ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
第99話『神よ、その黄昏よ』
古の神が住まいいしはずの地ティニスにて、
ついに神ならざるものが目覚める。
異形の巨躯が、世界を水の底に沈めるために蘇る。
すべての人の子らに滅びを。
すべての獣、すべての鳥、すべての魚に救いを。
命の血を流しすぎた人の子らに、報復を。
ベレス視点
「夜明けがこない?」
最初に気づいたのは誰だっただろうか……
宴が終わって、眠りについた私たちはそのまま目覚めても朝を迎えていなかった。
タルティーン平原はまだ夜深く、誰も気づいていなかった。
「どういうことだ? もう朝が来てもおかしくない時間だと思うが……」
「あたしも結構な時間寝てた気がするけど、なんでまだ夜なの?」
「みんな朝日を見ていないって話だけど……どういうことだろう?」
すでに目が覚めた者たち……オーディンたちが集まって話している。
私一人だと勘違いで済む話なのだが、この場にいる全員がまるで
動揺はフォドラ大陸連合軍にも広がっている。
宴が終わり、眠りについた者たちが目覚めても夜が明けていないのを誰もが不気味がっている。
「天刻の拍動が……使えない」
「てんごくの……なんだそれ?」
天刻の拍動はソティスと私しか知らない力なので、オーディンが聞き返してくる。
今までなら、何かがおかしいと感じた時、私は時間を巻き戻すことができた。
けれど──。
何度試しても、あの感覚が返ってこない。
まるで、この世界そのものが時間を拒絶しているようだった。
『……ああ、やはりそういうことだったのか』
『我らが危惧しておったことが……起こるのか』
援軍に駆けつけてくれた二体の聖獣、“風を呼ぶもの”マクイルと“動かざる重きもの”インデッハが呟いた。
「聖獣様たち……どういうことです?」
オーディンが聖獣に問いかける。
彼らは私が眠っている五年間の間に面識を持ったらしい。
『……以前、話をしたであろう。世界を滅ぼす力を持つものは、あの下らん地虫どもでも、解放王でもないと……』
『世界を滅ぼし得る力を持つもの……それは神祖ソティスただ一人』
「……女神様が?」
オーディンが呟いた。
その声に、私は思わず息を呑む。
ソティス。
私の中に宿り、長い間ともにあった存在。
私に力を与え、私たちを導いてくれた女神。
そのソティスが──世界を滅ぼす?
「マクイル、インデッハ……何を言っているのです……神祖が……お母様がそのようなことをするなど……」
レアが動揺しながら聖獣に話し掛ける。
彼女は聖人セイロスだ。
彼女がそのことを知らないのもおかしい。
『セイロス……お前は最後の眷属だったから知らぬのだ』
『……神祖の力は、一度世界を滅ぼしておる。お主も伝承は知っておるだろう』
「……嘘です……お母様が……では、あの伝承は本当だったのですか?」
二体の聖獣が話を続ける。
黙って聞いていたセテスがレアから顔を背けた。
どうやら、女神の眷属の中でレアだけが、知らなかったらしい。
「……セテス?貴方は……知っていたのですか?」
「……」
「答えてください、キッホル!」
レアが、震える声で呼び掛ける。
セテスの素性が四聖人の一人キッホルであることすら、すでに隠さない。
「……知っていた」
「なぜ……私に何も教えてくれなかったのです?」
「お前が知る必要はないと思っていた」
「そんな……! 私は……ずっと、お母様を信じて……」
その言葉に、セテスは目を伏せた。
震えながらも、言葉を続ける。
「私も、神祖を信じていた……だからこそ、恐ろしいのだ」
『我らは、神祖の眷属として生まれた。ゆえに知っておる』
『神祖の中にある……古き力が目覚めようとしておるのだ』
キッホル、インデッハ、マクイル。
彼らは北の空を見つめ続けている。
時間の止まった世界の中で、北の空だけが魔力のようなもので時空が歪み、
「私のせいですか……私が、器を……お母様を復活させようとしたせいで……」
「それは違う、セイロス。お前のせいではない」
器とは私のことだろう……レアが、私を器に女神ソティスを復活させようとしていた。
それは、他の世界の記憶がある私もわかっている。
しかし、こんなことは初めて起こった。
