第十話
クラス代表決め模擬戦当日。
朝のLHRで発表された対戦順はセシリアと一夏が行った後にセシリアと優介。その後、優介と一夏の具合をみて二人の対戦を行うスケジュールであった。二人ともISが扱えると判明してからまだ半年も経っていない。トレーニングをしていたとしても、現役選手や代表候補生のような本格的なトレーニングではなく、試合自体も初となるとスタミナと集中力がどこまで持つかわからない。そのため、一夏と優介に連戦をさせるのは危険だと、千冬が判断したためである。
日中の授業中、優介は一夏の後でセシリアと戦うと知ってからというもの、勝つ自信が無いのと負けた時に衆人観衆から一夏と比較され罵詈雑言を浴びせられるかもしれないという不安でずっと心臓がバクバクと脈打っていた。
頼んで順番を変えてもらおうか、それとも仮病を使って逃げてしまおうかと何度思ったが、どうせ二人しかいないISを動かせる男として一夏と比較されるのは必然の事項なのだから逃げても、不安になってもしょうがない。それに対戦相手であるが、イギリス代表候補生のセシリアが練習に付き合ってくれたのだ。拉致合宿の時よりは強くなっているはずだ、簡単には負けないはずだと、優介は無理やり割り切り、納得させて落ち着かせた。
そして、優介が何度も何度も、授業中も休み時間中も、うじうじと同じ事を考えているとあっという間に放課後となった。
現在、第一試合開始予定時刻。
アリーナ内で待機しているブルー・ティアーズを展開したセシリア。ピットでハンガーに鎮座する学園の訓練機、ラファール・リヴァイヴの傍らで、既に半袖短パンののウェットスーツに似た深緑のISスーツを着て待機している優介。そして、幼馴染の箒と共に制服姿の一夏は待ちぼうけを食らっていた。
全員、集合時間までに準備を済ませて指定されたピットへ来ていたが、一夏の専用機が到着予定時刻になっても来ず、試合開始予定時刻から既に10分が過ぎていた。
優介は、自分の番はこの次だと緊張と不安を和らげようとしていたが、どうにも落ち着かずにいた。組み合わせた手の指が忙しなく動き、貧乏揺すりと合わさり、不規則なビートを刻む。ふと、既にアリーナ内で待機しているはずのセシリアが時間が遅れているので怒っているのではないかと別の不安に駆られた。心拍は大きくなり、まるで二乗されたのではないかというほど大きくなった不安を胸に、ウインドウを開き、アリーナ内の映像を見る。きっと今頃不機嫌な顔で待っているのではないかと空中に投影された映像を見る。
すると、優介は今更ながらセシリアと自分の格の違いを思い知った。
そこには想像していたものとは違い、アリーナ内をゆっくりと飛行し、準備体操をするように機体動作をチェックするセシリアの姿があった。
試合開始時刻が遅れるという不測の事態が起きたにも関わらず、焦る様子も、苛立つ様子もなく、冷静に100%の実力を発揮できるように準備を行っている。「あれをやっておけば」、「これをやっておけば」など自分を不安にさせる要素を今までに積み重ねた努力で全て排除し、セシリアは自分を信じれるようにしている。優介はそんなセシリアの姿に不安を抱きつつも払拭しようとしなかった自分を恥じた。
(畜生……)
自分は力を出し切るために自分自身でなにか準備をしただろうか。
この日まで、優介は普段のトレーニングと放課後ラファール・リヴァイヴを学園から借りてする自主訓練をし、毛の先ほどの微々たるものであるが、実力はついた。しかし、それは一方的な願いでにも関わらず、訓練が重なった時にやってほしいと頼んだにも関わらず、毎日来てくれ優介の訓練を見てくれたセシリアのおかげ。自分が行ったのは通常のトレーニングぐらいである。自分自身では何も力を得ず、準備もしていない。
他人に頼ってばかり。他力本願。優介は悔しく、自分自身を哀れに感じた。
『蕪城』
『な、なんですか? 織斑先生』
そんな不安の上に悔しさがコーティングされ始めた優介へ、突如として開いた別のウインドウに投影された千冬が声をかけてきた。優介は自分が見ていたウインドウをとっさ閉じ、悔しさと不安で沈んだ顔を無理やり、普段通りの無表情に戻し返事をする。
『織斑の機体搬入が遅れている。先にオルコットと対戦しろ』
『わかりました』
