ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
ベレス視点
門番さんと別れた私は、女神の塔へ向かって全速力で駆け出した。
頬に当たる夜風が気持ちいい……五年もの眠りから覚めた身体は、不思議なくらい軽かった。
そういえば、よくこうやって修道院内を走っているとセテスやハンネマン先生に叱られたものだ。
大聖堂の西側、女神の塔に辿り着き、階段を登っていく。
最上階には、見覚えのある気配が静かに待っていた。
一歩、また一歩と石段を上る。
すると、聞き慣れた男の声が夜の静寂を破った。
「そこにいるのは誰だ……? 俺の闇の察知からは逃れられないぞ……隠れていないで出てこい……!」
その声を聞いた瞬間、思わず口元が緩んだ。
短い銀髪に特徴的な黒のローブ。
私の教え子であり、傭兵時代からの仲間。
──オーディン。
「腕は落ちてないようだね、オーディン。私は“灰色の悪魔”ベレス……時のよすがを辿りし邪神の依り代、選ばれし闇の導き手よ。千年祭の約束を果たしに来た」
五年前の舞踏会の夜を思い出す。
あの時も女神の塔でこんなやりとりをした。
オーディンごっこはいつも楽しい。
「……先生?」
「うん」
「……本当に、先生なのか?」
「おはよう、オーディン」
目の前のオーディンは信じられないものを見たという様子だ。
門番さんの話では、オーディンたちが湖から私を助け出したらしい。
……そして五年間、皆は私の目覚めを待っていてくれた。
「フッ……目が覚めて何よりだ。もし千年祭までに先生が目を覚まさなかったら、千年祭最大の催しとして、俺の禁断の呪術で先生を目覚めさせる予定だった」
「……起きれてよかった」
少し興味はあるが、呪術で起こされるのは遠慮したい。
オーディンは私の知るいつものオーディンだった。
それだけで十分だった。
青獅子の学級を選んだ時のディミトリのように、別人のように変わってしまっていることだけは避けたかったからだ。
「先生は目が覚めて、すぐ俺のところに来たのか?」
「いや、門番さんと話してきたよ。今のフォドラの状況を少し教えてもらった」
「えー、俺が最初の会話相手じゃないのかよ……『選ばれし者』感が出ないじゃないか」
オーディンは肩を落として大げさにため息をついた。
こういうところも全く変わっていない……というか、五年経ってるけど本当に成長したのだろうか?
身長は伸びていないようだし、髪型も変わっていない。
五年前との唯一の違いは、額に怪しげなお守りを付けている点だけだ。
少なくとも、目の前のオーディンは五年前と何も変わっていないように見えた。
「オーディンは成長したの? 本当に五年経ってる?」
「えっ……いや、それは失敬だぞ先生。今の俺はセイロス教会聖騎士にしてセイロス騎士団騎士団長……“フォドラ最強の呪術士”、“選ばれし闇の聖騎士”、“狂気の天才策士”、“ガルグ=マクの伝説の男”といくつもの異名で呼ばれている」
「その異名は学生時代に全部自称してたけど本当に呼ばれてるの?」
「本当に呼ばれてるんだよ! 信じてくれ、先生! 今回は自称じゃない!」
オーディンは割と平気で話を大げさにするからどこまで本当かはわからない。
ただ、セイロス騎士団長になったということは本当なのだろう。
「門番さんから聞いたこともあるだろうが、今のフォドラの状況を説明しよう。金鹿の他の生徒たちも気になるだろ」
「気になる」
「……!?」
オーディンが口を開こうとした、その時。
突然、塔の外が眩い光に包まれた。
——信号呪術〈流星〉。
金鹿の学級時代、オーディンが開発した広域伝令用の呪術だ。
こんな時間に使われるということは……何か起きた。
「フッ……来たか」
オーディンが不敵な笑みを浮かべている。
「帝国軍?」
「ああ、そうだ」
オーディンはいつもの芝居がかった笑みを浮かべた。
「起きて早々で悪いが──戦えるか、先生?」
────
──
―
オーディンの元に『フォドラの夜明け』の漆黒隊が招集される。
名前付けのセンスから、オーディンが命名した部隊じゃなさそうだけど『フォドラの夜明け』はオーディンが団長として率いる部隊らしい。
漆黒隊にはかつてのジェラルト傭兵団や士官学校の生徒たちの姿が見える。
私の姿に驚いた人たちもいるが、とくに騒ぎにはならない……精強な部隊だ。
「この状況だ。敵の指揮官の情報だけ伝えておく。アドラステア帝国軍、第1軍団長ランドルフ=フォン=ベルグリーズ。24歳、男、前ベルグリーズ伯の後妻の連れ子であり、現ベルグリーズ伯の義理の弟。エーデルガルトから才能を見込まれて軍団長に抜擢されるも、この5年で思うように戦功は上げられていない。性格は向上心が強く真面目だが、野心家で武功を立てたがることがある。趣味は食べ歩きで質が良い料理を出す店より、安くて量の多い料理が出てくる店が好き。7歳年下のフレーチェという妹がいて、兄妹仲が良い」
「……やけに詳しいね」
「まあ、必要な情報だからな」
ランドルフ将軍については、この世界ではない別の世界で何度か戦ったことがあるから知っている。
性格や趣味については知らなかったが、どうしてオーディンはそんな情報を知っているのだろう?
