「大丈夫ですの?」
セシリアに落とされ、心拍停止を知らせるブザー音のような試合結果の放送を聞いてから、負けが確定した時と同じ仰向けのままで優介は声をかけられた。後悔に沈み、目頭に溢れ出そうとするものと、痙攣するように喉と鼻へこみ上げてくるものを我慢していた優介が声のする方、倒れている自分の足のほうへ頭を持ち上げ見ると、ブルー・ティアーズを纏ったままセシリアがスターライトmkⅢを収納して中腰になって優介へへ右手を差し出してくる。
(無傷……)
けれど、ほぼ無傷のままのブルー・ティアーズの装甲が目に入り、優介その手をとらず、込み上げてくる心の叫びを押しとどめ、自力で立ち上がった。
いや、立ち上がらざるえなかった。
いくらビットをすべて打ち落としたとはいえ、相手は無傷のまま。対して自分はどうだろう。右腕は装甲が取れてケーブルやギア、基盤など内部機関が露出し、元々学園の訓練機で多少なりと傷が付いていたとはいえ、みすぼらしい程に破損している。まるで大敗の証を象徴するような機体の破損は、ブルー・ティアーズの装甲と比べることで、優介自身が敗者の烙印を押されたかのような気分にさせる。
(悔しい)
試合後半に沸き起こっていた負けたくないという気持がまだ残っていた優介の心に、それは彼の後悔の念を一層強くし、蔑まれ馬鹿にされたくないという気持と、負けたもののセシリアに少しでも良いところを見せたいという思いと合わさり、強がりを強要。更にセシリアが差し出した手が優しさではなく、敗者への哀れみと蔑みだと誤認させた。
「だ、大丈夫です……」
立ち上がった後、汗と疲労に塗れた体の中から、あふれ出す悔し涙を優介は強がり乾いた喉から、嘘と強がりで構成された言葉をひねり出し、予備エネルギーを使いピットへと飛び立つ。
「あ、ちょっと―」
ラファール・リヴァイヴの修理、調整をしなければ次の試合に間に合わないから急が無いといけないと言い訳して、セシリアの姿と声を認識できなかったかのように無視し、優介は彼女から逃走した。
(最悪だ……なんて最悪な野郎なんだ、俺……)
男の矜持を守るためといえば聞こえは良い。強がり、やせ我慢といってもまだ良い。けれど、自分の今の行動は拗ねて、捻くれて、我を張っているだけ。とてもいい年した男がするような行動ではない。男を自称する最低な餓鬼の行動である。
ピットへ向かい、ゆっくりと宙を進む中、優介の目から淵一杯まで注がれ表面張力で留まっていた水が揺れて決壊した時の如く、堪え切れずに漏れ出てきて目尻に溜まった涙が頬を流れていく。セシリアが放課後の時間を消費してまで訓練に付き合ってくれたにも関わらず、自分はそれに見合う実力を身につけられなかった。ただ彼女の時間を浪費させ、試合に負けて拗ねて強がって彼女の差し出した優しさに猜疑心を抱き、曲解して拒絶して恩を仇で返した。
(……情けない……)
グラウンド上空へ迫り出しているカタパルトデッキへと降り、自己嫌悪しながらゆっくりと歩いて優介がピットへと進むと、試合前に優介が借りているラファール・リヴァイヴを収納していたハンガーの周りに数人の女性との集団が居た。立ち止まり、かしましく談話をする彼女達を観察する。学園指定の作業服や使い込まれたツナギを着ている者が混在し、かろうじて制服を着ている者のリボンが黄色や赤であることから二年と三年の先輩だとわかった。
(そういえば、試合後に機体チェックをして修理、整備、補充して次の試合をするんだった……)
試合前に織斑先生から諸注意を受けた際、全員試合後は機体を上級生の整備課生徒に整備させてから二試合目を行うと説明していたのを思い出した。整備課の上級生とはいえ、生徒が整備させるのは優介は万が一の事故が起きる可能性を考えてしまい不安であったが、整備を担当する生徒は全員整備課の教師の折紙付きで腕は国や企業の現役整備員と遜色は無く、教師が指示、監修、最終チェックすると言っていたので、疑心暗鬼ながらもセシリアや一夏に倣って承知した。
「はいはい、みんな蕪城君が来たわよ!」
ハンガー周りの集団が件の整備課上級生達なんだろうと思っていつつ、優介があのかしましい空間へ声をかけるのを躊躇っていると、どこかで聞いたような声が耳に届いた。優介だけでなく、その声は整備課生徒にも届いており、声の主である紺色のツナギを着てクリップボード片手にハンガーへ近づく教師に注目が集まった。
「さっさと掛かるわよ」