一夏の機体搬入が遅れている時点で予想はしていた優介は、慌てず返事をし、ハンガーで鎮座しているラファール・リヴァイヴへと乗り込んだ。各部の装甲が優介を拘束するかのように閉じ、起動音が唸る。簡単に各センサー、動力等のチェックを行い異常なしと判断すると、優介はカタパルト上の発進位置まで行く。
(……馬鹿じゃないのか……何もしてないのに……)
どうせ自分ではセシリアに勝てるはずがない。棄権すべきだ。
朝から続く不安と他人を当てにして何もしていなかった自分を疎んだ優介は勝負を悲観視した。思案せず、挑戦せず、ただひたすらいつもと同じ日常、安全な場所から一歩を踏み出そうとしない。不変。それは傷つかないという点では最良最善で最も簡単だ。けれど、変わりたい、良くなりたい、惨めさから決別したいと願っているのに、それを選択した自分は最低最下最悪で最も愚かだ。努力せず、実行せずに変われるはずがないのに、それを解っていながらしない。願望を抱き妄想する停止した思考。はっきり言えば、ゴミだ。いや、ゴミの中には素材をリサイクルで活用できるものがあることを考えると。自分はゴミ以下だと優介は考えた。一歩を踏み出さずにただ時が過ぎるのを待っている自分はなんの価値もない汚物だと。
(しょうがないだろ、怖いんだ……あんなのは嫌だ……)
優介が思い出すのは今までで一番勇気を振り絞り、行った中学時代の告白。涙を浮かべた相手、鈴がほかに好きな人が、一夏が好きだからと断り、謝り続けてきた時の事。
互いに傷つける結果になり、勝手に好きになり、勝手に盛り上がり、勝手に砕けた自分自身への嘲笑と哀れみ、怒りで深く心を抉り感じた絶望。きっとピットから出れば観客席にはまだうろ覚えなクラスメイト達や先輩、他クラスの人、教職員や政府関係者が待機しているはずだ。
負ければきっと罵るに違いない。セシリアも唾を吐きかけて悪態をつくに違いない。惨めさを痛感するだけだ。
(……棄権しよう。そうすれば……)
そうすれば無様な姿を晒して、罵詈雑言を受ける事は免れる。体調不良だと言い訳すれば良い。
(けど……それがしたいのか、俺は……)
逃げれば、傷はつかないし、楽だ。
だが、自分が望んでいるのは惨めさからの脱却と誇れる自分への変化。
傷つかずに楽にできる方法があるのなら、それが一番だ。逃げ出す先に望みに繋がる道はあるなら、それも良い。けれど、優介にはそれんな方法は思いつかず、自分の望みにつながっているとも思えなかった。ならば、自分がこれから取ろうと考えていた行動、棄権し逃げるというのは根本的に異質な行動。それこそ、自分の未来を捨てるのと同じである。
(……いや、確証がないのにやってバカ見るだけだ……)
再び鈴へ告白した時のことを思い出す。はっきりとした物は自分が鈴を好きだという感情だけで無謀な告白して泣きを見た。確信も無いのに挑戦するのは向う見ずな大呆けか、運の良い勇者みたいな奴だけだと、優介は諦めて、管制室へ開放回線を開く。
『お、織斑先生……』
『どうした、蕪城』
『あ、あの……』
棄権します。
その一言を言えば終わる。それだけの事なのに優介は声に出せない。希望を捨てたくない、今までの自分から変わりたいと願う、一夏と自分を嫌う自分から絶対に変わるんだと決意を持つ優介の一面が彼自身を止める。良いのか。逃げれば負けはしないが、周りは卑怯者と蔑むぞ。試合をせずに逃げても、逃げずに負けても、周りは自分を見下す。一夏にも蔑まれたままだぞ。だが、もしも、勝てばどうなる。勝てなくても、上手く立ち回われば、周りはどうする。今、足を一歩踏み出せば、自分を変えられるかも知れないぞ。希望というよりも黒く暗い邪推や想定が優介の欲望を刺激する。
(そうだ……逃げても、蔑まれるんだ。なら、少しでも夢ある方に進んだって、良いんじゃないのか……)
それにどうせ、傷つくのなら自分が目指す夢へ至る道中で傷ついた方が格好もいいだろう。
優介には勝機も勝ち筋もなかったが、欲望が刺激された事で良い意味で自暴自棄になり、僅かな蟻の額ほどの勝利と変化の可能性を夢見て、再び試合に挑むことにした。
『蕪城。どうかしたのか』
『あ、え、えっと、も、もう発進していいですか?』
『ああ、大丈夫だ』
『わかりました』
優介はそう言うと、回線を閉じ、ゆっくりと息を吐き、覚悟を決めた。諦めからおざなりにやった発進準備をすぐに確認し整える。