少し考えていると、別の部隊が近づいてくる。
青い鎧の歩兵部隊と、赤い鎧をまとったペガサス・ドラゴンの混成飛行部隊が姿を現した。
「ちょっと待って……ベレスじゃない! 目が覚めたのね!」
「先生、やっぱりこういう時に目を覚ますんだ……やっぱり先生は持ってる人だね!」
「ルーナ! ラズワルド!」
二人とも、生きていた。
その当たり前の事実が、胸の奥を温かく満たした。
ラズワルドはオーディンと違い少し背が伸びている。
動きやすさを重視した実戦的な鎧を着ており、それでもどこか洒落た意匠はラズワルドらしかった。
ルーナは髪型は変わっていないが、大人びた顔つきになっている。
特徴的な大鷲の顔と翼、獅子の体を持った生物に騎乗しているが……あれはグリフォンだろうか? 初めて見た。
「おはよう先生、随分長く眠ってたね」
「おはよう、ラズワルド。ちゃんと五年分、かっこよくなってる」
「えっ、そんな……先生……恥ずかしいよ」
成長しているが恥ずかしがり屋なのは相変わらずみたいだ。
オーディンが「先生、どうして俺にはそういう言葉を掛けてくれないんだ!」と騒いでいるが、オーディンは見た目も中身もあんまり変わっていないし……
「5年は長すぎるわよ。あたしたち、とっくにベレスより強くなっちゃったわ」
「ルーナ。そのグリフォンが強いんじゃない?」
「ちょっ、失礼ね! あたし自身も強くなってるんだから!」
「グリフォンから降りても?」
「へっへーん! 当たり前じゃん。終わったら勝負よ、先生!」
ルーナも顔つきは少し大人びているが話をしてみると変わらない。
それが堪らなく嬉しく感じる。
「……さて、こちらは三部隊九十人。対する帝国は一個軍団、約五千だ。感動の再会もいいが、まずは敵の出鼻を挫く。味方の主力が集結するまで時間を稼ぐぞ」
「フレンやレオニーたちが来るまでの時間稼ぎね」
「ラファエルが合流するまでは、僕が森で迎撃するよ」
オーディン、ルーナ、ラズワルドは再会の余韻を振り切るように、すぐさま作戦会議へ移った。
傭兵時代から何度も見てきた光景。
けれど今は、その輪の中に五年という歳月が積み重なっている。
懐かしさと、この世界でしか見られない新しさ。
その両方を、私は確かに感じていた。
ほどなくして、三部隊はそれぞれ持ち場へ散った。
ラズワルド率いる蒼穹隊は森へ入り、帝国軍の先鋒を迎え撃つ。
ルーナ率いる紅蓮隊はグリフォンや飛竜を駆り、戦場の空を縦横無尽に飛び回って敵陣へ強襲を仕掛ける。
そして、オーディン率いる漆黒隊は後方から魔法を放ち、二部隊を正確に援護していた。
九十人しかいない。
それなのに帝国軍は容易に前へ進めない。
学生時代から優秀だった三人が、この五年間でさらに強くなった。
それは、戦場を一目見ただけでわかった。
オーディンたちが帝国軍を食い止めている間にも、ガルグ=マクの各所から次々と援軍が姿を現した。
緑色の装束をまとった弓兵部隊。
橙色の騎兵部隊。
黄色い鎧を着込んだ重装兵と拳闘士の混成部隊。
そして、純白の鎧をまとったダークペガサス部隊。
どの部隊も統率が取れている。
……こんな教会軍は、今まで見たことがない。
「先生、目が覚めたんですね! おはようございます! あ、今はとにかく、帝国軍を迎撃してきます」
「やっとお目覚めかよ……おはよう、先生! 夢に師匠は出てきたか?」
「先生、起きたばっかで腹減ってるだろう! オデの持ってる干し肉を分けてやるよ!」
