ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
第84話『交わらぬ道』
俺は“漆黒のオーディン”、青き獅子王と金色の鹿の盟主と共に灰色の導き手の元で連合軍を率いる選ばれし闇の騎士団長だ。
千年祭の途中だったが、セイロス教会軍、ファーガス神聖王国軍、レスター諸侯同盟軍による三勢力連合軍の結成、そして先生の総大将就任が正式に発表された。
すでにセテスさんをはじめとする教会幹部には話を通してある。
ディミトリとクロードも異論はなく、千年祭に集まった金鹿と青獅子の元生徒たちも、先生が総大将となることを歓迎していた。
「金鹿も青獅子の子たちも盛り上がっちゃって……まるで、私だけ除け者にされちゃってる気分だわ」
「……ん? ドロテアか」
少しいじけたような様子で声をかけてきたのは、現在『フォドラの夜明け』の部隊長を務めるドロテアだった。
この場で唯一、黒鷲の学級出身の仲間である。
「フッ……やはり帝国出身のお前には複雑な祭りだったか」
「少し違うわ、オーディンくん。帝国と戦うこと自体は、私はもう迷ってないの」
俺もようやくドロテアの言いたいことを理解した。
金鹿も青獅子も、こうして学級のみんなで再会を喜び合っている。だが黒鷲だけは違う。かつての級友たちは今、帝国軍として俺たちの敵となっているのだ。
この祭りは、ドロテアにとって楽しいだけのものではないようだ。
「本当なら、黒鷲のみんなとも笑って再会したかったのよ」
「……」
俺も返す言葉がなかった。
帝国にはこれまで何度も、大司教レア様の返還と和平交渉を求める使者を送ってきた。
そのたびに使者は門前払いされ、何の成果も得られず戻ってきている。
フェルディナントに託したエーデルガルト宛ての手紙にも、千年祭への招待を書き添えていた。
せめて黒鷲の学級だけでも集まれないか──そんな僅かな望みを込めて。
……だが、返事は一通も届かなかった。
「愚痴言っちゃって、ごめんなさい。エーデルちゃんとずっと交渉しようとしてたオーディンくんに言うことじゃなかったわよね」
「フッ……気にするな。俺の前では愚痴くらい好きにこぼせ。“戦場の歌姫”ドロテアを『フォドラの夜明け』へ誘ったのは、この“漆黒のオーディン”なのだからな」
それに、一応俺は『ベルナデッタの部屋炎上事件』のせいで、一か月間のみ黒鷲の学級へ移籍(追放)されていたこともある。
たった一か月とはいえ、あいつらと過ごした時間は本物だ。黒鷲のみんなと再会できない寂しさくらいは、俺にも理解できる。
「ふふふっ、あの時オーディンくんたちの仲間に誘ってくれたのには感謝してるのよ。まさか、あれから五年も経って私が聖騎士をやってるなんて思わなかったけど」
「今や“聖騎士歌姫”ドロテアとしても異名が広まっているしな」
「今までただ舞台で役割を演じてたのに、まるで物語の登場人物のようになっちゃったわね」
歌劇団の歌姫は今や、『フォドラの夜明け』を率いる歴戦の聖騎士。
光と闇が交わる時、人は己の運命すら書き換える……これもまた、闇の導きというやつなのだろう。
「それに『フォドラの夜明け』のみんなは平民出身だから、居心地も良いのよねえ」
「黒鷲の学級はドロテア以外全員貴族だったからな」
「ただ、みんな色恋に疎いのが難点なのよね……口説いてくるのもラズくんくらいだし」
ドロテアは肩をすくめながら苦笑した。
確かに、『フォドラの夜明け』は平民出身者が多い部隊だ。
身分を気にする者はほとんどおらず、誰もが実力で肩を並べている。それがドロテアにとって居心地の良さに繋がっているのだろう。
……もっとも、恋愛に関してだけは、ラズワルドを含めてあまり期待できそうにないが。
「……どこかに、強くてかっこよくて将来性もある素敵な騎士団長様はいないかしら」
「ほう……強くてかっこよくて未来のフォドラの覇者である闇の騎士団長……つまり“漆黒のオーディン”を探しているのだな!」
「うーん……ごめんなさいね。オーディンくんは、そういうのじゃないのよね」
なんでだよ!? 条件全部満たしてただろうが!!