『蕪城優介、出ます!』
まるで宇宙戦艦から発進する人型機動兵器のパイロットのようなセリフに若干気恥ずかしさを覚えたが、憧れていたセリフでもあるため現実に言えた事へ満足感も感じながらピットから飛び立った。足の裏に地面を踏んでいるような安心感がなくなり、浮遊感を感じる。ブースターを吹かせてアリーナの中心部へ向かうと、優介の目にはハイパーセンサー越しにセシリアの姿が映った。
「あら?」
優介がラファール・リヴァイヴを駆り、アリーナ中心付近の空中、試合開始位置へ行くと、既にウォーミングアップを済ませて開始位置で2m超の長大な特殊レーザーライフル、スターライトmkⅢを携え待機していたセシリアが疑問の声を上げた。
「一夏は機体がまだ来ないので、自分が先にやることになりました」
優介が言葉を放つと同時にセシリアへ管制室より通信が来たらしく、二三言葉を交わすと「そうですか」と言ってすぐに納得する。
「まぁ、あなた方のどちらでも私の勝利で確定しているのですから、順番など関係ありませんわ」
セシリアは優雅に髪をかきあげて皮肉を言う。優介は放課後の特訓に付き合ってもらっていたおかげか、それとも投げやりになったおかげか、ピットで待機していた時に比べリラックスしていた。
「チャンスをあげますわ」
「え、え?」
試合開始の合図まで数分。優介の耳へ開放回線でセシリアの声が届く。セシリアが試合開始直前に通信をしてきた事に驚き、その意図がわからず優介は困惑した声を出す。
「私の実力はわかっているでしょう。痛い目を見た上に、負けて観衆に醜態を晒す前に諦めて棄権しなさい」
馬鹿にしている様子はなく、セシリアからはある種の心配とある種の自信が感じられる。そして、何かを探っている、見定めているような、優介を試しているような雰囲気が彼女からにじみ出ていた。
「い、嫌です」
優介が拒否し、棄権しない意思を伝えると、セシリアは標的を狙う鷹のような鋭い目つきで彼を睨んだ。けれど、彼女の睨みには怒りはなく、期待と不安がブレンドされた意思が見える。
「せ、せっかく努力して、そ、その、教えてもらったりし、したから……」
セシリアの眼力にたじろぎ、しどろもどろに言葉を紡ぐ。そして、言い終わる前に深呼吸すると一拍おいて声を上げた。
「だ、だから、棄権はしない!……です……」
「そうですか。なら、折角のチャンスを不意にしたと後悔するといいですわ」
セシリアは普通ならば憤慨して言う筈なのに、どこか嬉しそうな様子で答えた。優介はその様子を不思議に思ったが、管制室から『試合開始一分前です』と通信をもらうと、試合に集中しようとその疑問を頭から追いやる。
(……やるぞ!……)
刻々と迫る試合開始まで、緊張で破裂しそうになる心臓を落ち着かせようと深呼吸する。鼓動に合わせて息を吸い、吐く。優介の頬を汗が伝い落ちる。
そして、試合開始のブザーがアリーナへ鳴り響いた。
セシリアがスターライトmkⅢを構えると同時にセーフティーを解除。優介も同時にアサルトライフル、レッドバレットを展開、セーフティーを解除し、構えた。
「な?!」
先に狙いを付け、引き金を引いたのは優介であった。驚きの声を上げ、一拍のズレを生み出したセシリアへ優介のレッドバレットの銃口にマズルフラッシュが光りISの試合用金属弾が連続で発射。規則正しいテンポで飛んで行く銃弾達。しかし、セシリアは左にずれて銃弾を回避し、構えていたスターライトmkⅢのトリガーを引き、レーザーを放つ。ISより映し出された警告から優介は上昇し、回避しようとする。
「っ!」
だが、回避が間に合わず、右腹部に被弾。衝撃で体勢を崩し、軸がブレた回転をしながら後ろへ弾かれる。通常の銃弾よりも弾速が速いと予想していた優介であったが、実際に光学兵器を相手にするのは初めてである為、拉致合宿で対戦した実弾銃の弾速よりも少し速い程度で予想していた。だが、それは甘い考えだったと後悔した。被弾した右腹部は、装甲がなく、ISスーツを纏っているだけだったが、現状最強兵器と呼ばれるISの絶対防御によって外的損傷は皆無。だが、ISのHP、体力ともいうべきシールドエネルギーの値が絶対防御による消費も合わさり約10%削れていた。
(焦るな、俺。慌てず、落ち着いて……)
