ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン   作:すすすのすー

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第79話『血の宿運』

 

 

 マリアンヌ視点

 

 

 エドマンド辺境伯領の南方にある鬱蒼と生茂る森の中、私は友人であり愛馬であるドルテと二人でそこにいた。

 

 

 ──貴様が魔獣の正体であろう

 

 

 先日、現れた紋章学者を名乗る男のことを思い出す。

 その男は家の者に追い払われたが、義父のエドマンド辺境伯が先日から円卓会議で留守にしているのをいいことに私に付き纏っている。

 

 その男は以前は、レスターの地方領主だった実父に付き纏っていた。

 

 紋章学者を名乗るその男は、以前は父に雇われて私と父に宿る紋章を調べていたらしい。

 いつしか、父のことを忌み嫌いはじめ、私と父に対して嫌悪と侮蔑を交えた言葉で罵り始めたのだった。

 

 

 ──呪われた紋章を持つ不吉な親娘だ! 貴様らなどこの世に居ていい存在ではない! 

 

 

 その紋章学者の言葉を聞いてしばらくして、両親は行方不明になってしまった。

 自分に関わる周囲の者を不幸にする“獣の紋章”が私と父には宿っていた。

 

 父も母も多くを語らなかったが、ずっと思い悩んでいたのであろう。

 

 でも……私も一緒に連れて行って欲しかった。

 

 そうならば、仮に女神の元ではなくても、父と母と同じ処へ行けたのに。

 

 

 ──世界を滅ぼすほどの強烈な『闇の力』……こんなものを背負ってしまうとは……これも血の定めか……

 

 

 ふと、オーディンさんの言葉を思い出す。

 

 私より遥かに大きな運命を背負わされ、『元の世界に帰れなくなってしまっても』どこか楽しそうに笑っている、金鹿の学級の級友。

 

 彼は言っていた。

 

 

 ──俺は選ばれし闇の戦士。この力を、使う運命を背負って生きてきたからだ。それに、この『闇の力』は父さんから受け継いだ血の力、『絆の力』だ。辛いだなんて思ったことはない

 

 

 その言葉を聞いて気持ちが少し楽になったことを思い出す。

 

 “獣の紋章”は私が父から受け継いだ唯一の血の証。

 たとえ忌まわしき呪われた紋章であっても、最後に残った両親との『絆の力』だ。

 

 

 エドマンド辺境伯領の近くの森に“彷徨えし獣”という魔物が棲んでいるのは有名だ。

 そして、その“彷徨えし獣”は、伝承にある抹消された“獣の紋章”を持つという。

 

 

 “獣の紋章”……父の血を受け継いで紋章を宿した私が、この決着をつけなければならない。

 

 この終わらない悪夢を終わらせる時が来た。

 

 

 ──マリアンヌちゃん、どうしたのー? 

 ──マリアンヌ、オーディンのインチキ呪術なんか信じないほうが良いわよ。どうせ適当なこと言ってるだけなんだから! 

 ──あ、マリアンヌが笑うなんて珍しいね。君は笑顔のほうがかわいいよ

 ──マリアンヌさん、葉っぱばっかりだなあ! そんなんで腹いっぺえになんのかあ? 

 ──マリアンヌさん、美しい花が咲く場所を見つけたのだ。君にも見せたいと思ってね

 ──ただ眺めて記憶に残すんです。それだけで良い思い出になりますから

 ──やっぱり、何か事情があるんだな。でも仲間とは話したほうがいいと思うよ? 

 ──わたしやアンタだけじゃない。みんな、何かしらの事情を抱え込んで生きてるんです

 ──わたくしも女神様のことは大好きなんですわよ。会ったことはありませんけど! 

