ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
俺は“漆黒のオーディン”、世界を救う為遥かな時を超え現れた、選ばれし闇の騎士団長だ。
エーデルガルトとの交渉は決裂に終わった。
ディミトリと遺恨は解消できたと思うし、エーデルガルトが考えていることもなんとなくわかった。
クロードはもうちょっと、国家論について話し合いたそうにしていたが、それはレア様返還の後押しにはならなそうだったしな。
ただ、ベレス先生だけは結局一言も喋らなかった。
それでも、会談が終わって陣へ戻る途中、先生は小さく呟いた。
「……これでよかった」
「……先生、何がだ?」
「全部」
先生は、それ以上何も言わなかった。
俺の
エーデルガルトと戦うことになったのに、「これでよかった」と言う。
……やっぱり、先生は不思議な人だ。
「ありがとう、オーディン。俺と彼女の個人的な話まで付き合ってくれて」
「フッ……別にいいさ。王国にはダスカーの悲劇の関係者が多い。エーデルガルトが関わっていないことを知れて、俺もホッとしている」
「まあ、おかげで同盟の俺は入りづらい話だったわけだ。もう少しあいつの国についての考えを聞きたかったところなのにな」
終わって陣に戻ると、ディミトリがお礼を言ってきた。
ダスカーの悲劇は俺としても気になる話だったから真相に近づけて嬉しい。
クロードは逆に不満を言っているが……
先生とディミトリと別れて、クロードと二人で話すことにした。
「いや、あれ以上聞いてどうするんだ?」
「どうするって、そりゃ聞くだろ。エーデルガルトがどんな国を作ろうとしているのか、まだ肝心なところが分からないんだから」
「『全員が自分の意思で未来を決める国』って言ってただろ、具体的に何するかとかは聞けてないが」
「それを聞きたかったって話だよ。レスター諸侯同盟でも参考にできるかもしれないだろ」
「フッ……金鹿を祀りし同盟を統べる者よ。答えは簡単だ。この戦争が終わった後に聞けば良い」
「……ああ、まあそうだな」
クロードは納得したようだ。
……というか、エーデルガルトとディミトリがどういう国を作りたいかはさっきの論争でなんとなくわかってきたが、クロードが同盟をどうしたいかは未だによくわかっていない。
よく野望がどうの言っていたから、何かしたそうだけど。
「そういえば、お前も同盟についてどうしたいとか言ってなかっただろう。結局、クロードは何をするつもりなんだ?」
「おいおい、やっと聞いてくれたな、きょうだい」
「フッ……その『きょうだい』とやらは“闇の同胞”という意味か?」
「うーん……まあ、似たようなもんか? 親しい奴とはそう呼び合うんだよ。俺の故郷ではな」
なんか同盟ではあまり聞かない風習だな。
そもそも、クロードは自分のことを『異物』だとか言ってたから、同盟の出身ではないのかもしれないが……
「それで? その“きょうだい”であり“闇の同胞”である俺に、ようやく野望を教えてくれるというわけか?」
「そういうことだな。……まあ、簡単に言えば、俺はフォドラをもっと外に開かれた国にしたい」
「外に?」
「ああ。フォドラの人間が、異民族や異文化を理由に相手を恐れたり、逆に恐れられたりしない世界さ」
クロードが前に言ってたのは『新しい価値観を描き直して、壁を壊し、雪崩れ込んで、ひっくり返す!』みたいな抽象的なことだったが、具体的な内容を聞くとだいぶまともだな。
「野望とか言ってるから、他国と戦争してフォドラを統一するようなことを考えていると思ってたぞ」
「はははっ、それも考えたさ……ただ、今の状況だと、その手は打てないと思っただけだ」
「考えてたのかよ……物騒だな」
「手段の一つだよ。教会のお前や先生、友好関係の王国と敵対してまでやるようなことじゃないさ」
クロードは、やはり油断ならない奴だった。
しかし、“漆黒のオーディン”と先生の力に恐れをなして考えをやめたようだ。
まあ、普通に仲がいい奴と戦争したくないと思ったのかもしれないが……
「俺は戦争で世界を一つにしたいわけじゃない。むしろ逆だ。国境や民族の違いを理由に、互いを知らないまま争うことを終わらせたい」
「クロードにしてはまともなことを言うな……その話には俺も賛同できる」
「俺にしては、ってなんだよ……俺はいつもまともなつもりだぜ」
「まあ……貴様の場合、まともなことを言っている時ほど、何か裏がありそうに見えるからな……俺は闇の言霊を感じることができるのさ」
