ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
エーデルガルト視点
アドラステア帝国ベルグリーズ伯爵領──"頑固な老将軍"の異名で知られる要塞、メリセウス要塞。
私は執務室で、ヒューベルトからミルディン大橋防衛戦の戦況報告を受けていた。
「……以上がミルディン大橋防衛戦の全容です。ラディスラヴァ殿は戦死。フェルディナント殿は現在、生死不明となっています」
「……そう」
結果は手痛い敗北だ。
帝国軍の精鋭飛行部隊とエーギル公爵領軍、そして第4軍団と第7軍団の力を持ってしても、連合軍のミルディン大橋攻略を防ぎきれなかった。
「帝国軍の二個軍団は、ほとんど戦わずに撤退しておりますが……いかがなさいますか?」
「フェルディナントが正しいわ。オーディン相手に籠城戦をやって、二個軍団一万人まるごと失うよりもはるかに良かったわ」
フェルディナントがそう判断したのなら、彼は最後まで将としての役目を果たしたのだろう。
簡単には抜かせないために十分な戦力を揃えていたが、もともとミルディン大橋は帝国防衛の主戦場ではない。
主戦場はメリセウス要塞の北側にある、グロンダーズ平原である。
そういう意味では、フェルディナントとラディスラヴァ将軍を失ったが帝国軍の二個軍団を維持できたことは今後に繋がるはずだ。
「ヒューベルト……フェルディナントとは仲が良かったはずよね。何か思うところはないの?」
「仲が良いということはありませんな。フェルディナント殿は政敵であり、ただの級友ですよ。エーデルガルト様のほうが仲がよろしかったのでは?」
「……そうね」
フェルディナント。
幼い頃から、何かにつけて私に張り合ってきた男。
皇帝となった私に対してすら、時には臆することなく意見を述べてきた。
正直に言えば、鬱陶しいと思ったことも一度や二度ではない。
けれど──。
彼が帝国にとって必要な人間だったことは間違いない。
「……惜しい人を失ったわ」
「エーデルガルト様。フェルディナント殿の遺体は確認されておりませんよ」
ヒューベルトの言葉で帝国軍の報告結果を思いだす。
まだ死んだと決まったわけではない。
戦場での混乱からか、フェルディナントがどう敗れたかは伝わっていない。
エーギル公爵軍がフェルディナントが敗れて全軍降伏したという話であり、フェルディナントが一騎討ちで敗れたとか、信じられないが裏切ったという話も出ている。
一騎討ちで敗けたというのはおおいにあり得るが、貴族の誇りを重んじるフェルディナントが裏切るとは考えられない。
「ククッ……フェルディナント殿が簡単に死ぬとは思えませんな」
「なら、今は生存の可能性を残しておきましょう」
ヒューベルトの言う通り、フェルディナントがそう簡単に死ぬとは思いたくない。
……あの男は、昔からしぶとかったもの。
話題をグロンダーズ平原へと切り替えることにしよう。
「ヒューベルト。グロンダーズ平原の戦力は?」
「同盟軍、王国軍、教会軍の三勢力を合わせれば我々とほぼ互角……いえ、ミルディン大橋から撤退した二個軍団も合流しております。兵力だけなら、我々が優位ですな」
「……そう」
兵力だけを見れば、こちら側優位だが決定的な差はない。
ならば、勝敗を分けるのは──。
「数ではなく、英雄の質で戦局が変わるわ」
ブレーダッドの“アラドヴァル”。
フラルダリウスの“アイギスの盾”。
ゴーティエの“破裂の槍”。
ダフネルの“ルーン”。
カロンの“雷霆”。
ドミニクの“打ち砕くもの”。
ラミーヌの“ラファイルの宝玉”。
グロスタールの“テュルソスの杖”。
ゴネリルの“フライクーゲル”。
リーガンの“フェイルノート”。
解放王ネメシスの“天帝の剣”。
そして、オーディンの“封魔剣エクスブレード”。
他にも未確認の英雄の遺産のような武器や神聖武器を持った一騎当千の猛者たち。
対する帝国軍にいるのは、炎の紋章とセイロスの紋章を宿す私。
四聖人に由来する紋章を持つ貴族たち。
そして──人工魔獣の群れ。
「グロンダーズ鷲獅子戦争というより⋯まるでタルティーン平原の再来ね」
「ククッ……十傑の末裔と英雄の遺産を持つ者たちに対して、此方は四聖人の血を受け継ぐ者たちと人工の魔獣共……陣容だけならまるでこちらがセイロス教団側に見えるのは皮肉なことですね」
「あの化け物たちを相手にする前の今なら
千年前、タルティーン平原でセイロスは同じような光景を目にしたのだろう。