 ──マリアンヌ、背負ったもんは捨てることも出来るんだぜ

 ──思い出を振り返るより、前を向こう

 

 

 ヒルダさん、ルーナさん、ラズワルドさん、ラファエルさん、ローレンツさん、イグナーツさん、レオニーさん、リシテアさん、フレンさん、クロードさん、そして先生。

 士官学校にいたころを思い出す。みんないい人だった。私のかけがえのない思い出だ。

 帝国と教会との間に戦争が起きてから一度も会えていない。

 

 

「ブルル」

 

「……ドルテ、大丈夫」

 

 

 ドルテの鳴き声で意識を戻す。

 森の中を大分進んだようだ、周囲は深い霧に覆われてしまっている。

 鳥の鳴き声さえ聞こえない、静まりかえった木々たち。

 そして、辺りには僅かな血の臭いと共に魔獣の気配がある。

 

 

「ドルテ、巻き込んでごめんなさい」

 

「ブルルッ!」

 

 

 ドルテは気にするなと言っている。

 “獣の紋章”を受け継いで唯一良かったことは、動物と会話できることだ。

 この友達がいなかったら、勇気を出してここまで来ることはできなかった。

 

 ……ただ、勇気を出した結果は、良い結末を迎えることはなさそうだった。

 

 私たちは、霧に乗じた魔物たちによって囲まれてしまっていた。

 逃げ場もない状態だ。

 

 

 私を取り囲む魔物たちの姿、その中でもひときわ大きな魔獣が私を見据えた。

 

 

『お前は……もしや、我が紋章を持つのか?』

 

「貴方はやはり、“獣の紋章”のモーリス……」

 

『……逃げろ、気が狂う……グアアアアアアアア!!』

 

 

 魔獣の迫る大きな口、逃げなければいけないのに一歩も動けなかった。

 

 反射的に目を瞑ってしまう。

 

 握りしめた手にはオーディンさんに貰った『不幸を跳ねかえし、幸運を招き寄せる』お守りの感触だけがある。

 

 

 ──―

 ──

 ―

 

 

 瞑った瞼越しにも感じる赤い閃光、何か巨大な物同士がぶつかり合うような轟音。

 

 いつの間にか“彷徨えし獣”の巨体が木々を薙ぎ倒し吹き飛ばされていた。

 

 

「ちょっとーマリアンヌちゃん、どうしたのー? こんな森に一人で入るなんて危ないでしょ」

 

「えっ……ヒルダさん……なんで?」

 

 

 目の前にはヒルダさん。

 英雄の遺産のような斧を持っていた

 私は夢でも見ているのだろうか? 

 

 

「オーディンくんの〈ワープ〉だよ。全く、こんな女の子を一番最初に最前線に放り込むなんて……まあ、あたしが頼んだんだけどね」

 

 

 その言葉を皮切りに転移魔法で周囲に次々と人が現れ始めた。

 

 

「気配は全部魔獣ですか? ……多いですね」

 

「あの倒れてる魔獣、でっけぇな! ヒルダさんがやったのか?」

 

「お久しぶりです、マリアンヌさん」

 

「外からオーディンたちの隊で囲い込んで周囲の魔獣たちを一掃する。さあ、わたしたちは迎撃準備だ!」

 

 

 リシテアさん、ラファエルさん、イグナーツさん、レオニーさん。

 少し成長しているように見える金鹿の学級の仲間たち。

 戦争で会えなくなっていたけど、みんな私のことを気にかけてくれていた。

 

 

『グッ……ガハッ……仲間がイたのか……』

 

「えっ、この魔獣……喋れるの? でも、マリアンヌちゃんを食べるなんてダメだよー」

 

『嗚呼、ソの斧は……フライ、クーゲル……我ガ友の……』

 

「フライクーゲルが貴方の友達の? ……何者なの?」

 

『我が正気のウチニ……殺シてくれ……その斧に殺されルナラ……本望ダ』

 

「そう言われちゃうと、ちょっとやりにくいんだけどなー」

 

 

 ヒルダさんと少し目が合う。

 ヒルダさんは少し困ったように笑うと、動かなくなった“彷徨えし獣”の首に“英雄の遺産”の斧を振り落とした。

 

 

『やっと……終われる。感謝スル、我が友ゴネリルの末裔よ……』

 

 

 以前、コナン塔で戦ったシルヴァンさんのお兄さんのように魔物化が解除されていく……朽ちた人骨と僅かなダークメタル、それと“英雄の遺産”のような剣が残っていた。

 

 

「あれ……この剣は? ……もしかして、“英雄の遺産”?」

 

「ヒルダさん、この剣は……」

 

「ほう、これは“失われた英雄の遺産”ブルトガング!!」

 