「酷い言われようだな、おい」
クロードが苦笑する。
だが、俺も冗談だけで言ったわけではない。
エーデルガルトは、古い身分制度を壊し、人々が自分自身の未来を選べる世界を目指している。
ディミトリは、戦争によって傷ついた人々の声に耳を傾け、弱い者を切り捨てない国を作ろうとしている。
そしてクロードは、国境や民族の違いを越えて、人々が互いを知ることのできる世界を目指している。
三人とも、目指しているものは違う。
けれど、その根っこにあるのは──今のフォドラを変えたいという思いなのだろう。
「今のフォドラは閉じすぎている。国同士ですらそうだ。ましてや、フォドラの外にどんな国があるのか、どんな人々が暮らしているのか、ほとんど知られていない」
「つまり、外国との貿易を増やしたいんだろ」
「……いや、まあ、それもあるけどな……」
「俺も戦争が終わったら、外国を旅してみたいなぁ……このフォドラの外にはどのような血が騒ぐ世界が広がっているのだろうか?」
戦争の後のことは考えていなかったが、有りだな。
アルビネ大陸やモルフィス大陸……ブリギット諸島にダグザ大陸、俺の知らないまだ見ぬ魔法や伝説の武器が眠っているかもしれない。
「なら、パルミラに来るか?」
「なんでパルミラになるんだよ」
クロードは何故かパルミラという国を勧めてきた。
パルミラは同盟の東側にある、蛮族の国だ。
ヒルダの実家のゴネリル公爵領にある要塞『フォドラの首飾り』によく侵攻してくる敵国で、ヒルダがよく愚痴っていた。
俺もデアドラや首飾りで何度か戦ったことがある。
蛮族の国らしく魔法使いが一人もいなかった。
伝説の武器はあるかもしれないが、あまり俺の好みではない。
「パルミラって蛮族の国だろ……俺はもっと魔法的なかっこよさのある国の方が好みだ」
「おいおい、お前結構酷いこと言ってるぞ」
「フン、えらくパルミラのことを庇うな? お前、さては……」
「ああ、実は俺、パルミラの出身なんだ」
えっ……?
適当なことを言ったら、当ってしまった。
「その……蛮族とか言ってすまんな」
「別にいいさ。俺も野蛮な連中だとは思ってたからさ」
「それはそれで、どうなんだ?」
「それでも、俺にとっては故郷なのさ」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ考えた。
俺にとって、フォドラは故郷ではない。
この世界に来てから数年が経ったが、それでも俺の故郷は別の場所にある。
俺の故郷はイーリス聖王国だ。
もう、戻ることはできないが……
「しかし、パルミラに行くっていっても、お前はレスター諸侯同盟の盟主だろ? そう簡単に故郷へ帰れる立場でもないはずだ」
「まあ、それはそうなんだが」
「急に盟主を辞めて、パルミラに戻るなんて真似はするなよ。レスターの盟主としてパルミラと外交する……それならついて行っても良いぞ」
「はははっ……オーディンにしては鋭いじゃないか。まあ、わかったよ、きょうだい……その時はよろしく頼む」
俺にしては、ってなんだよ。
まさか、本当に盟主を放って、俺に故郷パルミラの観光を案内する予定だったのか?
◇◇◇
ルーナ視点
連合軍の首脳陣と帝国軍のエーデルガルトとの交渉は失敗に終わった。
まあ、士官学校時代エーデルガルトとは会話したことなかったあたしでも、なんとなく彼女は折れないんだろうなと思っていたから予想通りだった。
あたしたち『フォドラの夜明け』の飛行部隊である紅蓮隊は現在、上空で帝都アンヴァルを偵察中だ。
オーディンの呪術によって、敵将の数と大まかな位置はすでに割り出せている。
あたしたちがやるのは、帝都アンヴァル内部の敵兵の配置を直接確認し、その情報の確度を上げることだ。
これも、オーディンの〈神軍師〉の能力があれば必要ないのかもしれない。
それでも、情報収集の手段は多い方がいい。
オーディンによる呪術の感知で帝国軍麾下の将は軍団長をはじめ殆ど残っていない。
外務卿ゲルズ公爵、内務卿ヘヴリング伯爵も帝都アンヴァルにはおらず、士官学校時代の同級生が数名いるだけだ。
エーデルガルト、ヒューベルト、ペトラ……そしてエーデルガルトが
帝都アンヴァルに残っている帝国軍の主だった将は、それだけだった。
偵察部隊が好き勝手に動いているのを厄介に思ったのか、迎撃の飛行部隊が出てきた。
先頭のドラゴンに乗っている人物を見て、あたしは思わず目を見開いた。
異民族風の衣装。