『人が栄えれば、いつかは来た未来の話だ』
『……それが今だったというわけだ』
北の空の彼方から、低い音が響く。
大地が震える。
タルティーン平原に集まっていたフォドラ大陸連合軍の兵士たちが、一斉に空を見上げた。
「何……?」
夜空に、巨大な亀裂が走った。
まるで黒い空そのものが、巨大な爪で引き裂かれたかのように。
その裂け目の向こうから──。
何かが這い出してくる。
巨大な角。
巨大な翼。
そして、空を覆い尽くすような巨躯。
それは竜だった。
だが、私が知っているどの竜とも違う。
その身体は──すべてを光から奪い取ったかのような、灰色。
生きているのかすら分からない。
ただ、その身体から放たれる力だけが、この世界を圧倒していた。
「……お母様」
「あれは……竜なの……?」
「……あんな巨大なものと、どう戦えばいい?」
「冗談もほどほどにしろって……」
レア、エーデルガルト、ディミトリ、クロード。
フォドラ大陸連合軍の四つの軍の指揮官たちも、兵士たちも……誰も武器を構えようとしない。
それは、あまりにも巨大だった。
その名は“全てを終わらせるもの”。
その姿を見上げているだけで、自分たちが小さな虫にでもなったような錯覚を覚える。
私はこれまで、あらゆる敵と戦ってきた。
闇に蠢く者たち、覇鎧エーデルガルト、フォドラ大陸の十傑、解放王ネメシス……別の世界では、暴走したレア“白きもの”とすら戦った記憶がある。
だが、目の前の絶望を前にすればそんな経験は無に等しかった。
レア、エーデルガルト、ディミトリ、クロード。
ヒルダ、ローレンツ、イグナーツ、ラファエル、リシテア、マリアンヌ、レオニー。
フェリクス、シルヴァン、イングリット、メルセデス、アネット、アッシュ、ドゥドゥー。
フェルディナント、ヒューベルト、カスパル、リンハルト、ベルナデッタ、ペトラ、ドロテア。
ユーリス、バルタザール、コンスタンツェ、ハピ。
セテス、フレン、アロイス、マヌエラ、ハンネマン、カトリーヌ、シャミア、ツィリル、ギルベルト、アンナ。
世界を滅ぼそうとしている災害に誰も勝てるはずもない。
全員の顔に絶望が浮かんでいた。
勝てないと諦めていた。
──三人を除いて。
「なんで僕たち三人が呼ばれたのか、ようやくわかったよ」
「これはまた、分かり易いラスボスが出てきたわね。それがあの女神様なのが残念だけど……」
「“全てを終わらせるもの”か……真の最終決戦に相応しい相手だぜ」
ラズワルド、ルーナ、オーディンがいつもの調子で話す。
目の前にいるのは、世界そのものを滅ぼしかねない存在。
それなのに、この三人には、恐怖も動揺もなかった。
「なんだ……女神様が暴走して世界を滅ぼそうとしちゃってたのか……最初からそう言ってくれればいいのに」
ラズワルドが少し悲しそうに呟く。
その表情にあるのは、絶望ではない。
……哀れみだった。
「大きいわね……だいたいギムレーと同じくらいかしら」
ルーナが“全てを終わらせるもの”を見上げながら、何かと比べている。
「安心しろ、先生。俺たちは、こういうのは“二回目”だ」
オーディンの言葉に、私は顔を上げた。
──“二回目”。
……その言葉がどれほど頼りになるか……別の世界を経験してきた私はその言葉の重みがよくわかっている。
そう、彼らは一度滅びる運命だった世界を救った異世界の英雄たち。
私たちの世界を救うために現れたのだった。
そう、女神ソティスによって呼ばれたのだ。
『のあああ!? な、なんじゃ、あれは!?』
「……ソティス?」
かつてオーディンから貰った緑の宝玉が反応し、小さな女神ソティスが目を覚ました。
そういえば、この宝玉にソティスの意志が残っていたんだった。
私と同化し私の中に入った神祖ソティス。
空を覆い尽くす巨躯で、見る者を絶望させている“全てを終わらせるもの”邪神ソティス。
彼女はそれらとは別の存在なのだろうか?
「あれは邪神ソティス、かつてフォドラ大陸を沈めた“全てを終わらせるもの”」
『わしがあれと同じ存在じゃと申すのかお主はっ!』
「……違うの?」
『うーむ、身に覚えがあるような……ないような……いやっ、とにかく、わしはあのような存在ではない!』
身に覚えがあるなら、やっぱりアレもソティスなのでは?