◆◆◆
千年祭は無事終わった。
みんな再会を喜ぶことができた。
何故か俺がドロテアに急にフラれる事件が起きたが些細なことだ……俺は全く気にしていない。
……ともあれ、千年祭は無事に幕を閉じた。
だが、祭りの終わりは決戦の始まりでもあった。
連合軍は同盟領グロススタール伯爵領を通ってミルディン大橋へと向かった。
この行程は以前士官学校時代にグロンダーズ鷲獅子戦に向かった時と同じなのでよく覚えている。
「しっ、“漆黒のオーディン”殿……ぼくちゃんの所有するミルディン大橋はあちらになります……」
「フッ……ご苦労」
「……ヒィッ!」
ミルディン大橋まではアミット大河の北側、レスター諸侯同盟側を領地に持つ、アケロン=レーテ=フレゲトン子爵に案内されていた。
アケロンは、以前ローレンツと共に領地間のいざこざで戦って以来、俺をひどく恐れているようだ。
クロードやローレンツからは裏切る可能性がある貴族として教えられていたが、この様子だとあまり心配する必要はないかもしれない。
「城橋に布陣している帝国軍が見えるわね」
「ドラゴンナイトやペガサスナイトも多いね……流石に守りは固めているか」
『フォドラの夜明け』の副団長ルーナとラズワルドが呟く。
橋上はどうしても戦場が狭くなる。
だからこそ飛行戦力を厚く配置しているのだろう。
この布陣を見るだけでも、橋を任された将が侮れぬ相手だと分かる。
「敵将は、呪術で探知した通りフェルディナントだ。加えて、ラディスラヴァ将軍と軍団長が二名……」
黒鷲の元同級生は今のところフェルディナントだけみたいだ。
いきなり多くの同級生と戦うはめにならなくて良かった。
ラディスラヴァ将軍は、かつてエーデルガルト直属の近衛隊長だった。
その彼女が今は、ミルディン大橋で精鋭の飛行部隊を率いている。
わざわざ彼女ほどの将を、この最前線へ配置している。
帝国軍も、この橋を絶対に落とすつもりはないということだ。
「敵も弓の届かない高度を飛んでるわね。これじゃ、飛行戦力で制空権を取るしかないわ」
「飛行部隊はわたくしとルーナさん、クロードさん……あとヒルダさんもドラゴンナイトになられたんですわよね?」
「えー……いきなり激戦っぽい雰囲気……ドラゴンナイトになんてなるんじゃなかった」
「はははっ、ヒルダは相変わらず準備が良いよな!」
飛行戦力は、『フォドラの夜明け』では紅蓮隊を率いるルーナと、純白隊を率いるフレン。
同盟軍からはクロード率いる不死隊に加え、〈ドラゴンナイト〉へ転身したヒルダの金鹿飛竜隊がいる。
王国軍にもイングリット率いるガラテア天馬隊が参戦しているが、今回のミルディン大橋攻略では教会軍と同盟軍を主力とし、王国軍は後詰めに回していた。
一応、〈メティオ〉や〈スライム〉といった長射程魔法もある。
だが、詠唱から着弾まで時間がかかるため、高高度を飛ぶドラゴンナイトやペガサスナイトを狙うには不向きだ。
「〈リブロー〉や〈リザーブ〉による支援は惜しまない。だが、この高度から落ちれば基本的に助からない。各員、油断はするな」
空戦の怖いところは、一度落ちれば即死しかねないことだ。
今のところ『フォドラの夜明け』に戦死者は出ていない。
今回も……誰一人死なせるつもりはない。
飛行部隊の数では帝国軍に劣っているが、質では勝っている。
この世界……フォドラ大陸では、一騎当千の英雄が戦局そのものを覆す。
数の差すら覆す力を持つ者こそが、戦争の勝敗を決めるのだ。
帝国軍飛行部隊と連合軍飛行部隊が激突しようとした、その瞬間。
クロードが静かに魔弓フェイルノートを引き絞る。
「とくとご覧あれ、ってな」
次の瞬間、“英雄の遺産”魔弓フェイルノートから、赤黒く禍々しい光を纏った一条の矢が放たれた。
轟音と共に放たれた魔力の奔流は、大気を裂きながら帝国軍飛行部隊へと一直線に突き進む。
「散開しろッ!!」
ラディスラヴァ将軍の鋭い号令が橋上に響く。 帝国軍飛行部隊は一斉に左右へ散開し、隊列を崩しながらも直撃を回避した。
フェイルノートから放たれた矢は、ただの矢では終わらない。
赤黒い魔力は着弾と同時に爆ぜ、数十騎のドラゴンナイトをまとめて吹き飛ばした。
「えー……あたしもやるの?」
“英雄の遺産”魔斧フライクーゲルを持つヒルダを先頭に金鹿飛竜隊が散会した帝国飛行部隊に襲いかかる。
レスター諸侯同盟中から選りすぐった竜騎士で編成された金鹿飛竜隊と、弓を携えたドラゴンナイトで構成されるクロードの不死隊。
近接戦を担う飛竜隊と、上空から援護射撃を行う不死隊が連携することで、一つの飛行軍団として高い戦闘力を発揮している。
俺たち『フォドラの夜明け』の紅蓮隊と純白隊のように、前衛と後衛の役割が明確に分かれているため、空中戦でも隊形を維持しやすい。
飛行戦力同士の戦いは、ただ数が多ければ勝てるものではない。
誰が敵を抑え、誰が援護し、誰が決定打を放つか……その連携こそが勝敗を左右する!!
