ボーダー日記.41
夏休みが明け、学校が始まって少し経ってから行われた正式入隊日。
自分は防衛任務に就いてたので詳細は知らないが、何でも訓練用の近界民を僅か4秒で撃破したとんでもない訓練生がいるらしい。
木虎さんの出した9秒という記録より更に速い4秒……当時の自分の3分越えの記録と比べれば、それがどれだけ凄いことかなんて詳しく説明しなくても分かるだろう。
加えて嵐山隊の先輩たちと一緒に訓練生の指導に参加して実際にその現場を見ていた荒船先輩曰く、スコーピオンの扱いは既にB級の正隊員と比べても遜色ないとのことで、話を聞いただけでもその訓練生が高い素質を持っていることが分かる。
迅さんが連れてきた、と荒船先輩は言っていたが、自分はその迅さんという人を知らないので今度覚えていたらそれとなく聞いてみようと思う。
そう言えば訓練用の近界民と戦うことって正隊員になった今でも出来るのだろうか……? もし出来るなら今の自分がどれくらいのタイムで倒せるのか少し興味がある。
トリガーの扱いに慣れて防衛任務で実際に近界民とも戦ってる今なら流石に以前のような記録にはならないと思うが……、それでも4秒を超えられるかは曖昧なところだ。
今度寺島さんに会ったら訓練室でどれだけのことが出来るのか聞いてみよう。
ボーダー日記.42
前々から考えていたトリガーの増設をエンジニアの人たちに頼み、訓練室を借りて放課後のちょっとした時間で試行してきた。
増やしたトリガーは三つでメインにハウンド、サブにグラスホッパーとバッグワームを入れた。
だから今のトリガーセットは、
メイン:レイガスト スラスター ハウンド FREE
サブ :シールド グラスホッパー ハウンド バッグワーム
こんな感じになってる。
バッグワームは入れるか悩んだが、エンジニアの人から正隊員は殆どつけてるという話とその有用性を聞かされたので、枠には余裕があったからとりあえずつけてみた。
ハウンドをメインにもセットしたのはレイガストが射程外だと結構腐る場面が多かったので、メインでも中距離の相手と戦えるようにという理由。
グラスホッパーはレイガストの欠点の機動力を補うためと、色々試してみたいことがあったのでそのため。
スラスターでもグラスホッパーの代用は出来ないこともないが……トリオンの消費量や戦い辛さを考えるとグラスホッパーを使った方が遥かに良い。
今日はあんまり時間が取れなかったので訓練室で試しただけだが、グラスホッパーの癖が想像以上に強かったのでそこさえ慣れれば今後のランク戦でも問題なく使っていけると思った。
だから明日から訓練室に籠ってみっちり練習……といきたいが、来月まで大きな学校行事が固まってるので、それが終わるまでは諸々の手伝いなどがあるのでそうも言ってられない。
まぁそれでも隙間の時間は結構あるので、そこを上手く使って練習していこうと思う。
ボーダー日記.43
訓練室での練習もそこそこに、実戦での勘を鈍らせないためにと足を運んだランク戦のロビー。
今日は村上先輩たちは各々の事情で来れないとのことだったので、適当にポイントの近い相手を募集してランク戦をやろうかと考えていた矢先……、一人の先輩に声を掛けられた。
明るい髪と黒いロングコートが特徴的だったその先輩の名前は出水 公平さん。
驚くべきことに、A級部隊の一つ『太刀川隊』に所属するA級隊員だと言う出水先輩は、自分の噂を聞いて自分に頼みごとをしたくて声を掛けたと言う。
荒船先輩も言っていたが自分は一体ボーダーでどんな噂をされているんだろう……、それが今にして思えば気がかりだが、その時の自分はA級の出水先輩が自分みたいな一般隊員に何の用かと恐々としていたので詳しくは聞けなかった。
そんなこんなで、一人でランク戦をやること以外に予定もなかったので誘われるがまま出水先輩について行き──…辿り着いたのはまさかの出水先輩が所属する太刀川隊の作戦室。
訳が分からないまま出水先輩に入って入ってと背中を押され上がらせて貰うと、そこにいたのは出水先輩と同じロングコートを羽織り、四白眼を自分に向ける先輩の姿。
この人が太刀川隊の隊長? と思い取りあえず挨拶しようと頭を下げようとしたところで、違う違うと首を振る出水先輩から事の経緯を語られた。
自分が隊長だと勘違いしていたその先輩は唯我 尊さんと言うようで、出水先輩曰く、ウチのお荷物くん、とのこと。
どういうことか聞いてみると、一時期話題になっていたボーダーに入隊して間もなくA級に上がった隊員がいるという噂の主がこの唯我先輩らしく、その色々と訳アリな話を聞いた後に、今のB級未満の実力の唯我先輩では部隊ランク戦で使い物にならないから同期の自分に唯我先輩と模擬戦をして鍛えてやってほしい、というのが出水先輩が自分に声を掛けた理由だった。