「あれを倒しても今のソティスは消えない?」
『そもそも、わしはお主と同化して消えたはずなんじゃ……この宝玉の中に意識が残っている方がおかしい』
「私もこの出来事は初めてだからね」
『うむ……アレを見てわしが思うのはひとつじゃ……あの“全てを終わらせるもの”は倒すべき存在だと』
「そう……じゃあ、気兼ねなく倒せるね」
あの“全てを終わらせるもの”がレアたちの言う女神ソティスと目の前の小さなソティスと同じ存在なのかはわからない。
しかし、この小さな女神ソティスはアレを倒せと言ってくれた。
オーディンたち三人と、この小さな女神ソティスの存在で大分心を落ち着かせることができた。
空に浮かぶ灰色の巨大な竜“全てを終わらせるもの”を見据える。
でも、あんな巨大な怪物をどうやって倒すのだろう?
「オーディン、作戦は?」
「フッ……“全てを終わらせるもの”の首の後ろ、そこを攻撃すれば奴を倒せる。〈神軍師〉オーディンからの提案は、奴の背中に乗り移り、そこで最終決戦だ」
「あんたが自分で考えたみたいに言わないでよね。あたしたちの世界のギムレーの時と全く同じ作戦じゃない!」
「ナーガ様のように転移させてくれる力を持つ人はいないから……自力で飛んで近づかないといけないね」
オーディンに作戦を聞くと、あの巨竜の背中で戦うらしい。
私もオーディンの〈神軍師〉の力と同様に、そこを守る存在があることを感じる。
しかし、ドラゴンやペガサスで“全てを終わらせるもの”の背中まで近づいて降りなければならないのか……。
「ペガサスナイトとファルコンナイトは女性兵を乗せてあげて……ドラゴン乗りは男どもね」
「重装兵と騎兵は連れて行くのは難しそうかな?」
「フッ……転移魔法の〈ワープ〉と〈レスキュー〉は温存しないと倒した後の脱出手段がなくなっていまうな」
ルーナ、ラズワルド、オーディンがいつも通りの慣れた様子で作戦を考え始める。
それを見て絶望していたフォドラ大陸連合軍の仲間たちも、落ち着きを取り戻し始めた。
「クロード、お前の不死隊に俺の獅子王隊を乗せてくれ」
「おいおい……本当にアレに飛び乗って最終決戦をやろうって言うのかよ」
「ここまできたら、やるしかないじゃない。神を打ち破り、人の世を取り戻すのよ」
ディミトリ、クロード、エーデルガルト。
フォドラ大陸の三国の君主が新たに会議に加わる。
「ディミトリ、アンタにあたしのグラディウスを貸すわ」
「ルーナ、いいのか?」
「アラドヴァルを壊して、ネメシスの時も手槍で戦ってたでしょ……王様のアンタが最終決戦で粗末な武器で戦うなんて締まらないでしょ」
ルーナの手からディミトリに名槍グラディウスが渡される。
なんとなく、蒼月グラディウス……そんな名前が頭に浮かんだ。
「じゃあ、エーデルガルトには僕のオートクレールを貸すよ。アイムールもラヴラウンダも壊れちゃったでしょ」
「ラズワルド、ありがとう」
「その斧、重くてあまり使ってなかったからね。……そのお礼は今度一緒にお茶をするってことで」
ラズワルドからエーデルガルトへ名斧オートクレールが渡される。
こっちは紅花オートクレールかな?