被弾と腹から脇腹に残る感覚でパニックになりはじめる頭を、拉致合宿での時の事を思い出し、諭すように落ち着かせる。
優介の拉致合宿中に行った模擬試合での敗北原因は実力不足、経験の甘さによる判断ミスや、未熟な機体制御技術など様々。その中のひとつにパニックがある。相手の攻撃に危機感が高まりすぎ、相手の回避や防御により焦りが生じやすく、拉致合宿ではその隙を幾度となく突かれた。
体勢を立て直しつつ、スターライトmkⅢの弾速と威力を甘く見ていた自分に喝を入れ、油断せずに落ち着いてやれば大丈夫だと冷静になるよう自己暗示をかける。レーザーライフルからの射撃を牽制するためにレッドバレットをセシリアへ乱射する。
(落ち着け、落ち着け)
セシリアが上昇し優介の銃撃から逃げると、優介は彼女を追った。セシリアへ追従するように飛びながら、攻撃によって興奮し、焦る自分へ別の人間を落ち着かせるように声をかけつつ、優介はレッドバレットを連射するが、セシリアは飛来する銃弾を左右に移動して回避し、追従する優介へ向けてレーザーを放った。
光はまっすぐ飛ぶ。レーザーも同じ。ならば、セシリアのレーザーライフルがレーザーを照射し薙ぐ様に動かし続けないかぎり、銃口直線上から逃げれば大丈夫だと優介は考えた。たった一発で決め付けるのは軽率で、推測が外れる可能性が大きいと彼自身わかっている。だが、どうせ勝率は低く、勝ち筋もない戦いならば、負けるのであるのならば、やり方を試行錯誤してもいいだろうと軽い気持ちで彼は自身の憶測に従い行動した。
セシリアが向けたスターライトmkⅢの銃口に閃光が灯った刹那、優介は射線と推測した銃口直線上から急旋回した。
レーザーは空を切り、身を穿つことは無かった。
(避けられた?!)
回避が成功するとは思っていなかった優介は思わず、回避したレーザーが観客席保護のために張られているアリーナバリアへ直撃し、蜂の巣模様が移ったアリーナバリアに掻き消され、紫電を撒き散らして霧散するを見て、冷や汗まみれになりながら、避けた自身に驚愕した。しかし、同時に注意力が散漫した優介はセシリアが自分を狙っていることに気が付かず、次のレーザー攻撃を背中へ受けてしまった。
「っうあ!!」
衝撃とシールドエネルギーで相殺しきれなかった熱の余波を受けて、優介は前方へと吹き飛ぶ。集中していれば避けれたかもしれないレーザーを食らわせた自分の油断を悔やみつつ、優介はPICで機体の慣性を制御し空中で停止、反撃しようとレッドバレットでセシリアを狙った瞬間、スターライトmkⅢの銃口を向ける彼女を見た。すぐに狙うのをやめ、右へ加速すると、レーザーが通り抜け、余波の熱を感じた優介の肌から汗が噴出し、心臓の鼓動が早まった。
(落ち着け、回避重視で攻撃は二の次だ……)
無理に攻撃しようとすれば隙ができる上、恐怖心が募り平静を保つのが難しい。回避を優先し、銃撃で牽制、相手の隙を伺い、ラファール・リヴァイヴに搭載してある小型ミサイルポッドやロケットランチャー、アサルトカノンなど高火力を叩き込もうと、よくよくありがちな攻撃の算段を立てた。そこから、どうすれば隙ができるか、どうやって作ろうかと考えつつ、レッドバレットを撃ち、セシリアが放ったレーザーを、すんでのところで冷や汗を掻きながら回避する。
「機体制御はコーチが良かったおかげか上々ですわね」
「え、あ、はい」
突然、攻撃の手を休めたセシリアに優介はチャンスと思ったものの言葉を投げかけられ、戸惑い攻撃を忘れて返事をする。
「ではここからが本番ですわ。がんばりなさい」
攻撃を幾度も避けた優介にセシリアはどこか喜んでいるように聞こえる声で叫んだ。優介はがんばれといわれ、気分が高揚しつつも、彼女の言葉に何かあると感じ取り緊張し、何が起きても対処ができるようにより一層、心を落ち着かせる。
「お行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
セシリアの声に呼応するが如く、ブルー・ティアーズの肩近くに浮かぶ非固定浮遊部位からフィン状のパーツが飛び立った。四枚のフィン状のパーツは投げナイフのように上下左右から空を裂きながら進み、優介を取り囲もうとする。
(なんだか知らないが、包囲されるのは不味い気がする!)
