ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
ヒルダ視点
「ヒルダ様、パルミラ軍の連中がここまで迫っております……ここは我々が残り時間を稼ぎます」
「
ゴネリル領軍の兵士たちと話し合う。
ゴネリル公爵領のパルミラとの国境沿いに建つ要塞“フォドラの首飾り”から、東に進んだ“フォドラの喉元”の防衛線。
状況は極めて悪かった。
パルミラ軍が“フォドラの首飾り”に攻めてくるのはいつものことだけど、今回のパルミラ軍はいつもより勢いがあり、戦力も揃っていた。
「フォドラの首飾りまではまだ少し遠いですね……防衛線を上げ過ぎました」
「ごめんねー、あたしが慣れてなくて……」
今回、ゴネリル公爵の嫡子にして“フォドラの首飾り”を数年守り続けてきたホルスト=ジギスヴァルト=ゴネリル……兄さんは戦場に来ていない。
数日前、野営中に見つけた変なキノコを食べて体中から湯気が出て、寝込んでしまったからだ。
兄さんは無理して出撃しようとしていたけど、顔色が青を通り越して紫色になっている兄さんをなんとか押し止めて、代わりにあたしが出撃したのだった。
その結果、慣れない指揮で“フォドラの首飾り”から離れてしまって、パルミラ軍から追撃を受けてしまっているわけだ。
パルミラ軍も兄さんがいないことに気づいてしまったのか調子ついてるみたいだ。
(あちゃー、重装兵部隊だけで前進するのは失敗だったみたいね)
“フォドラの首飾り”の重装歩兵部隊はゴネリル領軍の特色の一つだった。
あたしも士官学校時代、上級職〈フォートレス〉の資格を取っていたこともあり、そのまま率いることになった。
ゴネリル領軍には、他にも女性のみで編成された華やかなゴネリル戦姫隊や兄さんが直々に鍛えたホルスト勇士隊もあったのに、なんで〈フォートレス〉なんかになっちゃったんだろう……
きっと、先生のせいだ『ヒルダは重装の才能がある』なんて褒めるから……重装兵なんか、暑いし、重いし、足が遅いから逃げ遅れるし、最悪だ。
(ここを生きて帰れたら、〈フォートレス〉なんて絶対辞めよう)
次の兵種は〈ドラゴンナイト〉になろう。
パルミラ軍っぽくて、ドラゴンはあまり好きじゃなかったけど、ドラゴンに乗れば移動も楽だし、こんな時でも真っ先に逃げれる。
クロードくんもそんな考えで〈ドラゴンナイト〉になったのかな?
そうだとしたら、先のことまで見据えて兵種まで決めちゃうなんて凄いなぁ……なんて思う……あたしなんて、先生に言われるままに兵種を選んだのに。
先生やクロードくんのことを考えると、士官学校の楽しかった思い出が次々と浮かんでくる……
(金鹿のみんなは元気かな……ヒルダちゃんはフォドラの端っこで寂しく戦ってますよ……)
先日、レスター諸侯同盟の盟主リーガン公爵が亡くなったらしい……クロードくんは同盟の新盟主就任で忙しいし、ゴネリル公爵の父さんも円卓会議でリーガン公爵領都デアドラに行っている、他の諸侯も同じく動けない……
パルミラ軍の侵攻が発覚した時に援軍要請は出しているが、実際に援軍が来るのは数週間後になるだろう。
「いたぞ! フォドラの異教徒どもだ!」
「殺せ!」
パルミラ軍の〈ドラゴンナイト〉に見つかってしまった。