「あっ、オーディンくん。来てたんだ……というか、よくそんなこと知ってるねー」

 

「知っているのではない、『分かる』のだ……俺の『闇の力』が囁いている」

 

「へぇー」

 

 

 いつの間にか側に来ていたオーディンさんがヒルダさんと話している。

 オーディンさんにも久しぶりに会えた……オーディンさんも少し成長して見える……額に付けている飾りは、以前金鹿の学級のみんなで作った『お守り』だろうか? 付けるところがオーディンさんらしくて独特だ。

 

 

「ヒルダさん、オーディンさん、ありがとうございました……」

 

「マリアンヌちゃん、勝手に死のうとしないでよね」

 

「すみません……死のうとしていたわけではなくて“彷徨えし獣”との決着を付けに……」

 

「……決着ね。マリアンヌちゃんにしては珍しい言葉を使うじゃない。でも、あたしには相談して欲しかったなー、エドマンドとゴネリルは領地も隣だしすぐに行けるでしょ?」

 

「ごめんなさい、ヒルダさん」

 

「ううん、あたしも手紙の一つも送れなくてごめんね……本当は会いたかったんだけどパルミラとの戦争で忙しくって……」

 

 

 良かった。

 ヒルダさんはまだ私を友達と思ってくれていた。

 それだけで心が軽くなる。

 

 オーディンさんは私の言葉には反応せず地面に転がる“失われた英雄の遺産”ブルトガングを見ている。

 

 

「マリアンヌ、この剣に触れてみろ」

 

「えっ? ……あっ、はい」

 

 

 オーディンさんに言われてブルトガングを拾い上げる。

 私の“獣の紋章”に反応してブルトガングの紋章石が赤く光った。

 

 

「……やはりな」

 

「あ、あの、やはりとは……」

 

「モーリスもマリアンヌも呪われていたわけではない……紋章に振り回されただけだ……」

 

「……!」

 

 

 あの“彷徨えし獣”も私も紋章に振り回されただけ……解放された気持ちだ。

 

 私に流れている血は、もう獣の血じゃない。

 私の血はただの人の血に戻った……

 

 

「マリアンヌ、そのブルトガングを詳しく見てみたい……お前のブルトガングを俺に少し貸してくれないか?」

 

「えっ? あっ……はい」

 

 

 オーディンさんはブルトガングを私が所有しているみたいに扱っているが、それで良いのだろうか? 

 モーリスを倒したのは私ではなくヒルダさんなのに……

 

 オーディンがブルトガングを受け取りしばらく見ていると様子がおかしい。

 

 

「ぐっ……! 俺の闇の力が暴走するっ……伝説の武器の封印が……解かれる……!」

 

「えっ……嘘……そんな……オーディンさん!?」

 

 

 ブルトガングを持ったオーディンさんが急にブルブルと身体を震えさせて、様子がおかしい!? 

 コナン塔の賊徒の頭……シルヴァンさんのお兄さんのマイクランの時のように英雄の遺産が暴走した!? 

 

 オーディンさんの手をあの時のマイクランのように闇のような物が包み始めた。

 

 私はなんという浅慮をしてしまったのだろう……紋章を持たない人が英雄の遺産を持つとこうなることはわかっていたはずなのに! 

 

 

「ガッ……アアアア!! ……ああああ!! ッ! あ痛っ!?」

 

 

 なにもできなくて見ているとルーナさんがオーディンさんを思い切り叩いた。

 

 

「オーディン!! 洒落になんない冗談はやめなさいよ!」

 

「痛て……何も殴ることないじゃないか……」

 

「自業自得だよ。全く、何をやっているんだか……呪術でマイクランの時みたいに演出するのは、騙される人は本当にびっくりするからやめたほうがいいよ」

 

 

 殴られたオーディンさんが正気に戻った……ルーナさんとラズワルドさんの話を聞く限り、ただの冗談だったらしい。

 良かった……ラズワルドさんの言う通り私は騙されてしまって本当にびっくりした。

 

 

「マリアンヌちゃん、ごめんね。でも、オーディンくんも変わってないよね」

 

「そうですね……ふふっ……」

 

 

 私は思わず小さく笑ってしまう。

 

