ユウリがチャンピオンになってからの話です。
マホイップ可愛いよマホイップ。
『マホ』の白百合、『決意』の金盞花
「はぁ……」
「どうしたんユウリ? 撮影とかファンサ(ファンサービス)で疲れちゃった?」
エンジンシティのバトルカフェ。
あたしとユウリはブティックでの買い物ついでにこのカフェに足を寄せていた。
今のユウリは現チャンピオン、あたしはジムリーダー。そんな二人が街を歩くとどうなるか?
答えは……人がわぁっと群がってきて、撮影とか握手ば迫られる。
ちやほやされるんは嫌いじゃないし、あたしは昔からこう言うの慣れてるからいいんだけど、ユウリはやっぱりそうでもなさそうだ。つい最近まで普通の少女やったけん、仕方ないね。
「あ、いや別にそういう気疲れはあんまりないんだけどね」
「そうなん?」
「うん。ほらダンデさんと戦うスタジアム戦に比べたら雲泥の差だよ。周りの期待、ダンデさんの熱狂的ファンからの熱くて痛いくらいのプレッシャーとかに比べたら……!」
『あ、あの……チャンピオンのユウリさんとジムリーダーのマリィさんですよね!? さ、撮影とかいいですか!?』
「……え? あ、撮影ですか? いいですよー! ほらマリィもね、ねっ?」
「あ。うん、そいじゃ」
今もまた親子連れの方に握手と撮影をねだられて相手をするユウリとあたし。
まあ言うだけあって手慣れとる笑顔だこと。逆に慣れてる筈のあたしの方がまだまだ笑顔がぎこちないから、こうして揃って写真撮られるんはなんか恥ずかしか……。
「そいじゃさっきのため息の理由はなんなん」
「え? えーっと……」
「あ、でもここで言える内容? なんだったらあたしの家とかで……」
「大丈夫大丈夫、全然大したことはない理由なんだけどね!」
そう? なんて澄まし顔で返したけど、ちょっと残念。
久しぶりにユウリと一緒にお泊りしたり出来るかと思っとーたから。
「私の
「うん? そうなの?」
マホイップはクリームポケモンと言われるだけあって全身がクリームのような柔らかなホイップで出来ており、その愛くるしさから愛好家の多いポケモンだ。またそのクリームの味わいはマホイップが幸せである程甘さに深みが出るとのこと。昔ユウリんば舐めさせてもらったけど、その時は一言では形容できない複雑かつ芳醇な甘みを感じる事ができた。
そして愛嬌だけかと言えばそうでもない。見た目の愛くるしさと優しさと相反して、バトルでは鉄壁の要塞っぷりを見せつけてどんな力自慢も追い返す強みがあるので、ユウリの手持ちでも今や一線級で活躍しているくらいだ。
ユウリはポケモン達と信頼を築くのが上手だ。
どの手持ちとも最大限の信頼を勝ち取っており、例に漏れずまほまほもユウリにベッタベタなくらい心を預けていた筈だが……一体どうしたというのだろうか?
「この間、ちょっとした機会があってお菓子屋で撮影会することになってさ」
――あぁこの間の月間ガラルデイリー6月号の巻頭ピンナップの事やね。
ユウリの顔や服にクリームがめいっぱいついた、ちょっと色気も感じさせるあの写真。秘密だけど3冊買って保存してある。
ユウリはチャンピオン。チャンピオンともなればメディアへの露出が増えるのは当然だけど、あたしとしては色んなユウリの姿はあたしだけが知っておきたいなって……ううん、今はそんな事考えてる場合じゃないね。
「マホイップって色んな姿や種類があるじゃない?」
「そやね。えーっと、マホミルにわたす飴細工とか進化させる時間帯によって違うんだっけ」
「そ。んで、私のまほまほと、別のパティシエさんのマホイップを並べて撮影させようって話になったんだよー」
マホイップの種類は判明しているだけでも50種類以上。味やフレーバーが変わった物が大量にあるため、中々同じ種類というのには出くわさないらしい。
またマホイップを持つという事は優秀なパティシエであるという証明にもなるくらいには、マホイップはお菓子職人の中でステイタスになっている。違う色あいのマホイップに挟まれるユウリの写真。うん、思い出すだけでも可愛いばい。
『あ、ちなみに私のまほまほはミルキィレモンだよ! ちょっと酸味があってすっごく美味しいんだ!』なんて愛嬌一杯に言うユウリ。確かにあれは美味しかった。マホイップは幸せであればあるほど甘みが増すって言ってたから愛情いっぱいに育てたんやろね。
「最初は機嫌良かったし撮影も順調。お互いにキャッキャウフフしながらクリームまみれになって撮影してたんだけど」
「見たか」
「え?」
「ううん、何でもなか」
危ない。本音が漏れた。
「いざ撮影終了ーってなったところでお互いのマホイップをボールに戻そうとして、私のマホイップが固まっちゃったの」
「ふむふむ」
「どうしたのマホイップって聞いてみてもじーっと相手のボールを見つめて動かなくて……それで何気なく相手のボールを私も見てみたらさ、気付いちゃったんだ」
「……」
「相手のマホイップのボール、ラブラブボールだった……!」
「……うん?」
ラブラブボールがどげんとしたとね?
