ファイアーエムブレム風花雪月 異伝 漆黒のオーディン 作:すすすのすー
ベルナデッタ視点
アドラステア帝国ベルグリーズ伯爵領、グロンダーズ平原。
そのちょうど中央にある丘に、あたしはいた。
平原のど真ん中……あたしには一番似合わない場所である。
五年前の鷲獅子戦、黒鷲の学級でこの場所に配置されることになったあたしは、泣き叫んで嫌がった。
……だけど、今は自ら志願してここにいる。
──ベルナデッタ。中央の丘は、この戦い最大の要所よ。間違いなく激戦区になる。それでもいいの?
──はい。五年前もベルがやりましたから……あたしが一番上手くやれると思います
自然と、陛下……エーデルガルトさんとのやり取りが脳裏によみがえった。
──作戦では丘に敵が踏み込んだら火計を使うわ……そのことは、ちゃんと伝えたわよね。
──もちろん聞いてます……。ベルも巻き込まれるんですよね、それ……?
中央の丘は、グロンダーズ平原における最大の要衝だ。
万が一、敵に奪われた場合は、使用できなくするため丘を火で焼き払う。
……これは大昔の鷲獅子戦争でも用いられた戦術らしい。
過去の事例があるとはいえ、それを本当にやるなんて……エーデルガルトさんらしい、血も涙もない作戦だ。
──戦場では、あたしはこんな形でしかお役に立てませんから……帝国と黒鷲のみんなのために頑張ります。
──そう。ありがとう、ベルナデッタ。貴女を信じて任せるわ。
本当は戦うのは苦手だし、死ぬのも怖い……。
でも、帝国があって、エーデルガルトさんがいて、黒鷲のみんながいる。
帝都は、あたしにとって第二の家のような場所だ。
引き籠もるためには、家を守らなければならない。
結局、あたしはこの戦争の理由についてはよくわかっていない。
エーデルガルトさんは五年前、教会に宣戦布告した時、「教団はフォドラを支配するために教義を利用し、人々を欺いている」と演説していた。
……なのに、あたしを教務卿に任命した時は、「レアの意見をよく聞きなさい」なんて言っていた。
今のあたしは教務卿として、レア様の意見を聞きながら南方教会を運営している。
でも、少なくともあたしが見てきたレア様は、教義を利用して人を騙すような人じゃなかった。
──ベルナデッタ。貴女は本当に、私の知り合いによく似ていますね。懐かしい心地がします。
──そうなんですか? あたしに似てるってことは、やっぱり引き籠もりなんですか?
──ええ。人付き合いは苦手ですけど、人嫌いではなく……皆から好かれていましたよ。
──えへへ。ベルのことじゃないのに、なんだか照れますね。
レア様とは仕事の話だけではなく、私的な話もたくさんした。
人付き合いが苦手なあたしにも、レア様は優しかった。
レア様との会話は、あたしの楽しみの一つだった。
「あっ……はじまった」
連合軍中央から、信号魔法の光が打ち上げられた。
それを妨害するように、帝国軍からも大量の信号魔法の光が放たれる。
開戦の合図だ。
帝国軍の魔法部隊が、遠距離攻撃において最強を誇る最上級黒魔法〈メティオ〉を放つ。
無数の隕石が空から降り注ぐ。
対する連合軍の魔法部隊は、複数人で〈マジックシールド〉を展開。
さらに騎士団計略〈聖盾〉まで重ね、降り注ぐ〈メティオ〉を防いでいく。
あたしも連合軍中央へ弓砲台の狙いを定める。
「引き籠れない世を変えなきゃ!!」
ベルも、みんなも安心して引き籠もれる。
そんな世の中にしていきたい。
思いを込めて放った弓砲台の巨大な矢は──連合軍中央から放たれた雷魔法によって、撃ち落とされた。
「……えっ……なに?」
連合軍中央。
人の姿すら認識できないほどの遠距離。
それでも、引き籠りだけど目の良さには自信のあるあたしには、軍師風の黒衣の男の姿が見えた。
“漆黒のオーディン”だ。
セイロス教会騎士団長、ガルグ=マクの伝説の男、フォドラ最強の呪術士……あたしの知るなかで一番怖い人。
恐怖で身体が竦み上がる。
漆黒の呪術士の周囲にいる部隊から、遠距離闇魔法〈スライム〉があたしのいる丘へ向かって放たれた。
魔防床と聖水による結界が闇魔法を弱める。
それでも、あたしの率いる弓部隊から数名が倒れた。
「ヒッ……怯まないで! 二射目……発射!」
巨大な矢はまたも雷魔法によって撃ち落とされた。
今度は確実に見えた。
“漆黒のオーディン”の雷魔法〈トロン〉だ。
まぐれじゃない……フォドラ最強の呪術士には、弓砲台が通用しないの!?