本体から離れて独立飛行するパーツにろくな物は無いと感じ、突破してセシリアを攻撃しようとブースターの出力を上げ、加速。簡単に通れる保証は無いが、正面突破を敢行する。
ブースターが唸り、機体のスピードが増しあっさりと、取り囲もうとしていたフィンパーツ達を置き去りにする。あれは何だったんだと優介は拍子抜けした。けれど、待ち時間や特殊な発動条件がある兵器だったのだろうと考え、セシリア正面の空間に出た優介はこの好機に攻撃を仕掛けなければと躍起になり、レッドバレットを収納し瞬時にアサルトカノン、ガルムを展開。更に加速しつつ、ガルムを構え突っ込んでいった。
セシリアは現在、空中で棒立ちの状態。ガルムの爆破弾を浴びせれば一気にシールドエネルギーが消費され、試合の流れを掴めると優介はトリガーを引こうとした。
(棒立ち?)
だが、表情一つ変えず、悠然とした態度のままのセシリアに優介は背筋が寒くなり、嫌な予感がして、ブースター停止し逆噴射。と、同時に慣性制御装置、PICで機体を急停止させた。
刹那、眼前の空間を三本の光線が通り抜けた。汗で既に湿っているISスーツに新たに噴き出た冷や汗が染み込む。停止せず、そのまま突っ込んでいたならば、きっと自分を穿っていた。光線の発射元であろう後方上空を見ると、そこには追い越したセシリアのフィンパーツが三枚整列していた。
(レーザービット!)
昨今のリアル系ロボット代名詞となったV字のアンテナが額についているロボットアニメシリーズで最近、究極形となった機体の武装であるビット兵器。なぜ今まで気が付かなかったのかと、優介は自分を恥じて叱り付けると、整列しているビットが三機だけであと一機足りないことに気が付いた。はっとして、後方へ振り返ると、一機のビットがセシリア正面に浮き、先端の銃口から優介の眼前めがけてに閃光、レーザーを吐き出した。
(蕪城君、チャンスなのに……)
アリーナを映し出す複数のモニターが壁に整列した部屋で、管制とデータ収集の為にいる複数の教員たちと共に真耶はセシリアと優介の試合を記録していた。しかし、優介が攻撃のチャンスを上手く生かしきれていない事に焦りを感じていた。教師である自分が片方に肩入れしてするのは有るまじき事だと真耶はわかっていたが、早朝にランニングしたり、放課後に訓練機で訓練をしているなど努力していると聞くと、自分の代表候補生時代を思い出し、どうしても応援してしまう。
(あ、今なら!)
フィン状のビット、自立機動兵器ブルー・ティアーズの攻撃を掻い潜った優介の移動先は、他のビットから離れた場所にいたビットの背後。先端の銃口を向けていない今、ブレードを展開し、加速して追い抜きざまに寸断すれば、攻撃の手を一つ潰す事になり、試合が楽になる。
(早く早く!)
