ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
俺は“漆黒のオーディン”、メリセウス要塞を一夜にして陥落させ、闇の要塞へと変貌させた、選ばれし闇の聖騎士だ。
メリセウス要塞は、帝国の南中央部に位置している。
直線距離だけを見れば、ミルディン大橋よりもガルグ=マク大修道院の方が近い。
しかし、ガルグ=マクからメリセウス要塞へ向かうには山道を越えなければならず、物資を運ぶにはあまりにも不便だ。
メリセウス要塞まで進軍したことで、連合軍の補給線も少しずつ苦しくなってきた。
これまで連合軍が占領してきた地域には、豊富な穀倉地帯を持つベルグリーズ伯爵家をはじめとした貴族領もある。
しかし、レア様の奪還を大義として戦っている連合軍が『戦争に勝つためだから』という名目で帝国の民衆から食料を強制徴収するというのも良くない。
そこで、俺たちは別の方法で補給問題を解決することにした。
魔法による食料栽培である。
「おーっほっほっほっほ! 私の絢爛な妙技に見惚れなさい!」
「おおっ! ただの紅茶が虹色に輝いている……! これが……貴様の新呪術かっ!?」
「呪術ではなくて魔法ですわっ! 私の生み出した新たなる魔法、存分にご覧なさい!」
俺はコンスタンツェに新魔法を見せられている。
どうやら、最近になって新たに開発した魔法らしい。
コンスタンツェは現在、セイロス教会の食料調達魔法部隊を率いている。
彼女が開発したのは、植物の成長を早める魔法だ。
この魔法を使い、グロンダーズ平原やメリセウス要塞周辺に穀物畑や野菜畑を臨時で作る。
そうすることで、前線まで食料を運ぶ距離を短くし、連合軍の補給線にかかる負担を軽減している。
ちなみに、この紅茶を虹色に光らせる魔法の有効的な活用方法は “狂気の天才”神軍師オーディンをもってしても思いつかない。
……これ、何の役に立つんだ?
「しかし、コンスタンツェ……お前の開発する魔法は奇抜なものが多いな」
「なっ……!?」
コンスタンツェの開発した魔法はこの紅茶を虹色に光らせる魔法の他にも、どこからともなく馬の鳴き声が聞こえる魔法、髪の長さや形に影響を与える魔法、革靴を砂糖菓子に変える魔法……正直意味不明な魔法ばっかりだ。
植物の成長を早める魔法も、最初は花を番犬のように咲かせる魔法だったし。
「オーディン! 貴方にだけは奇抜なんて言われたくありませんわ! 身体を入れ替える呪術もトマトを無限に量産する呪術も魔法の法則から外れた有り得ない術ですから!」
「そうか……それは、照れるな」
「褒めてませんわ!」
まあ、その術は普通に戦場でも役に立ってるから、別にいいだろう。
「最近は私の『植物の成長を早める魔法』がフォドラ全土に広がりつつありますわ! このコンスタンツェ=フォン=ヌーヴェルの名が世界に轟いてますわ!」
「フッ……それはいいな。共同開発者として誇らしいぞ」
「共同開発者……貴方、その認識がありながら、各地に配っている資料の開発者の名前は私だけしか記載していないと聞きましたわ」
植物の成長を早める魔法は、コンスタンツェの悲願である『ガルグ=マク周辺で色とりどりの花を咲かせる魔法』の副産物だ。
俺も魔草や魔法水晶を提供したり、使えそうな呪術を教えて手伝って完成に至った。
「フッ……まあ、いいではないか。実際にこの魔法を開発したのは、お前なのだからな」
「あら……貴方のことだから、もっと大々的に自分の名前を入れて宣伝すると思っていましたけれど。助手としては、殊勝な心掛けですわね」
助手になった覚えはないけどな……まあ、出会った時の『下僕として協力させてあげますわよ!』という扱いよりは良くはなっているのか?