「うちのまほまほ、ハイパーボールで捕まえちゃったの! だからそれを深く気にしてるのあの子!」
「……ううん?」
なんか聞いていくうちに分かったのだけど、俗に言うオシャボ(オシャレボール)問題というものらしい。愛あるトレーナー程、好きなポケモンは特別で珍しいボール(プレミアムボールやラブラブボール、ドリームボールなど)に入れる習慣があるらしい。
あたしは正直捕まえられればなんでも、って感じなので全然気にしてなかった。
「いや、傾向はあったんだよ! 多分ガラルデイリーのオシャボ特集を読んでた時に一緒にまほまほも居てさ、その時から意味ありげにラブボとかドリボを手で『てしてし』ってしてたの! 入りたいの? でもごめんね、ボールの入れ替えは出来ないんだ……って言ったらさ」
『 ● 。 ● 』
「って顔して見つめてくるの!」
「っ」
か、顔マネはずるか!
っていうかこんなお外でそんな顔してたらすっぱ抜かれるとよ!?
「それで今日オシャボマホイップに出会ってしまった結果、とうとうマホイップがご機嫌斜めになっちゃって……! うぅ、ごめん、ごめんよまほまほ、でもいくらチャンピオンである私でもボール入れ替えまでは出来ないから……ってなんでマリィちゃん笑ってるの!?」
「ご、ごめんっ、だってその顔真似は、ずるっ、ずるい……!」
「もー!」
……はー、ようやく落ち着いた。
ともあれ他人の庭を覗いた結果ついつい気になってしまったという感じ? よくある事ではあるけれども、早い所納得させてあげないと、二人の仲にいらない溝が出来てしまいかねんね。
話を聞いたんはあたしだし、ここはユウリの一番の親友であるあたしが解決してあげないとね。
「マホイップは今も連れてる? なら出して見てくれる?」
「え? あ、うん。まほまほおいでー」
「……」
「あーん、まほまほ機嫌直してよーっ、私も入れてあげたいけど出来ないのー、ごめんーっ」
「……つーん」
ハイパーボールから出てくるマホイップは見た目の可愛らしさこそ変わらないが、言われた通りにふてくされているようだ。ユウリんばと顔をあわすこともなく、つーんとした表情を見せ、ユウリが抱きしめてようとするとぺしっ、とその手を払い除けていた。
「……なんか思った以上に怒っとーね」
「うぅぅ、まほまほごめん……」
「ユウリ、実はこれボール以外の問題とかもない?」
「え? でもそれ以外はあんまり覚えが……」
「……多分ユウリは覚えとらんかもだけど、何かしら他の原因がありそうな気がする。なんか覚えない?」
「うーん……うーん……え? あるの? まほまほやっぱりあったりするの?」
むくれた顔をしたマホイップがユウリの足ば叩いとるって事は……間違いなくありそうやね。まほまほは必死にジェスチャーで何かを伝えようとしてる……うーんと、何かを食べる真似……カレー?