三射目、四射目……全て〈トロン〉によって迎撃される。
そして、オーディンの部隊は帝国軍の前線を喰い破りながら真っ直ぐ向かってくる。
「来ないでええええ!!」
あたしはもう、冷静に指揮なんてとれる精神じゃない。
とにかく弓を撃って、敵を近づけないようにする。
だけど、あたしの思いも虚しく、その男は現れた。
目の前には、あたしを殺しに来たフォドラ最強の呪術士、“漆黒のオーディン”。
ついに、丘の上まで来てしまった。
そして周囲には、爆発音。
エーデルガルトさんの火計が発動した。
ああ、あたし、ここで死ぬんだ……。
死ぬなら、こんな平原のど真ん中じゃなくて、部屋の中がよかった……。
“漆黒のオーディン”から放たれた闇魔法により、あたしの意識は永遠に深い闇の中へと落ちていった。
◆◆◆
オーディン視点
俺は“漆黒のオーディン”、選ばれし……とか言ってる場合じゃねえ!!
燃えてるっ!! ……仲間ごと燃やすとか、エーデルガルトの奴、正気じゃねえだろ!
ベルナデッタはさっきまで、叫びながら必死に矢を撃ってきていた。
まともに話ができる状態じゃなかったから、闇魔法で気絶させた。
「氷魔法の〈ブリザー〉と〈フィンブル〉で消火しろ! 中央の丘を破壊させるな!」
気絶しているベルナデッタを拾い上げながら、漆黒隊へと指示を出す。
ベレス先生の忠告で、氷魔法を使える者を漆黒隊に多めに入れておいてよかった。
抱えているベルナデッタ……五年ぶりくらいに会うが、ちんまいイメージだったのに、だいぶ背が伸びている。
今じゃ、先生くらいの背丈はあるかもしれない。
「中央の丘は確保したと、王国軍と同盟軍に連絡しろ」
エーデルガルトたちに信号呪術による情報伝達を封じられたので、狼煙や楽器、飛行兵による合図など、旧来の方式で連絡している。
先生や俺が一元的に指揮を取れないため、今はそれぞれの軍が状況に応じて対応している。
ディミトリ率いる王国軍は、帝国軍最強と呼ばれる軍務卿ベルグリーズ伯爵領軍と正面衝突している。
ベルグリーズ伯爵は両翼から人工魔獣を突撃させ、こちらの戦列の切り崩しを図っている。
クロード率いる同盟軍は、内務卿ヘヴリング伯爵領軍との戦闘だ。
ヘヴリング伯爵は人工魔獣を盾にしながら魔法攻撃を行う、手強い戦術を使っている。
帝国軍の人工魔獣たち……思ったより厄介そうだな。
「イグナーツの翠緑隊は確保した弓砲台で同盟軍の援護、ヘヴリング伯爵領軍を狙え。メルセデスとドロテアは遠距離魔法〈スライム〉でベルグリーズ伯爵領軍を攻撃だ」
「はい!」
「任せて〜」
「あっちには黒鷲の子たちは少なくてよかったわ」
しかし中央の丘を確保できたことにより、状況は変わる。
弓砲台に加え、『フォドラの夜明け』には優れた遠距離魔法の使い手たちが複数いる。
ここからなら、帝国軍の両翼にまで攻撃を届かせられる。
指揮を執っていると、抱えていたベルナデッタがモゾモゾと動き出した。
「あれ……ここは……?」
「フッ、目覚めたか? 暗き深淵なる部屋に身を潜めし者よ……久しぶりだな」
「ほげええええええ!! 出たあああああ!!」
ベルナデッタが腕の中で暴れ出す。
出たああ! ってなんだよ……。
さっきまで戦ってたんだから、そんなに驚くなよ。
「なんなんですか……ベル、死んじゃったんですか……ここは地獄ですか……」
「フッ……安心しろ。ここは地獄ではない。“漆黒のオーディン”の支配する暗黒の闇の世界だ……」
「えっ……?」
ベルナデッタがキョロキョロと辺りを見回した。
周囲には燃え盛る炎と爆発する樽、そして消火活動中の漆黒隊。
そして、再び俺と視線を合わせた。
「やっぱり地獄でした……」
「さすがに酷いだろ!?」
というか、士官学校時代の最後の方には普通に会話してただろ!