自分たちより遥かに数が多く、英雄の遺産を手にした十傑たち。
それを率いるのは、最も憎き同胞たちの仇である解放王ネメシス。
対して、今の私たちの前にいるのは、その十傑の血を受け継ぐ者たちと、彼らが振るう英雄の遺産。
歴史は、皮肉なほど同じ光景を繰り返そうとしている。
ただ一つ違うのは──。
今回は、私たちがセイロスではないことだ。
こちらにも、切り札はある。
人工魔獣。
紋章を宿す貴族たち。
そして、炎の紋章とセイロスの紋章を持つ私自身。
この戦いに敗れれば帝国そのものが滅びる。
だからこそ、負けるわけにはいかない。
グロンダーズ平原で、今度こそ歴史を変える。
そのために──私は皇帝として、この戦いに勝つ。
「ヒューベルト、私たちもメリセウス要塞を出てグロンダーズへ向かうわ」
「かしこまりました……ズズッ……?」
「えっ……? ヒューベルト?……あっ、私も鼻水が……ズズッ……目も痒くてたまらないわ」
ヒューベルトと顔を見合わせる。
鼻水が止まらない。
目が痒い。
しかも、さっきまで何ともなかったのに、二人同時に。
偶然であるはずがない。
この症状には覚えがある。
士官学校時代の鷲獅子戦前。
そして、オーディンから届いた手紙。
私とヒューベルトが思い浮かべた男の顔は、きっと同じだろう。
レスター諸侯同盟盟主、クロード=フォン=リーガン。
あの男が、戦争を前にして呪術による嫌がらせを仕掛けてきたのだ。
五年前と、まったく同じように。
「すぐに解呪致しましょう」
「鬱陶しい男ね」
解呪の方法なら、五年前にオーディンから教えてもらっている。
いまや“卓上の鬼神”と謳われる者の、奇策の一手。
……だが。
なぜ私は、歴史を変える決戦を前にして、こんなくだらない呪術と戦わされているのだろう。
◆◆◆
オーディン視点
俺は“漆黒のオーディン”、連合軍の一角を担う教会軍を束ねるセイロス騎士団団長、選ばれし闇の聖騎士だ。
ミルディン大橋を陥落させた連合軍一行は、その確保とアケロンの監視をグロスタール伯爵に任せ、グロンダーズ平原へと向かった。
数日かけてグロンダーズ平原へ向かう中、連合軍首脳陣は何度も作戦会議を行っている。
今日も俺、ベレス先生、ディミトリ、クロード、セテスさんをはじめとする連合軍の主要人物を集めた、グロンダーズ平原攻略作戦会議が終わった。
俺が部屋を出ようとしたところで、王国軍で参謀役を務めるアネットに呼び止められた。
「忙しいのに呼び止めてごめんね、オーディン。さっきの会議でわからないところがあって、教えてほしいんだけど……信号魔法〈流星〉の暗号表の見方がちょっと複雑で……」
「ああ、その件か……さすがに暗号表を手渡しするだけじゃ不親切だったな。だが、アネット……信号魔法ではなく信号呪術〈流星〉だ。それは間違えるなよ」
信号呪術〈流星〉は、俺が金鹿の学級にいた頃に開発した呪術だ。
俺が指揮官を務める教会軍や、金鹿出身者が多く集まる同盟軍には馴染み深い連絡手段だが、王国軍はまだ不慣れなのだろう。
アネットに信号呪術〈流星〉について教えていく。
アネットは士官学校時代から成績優秀だったこともあり、覚えが早い。
教える側としても非常に助かる相手だった。
しばらく暗号表の読み方を教えていると、ふと、部屋の武器置きに立てかけられた“英雄の遺産”打ち砕くものが目に入った。
「これが“英雄の遺産”打ち砕くもの……ドミニク家に伝わる伝説の武器か……」
「あっ、うん。ドミニク男爵……伯父さんから借りてきたんだよ。きっと戦力になるからって」
“英雄の遺産”は、割と簡単に借りられたらしい。
ドミニク男爵にとって、アネットは可愛い姪っ子なのだろう。
それに、王国軍には国王ディミトリも参加している。
これから始まる決戦を考えれば、アネットに貸し出すことに異論はなかったのかもしれない。
かつての十傑ドミニクが振るった魔槌。
槌の片面には、触手のような長い突起が無数に生えており、それらがピクピクと蠢いている。
これまで色々な“英雄の遺産”を見てきたが、打ち砕くものは特に独特な形をしている。
そして、もう一つの特徴が──魔法武器であることだ。
「あたしのご先祖様の十傑ドミニクって、魔力が低かったから打ち砕くものを上手く使えなかったんだって」
「あー、確か〈ドラゴンマスター〉だったんだよな……」
「うん、よく知ってるね。努力家だったんだけど、空回りしやすくって、かっこ悪くて変な武勇伝ばっかり、いっぱい残ってるんだよ……」
それは、アネットとよく似ているのでは……?