 戦争が始まって何年も経った。

 

 みんな変わった。

 

 私以外はみんな強くなった。

 

 みんな大人になった。

 

 それでも。

 

 オーディンさんだけは、あの頃と少しも変わっていない気がする。

 

 

「私も……オーディンさんみたいになれたら良かったのかもしれません」

 

「それはやめといた方がいいと思うよー」

 

「ヒルダ!? 何故だ!」

 

「ほら! そういうところだよ」

 

 

 森を吹き抜ける風が霧を払う。

 長い間、私を縛り続けていた悪夢は終わった。

 もう私は“獣の紋章”に怯えなくていい。

 

 前を向いて歩いていこう。

 

 仲間たちと共に。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 エーデルガルト視点

 

 

 アンヴァルのアランデル公討伐策戦から数日。

 

 帝都の混乱は徐々に収まりつつあったが、アランデル公本人はいまだ捕縛できていない。

 

 私は執務机に積み上げられた報告書から顔を上げ、捜索から戻ったシェズとペトラが対峙していた。

 

 

「アンヴァルのアランデル公派貴族は捕まえたのと、逃げられたのが半々ってところね。私もペトラも市街地の捜索は得意ってわけじゃないから結局は親玉のアランデル公には逃げられちゃったけどね」

 

「市街地と森、狩りの仕方、違います。人、多い、見極め、難しい。私、まだまだ鍛錬不足です」

 

 

 シェズは肩を竦めながら答え、ペトラも悔しそうに頷いた。

 彼女たちの最も得意とするのは森林や山岳地帯での追跡だ。

 その二人をもってしても捕らえられないのなら、あの伯父の皮を被った化け物はこちらの想定以上に周到な準備をしていたのだろう。

 

 

「ご苦労さま。捕縛したアランデル公派貴族の取り調べはヒューベルトが進めてるわ。シェズとペトラは周辺の捜索と警戒をして」

 

 

「逃げ遅れた鈍間な貴族はおそらく“闇に蠢く者”ではないでしょうから、大した情報は期待できませんね」

 

 

 私が指示を出すと、傍らに控えていたヒューベルトが静かに口を開く。

 

 冷ややかな言葉だったが、事実でもあった。

 

 アランデル公派の貴族をいくら捕らえようと、本当に危険なのはその背後にいる者たちだ。

 

 

「私たちはしばらくアンヴァルの郊外に張り付きね……まあ、久しぶりに傭兵らしい仕事をさせてもらうわ」

 

「任務、了解。私、敵を見つけます」

 

 

 すでに帝国はアランデル公を反逆者として指名手配し、高額の懸賞金まで掛けている。

 

 だが、相手が“闇に蠢く者”である以上、そう簡単に尻尾を掴ませるとも思えなかった。

 

 重苦しい空気が執務室を包む。

 

 

 ──というわけではなかった。

 

 

「ペトラ、シェズ。休憩がてら、お茶をどうだい? エーデルガルトの執務室には、このフェルディナント=フォン=エーギルの揃えた茶葉に匹敵するほどの物が取り揃えられているよ」

 

 

 しばらく前から執務室の応接スペースに居座っていたフェルディナントが爽やかな笑顔で声を掛けていた。

 

 その応接スペースには当然のようにリンハルト、カスパル、ベルナデッタの姿もある。

 

 

「いやー、陛下のところの菓子は高級品揃いで美味しいですね。何個か持ち帰っても良いですが?」

 

「持ち帰るとか駄目だ、リンハルト! 出されたもんは全部食うのが俺の流儀だ! うおおおお!!」

 

「あわわ……ちょっとカスパルさん! ベルの分がなくなっちゃうからそんなに食べないでくださいよ!?」

 

 

 すでに菓子を口に運んでいるリンハルトが遠慮なく尋ね、カスパルは叫びながら菓子を猛然と口に入れ始める。

 ベルナデッタが悲鳴を上げながらカスパルを止めようと手をバタバタさせる。

 

 

 ほんの数秒前まで国家の命運を左右する報告を受けていたとは思えない光景だった。

 

 私は思わず額に手を当てる。

 