「カレー関連っぽいけど……」
「え!? な、なにかしたかな……」
「カレーが美味しくないとか」
「美味っ、おい、しくはないかもだけど……最近は頑張ってるつもりだし……」
両指をつんつんと合わせるユウリにあたしは苦笑する。
まああたしがキャンプのたびにビシビシ教えとるかんね。コレで上手くならなかったらあたしが辛い。ようやく『異臭漂うドガース級固形物』から『カレーに似たカレーじゃないカレー』ぐらいには進歩してるけど、やっぱりまだまだだ。
「そのカレーのマホイップ関連の思い出は何かない? もしかしたらそれかもしれないよ」
「とは言っても……マホイップ関連でカレーって……うーん。関係ないかもだけど、マホイップが機嫌良いとクリームかけてくれるんだよ」
あぁ、前スマホロトム越しに送られてきたホイップカレーやね。
カレーにどどんと生クリームが乗っけられた異種カレー……見た目はアレだけどかなり美味しいとは聞く。聞くけど、あたしはまだ抵抗感が強いかも……。
「あ、その顔。マリィちゃんはまだホイップカレー食べたことないね? 食べてみれば結構いけるよ!」
「味音痴の料理下手のユウリの評価だとどげんしても期待できん」
「ひっどーい! マリィちゃん食べてもないのにそういう事言うなんて! 大体このカレーは辛口風味にすると滅茶苦茶美味しいんだよ!」
「あはは、冗談冗談。今度気が向いたら食べるとする……今なんて言った?」
「え? 食べてもないのにそういう事を……」
「その後。その後だよユウリ……辛口がどうのって」
「あ、うん。ホイップカレーってさ。やっぱり滅茶苦茶甘いんだよね。私どっちかっていうと辛いの好きだから、タラボとかヒメリ辺りのスパイスをこうどっさり……」
「それだぁ!」
間違いなくそれが原因だよユウリ!
あっ、ほら見てよ!? またまほまほが例の顔をしてる!
「 ● 。 ● 」
「えっ!? え、なんで、駄目だった?」
「多分この顔見るに毎回まほまほのトッピングの後に追加トッピングしてるでしょ?! 折角甘口作ってくれたのにすぐに辛口にしたら
「そ、そんなぁ!」
マホイップからすれば折角甘口トッピングしたものを瞬く間に別の味にされてしまうのだ、それは度し難い気分になるだろう。
しでかした事に気付いたユウリはすぐさま泣きそうな顔を見せながらまほまほを抱き上げ、まほまほは最初抵抗したけど、主人のそのみっともない泣き顔を見て溜飲を下げたようだ。やがて応えるかのようにすりすりとそのクリーム顔を頬に擦り付けていた。
……あたしもちょっとしてみた、いやいや。
「んっふっふっふ、どうやら何やら行き違いがあったようですが、元通りになれたようですね」
「あ、マスター」
「どうも……」
あたし達の席におもむろに近付いたのは、このバトルカフェのマスター。
ナイスミドルなおじさんで、一日一回戦いに勝つと色々なお菓子系アイテムをくれる人だ。……あれ、なんか手に持ってるけどあたし達別に追加注文してないよね?
「これはお二方の仲直りを祝して、マホイップカフェオレです。良ければどうぞお召し上がりください」
「わぁ……!」
「おぉ……!」
「きゅぅ……!」
マスターの手ずから運ばれたそれはなんと、マホイップを模したクリームがふんだんに載せられたカフェオレだった。
アクセントに添えられた苺に、目元のチョコがマホイップそっくり! とても美味しそうだ。
「いいんですか!?」
「いいですとも。チャンピオンである貴方がいつも通ってくれているお陰で、私のお店も繁盛していますからね、んふふふ」
「わぁい、まほまほ一緒に食べよっ!」
「きゅるぅ!」
一人と一匹で楽しそうにカフェを挟んでキャッキャする様子は、何処からどう見てもただの少女だ。これがポケモンバトルで冷酷なる女王とまで呼ばれる存在と誰が思うだろうか。
あたしは、そんな女王の仮面を早く脱ぎ去って欲しいと願う。
かつて語っていた、ポケモンバトルを全力で楽しめていた頃のユウリになって欲しいと思い続けている。そのためには彼女の苦悩を知った存在が、彼女をして『勝てない』と思い知らせた時に初めてそれを見ることが出来るのだと私は考えている。
(今はまだ、それには届かないかもしれない……だけど。近いうちに必ず届かせて見せるから)
あたしは目の前のあるべき光景を目に焼き付けながら、そう誓うのだった。
「じゃあいただきまーす!」
ユウリのスプーンがデコレートしたマホイップの中央に突き刺さり。
そのままスプーンはクリームを大胆に撹拌し、デコレートのマホイップは瞬く間に見るも無残な形に変わっていった。
「あっ」
「 ● 。 ● 」
マホイップ:
・タイプ:フェアリー
・ぶんるい:クリームポケモン
・たかさ:0.3m
・おもさ:0.5kg
・せつめい:
信頼するトレーナーにはクリームでデコレーションした
木の実をふるまってくれるのだ。
「 ● 。 ● 」
【挿絵表示】