もしかしたら、ドミニク男爵やギルベルトさんも似たようなところがあるのかもしれない。
いや、ギルベルトさんにドミニクの紋章はなかったが……。
もし後世に名前が残るなら俺はできるだけかっこいいエピソードを残したい。
かっこ悪いエピソードは、できるだけ歴史の闇へ葬り去らなければ……。
「そういえばオーディンも、変な武勇伝いっぱい残りそうだよね」
「今、ちょうどそれを考えていたところだ……今から俺のかっこ悪い武勇伝を、人々の記憶から消す呪術を考えなければ……」
相手の記憶を見る呪術はすでにあるけど、みんな使わせてくれないんだよな……まあ、記憶を見られるなんて普通に嫌だろうけど。
いつしか話題は、今日のグロンダーズ平原攻略作戦会議へと移っていった。
「帝国軍はエーデルガルトとヒューベルトもグロンダーズ平原へ向かってるんだよね。これで、黒鷲の学級はほとんどグロンダーズ平原に……」
「ああ。カスパル、リンハルト、ペトラ、ベルナデッタ……その他黒鷲の生徒たちはほぼ全員集合してるぜ……俺の探知呪術で把握している」
「フェルディナントとも戦うことになっちゃったし……また、黒鷲のみんなとも戦わなくちゃいけないんだよね……」
グロンダーズ平原には、エーデルガルトをはじめとした黒鷲の学級の元生徒たちの他に、帝国軍として活躍して名を広めはじめた死神騎士のイエリッツァ先生、優れた策略家として知られるリンハルトの父親である内務卿ヘヴリング伯爵。
そして、帝国最強と呼び声高いカスパルの父親である軍務卿ベルグリーズ伯爵と、軍務卿派の帝国軍人たち。
俺が探知呪術で把握している帝国の重鎮の中で、今回、グロンダーズ平原へ集まっていないのは、外務卿ゲルズ公くらいだ。
「帝国……エーデルガルトは本気だぜ。黒鷲の元生徒たちだけじゃない。軍務卿、内務卿、死神騎士……ヒューベルトとベルナデッタは宮内卿と教務卿だし、外務卿以外の全ての重鎮を集結させてる」
「そんなに……? それに、外務卿を連れてきてないってことは、交渉する気もないってこと?」
アネットが驚きの声を上げた。
実際、ミルディン大橋攻略後も、俺たちはレア様の返還と和平交渉を求めて使者を立てた。
だが、帝国にレア様を返還する意思はなかった。
「……でも、凄いよね。オーディンは……決戦前にこれだけ情報を把握してるなんて」
「フッ……俺の呪術の凄さに今更気付いたか……」
「うん。あたしと父さんも、オーディンが呪術で再会させてくれたよね……」
そういえば、俺がこの世界で呪術を使うようになったきっかけは、アネットが父親──ギルベルトさんを探していたことだったな。
当時の俺は、人探しのために身につけた呪術が、まさかここまで戦争で役に立つことになるとは思ってもいなかった。
「感謝する、アネット。お前がギルベルトさんを探していなかったら、俺は探知呪術を開発することもなかったかもしれない」
「ええっ!? お礼を言いたいのはあたしの方だよ……」
「そうか?」
「うん! 父さんと再会させてくれたこともそうだし、闇魔法をたくさん教えてくれたし、〈歌姫〉にもなれたし、陛下を助けてくれたし、青獅子のみんなが仲良くいられたのもオーディンのおかげだよ」
アネットの感謝の言葉が身に染みるな……もっと耳元で繰り返し言ってくれ。
青獅子のみんなが仲が良いのは、別に俺のおかげではないとは思うが……。
まあ、そうだよな……俺、頑張ってるよな。
「オーディンのためなら、あたしなんでもするよ!」
「ん? なんでもしてくれるのか?」
「あっ……なんでもっていうのは、あたしに出来ることだけど」
フッフッフッ……なんでもするなんて、簡単に言ってはダメだぞアネット……アネットにしてもらいたいことなんてたくさんあるぞ。
「ヨシッ! じゃあ、とりあえず王国軍で歌って踊って、みんなを応援してくれ!」
「うん、わかった。歌って、踊って、みんなを応援するよ!頑張れーって」(力+4)
アネットの応援で俺の力が4上がった。
◇◇◇
アドラステア帝国ベルグリーズ伯爵領、グロンダーズ平原。
ベルグリーズ伯爵領は帝国最大の穀倉地帯を有し、『帝国の台所』とも呼ばれている。