見覚えのある顔。
「嘘でしょ、ペトラっ! なんで、ドラゴンに……!」
「ドラゴン、ブリギットにはいません。空高く飛ぶ、技は役立ちます。凄いです。……私、士官学校、フォドラで覚えた全て、貴方たちにぶつけます!!」
飛行兵というのは厄介だ。
制空権を取るという意味でも、敵軍の飛行兵は必ず排除しなければならない。
だが、空を飛ぶ相手を無傷で制圧するのは難しい。
抵抗する相手を落とせば、そのまま命を奪うことになる。
かつて空中戦で戦ったラディスラヴァ将軍もそうだった。
あの時も、あたしには彼女を殺す以外の選択肢がなかった。
厄介なのはそれだけではなかった。
ペトラが弓を構え狙いをつける。
放たれた矢は真っ直ぐにあたしの乗るグリフォンの飛行軌道上に定まっていた。
盾でなんとか防ぐ。
飛行兵に弓使いは天敵だ。
「やりますね、ルーナ」
「ドラゴンナイト? ……ドラゴンマスター?」
ペトラの兵種に違和感を覚える。
飛行兵でも弓を使えるとはいえ、彼女の腕前はまるで〈弓の達人〉スキル持ちのようだ。
そしてそれに該当する兵種は……
〈ドラゴンロード〉。
ブリギットの姫はロードたる資格を持つ者だった。
「もうっ! 飛行弓はクロードの専売特許じゃなかったの!?」
「ブリギット、相手の技、学び、盗みます。それが、生きる為の手段です!」
ペトラの弓戦技〈ウィークショット〉を槍で払い落とす。
矢を避けているだけでは、いつかグリフォンを撃ち落とされる。
あたしに残された手段は一つ。
距離を詰めるしかない。
けれど、向こうだってそれを分かっている。
ペトラはドラゴンを操り、あたしから一定の距離を保ちながら弓を構える。
……簡単には近づかせてくれない。
「ルーナ。貴女、倒して、ラズワルド、オーディン倒す。私、アドラステア帝国を守る、ブリギットの盟約、果たします!」
「言ってくれるじゃないの!」
ペトラは全ての覚悟を持ってここに来ている。
帝国のため。
ブリギットとの盟約のため。
そして、自分が帝国で学んだものを無駄にしないため。
きっと、ここで斃れることになったとしても、ペトラはあたしたちを恨みはしない。
それでも……あたしだって、簡単に負けるつもりはない。
「だったら、あたしも本気でいくわよ、ペトラ!」
グリフォンの翼が大きく羽ばたく。
槍を構え直し、あたしはドラゴンへ向かって一気に距離を詰め──なかった。
構えた槍を、全身の力とグリフォンの加速を乗せて投げる。
セイロス教会から貸し受けた、名槍グラディウス──その最大の強みは投げ槍としての性能だ。
「なっ……!?」
ペトラは咄嗟にドラゴンの手綱を引いた。 巨体が大きく傾き、グラディウスがその翼を貫く。
翼を貫かれたドラゴンが飛行能力を失い、落ちていく。
そのドラゴンの背に捕まるペトラをグリフォンで追いかける。
──間に合う!
「ペトラ! こっちへ飛んで!」
「……っ! ルーナ」
ペトラがあたしのグリフォンへと飛ぶ。
お互いが手を伸ばす。
そして──その手を掴んだ。
想像以上の勢いに、あたしの身体が大きく引っ張られる。
「ペトラ、しっかり掴まってなさい!」
「はいっ!」
ペトラがあたしの腕を強く握り返す。
そのまま、あたしはグリフォンの手綱を引いた。
落下していた二人の身体が、再び空へと持ち上がっていく。
〈グリフォンナイト〉の兵種スキル〈運び手〉は、二人の人間を背中に乗せても安定して飛ぶことができる。
……まさか、こんなところで役に立つなんてね。
「……なぜ、私を助けたのですか?」
ペトラが不思議そうに尋ねる。
あたしは少しだけ彼女の顔を見る。
士官学校で一緒に過ごした、懐かしい顔。
今は敵同士だけど──それでも。
「あたしたちは誓ったのよ」
「誓い……?」
「もう、友達は死なせないって」
◇◇◇
ラズワルド視点
上空のルーナとペトラは、どうやら決着がついたようだ。
本当にハラハラしたよ。
ああいう戦いは、もう見たくない。
空を飛ぶ者同士の戦いは、地上での戦いとは違い、一度でもバランスを崩せば、そのまま落下する。
そして、落ちた者を待っているのは、ほとんどの場合、死だ。
「……よかった」
ルーナがペトラを助けたのが見えた時、思わず胸を撫で下ろした。
ペトラは敵だ。
今は帝国軍として、僕たちと戦っている。
それでも、彼女は僕たちの友達だった。
士官学校で、一緒に笑って、一緒に学んだ仲間だ。
そんな彼女を、戦場だからという理由だけで殺したくなんてない。