なんで俺にそんなに怯えてるんだ!?
「というか……どこ触って、ぎえええっ!? 何やってるんですかああ!!」
「何って、抱えてるんだけど……」
ベルナデッタが目覚めてからも、俺はずっと抱えたままだった。
そのことに、今になって気付いたらしい。
ベルナデッタは急に顔を赤らめ、恥ずかしそうにしている。
「お、降ろしてくださいよ……」
「フッ……駄目だ。一応、敵の捕虜を確保したという扱いだからな」
「ええ……そんなあ、こんなの辱めですよ……女の尊厳破壊です!」
それは、人聞きが悪くなるからやめてくれ……。
あと、恥ずかしそうにモジモジしたり、俺の胸に顔を埋めたりするのもやめてくれ。
なんか、こっちまで恥ずかしくなってくるから……。
話題を変えよう。
「……そういえば、ベルナデッタ。教務卿になったんだってな。上手くやってたのか?」
「あっ、はい。レア様に色々教えてもらったりして……セイロス教の信者の方からの評判も、よかったみたいです」
「えっ? レア様に?」
なんで、教会に宣戦布告して排除しようとしていたエーデルガルトが、その教会のトップである大司教レア様にベルナデッタの教育を任せているんだ?
しかも、レア様も普通にそれを引き受けている。
……俺の知らないところで、何が起きてるんだ?
「レア様は無事なのか?」
「えっ……はい、最近身体を動かす機会が少なくて少し太ったなんて言ってましたよ」
「なんか、思ったより元気そうだな……」
「あっ! 今のはベルが言ったなんて言わないでくださいよ! とんでもないことになりますから!!」
本当に元気そうだな。
というか、それならレア様の身柄を返してくれればいいのに……。
◆◆◆
ベルナデッタはとりあえず捕虜としてドロテアに引き渡し、俺は再び連合軍の指揮に集中し始めた。
指揮と言っても、信号呪術による連絡手段は潰されている。
そのため、俺から各軍へ細かい指示を送ることはできず、それぞれの軍が現場の状況に応じて判断している状態だが……。
戦場は連合軍有利に傾き始めている。
ベルグリーズ伯爵領軍と戦う王国軍では、ディミトリの持つアラドヴァル、シルヴァンの破裂の槍、イングリットのルーン、アネットの打ち砕くもの、そしてカトリーヌさんの雷霆──“英雄の遺産”が猛威を振るい、帝国軍と人工魔獣を撃ち減らしている。
ヘヴリング伯爵領軍と戦う同盟軍も同様だ。
クロードのフェイルノート、ローレンツのテュルソスの杖、ヒルダのフライクーゲル、マリアンヌのブルトガング、そしてベレス先生の天帝の剣。
こちらも“英雄の遺産”が戦場を支配し始めていた。
グロンダーズ平原で中央の丘を抑えられた状態は帝国軍にとっては頭を押さえ込まれてねじ伏せられているに等しい。
必ず取り戻しに精鋭を送ってくるはずだ。
「来たか……」
「黒鷲の……ペトラ、カスパル、それにリンハルト」
「懐かしい顔が勢ぞろいね」
俺の呟きにラズワルドとルーナが続く。
転移魔法〈ワープ〉で、黒鷲の旧友たちが俺たちの前に現れた。
「ペトラ、美人になったね。今からお茶ってことにはできない?」
「ラズワルド、それはできません。中央の丘、奪い返す。私たち、そのためにやってきました」
「ルーナ。リンハルトの〈エクスカリバー〉は飛行特効がある。グリフォンから降りたほうがいい」
「地に足付けて三対三ね……あたしたちに勝てるつもりかしら」
「一応、率いた兵を合わせれば僕たちの方が数が多いのに……面倒だなぁ……」
「さあ、本気の喧嘩だぜ……オーディン、ルーナ、ラズワルド、覚悟しろよ」
場の空気が変わった。
ルーナがグリフォンを降り、紅蓮隊の者たちも騎竜や天馬から降りる。
ラズワルドが名斧オートクレールから愛用の剣に持ち替える。
俺は腰の封魔剣エクスブレードに手を添え、三人がそれぞれ武器を構えた。
ペトラはキルソードを抜き、カスパルはキラーナックルを構える。
そしてリンハルトは、面倒そうな顔のまま魔道の杖を手にした。
誰も口にはしない。
──もう、昔のように笑い合うことはできない。
少なくとも、今この戦場では。
「行くぞ!!」