その一言と共に、各人思い思いの体勢で談笑をしていた整備課上級生全員が整列し、教師がクリップボードを見ながら読み上げる、優介の訓練機の状況を読み上げる。そして、それを聞き入っていた生徒達に教師が作業の割り当て「整備開始」と叫ぶと、全員が声を合わせて返事し、一斉に動き始めた。
(さすがに上級生なだけはあるな…………)
「蕪城君、ハンガーにラファール・リヴァイヴをセットして」
「え、あ、はい」
てきぱきと準備を進めていく彼女達の姿に感心しつつ、上級生に整備をさせると聞かされたときに彼女達の腕前を疑った自分を恥じて優介が自己嫌悪していると、不意に左下から声をかけられた。見ると紺色のツナギを来た教師が立っており、優介が乗っているラファール・リヴァイヴをハンガーへ誘導しようとしていた。慌てて返事をすると、周りにいる人に気を付けながら、慎重に
ハンガーへと歩みを進める。
「よ、よろしく、お願いします」
試合と同じほどではないが、神経を使い汗を更に掻きながらハンガーへラファール・リヴァイヴをセットした優介は、降りるとすぐに名前も知らぬ先輩達へ頭を深く下げた。先輩方は「あいよー」と軽い感じに返事をしたり、胸を張って「まかしておいて」と自信満々に言ったり様々な反応を見せたが、全員揃って慣れた手つきで整備を始めた。
「おお!こっちのジェネレータ激アツ!オーバーヒート寸前じゃん!」
「右腕は総とっかえだね」
「あ、私が同期調整の準備しとくよー」
「よろしくー」
優介は彼女達が教師の折り紙つきだと言う事を理解した。ISの整備を一度も見たことは無いが、彼女達の姿はプロに近かった。まるでモータースポーツでのピットクルーの如き迅速さと正確さ、連携が取れている。優介は試合前に彼女達の腕を疑っていた自分を恥ずかしく思った。相手を見てもいないのに、生徒だからだと勝手に不安がり、その腕を疑った。そもそも、自分ではできない癖に他人を批判する権利は無い。なんと浅ましいことか。試合後にセシリアへとった自分の行動も合わさり、余計に自分を攻め立てる。
「すみません、ちょっとトイレ行ってきます」
ここに居たら自分をもっとみすぼらしくしてしまう。優介はトイレに行くと尤もらしい理由で、その場を後にした。
「おー、了解ー」
「しっかり振っ―」
「言わせねーよ!」
整備課先輩達の会話は優介に届いていたが、後ろから聞こえてくる怒号や苦笑、笑い声は空虚にしか響かなかった。
アリーナ内に設置されているトイレのうち、男性用はピットから二ブロック先の来客用しかない。優介は道中、再びあふれ始めた涙と悔しさに顔を歪めながら小走りで歩いていた。きっと誰かが見たら無様に思うだろうと優介は考えていた。幸いなことに途中では誰にも会わなかった。誰かに無様に思われることは無かったと安堵すると同時に、アリーナに居る人間が全員一夏の試合を望んでその場で待機しているのではと思い自分が誰の気にも留められていないと考え悲しみが増した。
(畜生……)
どうしてこうなってしまったのだろうか。自分は変わろうとした筈だ。変わる為に逃げ出したい心を押さえ込み、試合へと望んだ筈だった。しかし、その結果は何も変わらず、何も得ず、むしろ、余計に自分をみすぼらしくして、惨めになった。こんなことならば、最初から逃げ出しても同じだった。無謀に結果を望み、無駄な時間を消費しただけ。むしろ、損である。
(何、期待してんだよ……馬鹿野郎)
現在の境遇への悲しみがあふれ始めると同時に甘い考えで期待して試合に臨んだ自分への怒りが優介の中でふつふつと煮えたぎり始める。ちょうど、来客用男性トイレへと着き、中へと駆け込むと、湧き上がってきた感情を宥める為に、すぐさま壁と一体化した洗面台の蛇口を非接触式センサーで水を連続供給のモードにすると、勢い良く流れ出てきた水を両手で掬い、顔を洗う。
(落ち着け、落ち着け)
掬い上げた水をぶつける様にして顔を何度もすすぐ。
(初心者なんてこんなもんだ。うまくいけば調子に乗りもするさ)
優介は自分を慰めるような言葉を反芻する。だが、まるで沸騰し始め湯の如く沸き始めた感情は冷静になろうと蓋をしようとした優介の意に反して、その蓋を押し上げ始めた。
自分は初心者じゃないだろう。拉致合宿で訓練を受けて、知識と技術を叩き込まれ、何度も模擬戦で叩きのめされた。おまけに一週間にも満たなかったが、対戦相手であるセシリアからIS操作の手ほどきを受けた。どこが初心者だ。ここまでしておきながら、自分は初心者だから負けて当然だというのか。
(黙れ、黙れ、黙れ!!)