真耶は今ならば攻撃を与えられると回避先でレッドバレットを構え、セシリアを狙おうとする優介に真耶は心の中で急かした。ビットの攻撃を避けながら戦うのは優介にとって厳しい為、まずはビットを破壊。その後、セシリア本人をヒットアンドアウェイの要領ですぐに攻撃して、すぐに離脱すれば良い。まるでまだ幼い子供にお使いを頼んで影から見守る母親のような気分で心の中で叫ぶ。
「あぁー……」
しかし、真耶の考えは届かず、優介はセシリアへ射撃した。セシリアは攻撃を難なくかわし、優介へ反撃にスターライトmkⅢのレーザーを放つ。優介が回避すると、すぐに他のビットの攻撃を向けられ、彼はその場を離脱した。真耶は思わず、落胆の声を上げる。
「仕方がないですよ。まだISでの試合は初めてでしょうし」
「そ、そうですよね……」
近くで機体のデータをチェックをしていた教員が声をかけると真耶は思わず声に出してしまった事が気恥ずかしく、少し顔を赤くしながら返事をする。
「初めて?」
次から声に出さないように気をつけようと真耶が心に誓っていると、一夏の機体が届き、機体受渡しと調整の立会いに行った筈の千冬がいつの間にか戻ってきて真耶と隣に座る教員の後ろに立っていた。
「……」
「どうかしましたか、織斑先生?」
初期化と最適化が順調に進み、機体が一次移行する目処が立ったから管制室へと戻ってきたばかりだという千冬は簡単に試合の状況を真耶へ尋ねた。それから、6m幅の特大サイズ正面メインモニターに映る試合の様子をいぶかしげな様子で見つめる千冬に真耶は疑問の声を上げた。
男である為、ISを動かすことも必要も無かった一夏と優介はIS学園に入学するまでは入学試験以外ではISに触れたことは無い。今回が公式での初試合となる。真耶は千冬が何故疑問を持ったのかわからなかった。
「いや……それにしては落ち着いているなと思ってな……」
千冬に言われ、試合を見ていると普通ならば、機体の制御がうまくいかなかったり、対戦相手に押されて余裕が無くなるものだが、優介の表情に焦りは見受けられなかった。
「確かに……」
「言われてみればそうですね」
初試合。しかも機体に乗り込み戦うISの試合は普通のスポーツでプロテクターやヘッドギアなどを装着するのとはわけが違う。ましてや、重火器や鈍器、刃物を使い戦闘行為を行うのだから試合での緊張感は月とすっぽんどころか、豆電球と太陽ぐらいの違いがある。どうして、優介は冷静なのか。
「あ、放課後に蕪城はオルコットさんと訓練してたみたいですから、そのおかげではないですか」
なぜ優介は初試合で落ち着いているのか真耶は原因を考えていると、初日の放課後にIS貸出申請について聴きに来た事と、放課後に優介とセシリアが対戦相手でありながら訓練を共にしているという話を思い出した。きっと、その訓練で模擬戦を下に違いない。先ほど開放回線での二人の会話で「私の実力はわかっているでしょう」とセシリアも言っていたからそうに違いない。真耶は謎が解けた気がして、すっきりとした気分になった。
「訓練か……」
だが千冬は、謎が解けてすっきりしたと感じている真耶とは違い、どこかまだ引っかかっている様子であった。
(畜生!本体よりも、まずはあのビットを!)
優介は自分を落ち着かせ冷静にする事を忘れ始め、焦り始めていた。四方八方、上下左右入れ替わり立ち代り飛び回るビットのレーザーをISのハイパーセンサーとセシリアに訓練で教え込まれた機体制御でたまに掠るものの、直撃は避け、かわし続けている。鬱陶しい。まるでレーザーの格子で囲まれた鳥かごに追いやられている気分であるが、優介は突破する手段が無く、ただ降り注ぐそれを避け続けるほか無かった。
(ど、どうする!)
ビットを操作しているセシリアは優介を完全になめきっているのか、優介の方を見ながら空中で停止。移動するのは優介が向けた射撃や流れ弾を避ける程度である。隙を作り出すなら、奇襲をかけるなら油断している今しかない。けれど、優介には隙を作り出す策も奇襲をかける為の作戦もない。どうするべきか。ビットからのレーザーを避けながら考える。だが、ビットが鬱陶しく集中できない。焦ると同時にイラつき始めた優介はビットが居なければと憤慨する。
(くそ、破壊するしかないか)
物が邪魔ならば退かせば良い。うるさければ音を遮断すれば良い。鬱陶しい武装なら壊して使えなくすれば良い。そんなごくごく当たり前なこと。すばやく動かせるように装甲の薄そうなフィン状ビットはレッドバレットや近接ブレードなどでも破壊は可能だ。しかし、攻撃能力を持ちつつ被弾率を下げるために設計されたそれは近接ブレードほどではないが、薄く表面積が小さい。
(俺は……当てられるのか……)
優介は左から放たれたレーザーを背面跳びのように紙一重で避けると、レッドバレットを構えた。当てるのは難しい。当てても破壊できないかもしれない。自分では、この刹那の間に命中させられないだろう。けれど、やらなければ何もしないまま終わり、また惨めになるの嫌だと心で叫び、狙いを定める。
すると、音が遠くなったかのように小さくなり、時間が遅滞したかのように世界がスローモーションのようにゆっくりと動く。
(何だ、これ?)