「貴方が私の魔法を広めてくれているおかげで、王国や同盟の貴族から支援の申し出もありますのよ。ガラテア伯爵から感謝の手紙が何枚も……イングリットやディミトリ陛下も直接お礼を言いに来ましたし……」
「ほう……それは、コンスタンツェのお家再興の夢に近づいている。良いことだ」
コンスタンツェはずっと没落した自分の家、ヌーヴェル子爵家の再興を目的にしていたからな。
あの、植物の成長を早める魔法はフォドラ大陸全土の食料問題を解決できる程の大発明だと思うし、家を再興してもお釣りがくるくらいの価値はあると思う。
「オーディン。貴方は魔法と呪術に詳しいですし、私とは違った研究者の視点も持っています……その、相性はそこそこ良いと思いませんこと?」
「そこそこ? いや、俺とお前ほど相性の良い呪術士はいないだろう!」
「えっ……そ、そ、そうですわよね!」
フォドラにやって来て数年になるが、これまで俺の呪術研究に付き合ってくれるような魔道士は、コンスタンツェくらいしかいなかった。
最近ではリシテアも呪術に興味を持ってくれているが、俺と同じ呪術士として研究を語り合える存在は、今のところコンスタンツェだけだ。
「私の研究を手伝ってくれる、貴方という存在は、まさに……最高の従者、従僕ですわっ!」
「ええっ……従者?」
「ヌーヴェル家を再興した暁には、貴方を雇い入れて差し上げますわ! ……セイロス騎士団長よりも待遇は良くしますわよっ!」
一応、俺がセイロス騎士団長だということは分かっているみたいだ。
その上で、従者として雇いたいらしい。
「……も、もし、従者として雇われるのがどうしても嫌というのなら……と、特別にヌーヴェル家の一員として迎えて差し上げてもよろしいのですよ!」
「ヌーヴェル家の一員? どういうことだよ?」
「べ、べべ別に貴方のことは嫌いではありませんし……考えておいてくださいましてよ!」
考えておいてくれと言われても……。
しかし、ヌーヴェル家の一員ということは、俺はオーディン=フォン=ヌーヴェルという名前になるのだろうか。
フッ……悪くないな。
◆◆◆
それから数日後。
連合軍はメリセウス要塞を発ち、帝都アンヴァルへ向けて進軍を開始した。
グロンダーズ平原での戦いとは違い、現在は連合軍が戦力で大きく上回っている。
防衛側である帝国軍が地の利を持っているとはいえ、勝ち目は薄いはずだ。
だが、俺たちは帝都へ攻め込む前に、いったん帝都から離れた場所に陣を構えた。
そして、エーデルガルトへ使者を送る。
互いに安全な場所で、武器を持たず、兵も連れずに話し合う。
これが、戦いを終わらせるための最後の機会だ。
「しかし、皇帝陛下は来るかな? この状況は、実質最後の降伏勧告だろうよ」
「クロード……どちらにせよ、この行動には価値がある。俺は信じているよ」
「エーデルガルトは来るよ」
「フッ……先生もそう思うか? 俺の“闇の力”が告げている……エーデルガルトは必ず来る……!」
この場にいるのは、クロード、ディミトリ、ベレス先生、そしてこの俺、“漆黒のオーディン”の四人だ。
連合軍のトップ四人が、武器も持たずに陣を離れる。
当然、かなりのリスクを伴う行動だ。
だが、仮に帝国軍から強襲されたとしても、俺と先生なら武器がなくても魔法で自衛できる。
……まあ、なんとかなるだろう。
それに、エーデルガルトは勝ち方に拘るタイプだ。
こういう時に、騙し討ちで勝とうとはしない。
「あら、久しぶりね、先生。……それに、ディミトリ、クロード、オーディン」
エーデルガルトは現れた。
従者のヒューベルトだけを引き連れて。
「……エーデルガルト、本当に応じてくれるとはな」
「流石は、皇帝エーデルガルト陛下。豪胆なことで」
「ただの気まぐれよ。それで、何を話したいの?」
ディミトリ、クロード、エーデルガルト。
かつて士官学校で共に学んだ三人が、今では王国、同盟、帝国、それぞれの頂点に立っている。
そして今、その三人が再び同じ場所に集まっている。
まるで、士官学校時代に戻ったような……懐かしい光景だった。
「……単刀直入に聞く。君は、なぜこんな戦争を起こした。無駄な犠牲を生むような方法を取らずとも、国家の在り方を変えることはできたはずだ」
「それが最も犠牲が少ないからよ。わからない?」
まずは、ディミトリがエーデルガルトへと問いかけた。
本当なら、一番最初にレア様の引き渡しと、戦争を終わらせるための条件を提示するつもりだった。
だが、ディミトリの疑問は、俺たち全員が抱いていたものでもある。
……まずは、聞くことに徹するとするか。