イグナーツ、レオニー、ラファエル。
三人とも五年前よりずっと逞しくなっていた。
けれど、交わす言葉はあの頃と何一つ変わらない。
それが嬉しかった。
「ご機嫌よう、先生。五年間たっぷり休めましたかしら?」
「おはよう。フレンは全然変わってないね」
「ま! わたくしの光の聖戦士としての成長を感じられませんの!? わたくしも皆さんと同じく聖騎士になったのですわよ!」
フレンも五年を過ごしたはずなのに、見た目は学生時代とほとんど変わっていない。
やはり彼女は特別なのだろう。
教会軍には他にも、オーディンたちによって集められた元生徒たち、アッシュ、メルセデス、ドロテアの姿もあった。
彼らもこちらへ気付いたようだったが、今は戦いの最中だ。
軽く視線を交わすだけで、それぞれ持ち場へ向かっていった。
「ま! そういえば、ジェラルトさんの傭兵団は解体して『フォドラの夜明け』に組み込まれてしまいましたから、先生の率いる騎士団がないですわ」
「それじゃあ、『フォドラの夜明け』の予備部隊をそのまま率いてくれ。兵種もバラバラだけど先生なら指揮できるだろ。ツィリル、来てくれ」
オーディンが軽く手を上げると、近くで待機していた予備兵たちがツィリルに率いられ一斉にこちらへ集まってきた。
「今日からこの方が、お前たちの“灰色隊”の指揮官だ。俺たち全員の先生──"灰色の悪魔"ベレスだ」
灰色隊の面々がそれぞれ話しかけてきた。
「先生、ボクが副官をやるよ。ボクだって成長したんだから」
「久しぶりねー先生。あたしを覚えてる? 商人のアンナよ」
「ケェッヘッヘ……俺は帝国軍には恨みがあるんだ。アンタの下で戦えるのは光栄だぜ」
「私はバジャルド。行商と傭兵業の兼任で楽して稼いでいるところでしてね」
ツィリル、アンナ、メトジェイ、バジャルド……ツィリルとアンナはともかく、メトジェイとバジャルドが味方にいる理由がわからない。
彼らが味方として戦う未来など、私は一度も見たことがなかった。
「そう不満そうにしないでくれよ先生、二人とも腕は確かだ」
困惑のあまり顔に出てしまっていたかも知れない。
気を付けよう。
ツィリルたちの兵種はドラゴンナイト、スナイパー、アサシン、トリックスター……見事にバラバラだ。
灰色隊にはフォートレスやパラディン、ウォーロック、ビショップもいるので交代補充要員をそのまま纏めたような部隊だった。
しかし一つの騎士団に前衛・後衛・魔法・回復が一通り揃っている。
ジェラルト傭兵団や士官学校時代のように一人一人に指示を出せば運用できそうだ。
帝国軍は、まだ一個軍団五千人全てを動かしていないようだ。
数百〜千人程度の散発的攻撃は『フォドラの夜明け』の精鋭四百人の前になす術なく敗走している。
「南に軍勢、三千弱! おそらくランドルフ将軍の本隊よ!」
ルーナの飛行部隊が新たな敵兵発見の報告をする。
「ついにランドルフ将軍が出てきたか……フッ、予想通りだ……」
オーディンの声は落ち着いている。
まるで私でも見えない遥か先の敵も予想しているようだ。
「誘き寄せて、火攻めを使うの?」
私の問いにオーディンはきょとんとした顔をした。
「えっ? ……そんなことしないけど」
「え?」
「火攻めなんかしたら火事になるだろ。街には住民もいるんだぞ」
そういえば、今のガルグ=マクには人が住んでいるんだった。
教会、王国、同盟……この展開で火攻めをする未来を見すぎて、いつもと条件が違うことを忘れていた。