 五年前なら見慣れた光景だ。

 士官学校時代、黒鷲の学級では毎日のように誰かが騒ぎを起こしていた。

 戦争が始まってからは失われていた日常。

 

 騒がしい。

 

 あまりにも騒がしい。

 

 だが、私は少しだけ肩の力を抜くことができた。

 

 

「貴殿らの用事は終わったでしょう……早急に出て行って欲しいのですが……」

 

 

 ヒューベルトだけは露骨に不機嫌そうだった。

 

 ただ、フェルディナント、カスパル、ベルナデッタ、リンハルトたちも遊びに来ていたわけではない。

 

 フェルディナントとカスパルは、“闇に蠢く者”が関わっていたとされるフリュム領の反乱を制圧。

 ベルナデッタは南方教会の運営と大司教レアについての定期報告。

 リンハルトは何故か王国のトータテス湖に出向いた帰りらしい。

 

 ……リンハルトは本当に遊びに来ただけかもしれない。

 

 

「それで、オーディンの手紙は読み終えたのか? エーデルガルト」

 

「まだよ……開いて流し読みしてみたけど、とんでもない長文だったから、仕事が終わったら部屋で読むわ」

 

 

 オーディンからの手紙を届けたフェルディナントから聞かれる。

 最初から長文を書くつもりだったのか、手紙は小さな文字でびっしりと埋め尽くされていた。

 

 一枚目を開いた時点で嫌な予感はしていた。

 

 案の定、二枚目、三枚目と続いている。

 

 少し見ただけで頭の痛くなるような文量だった。

 

 ……無駄に綺麗な字で書かれた帝国語なのが、何故か腹が立つ。

 

 

「……そうか、もしよかったら後で内容を教えてくれ」

 

「あまり回し読みするのは好きではないけど……『解読』が終わったら貴方にも見せるかもね」

 

「『解読』ですか……ククッ、私はあの男の手紙など興味はありませんので、どうか陛下とフェルディナント殿でお願いしますよ」

 

 

 慇懃無礼な従者の一言にため息を吐きたくなる衝動を抑えて仕事の続きに取り掛かる。

 

 結局、黒鷲の同級生たちは私の仕事が終わるまで馬鹿騒ぎを続けていた。

 

 

 執務を終え、ようやく一人になった私は、机の隅に置いた三枚綴りのオーディンの手紙を手に取る。

 昼間は流し読みしかできなかったが、その文量だけは嫌というほど印象に残っていた。

 

 ……読む前から疲れる手紙というのも、ある意味では才能なのかもしれない。

 小さく息を吐き、私は一枚目を開いた。

 

 

