妖精になりきれぬ者   作:ハナズオウ

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『極秘任務:尻尾に刺された楔』

 西の大陸アラキタシアには、七百を超える魔導士ギルドが存在した。それほどの数が存在すれば同業者同士が激しく競い合う、しのぎを削る激戦区へと競争環境は変貌していただろう。

 しかし現実は違う。X774年の現在、七百以上あったギルド全ては、強力な魔導式軍事力を誇るアルバレスという一国に統一された。

 

 超軍事魔法帝国アルバレス。それは何百年もの間、武力を用いて他に侵攻して取り込み続けて誕生した軍事国家の名だ。大国と呼ぶに相応しい生産性によって支えられた物量と、個人だけで周辺環境を一変させられる選りすぐりの魔導士12人がその力の根幹となっている。

 かつてはほんの小さな、孤独な王がいるだけの小国に過ぎなかったアルバレスは、今や海を隔てた先にある東の大陸からも警戒される世界最大級の国力を有する国家となったのだ。その目覚ましい躍進の裏には血で血を洗う激しい抗争や、人ではない魔なる存在が裏にいたという黒い噂までも囁かれている。

 

 ―――ただ何より驚くべきは、国の頂点に座する皇帝、皇帝スプリガン(黒魔導士ゼレフ)が数百年の間に一度たりとも帝位継承を行ったことが無いとされていることだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 絶対なる主君に追従することは悪ではない。

 それも相手が寿命が無く数百年以上も生き続けて、息を吸うかのように命を奪える不死者ならば尚更だ。そんな相手を目前にして、力が遠く及ばない矮小な存在は、一体全体どうすれば生き残れるというのだ。

 

「お呼びでしょうか、陛下」

 

 だからこそ、私たちの部族を滅ぼした敵国の皇帝であろうと。頭を垂れて忠節を尽くそうとするのは、厳しい現状の中で生存するという観点から見たら決して過ちではない。

 

「よく来てくれたね」

 

 相も変わらず頭頂部でツンと逆立っている黒髪、数年前に見た姿と一切変わりない若々しい好青年の外見。その外見と相違ない若く優し気な声で皇帝スプリガンが話し掛けてくる。こうして対面すると本当に大陸を武力で征した王だということを忘れてしまいそうだ。

 しかしながら、忘れてはいけない。その容姿からは考えられないほどの年月、それこそ私の数百倍は超える月日を生きている。そして、その生きた年月に相応しい膨大な叡智を持つ出鱈目な存在なのだ。 

 その事実を再認識して身を引き締め、会話内容を聞き漏らさぬよう気を張り直す。

 

「君に頼みたいことがあってね」

「任務、ということでしょうか?」

「いいや、そういうのじゃない。これは任務というより、僕の個人的な頼み事でね」

 

 のっけから厄介事の匂いがプンプンする。

 もう既にこの時点で拒否したいのは山々だが、こうして皇帝直接の命令にそんな選択肢は存在しない。もし断ったりしてそのことが、皇帝を崇拝する厳格な執政官インベルに知れ渡ったりでもしたら何をされるか分かったものではない。

 溢れ出そうになった溜息を呑みこんで、儀礼的な言葉を口にする。

 

「何なりとお申し付けください。私は陛下の忠実な僕でございます」

 

 皇帝がその言葉を受け取ってどんな反応を示しているのか、視線を床へと向けている状態の私にはあずかり知らない所ではあるが、どうも雰囲気が和らいだような気だけする。私の気のせいだろうが。

 

「五年、いや十年位かな。君にはある魔導士ギルドに所属してもらいたい」

 

 ―――ほら、やっぱり。面倒くさい以外の何でもない数年間もの長期潜入任務だ。

 というより、そんな任務を行うのに適した人材が私以外にもいるだろ。

 12歳の少女を頼るしかないほどの人材不足ではないだろう、この国は。

 思わず内心に浮き上がった愚痴がそのままこぼれそうなになるも、グッと堪えて、潜入任務を行うにあたり知っておくべきことを脳内で整理していく。

 

「魔導士ギルドとなると、どの大陸のギルドでしょうか?」

「東の大陸イシュガル、そこのフィオーレ王国にあるギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』」

 

 フィオーレ王国にある魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』。

 初めて聞くギルドの名前だ。ただ、何だろう。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』、その名を呼ぶ皇帝の声が浮き足立っているようだ。……過去に何か、皇帝とそのギルドの間であったのだろうか。

 いや、それは後々に調べよう、今はそれよりも他にも確認しないといけないことがある。

 

「そのギルドのことについて、いったい何を調べて欲しいのでしょうか?」

「……うん、そのギルドに伝わる魔法『ルーメン・イストワール』について調べて来て欲しい」

 

 ―――『ルーメン・イストワール』。

 その単語を、魔法の名称を脳内に反復させて、決して忘れぬように脳の奥底へと刻み込む。

 

「ならば、その魔法の奪取が最終的な目標でしょうか?」

「そこまでしなくていい、ただ『ルーメン・イストワール』に関する情報を流してくれるだけでいい」

「……その魔法に関する情報を、流し続けるだけでよろしいのでしょうか?特定の何かではなく?」

「そう、できる限りの情報を集めて伝えるだけいい」

 

 これは、予想以上に厄介な任務になりそうだ。

 明確に達成しなければならない目標があれば、それを成し遂げて任務終了へとこじつけることはできる。今回の場合、その魔法がどこに隠されているのかや、魔法に施されている封印を解く手段など、特定の情報を手に入れることで任務を終えられる。けれども、対象に関する情報を調べて、手に入れた情報を流し続けることが任務内容だというのであれば、ハッキリいって終わりが見えない。

 それに皇帝が定めた任務期間を考えれば、その『ルーメン・イストワール』という魔法は『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』によって厳重に秘匿されている魔法の類だということは明白だ。それを調べようとするだけで、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の魔導士たちに警戒されるのは目に見えている。そんな中で調べることなど不可能だろう。だから、ギルド内ではできる限り秘密裏に調べないといけない。だけどそれでは、何らかの情報を得るだけでも骨が折れそうだ。

 例えもし、その魔法に関して皇帝が欲している情報があったとしても、それの判断が私ではできない以上、長期潜入し続けて手に入れた情報を流し続けるしかない。

 ―――本当に、ふざけんな。これ、私以外にも適任いるだろ。

 

「了解しました、皇帝のご期待にお応えするため精進いたします」

 

 けれど、最初から分かり切っている通り、憎き相手である皇帝スプリガンからの命令へ対して、私には拒否権というのは存在しない。頭を垂れた状態のまま、私は任務を引き受けた意の言葉を述べた。

 

 ―――これこそが、妖精たちを欺く私の裏切りが始まった瞬間だった。

 




「これはチャンスだ」
「ああ、千載一遇のチャンスだ」
「彼女を、ビュレスをこの国の外へと送り出すことができる」
「しかも、盾どもに何ら疑惑を抱かせることなくだ」
「そう正しく、彼女に力を蓄えさせるのにうってつけの任務じゃ」
「その通り、今の彼女では皇帝どころか、盾の一人にだって勝つことはできぬ」
「時間、そう時間が必要だった」
「そんな時に十年、いや、任務の進行具合によっては、それ以上もの時間を稼ぐことができるかもしれない」
「その間に彼女を覚醒させるだけではない、もしかしたらその先にまで至れるかもしれない」
「これぞ、正しく僥倖」「幸運だ」「天からの啓示に違いない」

「―――嗚呼、これこそ『竜の巫女』が起こす奇跡の一端なのだろう」

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