「……わかるものか。現にこの戦いで、数え切れぬほどの人が命を落としてきた」
「変革に時間がかかるほど、今の歪んだ世に産み落とされる犠牲者は増えていくわ。戦争の犠牲者と、それとを天秤にかけて、私は前者を生むことを選んだ。それが最善の道だと、私は思っている」
「戦禍に喘ぐ民衆の顔を見てもなお、彼らに未来のために命を投げ打てと強いるのか。弱い者の、持たざる者の悲鳴に耳を貸さず、戦に血道を上げ続ける……そんなやり方では、結局、強者が弱者を支配する構造を変えることはできない」
「そんなことはない。その構造を、私は破壊し尽くそうとしているのよ。それでも弱者が変わらず弱者であろうというのであれば、それは、ただの甘えだわ」
ディミトリとエーデルガルトが論争を続ける。
お互いに声を荒げたりはしない。
淡々とした口調のまま、それでも一歩も譲らず、自分たちの信じる道を語り続けている。
先生、ヒューベルト、そして俺は、二人の議論を黙って聞いていた。
「二人とも、ちょっと極端すぎないか」
クロードが二人の議論に口を挟んだ。
「変えるべきものがある。それは俺も同意する。だが、エーデルガルト。お前のやり方じゃ、戦争に勝った後も『誰が正しい未来を決めるのか』って問題が残る」
「……その問題は残らないわ。私はフォドラの身分制度の構造を壊して変革する。誰か一人が正しい未来を決めるのではなく、誰もが自分自身の未来を決められるようにするのよ」
クロードの言葉にエーデルガルトが答えた。
エーデルガルトが言う『誰もが自分自身の未来を決められる』という社会が、具体的にどのような制度になるのか、俺にはまだ想像できない。
だが、エーデルガルトの言葉には迷いがなかった。
少なくとも彼女の中では、その未来がはっきりと見えているのだろう。
「エーデルガルト、君の考えていたことはわかったよ。だが、それを他者に強いるな。君は自分たちの未来を自分たちで決められる世界を作るために、その人たち自身の意思を無視して戦争を始めたんだ」
「……!」
ディミトリの言葉にエーデルガルトが初めて言葉を詰まらせる。
「ああ、そして結果はその有り様だ。帝国軍は追い込まれて、帝都アンヴァルが落とされるのを待つのみ。俺たちを少々侮りすぎたな」
「……同盟も王国も計算外の動きをされたからよ。貴方たちの結束力を侮っていたのは認めるわ」
クロードが現在の状況へと話を戻した。
エーデルガルトは帝国軍が追い込まれていることは、認識しているらしい。
「政治論争はその辺にしてそろそろ本題に入りたいんだが……今後の和平についての」
国家論的な話は一旦終わりそうだから、この辺で本題へと戻したい。
俺は、ただのセイロス教会の騎士団長だからこういう話には、どうしても入りづらいからな。
真剣な三人には悪いが、俺はフォドラ各国の統治には興味ないし……。
「和平? ……オーディン、貴方は今更和平が成り立つと思うの?」
「レア様を返してくれたら、俺たちは兵を退くから普通に成り立つんだが……」
俺としては、本当にそれだけの話だった。
そもそも、連合軍の大義名分はレア様を奪還することだ。
連合軍結成時でも、ミルディン大橋でも、グロンダーズ平原、メリセウス要塞、そして今の帝都アンヴァルを目前にしても、その条件は変わっていない。
レア様を返してくれるなら、俺たちは戦争を終わらせる。
別に帝国を滅ぼしたいわけでもない。
皇帝エーデルガルトを処刑したいわけでもない。
帝国の領土を奪い取りたいわけでもない。
ただ、レア様を取り戻したい……それだけだ。
「……ずっと同じ条件で和平を求めてきたはずなんだがな」
「……」
俺がそう言うと、エーデルガルトは少しだけ眉をひそめた。
もちろん、戦争を引き起こした帝国に何らかの責任を取らせる必要はあるかもしれない。
だが、今回の戦争で最も大きな被害を受けているのは、他ならぬ帝国軍とアドラステア帝国の民衆だ。
セイロス教会は、五年前のガルグ=マク大修道院襲撃を除けば、これまでの戦いで大きな敗北を喫してはいない。
ファーガス神聖王国も、戦争開始直後に帝国との国境で小競り合いがあった程度。
その後はコルネリアの反乱や西部貴族の反乱によって国内が揺れたものの、帝国軍との戦闘による被害は限定的だ。
レスター諸侯同盟に至っては、帝国から直接侵攻を受けてすらいない。
それに対して、アドラステア帝国は敗戦を重ね続けている。
帝国軍は甚大な損害を受け、今や帝都そのものが陥落寸前だ。
「でも……それはできない相談だわ。レアを取り戻したいのなら私を倒すことね」
「……なんでだよっ!?」
……もう、ここまで追い込んでいるのに戦う意味があるのか?