カスパルの叫び声とともに、六人が一斉に動き出した。
「はあっ!」
初手は六人の中で最速のペトラ。
ラズワルドに向かって、真っ直ぐに斬り込んだ。
「させないよっ!」
ラズワルドは受けることなく、身を躱した。
重いオートクレールから剣へと持ち替えたラズワルドは、ペトラ相手にも速度負けしていなかった。
「負けないわ!」
ルーナは名槍グラディウスをカスパルへ突き出した。
カスパルの武器は籠手──リーチの差は、絶望的にも感じられる。
「まさか、お前ともう一度喧嘩することになるとはな、ルーナ!」
カスパルは突き出された槍を紙一重で躱し、その懐へと飛び込む。
そして、キラーナックルをルーナへと叩き込んだ。
籠手が掠めたルーナの鎧が、拉げて歪む。
だが、懐へ飛び込んだカスパルも無事ではなかった。
左腕には、深い傷が刻まれている。
「……闇の〈リカバー〉!」
「〈リブロー〉」
互いに傷を負ったルーナとカスパルを、俺とリンハルトの回復魔法が同時に癒していく。
リンハルトの〈リブロー〉とは違い、俺の〈リカバー〉は対象に接近しないと使えない回復魔法だ。
前に出た魔道士の俺を狩るため、スキル〈魔殺し〉を持つカスパルが拳を振りかざして突っ込んできた。
「どこ見てんのよ!」
「チッ……!」
俺へと振り下ろされたカスパルの拳を、ルーナが盾で防ぐ。
──デュアルガード。
前の世界では当たり前のように使っていた連携技だ。
「喰らえ、デュアルアタック! 闇の〈ミィル〉!」
「がっ……!」
そのままカスパルに闇魔法〈ミィル〉をぶつける。
〈ミィル〉は威力こそ低い。
だが、命中精度だけなら、俺が扱う闇魔法でも屈指だ。
〈魔殺し〉を持つカスパルでも、この距離からでは避けられない。
「……っ! 〈リブロー〉!」
「〈リザイア〉! 必殺、アウェイキングヴァンダー!!」
「くっ……眠気が吹き飛ぶ痛みだね……」
再びカスパルへ回復魔法をかけたリンハルトに、闇魔法を叩き込む。
必殺まで発動した。
いくら魔防の高いリンハルトでも、この一撃はかなり堪えたようだ。
カスパルとリンハルトは、子どもの頃からの幼馴染だったはずだ。
だが、俺とルーナのように、子どもの頃から戦場で背中を預けてきたわけではない。
「相変わらず、やるねペトラは!」
「ラズワルド、貴方も流石です。“蒼穹のラズワルド”の異名、伊達ではありませんね」
「異名……それはちょっと恥ずかしいね」
ラズワルドとペトラは互角の戦いだが、お互いに回避を重視しているため、決め手に欠けていた。
乱戦が得意そうなペトラは、そのままラズワルドに押さえてもらった方が好都合だ。
一度連携を崩した俺たちは、カスパルとリンハルトに確実にダメージを与えていく。
カスパルは数度の闇魔法を受け、平原に大の字で倒れ込んだ。
「リンハルト……お前と初めて一緒に戦う喧嘩だって言うのに、負けちまうなんてな」
「これは喧嘩じゃなくて戦争さ……次、勝てばいいんだよ。というわけで〈ワープ〉、僕たちは撤退するよ」
「なっ!?」
倒れ込んだカスパルを、リンハルトは〈ワープ〉で転移させた。
そしてリンハルト自身も、ペトラと共に〈レスキュー〉で戦場から離脱していく。
……最初から退路を作っての戦いだったか。
「逃げられちゃったわね。転移魔法じゃ追いようがないわ」
「でも、これで中央は守りきった。今の作戦は帝国の切り札の一つだったはず」
「ああ、これで勝利は近づいた。だが、まだ戦いは続いている。ルーナ、ラズワルド、気を引き締めていけよ」
「いつものことだけど、あんたにリーダー面されるのはやっぱりなんかムカつくわね」
「はいはい、了解。騎士団長様なんだからしょうがないよ」
軽口を叩いて、二人がそれぞれ武器を構え直す。
中央の丘は、俺たちの手にある。
帝国軍の両翼も、王国軍と同盟軍が押し込んでいる。
戦況は明らかに、こちらへ傾き始めていた。
──だが、戦争はまだ終わっていない。
俺は燃え残った丘の向こうに広がる戦場を見つめる。
その先には、帝国軍の本陣がある。
「……行くぞ。俺の真の闇の力によって……戦争を終わらせる時だ!」
俺たちは再び、戦場へと視線を向けた。