鍛えると言ってもただ模擬戦してくれるだけでいいからと出水先輩に言われ、ちょうど新しいトリガーセットの練習もしたかったので、そういうことならとその話を受けようとしたのだが……どうやら唯我先輩はその話を聞かされていなかったらしく、断固お断りする! と言って作戦室から出て行ってしまった。
出水先輩はそんな唯我先輩を説得しに行くとのことで、この話はまた後日ということで連絡先だけ交換して解散となった。
ボーダー日記.44
出水先輩から唯我先輩の説得? を終えたと連絡が来たので、先日連れられた太刀川隊の作戦室に顔を出すと……出水先輩と唯我先輩、そして太刀川隊のオペレーターだという国近 柚宇先輩がいたので、改めて挨拶と一緒に自己紹介をした。
隊長の太刀川さんは大学に行ってるからと挨拶できなかったが、出水先輩がランク戦ばっかりしてる人だからロビー行けば高確率で会えると言っていたので、恐らく相当のバトルジャンキーなのだろう。
閑話休題。
出水先輩からは唯我先輩のことをボコボコにするつもりで全力でやっていいと言われていたが、訳アリな唯我先輩でもA級の部隊に所属する以上はB級未満だと言う出水先輩の評価は流石に大袈裟なものだろうと思い、むしろ胸を借りるつもりで臨んだ唯我先輩との50本勝負。
……結果から先に言おう。
49勝1敗、それが自分と唯我先輩の模擬戦の結果だった。
49勝は当然唯我先輩……ではなく、自分。
まさか出水先輩の言っていた訓練生レベルというのが本当のことだとは思いもしなかったので、模擬戦が終わった後の燃え尽きたように作戦室のソファに伏した唯我先輩にはどう言葉を掛ければいいのか分からなかった。
ちなみにこの1敗は唯我先輩の使った"カメレオン"というトリガーの能力が分からず、いきなり消えてしまった唯我先輩を見て故障か何かかと勘違いした自分が国近先輩に確認を取っていた無防備な時に唯我先輩の拳銃で頭を撃ち抜かれた時のもの。
出水先輩は、事故みたいなもんだ、と言っていたが、初見殺しという点では確かに成功していたし、そもそもボーダーの隊員でありながらトリガーの能力を把握しきれていなかった自分に非があるから、あれは自分の負けと認めざるを得ない。
その時は自分の知らないトリガーを使いこなす唯我先輩をやっぱり凄い先輩だと思っていたのだが……、まさかその後にあんな作業のような一方的な戦いになるとは考えもしなかった。
模擬戦が終わった後に出水先輩から、弱かったろ? と言われてかなり反応に困ったので、カメレオンを使った初見殺しは良かったとせめてものフォローをしておいた。
当然それはボーダーに入隊して間もない自分のような相手だから成功しただけでA級部隊相手にその戦い方が通用するとは思えないが、そうだろう! そうだろう!! と鼻高々に語る唯我先輩にはとてもじゃないが言えなかった。
まぁ自分が言えないだけで、出水先輩があっさりバラして唯我先輩をへこませてたが、あれは出水先輩なりの愛の鞭のようなものだろう。
正直、落ち込む唯我先輩を見て楽しんでいるだけのようにしか見えなかったが……そこはあまり考えないようにしよう。
ボーダー日記.45
今日も今日とて唯我先輩と50本勝負。
結果は言わずもがなだが、自分が50戦全勝。
唯我先輩はメインとサブに拳銃型のアステロイドをセットしていて、カメレオンを起動していない時は基本的に二丁拳銃のスタイルで戦っているが、正直どちらか片方はハウンドにした方がいいんじゃないかと思うくらい拳銃の命中率が低い。
単に練習していないだけというのもあるが、それでもグラスホッパーもスラスターも使ってない状態の
それに命中しない度に焦って動きが悪くなるという悪循環を繰り返してるので、それだったらいっそ自動追尾してくれてある程度制御も利くハウンドを入れた方がいいのではないか、そのことを出水先輩に提案してみた。
出水先輩は射手の名手として有名だと国近先輩が言っていたので、教えるには自分なんかよりよっぽど最適だろうと思っての提案だったのだが……どういう訳か、唯我先輩だけでなく自分まで出水先輩にハウンドを教わることになった。
いや、ハウンドというよりは射手としての立ち回りを教わることになった、というのが正しいだろう。
出水先輩が言うには、戦闘スタイルがおれと似てるから、とのことだが……如何せん出水先輩が戦ってるところは見たことがないので、自分には曖昧に頷くことしか出来なかった。
まぁA級の、それも本職の射手の人に教えてもらえる機会なんて滅多にないことだと思ったので、教え自体はありがたい気持ちを持って学ばせて貰った。
ただ実技を交えて丁寧に教えてくれるのは本当にありがたいことなのだが、本来教えるべき筈の唯我先輩をほったからしにしてしまっては本末転倒だと思う。
ていうか途中から唯我先輩、国近先輩に誘われて(無理やり)作戦室でゲームしてたし……作戦室に戻ってきた時に国近先輩にボコボコにされて机に突っ伏していた唯我先輩を見た時は本当に申し訳ない気持ちになった。