千年祭で連合軍を組むことを発表した時、オーディンはとある宣言をしている。
それは、『士官学校の同級生は誰一人殺したくない。みんな協力してくれ』というものだった。
僕は小さく笑った。
……まったく。
あいつは、本当にお人好しだよ。
事実、フェルディナンドも、ベルナデッタも、カスパル、リンハルト、イエリッツァ先生や他の黒鷲の学級の生徒たちもみんな生きている。
監視役のドロテア曰く、捕虜用の天幕が同窓会みたいになっているらしい。
「これで、オーディンとの約束も……あと少しだね」
残るはエーデルガルトとヒューベルト、他四人。
彼ら彼女らの中に飛行兵はいないから、ペトラ以上に制圧が難しいことはないだろう。
僕は今、帝都アンヴァルの中を進む連合軍の一番先頭にいる。
帝国軍の抵抗は最初は激しかったが、戦力差もあって徐々に抵抗は少なくなってきている。
「ふむ……ラズワルド殿、貴殿が来ましたか」
「不満そうだね、ヒューベルト」
帝都アンヴァルの宮城前、そこには、エーデルガルトの腹心中の腹心ヒューベルトの姿があった。
ヒューベルトは最後まで、エーデルガルトの側にいると思っていたので意外だ。
「ええ、不満ですよ。貴殿を殺したところで、戦局には何の影響もなさそうですからね」
「酷いなぁ」
実際、僕が死んだところで連合軍は勝てるだろう。
しかし、僕が死んだら僕を好きな女の子たちが悲しんでしまうし……それなりに付き合いが長いオーディンなんかはたぶん立ち直れないくらい落ち込むだろう。
それに、『フォドラの夜明け』唯一の戦死者にはなりたくないな……『フォドラの夜明け』は結成して五年経つが、誰一人戦死者どころか怪我による再起不能者すら出していないので、僕が最初の一人になるのは避けたい。
「……僕が『フォドラの夜明け』で最初の戦死者になるのは、ちょっと格好悪いしね」
「結局、この五年で末端の団員の一人すら殺せなかったとは……羨ましいほどの練度ですな」
『フォドラの夜明け』はすでにフォドラ大陸の伝説的な部隊となっている。
その副団長になれたことは誇らしい。
「ヒューベルトは覚えているかい? 僕とエーデルガルトがお茶会をしたあの日」
「ええ、覚えていますよ。私は貴殿の背後に立っていましたからね」
「君にあの時『主に害をなすつもりなら消しますよ』って言われた時は本当に怖かったよ……」
「私はあの時、貴殿を始末しておけばどんなによかったか……後悔の日々ですよ」
ええ……ヒューベルトは酷いことしか言わないなぁ。
ちょっとは再会を喜んでくれてもいいのに。
まあ、僕と彼との関係はその程度のものしかないから仕方ないか。
仮に仲が良かったとしてもヒューベルトはこんな感じだろう。
「僕との因縁はこれだけかな……」
「まあ、貴殿と私の関係など、その程度ですよ。殺し合いを止める理由にすらならない」
人によっては、殺し合いをしない理由になると思うけど、ヒューベルトは違うからね。
仕方ないか。
「そうか……残念だなぁ」
「何がです?」
「せっかく五年ぶりに会ったんだから、もう少し友好的に話せると思ってたんだけど」
「戦場で再会した相手に求める態度ではありませんな」
「まあ、それもそうか」
僕は苦笑してしまう。
ヒューベルトも僕を殺すことを焦っていない。
たぶん時間稼ぎをしたいのだろう。
「じゃあ仕方ない。友達じゃないなら──敵として相手をするよ」
「ええ。それで結構」
ヒューベルトが杖を構える。
ヒューベルトは〈ダークビショップ〉、純粋な闇魔法使いだ。
「では、参りましょうか。ラズワルド殿」
「まあ、長くはならないよ」
「……?」
「僕もフォドラには五年いたんだ。学んだことはたくさんある」
僕の夢だった〈踊り子〉になった。
このフォドラで新たにオーディンが開発した〈剣聖〉や〈ブレイブヒーロー〉。
そして、僕の専用職の〈ヴァンガード〉。
フォドラでは様々なことを経験した。
前の世界から持ってきた剣を模し銀製に打ち直した愛用の舞剣。
セイロス教会から貸し受けた名斧オートクレール。
サブウェポンのトマホークやデビルソード。
だけど、結局それも必要ない。
僕は何も持たずに構える。
「僕は知ったのさ……このフォドラで一番信じられるのは、自分の拳ってことをね」
「……!?」
〈ウォーマスター〉、スキル〈魔殺し〉、スキル〈素手格闘〉、スキル〈切り返し〉。
僕が負ける要素は何一つなかった。
ヒューベルトの顔面に四発の拳。
それだけで、最も厄介な皇帝の従者は宮殿前の広場という名の