まるでアメリカ西部開拓時代を題材にした洋ゲーメーカーが作ったガンマンアクションゲームで主人公のスキルを発動させた時のようになった現状に優介は混乱する。だが、そんなゲームみたいなことが起きるわけが無い。優介は興奮して一種のトランス状態に陥って幻覚を見ているのだと解釈し、なんにせよ結果的に狙いを定めやすくなったと、内心喜びながら、狙いを定めて引き金を引いた。雷管が破裂し、火薬が爆発。レッドバレットの銃口から硝煙と共に銃弾が発つ。狙ったビットは何かに弾かれたかのように後ろへ吹き飛び、火を上げて爆四散。同時に「なっ?!」とセシリアが驚きの声を上げる。
(やったか?!)
まさか自分が当てたのか。自分自身へ疑惑を持った優介であったが、手に残る引き金を引いたときの感触と耳に残る残響、ISに映し出された『ブルー・ティアーズ1を撃破』の文章から自分がビットを撃破したんだという実感がふつふつと沸き始めた。
(いや、落ち着け……まぐれかもしれないんだ……)
自分があんな一瞬で狙い通りに動き回るビットを打ち抜ける訳が無い。残ったビットの攻撃網を避けつつ、確認するような気持で手近なビットを狙う。先ほどのように世界がスローモーションのように遅くなることは無かったが、なぜか、飛び回りながら、動き回るビットを冷静に眼で捉えられる。優介はさっきのはやはり興奮状態で幻だったのだと納得し、捕らえたビットへ引き金を引いた。
(やった!?)
狙ったビットはオートに切り替えられたレッドバレットから連続で発射された銃弾に当たり、外装が剥がれ、爆散した。優介はそこで本当に自分が当てたんだという事実を認識し、感無量の思いになり、思わず叫びたくなった。だが、背中にレーザーを浴び、シールドエネルギーと共にそんな気分は消える。そして、追い討ちをかけるようにどこからとも無く、優介目掛けてミサイルが飛んできた。既に逃げられる距離ではなく、回避できるはずも無く、優介は無残にミサイルを受けた。火と熱が爆発し、衝撃を体全体に受け、爆発と共に発生した煙を巻き込みながら吹き飛んでいく最中、優介はセシリアの腰部サイドについている円筒形のパーツが前へと向いているのを見た。そこからミサイルを発射したんだと気付き、そしてセシリアがこちらへスターライトmkⅢを向けているのが眼に入った。
(まずい!)
ミサイルのダメージでシールドエネルギー残量は40%を切っている。最初にレーザーで受けたダメージは10%。装甲が無い部分に当たり絶対防御が発動した際の数値であるが、これを元に計算するとレーザーライフルの攻撃を四回受ければ、シールドエネルギーは尽きて負けになる。
負けたくない。
最初は負けても仕方が無いと模擬戦の感覚ではじめた筈なのに優介は負けたくないと考えていた。何故、そう思ったのか自分自身理解できなかったが、それを悠長に分析しているほど時間は無い。急上昇し、煙が散り散りに消える中、スターライトmkⅢの射線から逃げる。しかし、上昇中、後ろからレーザーを受け、更に右からもレーザーが飛んできてラファール・リヴァイヴの右腕部へ被弾する。右腕へ来た衝撃で思わずレッドバレットを取り落とす。被弾したスキンアーマー部分の装甲が剥がれ、内部から煙が噴き出し、剥き出しになった配線から漏電する中、追い討ちをかけるように、また位置を変え、右と左で挟み込むように二機のビットがレーザーを放つ。逃げねば。とうとう自身を落ち着かせるのを忘れ、反応の遅いPCで何度もクリックするように、慌てて加速を重複して指示する。一瞬、チャージするかのような何かを吸い込むような音がしたかと思うと、ブーストが発動。急激なGが体に掛かる。今日、今までした加速よりも早く速い。初速の時点で最高速度へ到達。レーザーを知らぬ間に回避した。何かが込上げてきそうな不快感を腹に感じながら、優介は残った惰性で加速したままのラファール・リヴァイヴの機体をPICで勢いを殺し、停止した。だが、反動を抑えきれず、優介の天と地、上下が逆になる。
(今のは?)