「紅蓮隊、行くわよ! 一気に制空権を奪うわ!」
「純白隊、援護ですわよ! 乙女心が躍動しますわ!」
ルーナとフレン率いる『フォドラの夜明け』の飛行部隊が、ラディスラヴァ将軍率いる帝国飛行部隊の中核へと突撃した。
空中で、ルーナの握る槍グラディウスと、ラディスラヴァ将軍の戦斧が激しくぶつかり合う。
ラディスラヴァ将軍はエーデルガルト麾下では名将と呼び声高い。
だが、将としての才と個人の武勇は別の話だ。
その真価は軍を率いる統率力にある。
一方、ルーナは『フォドラの夜明け』副団長にして、一騎当千を体現する英雄。
純粋な武勇では、両者の間には埋め難い差があった。
数合打ち合った末、グラディウスの鋭い一閃がドラゴンの鱗ごと断ち切る。
「ぐっ……!」
騎竜を斬り伏せられたラディスラヴァ将軍は、そのまま橋上へと真っ逆さまに叩きつけられた。
◇◇◇
フェルディナント視点
「ほ、報告します! ……ラディスラヴァ将軍、戦死! 飛行部隊……壊滅しました!」
「そうか……ラディスラヴァが……」
兵士の報告を聞いた私は、込み上げるため息を胸の内へ押し込め、静かに戦場を見据えた。
私……フェルディナント=フォン=エーギルは、ラディスラヴァ将軍とはそれほど深い付き合いではなかった。
だが、彼女が清廉で実直な武人であったことはよく知っている。
そして、彼女はエーデルガルトが皇帝となる以前から、側近として仕えてきた人物だ。
将としても帝国屈指の名将だった。
その彼女が、開戦早々に討たれた。
……これで、この戦いが決して容易なものではないことを、誰もが理解しただろう。
「エーデルガルトは連合軍を甘く見過ぎていたようだ……いや、私のことを買い被っていたのか?」
ミルディン大橋の帝国軍は、教会・王国・同盟による連合軍を相手にしても、兵力ではなお優勢だった。
だが、この世界の戦争は兵の数だけで決まるものではない。
英雄の遺産を振るう英雄。
一騎当千の武人。
そして、それらを束ねる優れた指揮官。
ラディスラヴァ将軍の敗死が、その何よりの証明だった。
数万の兵を率いる名将であっても、一人の英雄に討たれれば戦局は一瞬で傾く。
「第4軍団長ウォルフ将軍、第7軍団長ブルック将軍に伝令! 全軍をグロンダーズ平原まで後退させよ! ここは私が時間を稼ぐ!」
フォドラ屈指の大要塞であるガルグ=マク大修道院とアリアンロッド要塞を、少数の手勢で陥落させた“漆黒のオーディン”を相手に、籠城戦など意味をなさない。
この橋は、いずれ落ちる。
ならば、ここで兵を失うわけにはいかない。
私の役目は、もはやミルディン大橋を守り抜くことではない。
グロンダーズ平原での決戦まで、帝国軍の兵力を少しでも温存することだ。
ミルディン大橋にはエーギル公爵領軍だけを残し、私は直属のエーギル星騎士団を率いて橋の中央へと進み出る。
せめて、この身を盾として連合軍の足を止めよう。
私が敗れようとも、その間に兵たちが退却できれば、それで良い。
「私はエーギル公爵、フェルディナントだ! 連合軍の者よ聞いてくれ!」
私はエーギル星騎士団を背後に従え、エーギル公爵家に伝わるゾルタンの槍を持ち、ただ一人で連合軍の前へと歩み出た。
矢も、魔法も飛んではこない。
……騎士の名乗りに応えるつもりなのだろう。
その礼節には、内心感謝せずにはいられなかった。
「連合軍の将よ! 私は一騎打ちを所望する!!」
連合軍には一騎当千の騎士たちが揃っている。
『フォドラの夜明け』には“壊刃の継承者”レオニー、“正義の一矢”アッシュ。
王国軍には“英雄の遺産”を振るうシルヴァンやイングリット……そして、王国最強と謳われるディミトリ王。
同盟軍には友人ローレンツもいる……士官学校時代、鷲獅子戦で槍を交えた日々が、今は遠い昔のようだ。
……だが、誰が応じようと構わない。
