ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
ディミトリ視点
まだ昼間というのに薄暗い地下牢、身体を幾重も鎖を巻きつかせた状態で身じろぎ一つできず溜息が出た。
(……失敗した、黙って拘束されるべきではなかった)
伯父であり摂政であるイーハ大公リュファス=ティエリ=ブレーダッドの遺体が大公私邸で発見されたのは今朝の話だった。
警護を搔い潜り、執拗に痛めつけられている様子から、伯父上を殺害した者は強く恨んでいる者が犯行に及んだとされている。
王子である俺にも「一応の確認のため」調査するとドゥドゥーや警護の兵士と引き離された後は、いつの間にやら容疑者に仕立て上げられ、地下牢で魔獣を封じるかのごとく、厳重に捕縛されてしまっている。
(これほど強く拘束されてしまっては、いくら俺の馬鹿力とて引きちぎるのは難しいか……)
数回無理やり鎖を引きちぎろうと試みてみたが、身体に幾重も巻きつけられた状態では力を入れるのも困難だった。
普通の囚人が拘束されている状態ならば、無理やり拘束を破壊することも可能だというのに……
伯父上を殺害した者の正体はわからない。
伯父上の摂政派は俺が士官学校から戻ってきても王宮政治の主流だった。
王宮内に俺を支持してくれる高位の貴族はおらず、騎士や兵士もギュスタヴやドゥドゥー、近衛兵などの政治力を持たない者たち……対抗派閥の長を暗殺するような強硬な者はいない。
一番の容疑者として考えられるのは、宮廷魔道士コルネリアの手によるものだろうか……
俺が士官学校に行く前からも、彼女から嫌味や悪意のこもった言葉を投げかけられることはあったが、士官学校から戻った後は憎悪を増した気がする。
ただ、コルネリアは伯父上の摂政派の中心人物なので、自分が立てている人物を殺害する動機があるのか疑問が残る。
(こうして考えてみると、一番伯父上を殺す動機がある人間は俺だな……もちろん、やっていないが)
伯父上は俺が王位に就くことにずっと反対していた。
ファーガス神聖王国はダスカーの悲劇以降ずっと玉座を空のままにしており、俺が士官学校から戻れば継承するとされていたが、摂政派貴族たちにあれこれ理由を付けられ制止させられた。
最近はダスカーの悲劇について、かなり確度の高い情報を得たので、伯父上を問いただして口論となったこともあった。
……これは、俺に容疑がかけられるのも仕方のないことなのかもしれない。
しかし、良かったのかもしれない……これで、やっと……
「……やっと、死ねる……」
不思議といつも目を瞑る度に聞こえてきた、父の、母の、グレンの、死んでいった身近な者たちの声は聞こえない。
身動きの取れない状態で裁きを待つ俺に、死者たちも復讐を果たす力は存在しないと思っているのだろう。
(唯一、心残りがあるとすればあの女の首が取れないのが残念だ)
あの女だけは殺してやりたかった。
あの女だけはこの手で首を落とし、帝都アンヴァルの城門に首を晒してやりたかった。
あの女……エーデルガルトに復讐を完遂したかった。
『エル、どんな苦しい時でも負けては駄目だ。きみの望む未来を、切り拓くんだ』
もし、あの時、別の言葉をかけていれば、彼女は違う道を歩んだのかもしれない……
強硬にフォドラを統一しようとしなかったのかもしれない……
実の母親を謀殺するような真似をしなかったのかもしれない……
「エル……」
暗い闇の中で答えの出ない問答が続いた。
◇◇◇
アネット視点
「何を馬鹿なことを! リュファス様を殺したのが殿下だと!?」
「父さんの言う通りです、コルネリア様。何かの間違いなんじゃないんですか……?」
ファーガス神聖王国王都フェルディア。
あたしと父さんは宮廷魔道士であるコルネリア様に詰め寄っていた。
ディミトリ殿下の伯父にあたる摂政のリュファス様が何者かに暗殺され、その事件の犯人が殿下だと決めつけられていたからだ。
「警護を掻い潜り、あんな殺し方ができるのは……殿下くらいではなくて?」
「殿下にとってリュファス様は実の伯父。肉親を殺すような真似など、あの方には!」
「でも、昔から仲がよろしくなかったでしょ? 古い臣下の間では有名な話ですわよね。元々リュファス様には”ダスカーの悲劇”に関与していたという噂もありましたわ。何らかの確信を得た殿下が、怒りのままに殺してしまったのかもしれない」