ゴネリル公爵家に伝わる英雄の遺産“フライクーゲル”を襲いかかってくるパルミラ軍相手に振り回す。
刃先に当たったパルミラの竜騎兵が、乗っているドラゴンごと両断される。
相変わらず、気持ち悪い感触だ。
人を殺すのは慣れない。
英雄の遺産“フライクーゲル”は紋章を持たない兄さんには扱えないので、ゴネリルの小紋章を持つあたしが使っている。
兄さんに紋章があれば、まさに鬼に金棒だったけど、世の中上手くいかないものだ。
“フライクーゲル”は重たいし、危ないし、ピクピク動いて気持ち悪いし、何より不満なのが形が全然可愛くない。
(紋章なんて要らなかった)
フォドラの紋章が最強の証なんて、嘘だ。
兄さんは紋章なんか無くても同盟最強の武人だし、“ダフネルの烈女”ジュディットさんも紋章は持っていない。
士官学校でも、ルーナちゃん、ラズワルドくん、レオニーちゃん、ラファエルくんたちみたいにあたしや他の紋章持ちより強い人は沢山いた……結局、強さなんてその人の努力次第だ。
あたしは紋章も強さもどうでもいい……普通の貴族の女の子でいたかったな……
「さあ、頑張ろう! この“フライクーゲル”であたしがみんなを守るから!」
「流石はヒルダ様」
「普段はホルスト様の存在で隠れがちでしたが、やはり英雄の遺産の力は強力ですね」
ゴネリル領軍の兵士たちを鼓舞するために、内心では欠片も思ってないことを口にする。
本当はあたしがみんなに守って欲しいんだけど……
兵士たちは感動しているのか目に涙を浮かべてる人すらいる。
(期待されてもなー)
士気を下げるわけにもいかないし、内心で思うだけに留める。
思えば、士官学校時代は楽ができた。
あたしが疲れたって言えば、先生は前線から外してくれたし、クロードくんもオーディンくんもあたしが疲れにくいように指揮してくれた。
学校時代も後半になるにつれて、危ない敵との戦いが増えてきたけど、ルーナちゃんやラズワルドくん、ローレンツくん、ラファエルくんみたいな強くて頼りになる仲間があたしのことを守ってくれていた。
(みんなに会いたいよ……こんなところで死にたくない……)
空を見上げると、また何か飛んでいた。
パルミラ軍のドラゴンだろうかと思い、兵士たちに命令し姿を隠す。
遠いからまだよく見えないけど、シルエットがドラゴンにしては大きな鳥みたいと言うか……羽がある? だけどペガサスでもない……なんだろうアレ?
背中に誰か乗っているようだが……
「見つけたぞ。首飾りのゴネリル軍だ……囲め!」
「おい、あの重装兵、女だぞ」
「へへへ……捕まえろ!」
最悪だ……謎の飛行生物に見つからないように隠れていたら、パルミラの地上部隊に見つかってしまった。
周囲を一気に囲まれてしまう。
(死ぬまで戦うなんて、あたしらしくない)
覚悟を決めなければならない。
パルミラ軍なんかに捕まったら死ぬより酷い目にあわされる。
「……なんだアレは?」
「我が軍のドラゴンじゃないぞ」
空を飛ぶ飛行生物もこちらを見つけたのか上空を旋回して近づいてきている。
パルミラ軍の兵士たちも気づいたのか、指を差して空を見始めた。
どうやら、大きな鳥のような飛行兵はパルミラ軍の所属ではないようだ。
背中に乗っている人物の特徴的な二つ結びの赤い髪が風に靡いている……あれって、もしかしてルーナちゃん?