「あー、俺のフェイルノートも壊れちまってるんだが……いや、予備の鋼の弓を一応持ってるんだけどな」
「はいはい、クロードくん。僕のパルティアを貸してあげますよ。レスターの盟主様だけ普通の武器は格好がつきませんからね」
「なんか強要しちまったみたいで悪いね、イグナーツ」
イグナーツからクロードへ名弓パルティアが渡された。
翠風パルティア……なんだか、勝手に名前を付けてしまう。
まるで、思考がオーディンみたいだ。
「先生、言っとくけどメリクルは貸さねえぞ。天帝の剣は壊れてねえからな」
「さて、最後の戦いくらい暴れさせろよな! こっちは雑魚狩りばっかりで、つまらなかったんだ!」
「おっーほっほっほ! わたくしとしましては、ずっと夜が明けなくてもよろしいですが、世界を救う救世主になるのも一興ですわね!」
「ハピは普通に戦いたくないんだけど……あんなのの背中に飛び乗るなんて、正気?」
ユーリス、バルタザール、コンスタンツェ、ハピ。
灰狼の学級の四人。
「フッ……
「なぜ、エーデルガルト様ではなく貴殿が勝手に指揮を取ろうとされてるのですか? ……闇に葬りますよ」
「おっ! フェルディナント、ヒューベルト、喧嘩か? 最終決戦前に景気付けに殴りあっちまえ!」
「神祖ソティスがあんな巨大な竜だったなんてねぇ……とんでもない大発見なんだけどなぁ……」
「フォドラ、摩訶不思議、生物、多いです」
「な、な、なんでみんなそんなに落ち着いてるんですか!? あんな大きい竜に勝てるわけないでしょう! ……やっぱり、ベルはこんなところ来るんじゃなかったああああ!!」
「『フォドラの夜明け』も良かったけど、黒鷲のこの空気感も懐かしいわね……」
フェルディナント、ヒューベルト、カスパル、リンハルト、ペトラ、ベルナデッタ、ドロテア。
黒鷲の学級の生徒たち。
「フン……あんな巨竜、山を相手にするようなものだな」
「……何が相手でもおれは陛下を守る」
「イングリット、俺はお前のペガサスに乗せてくれないか……」
「シルヴァン……ペガサスは女性しか乗せないわ。落とされたくないなら、ドラゴンナイトに同乗なさい」
「あれが女神様の本当の姿なのね……」
「まるで、英雄物語の最後の敵みたいですね……なら、この戦いは勝つしかない!」
「もう、やるしかない! みんな、頑張ろう!」(力+4)
フェリクス、ドゥドゥー、シルヴァン、イングリット、メルセデス、アッシュ、アネット。
青獅子の学級の生徒たち。
「この僕、ローレンツ=ヘルマン=グロスタールの物語の最後の相手に相応しい敵だね」
「さあ、最後の戦いだ! その前に腹いっぱい食って行くぞ!」
「ラファエルくん、あまり食べ過ぎたら重くてドラゴンに乗れなくなってしまいますよ」
「マリアンヌちゃんは私のドラゴンに乗ってねー」
「ええ、ヒルダさん。共に戦い、モーリスとゴネリルの力を、再びフォドラに証明しましょう」
「マリアンヌ……あんた最近様子が変ですけど、大丈夫ですか?」
「あっ、魔獣殿! あんたの背中に騎兵とか重装兵とか乗せて飛んでいってくれよ!」
ローレンツ、ラファエル、イグナーツ、ヒルダ、マリアンヌ、リシテア、レオニー。
金鹿の学級の生徒たち。
『ふん……構わんよ。我の背中に乗れるだけ乗れ。どうせ飛ぶのは我じゃないしな』
『お主、本当に動かざるものだな……』
“動かざる重きもの”インデッハと“風を呼ぶもの”マクイル。
その背中に騎兵や重装兵たちが次々と乗り込んでいく。
「……フレン、お前は危ないから下がっていてもいいのだぞ」
「何を言うんですか、お父様! 選ばれし光の聖女“純白のフレン”の物語の最終章ですのよ! 出撃するに決まってますのよ!」
セテスとフレン。
フレンはどさくさに紛れて、セテスのことをずっとお父様と呼んでいる。
もう、父娘であることを全く隠すつもりはなさそうだ。
『……乗りなさい。ヴィルヘルム=パウル=フレスベルグの末裔にして、私の友人エーデルガルト=フォン=フレスベルグ。貴女と私たちで、この絶望を終わらせましょう』
「ええ、レア……いいえ、セイロス。貴女の紋章を継ぐ者として、決着を付けに行くわ」
“白きもの”へと変身したレアにエーデルガルトが乗る。
彼女たちが、憎しみ合い殺し合いをした世界を何度も経験した身としては本当に驚くべき光景だった。
「ちょっと、ラズワルド! オーディン! 二人してあたしのグリフォンに乗って来るんじゃないわよ」
「オーディン、〈運び手〉スキルで運べるのは一人だけだよ、君が降りなよ」
「グリフォンの輸送力なら歩兵二人くらいイケるだろっ! 俺だけ仲間外れにしないでくれよ……選ばれし者三人で行こうぜ」
ルーナのグリフォンにラズワルドとオーディンが乗って言い争っている。
他のみんなもそれぞれ飛行兵に乗り込み準備ができたみたいだ。
「乗ってくれ、先生。あんたを運ぶのは級長の俺しかいないだろ?」
クロードが手を伸ばしてくる。
その顔には、いつもの笑みが浮かんでいた。
けれど、その目だけは真剣だった。
「……行こう、クロード」
私はその手を取った。
クロードの操る〈バルバロッサ〉……その白い竜の背へと乗り込んだ。
夜明けの来ない空へ、私たちは飛び立った。