「『フォドラの夜明け』は帝国軍の一個軍団にも戦い方次第で勝てる精鋭だ……今、この“漆黒のオーディン”の真の力を見せてやろう!」
オーディンがいつもの左手を前に伸ばすポーズ……漆黒の隻手だったかな……を決めている。
「漆黒隊、純白隊、朱殷隊、紫苑隊、その他魔法使い……構え、〈スライム〉発射!」
「光の〈スライム〉! 必殺アウェイキング・ホーリー!」
「そおーれ! 〈スライム〉!」
「〈スライム〉! オーディンくん……ちょっと数に差がありすぎない? これじゃあ結構な数と正面衝突しちゃうわよ」
オーディン、フレン、メルセデス、ドロテアたちの率いる魔法部隊が、オーディンの開発した強力な遠距離闇魔法〈スライム〉を帝国軍に浴びせている。
しかし、ドロテアの指摘通り、一個軍団を削りきるには足りない様だった。
「……まあ、正面からでも多分勝てるだろ。先生もいるし、ヘーキヘーキ」
「適当ねえ、オーディンくん……まあ、私たち魔法部隊は正面から戦うわけじゃないから良いけど」
「もうすぐ援軍が来るって話だったけど、まだかしら?」
「ま! 見えました、東方向から同盟軍ですわ!」
フレンの報告に東方向を見る。
グロスタール騎士団、ゴネリル戦姫隊、コーデリア魔道隊、エドマンド辺境兵……各領の軍勢が見えた
「間に合ったか……ローレンツ=ヘルマン=グロスタール、援軍として参上した!」
「先生、起きたの? 五年も寝てられるなんて羨ましいわー」
「今は挨拶は後です! なんで帝国軍と戦ってるんですか!?」
「……久しぶりに先生に会えました……今日は血が騒ぎます……」
ローレンツ、ヒルダ、リシテア、マリアンヌ。
金鹿の生徒たちが、それぞれの領地から兵を率いて駆けつけてきたのが見えた。
同盟軍が帝国軍の横腹を突き、戦況が一気にこちらへ傾いていくのが見えた。
「くっ、損害が大きすぎる! 全軍、退却だ! 殿は俺が引き受ける! その隙に、皆は離脱せよ!」
帝国軍の指揮官ランドルフ将軍は不利を感じたのか撤退を始めている。
引き際の良さは、流石エーデルガルトから信頼されている軍団長とも感じた。
「……逃がすものかよ!」
オーディン率いる漆黒隊が味方の転移魔法〈ワープ〉によりランドルフ将軍のすぐ近くに転移した。
闇魔法の一撃がランドルフ将軍を捉え、そのまま意識を刈り取った。
戦況は決した。
帝国兵は逃げる者とその場に武器を投げ捨て降伏する者しかいなくなった。
結局、私はただ見ていることしかできなかったが、それで十分だった。
オーディンたちの五年間の成長が感じられる戦いを嬉しく感じた。
その直後、東の空から新たな軍勢が接近するとの報告が上がった。
リーガン領の不死隊を率いたクロードが、空の彼方から姿を見せた。
「おい、クロード。級長が遅刻か?」
「悪いな。真打は最後に登場するもんなんだよ、オーディン」
オーディンの軽口に、クロードも軽口で返す。金鹿では見慣れた光景だった。
「先生もおはようさん。あんたが目を覚ますのを首を長ーくして待ってたよ」
「おはよう、クロード。千年祭には間に合ったよ。……私の分の食べ物は準備してある?」
「はははっ、先生は相変わらずだな」
「フッ……これで、ようやく全員が揃った! 俺たち金鹿の学級の戦いはこれからだ!」
オーディンの締めの言葉にその場にいた全員が、思わず苦笑を漏らした。
懐かしい顔ぶれが戦場に並んでいるのを見て、私はようやく、この五年が確かに現実だったのだと実感した。