謎の飛行兵があたしたちの真上を飛ぶ。
ルーナちゃんらしき人の後ろから、黒い服を着た人影が飛び降りた。
「とぉー!!」
その人影は落ちれば即死級の高さから器用に魔法を使って着地をした。
見覚えのある黒い外套と白い短髪。
「ヒルダ、無事か? ……助けにきたぜ!」
「オーディンくん……?」
「パルミラ兵……見えたぞ……貴様の敗北が!!」
オーディンくんがいつもの様に決めポーズをしている。
……小声で「決まった……」「今、俺……最高にカッコよかった」とか言ってるの聞こえちゃってるんですけど⋯あと、あたしの反応が見たいのかチラチラこっちを見てくるのもやめて……それが無かったら、本当にかっこよかったのに……
「魂が躍動するっ……!!」
もう……オーディンくんはかっこいいのか、かっこ悪いのかわからないなー
◇◇◇
エーデルガルト視点
アドラステア帝国の帝都アンヴァル宮城にある大会議室。
主要な貴族が集まっての方針会議のために私は腹心たちと共に先入りし、他の貴族たちを待っていた。
帝国は、円卓会議があるレスター諸侯同盟ほどではないが、大貴族の力が強い。
これは父様の代より遥か昔からある古い伝統で、その時々で五大貴族だの七大貴族だのと呼ばれ続けてきた。
今の帝国を牛耳っているのは六大貴族と呼ばれる者たちだが、またすぐに名称が変わるだろう。
私は大貴族ではなくても優秀ならば出世するべきと考えているし、意見を述べる権利があると思っているが⋯いつかは変えてみせる。
隣には宮内卿ヒューベルトと教務卿ベルナデッタ、私の腹心の中で最も地位が高く最も信を置いている二人がいる。
「ベルナデッタ殿、南方教会再建の件は順調ですか?」
「ひぇっ……あっ、ハイ……レアさ、いえ、協力してくれる人がいるので、なんとか順調にやっています」
「ククッ……かの者の意見を全て鵜呑みにしない方がよろしいですよ……アレは本来、我々の敵なのですから」
「ひぃっ……こ、怖いですよ、ヒューベルトさん!」
「あまりベルナデッタをいじめないであげて……南方教会の方針は最終的には私が決めているから」
「これは、失礼しました」
今のところ、南方教会の再建は上手くいっている。
長きにわたる間、大司教を務めたレアの手腕は、名目上の司教であるベルナデッタを通しても遺憾なく発揮された。
帝国内では、セイロス教会への宣戦布告でセイロス教徒の信仰の拠り所がなくなって混乱していたが、南方教会の再建によって国内の混乱が収まりつつある。
ヒューベルトとベルナデッタと南方教会について話し合っていると、軍務卿と内務卿が二人揃って大会議室へと現れた。
「これは、陛下より遅くなってしまいましたか、申し訳ございません」
「ヴァルデマー、陛下はそのようなこと気になさらぬ。いちいち謝るな」
「レオポルト、だとしても、それを君に言われる筋合いはない」
軍務卿と内務卿は私が子どもの頃から口喧嘩のような言い争いをしていた。
軍務卿レオポルト=フォン=ベルグリーズ伯爵、アドラステア帝国最強の武人。
背はそれほど高くないが、鍛え抜かれた肉体と魔獣を睨み殺せそうな鋭い眼光。
内務卿ヴァルデマー=フォン=ヘヴリング伯爵、政務財務法務をまとめあげる文官の長。
長身痩躯に、神経質そうな痩せた顔立ち、眼鏡の奥の切れ長の眼はヒューベルト以上に凄みがある。
軍務卿ベルグリーズ伯はカスパルの父親、内務卿ヘヴリング伯はリンハルトの父親だ。
息子たちと同じように彼らも幼馴染らしい。
……息子たちのように親友という雰囲気ではないけど。
今回、ファーガス神聖王国と対峙する前線の司令官だった軍務卿を呼び戻したのには理由がある。
この貴族会議でアランデル公⋯伯父の皮を被った怪物を始末するためだ。
「今回はお願いね、軍務卿」
「ははは、心踊る話ですな! やっと、あやつの生皮を剥げるとは!」
「レオポルド、いつ現れるのかわからないのだから発言には気をつけろ」
この貴族会議は通例通り、剣や槍の類は持ち込まず非武装で行われることになる。