「貴方には私の理想が理解できないでしょうね」
「ああ、正直よくわからん。だけど、その理想はレア様を俺たちに返した後で、アドラステア帝国で実施してみればいいだろ」
「できないわ。レアがいれば、必ず邪魔になるから」
じゃあ、なんでベルナデッタが教務卿になった時にレア様を指導役にしてるんだよ? それだと邪魔にはならないのか?
たとえ敗北したとしても、レア様は絶対に返したくないらしい。
「ヒューベルト、お前らこのままだと負けるぞ! 主を思ってなんか忠告してやれ!」
「ククッ……ここで私に話を振るのですか? 私はここに全力で兵を投入して、貴殿ら四人を討ち取るのが最善策と提言したのですが……まあ、失敗するでしょうが」
ああ……お前はそういう奴だったな。
実にヒューベルトらしい作戦だ。
「ククク……ですが、陛下はその提言を採用されなかった。ならば、あとは陛下ご自身の意思に従うまでです」
「そういうことよ……話は終わりでいい?」
「レア様がいると困る理由を具体的に教えてくれよ……」
「レアが大司教の座にいる限り、フォドラの人々は彼女を中心とした古い秩序から完全には逃れられない。私は、それを終わらせたいのよ」
レア様は竜族で長命だからな。
ずっと大司教として、続けられるとエーデルガルトの政策としても困るところがあるのかもしれない。
帝国が滅びる瀬戸際なのに、返還しない理由になるとは思えないけどな。
「話し合いは終わりよ。言っておくけど、私は負けるつもりはないわ」
「……戦いで決着をつけるということは、わかった」
エーデルガルトは、もうこれ以上話し合うつもりはないらしい。
ならば、俺たちもこれ以上、和平を求め続ける意味はない。
「最後に、もう一つだけ聞きたいことがある」
「……何かしら?」
「ダスカーの悲劇の件だ」
「……っ!」
俺の言葉にディミトリが反応する。
今はあまり気にしていないみたいだが、士官学校の終わり頃は、エーデルガルトのことをだいぶ恨んでた時期があったからな。
これは解消しておきたい遺恨だ。
「貴方が私への手紙に書いていた推察通りよ。私は当時13歳……ダスカーの悲劇の首謀者どころか政治的権限も何一つ持っていなかったわ」
「つまり、コルネリアが言った母上が『実の娘の手にかかって死んだ』という言葉も……」
「私がお母様を殺すわけないじゃない……戯言か、何かの比喩表現だったのでしょうね。私はあの当時、闇に蠢く者に地下に繋がれて……実験対象にされていたから」
「……」
ディミトリが黙り込む。
……やっぱり、そういう反応になるよな。
エーデルガルトは、やはりリシテアと同じく闇に蠢く者たちに実験対象にされていたらしい。
皇位継承を持つ者を実験対象にできるとは……闇に蠢く者たちは帝国の根深いところまで巣食っていたらしい。
しかも、その後はエーデルガルト自身が奴らを排除したという。
「オーディンの手紙で思い出したわ。ディミトリ、貴方……王国で私と遊んでた子ども……ディーだったのね」
「ああ……あの時は気の利いた贈り物をしてやれなくて悪かったな」
「ええ、そうね。短剣なんて物騒な贈り物に困惑したわ……でも、貴方があの時言ってくれた『きみの望む未来を、切り拓くんだ』という言葉は、ずっと覚えているわ」
「……そうか」
……なるほど。
昔の二人は、そんな関係だったのか。
「最後に、あの時に言えなかったことを伝えておくわ」
「……エル」
「ありがとう。貴方のおかげで、私の心は挫けなかった」
「……ああ」
エーデルガルトとディミトリの会話が終わる。
エーデルガルトは先生に向き直した。
「ファーガスの王、レスターの盟主、そして連合軍の総大将。私は皇帝として、貴方たちを帝都で待っている。決着をつけましょう」
こうして、俺たちの最後の会議は目的を達成出来ずに終わった。