『我が親愛なる“闇の同胞”にして、偉大なるアドラステア帝国皇帝エーデルガルト=フォン=フレスベルグへ。元気にしているだろうか? 体調など崩していないだろうか? もし急に鼻水が止まらなくなったり、目が痒くてたまらなくなったりしても、俺の呪術の影響では無いからな。そういう呪術を開発したけど友人であり“闇の同胞”でもあるエーデルガルトにかけたりしないから安心してほしい、俺の呪術は闇の裁きを受けるに相応しい者に対してのみ発動する。あれから、早いものであれから数年が経っただろうか、エーデルガルトがセイロス教会に対して宣戦布告したことには本当に驚いた。お前が起こした戦争はセイロス教会やファーガス神聖王国、レスター諸侯同盟だけではなくアドラステア帝国に住む人々も苦しめているのではないだろうか? 一度、関係国全員で話し合いをして和平することはできないだろうか? この“漆黒のオーディン”が取り持つことは可能だぞ。そういえば、ガルグ=マク防衛戦の時には負けてしまったが、俺の秘策の呪術が採用されていてならば、状況は違っていたかもしれないぞ、まあ「秘策」の呪術だからその呪術を説明してやることはできないがな……フッフッフッ。だが、ガルグ=マク防衛戦の時の俺“漆黒のオーディン”の活躍については知りたいだろうから少し教えてやろう。『フォドラの夜明け』の前身の漆黒闇騎士団は威容なるガルグ=マク大修道院の中央の守護者は陽光の如く眩い活躍を見せ、襲い来る帝国兵たちを光速で薙ぎ倒すのであった……「だめだ、中央部隊がやられる……!」その声を聴くや否や“漆黒のオーディン”は、帝国将の腹部に魔力を放ち幾度目かの戦に溜息をつくのであった……そうして漆黒闇騎士団は帝国軍の中央を、あたかも溶岩の如き苛烈にして重厚な戦いで突破し、そしてついに帝国の総大将エーデルガルトとの戦い!! あっ、これはエーデルガルトに向けた手紙だから、この辺はお前も覚えているから良いか。次はガルグ=マク奪還作戦についてだな、俺の最強呪術〈シンドラルゲーター・キンスメッソル〉が登場するがどういう呪術かは教えられないな……想像で楽しんでくれ。『フォドラの夜明け』の『フォドラの暁風』作戦、黎明に出発せし部隊はガルグ=マクの闇を切り裂きながら一直線に帝国軍の将軍たちの元へ向かっていた! 「莫迦な!? “漆黒のオーディン”だと! 警備をどうやって潜り抜けた!?」帝国軍の誇る名将パウルス将軍は天才策士にして最強の呪術士の“漆黒のオーディン”の登場に驚きの声をあげた。「くらえ、我が必殺の呪術<シンドラルゲーター・キンスメッソル>!!」“漆黒のオーディン”の呪術を受けたパウルス将軍とラルゴ軍団長はなす術なく敗れ、帝国軍は敗走したのであった……! 正直に言うとパウルス将軍とラルゴ軍団長、それと生き延びたアマルダ軍団長は責めないでほしい……この俺“漆黒のオーディン”という規格外の天才を相手にしてしまっただけだからな……そういえば俺が正式に闇の聖騎士に就任したのはこの後だったな……セイロス騎士団の伝説の闇の聖騎士“漆黒のオーディン”……新たな歴史が今刻まれる……フォドラの歴史がまた1ページ。ついでに、この紙には書けなくなったから次のページへ』

 

 

 私は一度手紙を机に置いた。

 

 深く息を吐く。

 そして二枚目を手に取った。

 

 

『まずは闇に蠢く者の話をしておく。この手紙はフェルディナントから貰ったと思うので報告は受けていると思うがフリュム領に闇に蠢く者は居なかった。奴らは屍兵を召喚して放置していた、もしかすると新しい実験のつもりかもしれないし、帝国の治安を崩壊させる目的かもしれない、詳しくはわからないが注意してくれ。帝国以外にも闇に蠢く者は各地に潜伏している。レスター諸侯同盟のグロスタール伯爵家に顧問魔道士として先代の時代から勤めていたオデッセという者は、グロスタール伯爵家とリーガン公爵家を離間させる計略を長年行なっていた。コーデリア伯爵家では闇に蠢く者によって重臣たちがみんな殺され、リシテアはとある実験の実験体にされた。……リシテアとエーデルガルトが同じなのは『闇の力』によって俺も分かっている。お前も闇に蠢く者に何かされたのではないのか? あのジェラルトさんが殺された次の日の夜明けでも話したように、奴らは世界を滅ぼそうとしている存在かもしれないんだ、奴らと手を組むのは今すぐやめてほしい。もし、帝国内で奴らの力が強大だというなら俺たちセイロス教会も力を貸すから。後は……これもあの時に話したが、死神騎士のイエリッツァ先生は実は本名はエミールと言い、『フォドラの夜明け』の一員であるメルセデスの実の弟なんだ。闇に蠢く者の配下ではなくエーデルガルトの部下なら、なるべく王国や同盟との戦争で使い潰すことはしないでほしい。死神騎士は『フォドラの夜明け』が相手にするから……なるべく生け取りにしたいしな。ふむ……少し暗くて真面目な話題が続いてしまったな……話題を変えるとしよう。ディミトリがファーガス神聖王国の王位に戴いたのは知ってるよな? 実はディミトリの王位継承にも、俺たち『フォドラの夜明け』が関わっていたのだ! ……封鎖された王都フェルディアの城門前、“漆黒のオーディン”は仲間たちと共に王子ディミトリが囚われの身であることを知る……「門を開けよ王国兵どもよ、俺は“漆黒のオーディン”! 選ばれし闇の呪術士だ!」ひとりでに開いてゆくフェルディアの城門……! 王国兵が開けたのではない、闇の呪術士である俺の『闇の力』が門を開かせたのである。王都フェルディアの街を駆け抜ける“漆黒のオーディン”率いる『フォドラの夜明け』たち。ついにディミトリを謀殺しようとしていた闇に蠢く者の幹部コルネリアと対峙することとなったのであった。コーデリアの生み出す屍兵に苦戦するディミトリや仲間たち……そのピンチを颯爽とあの男が救う! ……そう、“漆黒のオーディン”だ! 「食らえ! 必殺アウェイキング・ヴァンダー!!」コルネリアは“漆黒のオーディン”の『闇の力』によって息絶えたのであった……「フッ、貴様は闇に溺れすぎた」……大体こんな感じだったな。本当はアリアンロッド要塞へ半日で移動した大作戦とかも書きたいんだが紙もなくなってきたから今回はやめとくわ』