優介は自分が上下逆さまで宙に浮いている事など気にせず、はるか前方にいるセシリアと同じようにおどいた表情をしていた。だが、両者共にすぐさまハッとして現実へ戻り、戦いを再開する。
(今の……もし、使えれば……)
残り二機となったビットの攻撃をかわしながら、今の急激な加速を使えば、自分は勝てるんじゃないか。優介は先ほどから湧き上がってきていた負けたくないという思いに一筋の光が射したような気がした。どうやったか、もう一度できるのか自問自答する。そして、自分が重複して起動指示を出していたことに気が付いた。どういう原理化はわから無いが、ブースターを連続して二度起動させれば起こるかもしれない。
(やってみるか……)
急停止しながら上下を戻し、自分を狙い追従してきたビットへ向かい、ブースターをすばやく二度起動し、片方のビット目掛けて飛ぶ。轟音と共に先ほど優介が体験した加速、瞬時加速が発動。ひそかに優介は成功した事に喜んだが、起動時の出力と機体の角度が悪かったのか、このままではビットの左側を通り、すれ違うだけになってしまう。そう考えている刹那、ビットがあと数瞬ですれ違うところまで行く。優介は急いで近接ブレードを展開し、意を決して通り抜けざまに切りつけた。ビットは両断され落ちていき爆発する。
(この勢いだ!)
ビットが残り一機になった事に気分を良くした優介は急停止すると、すぐさま方向転換。最後のビットへ向かい瞬時加速を使い、飛んでいき、ブレードで破壊した。
これなら勝てるかもしれない。
ビットを失い、セシリアは主兵装ブルー・ティアーズを失った。自分には強力な加速があり、セシリアよりも手数が多い。これなら勝てる。優介はセシリアへ向かって、もう一丁収納されていたレッドバレットを展開し、突撃する。セシリアがスターライトmkⅢで放つレーザーを右に、左に、上下に避け、レッドバレットを撃ちながら突っ込む。
(畳み掛ける!)
引き打ちしながら後退し始めたセシリアに対し、レッドバレットを収納し、ショットガンを展開。瞬時加速を行い、一気に距離を詰めて近距離からショットガンの連射を浴びせる。
つもりだった。
瞬時加速をしようとブースターを連続で起動したところ、突然ブザー音が鳴り、エネルギー不足を知らせるメッセージが開く。
「はぁ?!」
(何でだ?!)
そこで優介は思い出した。ISには二つのエネルギーゲージが存在することを。一つはHPであるシールドエネルギーのゲージ。もう一つはEP、機体稼動の為のエネルギーゲージ。優介は最初のうちはシールドエネルギーもエネルギーゲージも確認していたが、瞬時加速を乱用し始めた時から確認を怠っていた。
「あああああ?!」
瞬時加速が成功せず、ショットガンを構えたまま中途半端なスピードで突っ込んできた優介にセシリアは容赦なくスターライトmkⅢとミサイルの総攻撃を行った。
ミサイルの爆炎にまみれ、レーザーの衝撃に打ち抜かれた優介とラファール・リヴァイヴは落ちて行く。そして、地面へと叩き付けられると試合終了のブザーが鳴り響いた
『勝者、セシリア オルコット』
(……あぁ……期待なんてするもんじゃなかったな……)
地面で仰向けに倒れている優介の中にはただただ後悔しかなかった。冷静に挑もうと思って冷静になりきれなかったこと。教えられたことを自分が一つも生かしていないこと。自分は勝てるわけが無いとわかっていながら勝利の可能性を信じたこと。様々な後悔が渦を巻く。
(結局……惨めなままか……畜生……)
変わろうとしたはずなのに、自分は何も変わらなかった。優介の目尻に涙が浮かんだ。
ヴァンガード始めました。遊戯王とは違いますが、とても楽しいです。