たしかに、最近の殿下は少し様子がおかしい時もあったけど……それでも、そんな衝動的に行動を起こす人ではない。
さっきから、コルネリア様……いや、この女の言っていることはおかしい、最初から犯人を殿下と決めつけている。
「それに、最近も殿下とリュファス様は対立していらっしゃったでしょ……殿下が王位に就くのを阻むリュファス様のことを、邪魔に思っていたのは貴方たちもよく知ってるでしょう?」
「動機があっても証拠がありません! ……確証もないのに殿下を処刑するなんて、許されないですよ」
「ふふ……証拠も確証も、どうでもよいことよ、お嬢さん。……殿下の斬首は、既に決まりました。あんたたちには、どうしようもできないことよ」
全てが急すぎる.! 摂政のリュファス様の暗殺を知らされたのも今朝の話だし、その時にはすでに殿下は捕縛されていた。
まるで、最初から全てが仕組まれていたことのように……
「……コルネリア。貴様、まさか……!」
「刑の執行は明後日……この日をもって、王家の血統は途絶える。……指をくわえて見てろ、老いぼれ。お前が愛し、仕えた国の最期をな」
目の前の女……コルネリアから放たれる強烈な悪意。
間違いなく、この一連の事件を仕組んだのはこの女だ。
コルネリアは吐き捨て去っていった……まるで、あたしたちが何をやっても無駄だと思ってるみたいに。
「父さん……この事件、あのコルネリアが⋯」
「ああ、間違いない。あの女が仕組んだことだろう」
宮廷魔道士のコルネリア=アルニムは、以前王都で蔓延していた流行り病を食い止めた実績で取り立てられた人物だ。
かつては聖女と讃えられるほどの人格者だったが、数年前から悪辣な振る舞いを行いイーハ大公リュファス派の筆頭として権勢を揮ってきた。
「どうにかして、処刑を止められないの? 殿下はブレーダット王家の最後の一人、反対する人もきっといるはず」
「リュファス様が暗殺された今、王都の権力の大部分をコルネリアが掌握している……殿下に味方する者たちを集めても刑の執行を止めることは……」
「そんな……」
殿下は平民や地位の低い騎士たちには人気があるが、地位の高い貴族たちに人気がないことは王都にいる間に感じていたことだ。
「王都には殿下の味方がいなかった……フラルダリウス公爵ロドリグ殿を帝国の前線に貼り付け殿下と離されていたのもコルネリアの策略だったのか⋯ここまでくると私たちには打つ手がないか」
「味方ならあたしたちがいるじゃない! 諦めるのはまだ早いよ、父さん」
「アネット、私にはどうすることもできない……一度、祖国も忠誠も捨て去って逃げた騎士の言葉など、誰が聞くものか……」
駄目だ……父さんの心は既に折れかかってしまっている。
あたしがしっかりしなきゃ……こういう時は、まず方針を立てること……一番重要なのは殿下の命を守ることだ。
後は使える戦力の整理……ドゥドゥーの居場所は判らないが彼は確実に殿下の味方、他には殿下を慕う兵士たち……王都には少ないけど士官学校の同級生たちもいたはずだ……後は、魔道学院の知り合いたちも声をかければ手伝ってくれるかもしれない。
諦めるにはまだ早い。
「アネット、もう王都は危険だ。お前は王都を離れてドミニク領へ向かえ」
「駄目だよ。あたしは逃げない……殿下を助ける」
「無理だ……私にはどうすることもできない……お前まで失えば私は……」
「違う、父さんはできるよ! これは政争じゃなくて軍事作戦だよ。……あたしたちで殿下を取り戻すの!」
父さんの得意分野は政治ではなく軍事だ……騎士として、指揮官としてなら対抗できるはずだ。
コルネリアにはあたしの父さんを馬鹿にしたことを後悔させてやる。
「父さん、ダスカーで間に合わなかったことを、ずっと後悔してるんでしょう? 今度は間に合わせる……殿下は死なせない! あたしと父さんで助けるのよ!」
「……!!」
父さんの瞳に再び火が灯る。
ファーガス神聖王国騎士ギュスタヴ=エディ=ドミニクが王を取り戻す戦いが始まった。
◆◆◆
殿下を助けるために、まずあたしと父さんは王国の魔道学院へ拠点を移した。
コルネリアは魔道学院出身の宮廷魔道士だが、数年前から学院との関係は冷え切っていた。
コルネリアと旧知の先生方からは、数年前のある日からまるで人が変わったかのように豹変したと言われているが……魔道学院ならコルネリアの監視の目から逃れられる。
魔道学院としてもディミトリ殿下の処刑は早急すぎると思ったようで、知り合いの学院長先生からある程度の協力を約束してもらえた。