 

 

 二枚目は確かに重要な話は多いが本題の和平交渉については始まらなかった。

 

 本題はいつ始まるのだろう。

 

 いや、そもそも始まるのだろうか。

 

 頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら、私は最後の三枚目を手に取る。

 

 

『これが三枚目……俺としたことが、まだ本題に入っていなかったな……だが本題に入る前に確認しておきたいことがある。『ダスカーの悲劇』についてだ。正直に問いたい『ダスカーの悲劇の真の首謀者』はエーデルガルトではないよな? 『ダスカーの悲劇』ではお前の実母でもあるパトリシア様が行方不明になってるし、コルネリアの奴が「実の娘の手にかかって死んだ」なんて言っていたが、俺はエーデルガルトが真の首謀者なんて思いたくないし、時系列を考察してもディミトリと同じ13歳だったお前が首謀するとは思えない。あと、ディミトリから聞いたんだが、エーデルガルトとディミトリは義理の姉弟で子どもの頃に良く遊んでいたらしいな、お互い義理とは言え姉弟だったとは知らなかったみたいだけど、そういうことも考えると余計にお前のことを首謀者だと思えなくなってくる。もし『ダスカーの悲劇』について分かっていることがあるなら、返信の手紙に書くかディミトリに手紙を書くかで教えてくれ。さて本題に入ろう。帝国軍、エーデルガルトたちがセイロス教会の大司教レア様を捕らえてアンヴァルに連れて行ったことを俺は知っている。何故ならば、俺の呪術で場所を特定したからだ……俺が人探しの呪術が使えるのは士官学校時代から良く知っているだろう。俺たちセイロス教会はレア様の身柄を返してくれるなら、アドラステア帝国との和平に応じる意思はある。これは俺だけの意見ではなくて大司教代理のセテスさんや枢機卿の偉い人たちも同意している。エーデルガルトの目的が教会によるフォドラの支配の打破であっても、レア様をまだ殺していないのなら話し合いの余地はあるはずだ。是非この話を検討してほしい。最後になるが、今年の星辰の節のガルグ=マク落成記念日には千年祭を開こうと思っている。去年の九百九十九祭は小さな物だったが今年は千年という節目となる偉大な年だから、盛大に祝いたい。それまでにレア様も返してほしいし、なんならエーデルガルトも参加して黒鷲の学級のみんなを連れてきてほしい。色良い返事を待っている。それでは、長くなったがこれで終わる。くれぐれも体調に気を付けてくれ。エーデルガルトの親友にして“闇の同胞”の“漆黒のオーディン”より

 

 追伸、目が痒くなる呪術についてはクロードに教えてしまっているから、もし症状が出たら俺の呪術じゃなくてクロードの呪術だからな。それだけは伝えておく』

 

 

 手紙を読み終えて目を閉じた。

 

 文章を通しても変わっていない、変わり者のオーディンの人柄が伝わってくる手紙だった。

 

 この手紙には返信はできない。

 

 私は大司教レアを教会に引き渡すつもりがないからだ。

 

 

 フォドラを統一して未来を変えるために立ち上がった。

 

 今更、こんな中途半端な形では投げ出せない。

 

 この戦争は私が始めた戦争だ。

 

 終わらせるのも私でなくてはならない。

 

 

 

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