作戦は〈ウォーマスター〉軍務卿ベルグリーズ伯が不意打ちでアランデル公を殴り殺す……一対一の素手で魔獣を仕留めた経験のあるベルグリーズ伯にしかできない作戦だ。
仮にベルグリーズ伯がアランデル公を討ち損ねても魔法で追撃する予定だ。
今回の会議の参加者はベルナデッタ以外全員が魔法を使える。
伯父の皮を被った怪物も優れた闇の魔道士だが、勝てると信じている。
しばらく、今いる五人で話ながら待っているとゲルズ公と共に、アランデル公が会議室へと現れた。
外務卿ゲルズ公は伯父アランデル公と最も親しい貴族だ。
そのゲルズ公もすでに私側についている。
作戦に抜かりはない。
「エーデルガルト、久しいな。大貴族たちで会議となると初めてか? 今日はどのような議題で呼んだのだ?」
この伯父と公の場で会うのは久しぶりだ。
“闇に蠢く者”と炎帝としては定期的に会っていたが、私がアランデル公の摂政派の権力を削りに動きはじめてからは、直接会うことがほとんどなくなった。
私と少し対立し始めたとはいえ、まだ私たちの殺意には気づいていないようだ。
この怪物は、会議室にいる全ての人間が自分の敵だとは思っていない。
「同盟の盟主リーガン公爵が亡くなったわ。新しく方針を決めるために皆に集まってもらったのよ」
会話でアランデル公の意識をこちらに向けさせる。
ベルグリーズ伯が一瞬でアランデル公の背後にまわる。
会議室の床石を踏み砕きながら、強烈な一撃をベルグリーズ伯がアランデル公へと放った。
狙いは頭部ではなく、身体の中心部⋯背中の脊髄だ。
アランデル公の周囲に自動発動の防御魔法のようなものが出現したが、ベルグリーズ伯の素手の拳は容易く貫通し、轟音とともにアランデル公の背中へ突き刺さった。
「ガハッ⋯!」
「追撃を!」
私の〈ルナΛ〉、ヒューベルトの〈デスΓ〉、ヘヴリング伯とゲルズ公の〈ボルガノン〉、魔法攻撃がアランデル公へと殺到する。
アランデル公は再び魔法障壁のような防御魔法を発動させたが、全てを防ぎきれなかったようだ。
片膝をつき、満身創痍の状態で私のことを睨みつける伯父の皮を被った怪物……化けの皮が剥がれ落ち、紫がかった白い肌と、虹彩も瞳孔も存在しない白い眼……人ならざるものが姿を露わにした。
「グッ⋯まさか⋯エーデルガルト、裏切るとは……」
「最初から、仲間ではなかったわ」
「許さ、ぬぞ……」
「逃がさないで!」
ベルグリーズ伯が再び殴りかかるが、ギリギリで転移魔法が発動し怪物が姿を消した。
「すぐに周辺を探させて! 今の魔法は〈レスキュー〉……どこかに協力者がいるはずだわ」
「はっ、了解しました」
ヒューベルトに命じて、探索を命じるがあまり期待できなさそうだ。
あの攻撃で原型を保っているどころか、生きて逃げるとは……侮っているつもりはなかったが、“闇に蠢く者”がここまでの力があるとは思っていなかった。
「あの手応えで死なずに動けるとは、やはり怪物でしたな」
「軍務卿、貴方……手が……」
「ヒェッ……」
ベルグリーズ伯の手は防御魔法を破った衝撃で
それを見たベルナデッタが顔面を蒼白にして今にも倒れそうだ。
「ヴァルデマー、早く治せ。陛下と教務卿に見苦しいものを見せてしまっとるではないか」
「〈リカバー〉……君の拳がそんなに見苦しくなっているのは初めて見たよ、あの防御魔法はそれ程だったか?」
「儂の修行不足だ。最近“ヤルングレイプ”に頼りすぎて拳の部位鍛錬を怠っておった、あれはもう倅に譲るか」
ヘブリング伯がベルグリーズ伯の拳を回復魔法で癒す。
“ヤルングレイプ”は珍しい籠手型の神聖武器だ。
カスパルは喜ぶかもしれないが、軍務卿を帝国最強の武人として言わしめている武器を簡単に譲ってしまうのは、少し困る。
「周辺の探索はペトラ殿とシェズ殿に任せてきました。彼女らでも追えぬならば、厳しいかと」
「ここで仕留めたかったけど、仕方ないわね……本来の会議を始めましょう、帝国の重鎮たちによる未来のための会議をね」
あの怪物を仕留め損ねたのは残念だが、これで“闇に蠢く者”との縁を完全に切ることができた。
アドラステア帝国をやっと取り戻すことができたのだった。