魔道学院は立地の面でも優秀だ、王宮から近く、城外へ出る門も遠くない。
王宮ほどではないが堅牢で、状況によっては兵士たちより戦闘力で勝る魔道士がいる。
王宮を攻めやすく、退路も確保しやすい、それなりに頑丈で、ある程度信頼できる戦力が常時存在する拠点を手に入れることができた。
(……初手としては、悪くないよね)
もう一つの拠点候補として、父さんがセイロス教西方教会の王都本部にも協力を打診したが、「我々教会は王国内の政治内戦には関与できない」と断られてしまった。
セテス様がいてくれたなら、多少の融通は効いたかもしれないが、仕方ない。
もしかしたらコルネリアも中央教会が去ったから、大きく動いたのかもしれない。
「アネット、いつでも命令をくれ。殿下を救うためならなんでもする」
「ドゥドゥー、大丈夫。殿下は必ず助けてみせるから」
拠点を手に入れてすぐ、ドゥドゥーと殿下を慕う近衛兵たちを確保することができた。
彼らは殿下を救うための強力な戦力になる。
「……コルネリアの手によって、城の外門が閉鎖されてしまったようだ。フラルダリウスをはじめとした他の領への援軍要請は出せなくなった」
「いいよ、父さん……もともと他領へ援軍要請を出しても処刑までには間に合わなかったから、殿下を取り戻してからの後詰めのつもりだったけど、あたしたちだけで戦力を集めてやるしかなくなっただけだよ」
フラルダリウス、ゴーティエ、ガラテア、カロン、ドミニク……とにかく出せるだけの援軍要請を出そうとしたけど、使者が王都の外部に出られないように手を打たれてしまった。
しかし、よりハッキリやるべきことが見えてくる……殿下を確保したら、とにかく逃げることだ。
「〈ワープ〉と〈レスキュー〉を使える魔道士は学生の子でもいいから集めれるだけ集めてもらわないとね……あとは、外門の衛兵にも協力してくれそうな人を探して……」
「……わかった、手配する」
移動魔法は戦場において特に重要なものだと、少し前から思うようになった。
以前、青獅子の学級でオーディンが〈ワープ〉や〈レスキュー〉を使って、山岳地帯の谷の間を器用に移動させていたからだ。
応用すれば王都からの脱出もできるはずだ。
「近衛兵たちが殿下を助けてくれそうな兵士を集めているが、摂政派将校の監視が厳しいとの情報がある……この戦力では……」
「……大丈夫だよ、父さん。とにかく、声かけだけでも続けさせて明後日に殿下が処刑されるって情報をいろんな人に教えて仲間を集めさせて」
殿下の民衆人気も利用した作戦も立てる……噂が王都内に広がり始めたら、コルネリアや摂政派が王都の民衆の監視に手を割いて戦力を分散させる可能性もある。
あとは、やり残したことはないだろうか……今のところ打てる手は全て打ったはずだ。
大丈夫、大丈夫……落ち着け、あたし……方針は殿下を救出するという最優先のものがあり、刑の執行はコルネリアの言う明後日という猶予がある。
仮にコルネリアが虚言で明日実行しようとしたとしても、あたしも明日で勝負を決めるつもりだ。
「父さん、ドゥドゥー、聞いて……明日の夜が明けたらすぐに作戦開始しよう。ドゥドゥーは少数精鋭で地下で捕らえられている殿下の救出……地下牢の位置は把握できてるんだよね」
「ああ、殿下と共に何度か視察に行ったことがある……牢番から殿下が捕らえられているとの情報も確認済みだ」
普通の王子様なら地下牢の視察なんて行かないが、殿下なら行ったことがあるのも納得する。
秘密裏に情報を流してくれる牢番もいるなら成功率も悪くないはずだ。
「父さんとあたしは、王宮でとにかくコルネリアを批判して殿下の処刑を止めさせるように懇願する……摂政派貴族と日和見貴族たちに殿下を助けるように糾弾する」
「それは……そのようなことをしても、殿下に味方するような貴族は王宮には……」
「父さん、そんなことはわかってる。あたしたちはあくまでも陽動だよ。王宮で騒げば騒ぐほど地下のドゥドゥーたちが動きやすくなるから……目一杯、コルネリアの悪口を言ってやるんだから!」
「……そうか、陽動か」
「……感謝する、アネット」
ドゥドゥーと一緒にあたしと父さんも地下へ向かうより、成功率は上がりそうだ。
ファーガス神聖王国の法律には貴族同士の言い争いや悪口に対する罰則は無いので、拘束される可能性も少ない。
作戦は整いつつある。
気合の入れ直しだ。
「二人とも、明日に向けてまだまだ頑張ろう!」(力+4)