私にとって、この一騎打ちは最後の戦いになるのだから。
しばらくして、連合軍の陣から一人の男が歩み出てきた。
馬にも竜にも乗らず、自らの足だけで堂々と橋を渡ってくる黒衣の男。
……オーディンだ。
「フッ……その挑戦、この“漆黒のオーディン”が受けよう」
「君ほどの総大将格が、自ら前へ出てくるのか?」
「連合軍の総大将は俺ではなくベレス先生だ。……まあ、『格』という意味では、そうなのかもしれんな。フッフッフッ」
オーディンは実に楽しそうに笑っている。
まるで、これから命を懸けた一騎打ちが始まるというのに、それすら愉快な催しであるかのようだった。
……相変わらず、底の知れない男だ。
「私に勝てば、ミルディン大橋の帝国軍は降伏する。捕虜には名誉ある扱いを望む」
「それは“漆黒のオーディン”の名において約束する」
「……感謝する。だからこそ、君になら託せる」
互いに剣を向け合う敵同士でありながら、この約束だけは疑う余地がなかった。
オーディンという男は、一度口にした誓いだけは決して違えない。
「では、始めようか……俺は“漆黒のオーディン”! 選ばれし闇の戦士だ!!」
「我が名は……! フェルディナント=フォン=エーギル!!」
次の瞬間、オーディンの封魔剣エクスブレードと、私のゾルタンの槍が激しく打ち合わされた。
槍と剣。
騎馬と徒歩。
本来ならば、私が圧倒的に有利な間合いだ。
だが、オーディンはその不利をまるで感じさせない。
卓越した剣技だけで私の攻撃を受け流し、一歩たりとも押し込まれようとはしなかった。
「ならば! 見せようか……私の真の力を!!」
ゾルタンの槍が赤き幻炎に包まれる。
士官学校時代、オーディンから教わった幻影魔法〈華炎〉。
武器の威力は変わらない。
だが、燃え盛る槍は味方を奮い立たせ、敵を威圧する。
私はその演出効果に、心の底から感動したものだ。
──戦技〈連撃〉。
一撃目。
紅蓮の槍が封魔剣エクスブレードへ叩きつけられ、火花を散らす。
ゾルタンの槍は、封魔剣との打ち合いにも微塵も揺るがない。
二撃目。
炎は青く色を変え、鋭い突きとなってオーディンを襲う。
紙一重で躱されたものの、その体勢を大きく崩した。
──そして、三撃目。
戦技〈連撃〉から、さらに一撃を繰り出す私だけの奥義。
これまで二撃で終わると見切っていたオーディンの瞳が、初めて大きく見開かれた。
鋭く放たれたゾルタンの槍が、オーディンの胸を深々と斬り裂く。
──捉えた!
確かな手応えが両腕へと伝わる。
浅い傷ではない。
……勝った。
私は、そう確信した。
「グッ……見事な一撃だ。だが……闇の〈リザイア〉!!」
オーディンの左手から、闇の魔力が奔流となって放たれた。
「なっ……!?」
闇の魔力が私の身体から生命力を奪い取っていく。
そして、オーディンの胸を深く裂いていたはずの傷は、黒い光に包まれると瞬く間に塞がっていった。
……傷が、消えた。
闇魔法〈リザイア〉。
オーディンの切り札などではない。
フォドラに古くから伝わる光魔法〈リザイア〉を、彼が闇魔法として昇華させた術だ。
士官学校時代から、親しい仲間へ惜しみなく教えていた魔法でもある。
私も、その存在は知っていた。
……だが、知っていることと、実際に戦場で受けることは全く別だった。
傷を癒やしながら敵の生命力を奪う。
これほど厄介な魔法だとは、身をもって思い知らされた。
「フェルディナント=フォン=エーギルよ……これが、闇の力だ!覚えておけ!」
オーディンの左手から再び闇魔法が放たれる。
私の身体から力が奪われていく……
「私の力は……届かないか……」
最後まで届かなかった。
エーデルガルトの理想にも。
帝国の未来にも。
そして──友であり、宿敵でもあるオーディンにも。
薄れゆく意識の中──私の世界は、静かに闇へと沈んでいった。