また、帝都アンヴァルを守るメリセウス要塞も、この領地に存在する。
グロンダーズ平原は、その北側に位置する。
五年前、士官学校の鷲獅子戦で戦った──俺たちにとっては、思い出深い場所だ。
ただ、五年前とは編成も規模も大きく違う。
現在、北側には連合軍が布陣している。
東から王国軍、教会軍、同盟軍の順に並び、それぞれをファーガス国王ディミトリ、セイロス騎士団長である俺、“漆黒のオーディン”、そしてレスター盟主クロードが率いている。
全体の総指揮は、大司教代理のベレス先生が務めることになっている。
「帝国は西にヘヴリング伯爵領軍と皇帝直属部隊、中央にヴァーリ伯爵領軍、東にベルグリーズ伯爵領軍……それぞれに帝国軍二個軍団が付いている」
「エーデルガルト、ヒューベルト、カスパル、リンハルト、ペトラ……黒鷲の元生徒たちは西側に多めに配置されているね。ベルグリーズ伯爵領軍は軍務卿傘下の将軍が多い」
「軍務卿たちと当たることになる王国軍には悪いが、教会軍と同盟軍側に黒鷲の元生徒が偏っているのは、こちらにとっては好都合だ」
ベレス先生と、連合軍と帝国軍の配置を確認しながら、今後の作戦について話し合う。
「オーディン。中央の丘の弓砲台には教務卿のベルナデッタを配置……五年前の鷲獅子戦と同じ配置だけど、皇帝エーデルガルトの意図は分かる?」
「意図? ベルナデッタは弓の達人だし、五年前もやっているから慣れている……とかの理由じゃないか?」
エーデルガルトは“闇の同胞”だが、流石に細かい配置の意図まで読み取ることは“狂気の天才”のこのオーディンにもできない。
「……弓砲台がある中央に戦力を誘き寄せて、火計を使ってくる可能性があるから気をつけて」
「そんなことするか? ベルナデッタは一応教務卿だし、エーデルガルトの腹心だぞ……いくら非情な作戦でも、そんなことするわけないじゃないか……」
というか、五年前の鷲獅子戦で中央の丘を炎で焼き尽くす作戦を考えたのは俺だ……幻影だったけどな。
その時は、金鹿に一ヶ月だけいたベルナデッタと仲良くなった女子生徒たちから、ボロクソに言われた作戦だった。
ベルナデッタは、炎へのトラウマを克服できたのだろうか?
克服できていたとしても、エーデルガルトが味方を巻き込むような火計を考えるとは思いたくない。
まあ、ベレス先生がそこまで言うなら、警戒だけはしておくか……。
俺の漆黒隊には、氷魔法の〈ブリザー〉や〈フィンブル〉を使える者を多めに入れておこう。
「しかし、五年の時を経て、またグロンダーズ平原でエーデルガルトや黒鷲の生徒たちと戦うことになるとはな……。選ばれし闇の戦士である俺といえど、複雑な気持ちだ……」
「オーディンでも旧友たちと戦うのは辛い?」
「当たり前だろ……俺は短い間とはいえ黒鷲の学級にいたこともあるし特にな。……だが、すでに覚悟は決めている」
俺はこの戦争が始まる前、千年祭でとある覚悟を決めて宣言している。
盟友であるクロードもディミトリも、みんな笑いながら賛同してくれた。
「オーディンの覚悟には、私も全面的に賛同するし、協力するよ」
「フッ……闇の導き手である先生にそう言ってもらえて嬉しいよ」
「今回は教会と王国と同盟が手を結んで連合軍を組んでいる。きっと一番良い結果になると思う」
先生も微笑みながら言ってくれる。
先生からそう言ってもらえると、心強いぜ……。
「さあ、そろそろ約束の刻限だ……全軍が配置についたことは、〈戦術師〉の力で確認できている」
「うん。連合軍を動かそう」
信号呪術〈流星〉を打ち上げる。
全軍に対する、進軍と攻撃準備の合図だ。
複数の色の光が、星のように空へと輝いた。
……そして、それを妨害するように、帝国軍側から大量の呪術の光が空と大地へと放たれた。
「なっ……!? これだと、信号が伝わらない!」
「エーデルガルトとヒューベルトの策? やられたね」
大地へと光を放ったのは、俺の指揮を妨害するためだろう。
五年前、エーデルガルトとヒューベルトに幻影呪術〈華炎〉を教えてしまったことを、こんな形で後悔することになるとは……。
天と地を埋め尽くすほどの、ギラギラと輝く真昼の星たち。
グロンダーズ平原の天と地の境界は、消え去った。