 あたしはユウリの手ばとってスパイクタウンまで誘導していく。

 何度と無く通った裏道、ゴミの隙間をかいくぐって勝手知ったる道を征く。

 気持ち早足気味かも、なんて思ったけど気にしてる余裕はない。だけど早くユウリとの約束を果たしたくて、ついつい急いでしまう。

 

「ま、待ってマリィちゃんちょっと早っ」

 

「あ……ご、ごめんユウリっ」

 

 ……やはり、案の定早かったようだ。

 つまずきそうになったユウリが慌てて声をあげ、あたしはぱっと手を離す。

 

「う、ううん大丈夫……」

 

「ご、ごめんね……地元だと思うと何となく気持ちが早ってしまって」

 

「あははは、気持ち分かるよ。私もついつい地元とか勝手知ったる場所だと歩幅とか早まっちゃうかも」

 

 気付く。

 ユウリを握っていた手が白くなっていることに。

 更に言えばあたしは気付かぬうちに強く握り過ぎていたようだ……あぁもう、あたしは、なんて。()()()

 

「到着……っと、汚い街でごめんね」

 

「わぁ……! わぁ、わぁ、わぁぁぁ~~っ!」

 

 そして子供の頃から見飽きるほど見てきた、スパイクタウンにとうとう到着する。

 古びた1本の細長い商店街を構えたこの場所は天井が屋根で覆われて基本的に日光が入ることがなく。左右に立ち並ぶ商店はどれもこれもがシャッターが閉まりきり、開いてる店があると思えばお世辞にもキレイとは言えない古びた衣服店や飲み屋、あるいは怪しいお店ぐらいしかなかった。

 

 そんな汚い街でもユウリの目には新鮮なのか、目を輝かせながらきょろきょろと周りを見渡している。

 うん……本当見てて飽きない子だね。でもこの街は危ない所多いから変な所に行かないように注意しておかなきゃ。

 

「シャッター閉めとったら誰にも挑戦できんっていうのに……どうなっとるんか調べんと」

 

「マリィちゃん?」

 

「ごめん、あたしはシャッターの事調べておくから。ユウリはちょっとゆっくりしてて。あ、くれぐれも怪しいところには行かないようにね!」

 

「え、あっ、えーっと怪しい所って……?」

 

「余り物だけどコレあげるから後はよろしく!」

 

「あ。ネズさんのリーグカード……う、うん! でも怪しい所ってどこの事ー!?」

 

 そうしてうちのアニキのリーグカードを押し付けるようにして、ユウリの声を背中に受けながらあたしは一路アニキの場所へと急ぐ。

 

 アイツの視界から()()()()()()()最初は全力で走り。

 視界から消えてからは抜けそうになる足に無理矢理力ば入れて。

 いつもと違う剣幕を見せるあたしに地元の人がぎょっとして、すっごく心配して声ばかけてくるけど、そんな事構う暇もない。

 見知ったアニキのいる場所までよたよたと、零れそうな何かを抑えながら進み。進み。進み。そして――、

 

「……? マリィですか。遅かったようですね……ようやくオレの元に挑戦しに来……て……」

 

 アニキの姿ば視界に収めた途端。あたしの全身が安堵に包まれ、その場にぺたんと座り込んでしまった。

 そんなあたしにびっくりしたのだろう。歌の練習中だというのにマイクをほっぽり出してステージから飛び降りたアニキが、あたしの元に駆け寄ってくれた。

 

「マリィ!? どうした、どうしたというのです!? 怪我でもしましたか!?」

 

「ちが、ちがうったい……ちがうたい……」

 

「では、では一体何がっ……!」

 

 おろおろしながら顔を覗き込み心配してくれるアニキが傍にいる。

 そう思うだけで張り詰めていた心から力が抜け、我慢していた何かが液体となって溢れ出し……それが見られるのが嫌で嫌で仕方なく、あたしは小さい頃のようにアニキの首に手を回して、抱きついた。

 

「アニキ……っ、アニキ……あたし、あたしはっ」

 

「落ち着いて、落ち着いて話して下さい妹よ。慌てなくていいので」

 

 まさしく子供にするようなあやし方。

 しゃがみこんだアニキにしっかり抱きついたまま、大きく、ごつごつとした骨ばった手で背中を撫でられてしまえば……もう、我慢なんて出来なかった。

 

「あたしは、くやしい……っ、じぶんが、じぶんがはずかしいばい……っ!」

 

「……」

 

 

なして、なしてこんなに、あたしは弱い……っ!? 自分がこんなに弱いなんて、思ってもみなかったっ……!

 

 

「……マリィ」

 

 震える体、脈打つ心臓。ぐるぐると回る世界。

 頬を伝う液体。そのどれもが邪魔で、不要で。

 しゃっくりのようにつっかえながら、あたしの口は止まることなく自らの不甲斐なさをこぼし続けていた。

 

 

「あたしには、さいのうがあるとおもってた……っ! アニキがいってくれた、だから、どりょくしたっ……アニキみたいになりたくて、がんばった……!」

 

 

「……」

 

 

「なのに、なのにあの子に、あの子のポケモン達に全然太刀打ちできなかったっ、おおぐちたたいたのにっ、なにひとつ、なにひとつできずにっ……! あたしの子達に、ろくなかつやくもあたえられなくてっ……!」

 

 

「……」

 

 

「けっきょく、あたしはっ、あの子のライバルですらなりえなかったっ……! なんでなのっ、あたしは、だめなのっ……!? あにきっ、あたしはっ」

 

 

「……その悔しいと思う気持ちがあるのなら大丈夫です、妹よ」

 

 

「あにきっ、あにき……あにきぃ、あたし……っ、あたしはぁ、あたしはぁっ……!」

 

「きっとあなたはもっと強くなります。マリィ、あなたはオレよりも素質がある」

 

「う、あぁあっ、あ、あああぁあああっ……!」

 

「マリィの実力は未知数です……だから頑張り続けましょう。オレもマリィのためならどんな労力も惜しみません」

 

「あ、あぁぁあっ、あ、あああああああぁああぁああ――――っ!! ああああぁぁあ―――っ!!」

 

「……よく頑張りましたね、マリィ」

 

 

 あたしは泣き続けた。小さい頃と同じくらい泣き虫に戻った。

 周りの目すら気にする事ができずに、ただただアニキの腕の中で涙を流し続けた。

 

 ユウリのたった一匹のポケモンの前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()才能のないトレーナー。

 そんな無様なトレーナーの声が、寂れたアーケード街に響き渡り続けるのだった。

 

 




タイレーツ1匹でLV差+相性で4タテ。
このユウリ容赦はせん!
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