内側から響き始める自分の慰めの声ではなく、蔑み現実を冷徹に見せつけようとする声を打ち消そうと、優介はより勢い良く顔をすすぎ始める。
いや違う、自分は初心者だから負けたんじゃない。未熟だから負けたんじゃない。お前は敗者、根っからの敗者だから負けたんだ。負け犬になったんだ。負けろ事しかできない、勝つことなど不可能な生まれながらの弱者だから負けたんだ。
(違う違う違う!!)
響く言葉を認めたくない自分の心がパニックになるのを落ち着けようと、打ち消そうと優介は蛇口から勢い良く出たままの水を頭から被る。短髪の頭部から跳ね返った水しぶきが洗面台を濡らし、周りの壁や床も濡らす。
なら、何故、お前は織斑一夏を見ると、自分を惨めに思うんだ。それは自分が人間として劣っているからだろう。自分が負け犬で、勝利の可能性など持たない下劣な人間だからだろう。
(違う、俺は……俺は違う!)
顔を上げ、頭の中へ響いてくる声を頭の奥へ押し戻そうとする風に手で顔を覆い響いてくる声から逃げ出そうと、歩こうとしたが、試合の疲れからか、精神が不安定になっているからか、弱弱しい足取りでしか動けず、よろめき壁に寄りかかる。
違うなら、何故、お前が好きになった鈴は、お前に見向きもせず、一夏ばかりを追い続けていたんだ。それは自分が根っからの敗者で、魅力が無かったからだろう。負け犬だから一夏にも嫉妬したんだろう。
「黙れ!!」
割り切ったはずのの初恋の相手への好意と、押し込めていた一夏への嫉妬心までもが沸き起こり始めた。優介は忘れようと、惨めな自分から変わるために忘れようとしていた思いまでもが自分を攻め立て始めた事で、混乱し、無理やり声を止めるために、後ろの壁へ頭を打ち付けた。
「黙れ!黙れ!黙れ!」
頭から声を追い出そうと、本物かレプリカかわからない大理石の壁に優介は頭を打ち付ける。数度頭を打ち付け、最後に一層強く打ち付けたところでようやく声は止まり、その場にへたり込み、蛇口から勢い良く流れる水の音と荒々しい自分の呼吸が響くトイレ内で、髪と額から床へ滴り落ちる水をただ呆然と眺めていた。内と外の残響が優介を一層、虚しくする。
(畜生、畜生……なんで頑張ったのに……)
模擬戦から逃げ出さないことが、希望。今の自分から変わるための第一歩になると信じてやった。頑張ればきっと報われ、胸を張って誇れる自分になれると信じていた筈だった。しかし結果は内の自分すらも蔑むような酷いもの。きっと、一夏やセシリア、箒、ティナ、クラスメイトも自分を蔑むに違いない。追い出した声で暗くなり空虚になっていた心が更に沈んでいった。
心が沈み、無気力になった優介は、そのままトイレに篭って逃げたかった。だが、無駄に残っていた自尊心が敗者の他に逃亡者というレッテルが張られるのを恐れたため、感情を押し殺し、何時も通りの無表情でピットへと戻ってきた。ラファール・リヴァイヴが収納されているハンガー近く、整備課先輩達の作業の邪魔にならないところに腰を下ろし、作業が終わるのを待つ。鬱々しい気分から大きくため息を吐きたくなる衝動に駆られるも、ため息をつけば周りから同情されるのを待っている哀れな奴だと思われるとその衝動を飲み込み、奥へと追いやる。
『勝者、セシリアオルコット』
ピット内に勝利者を告げる放送が流れ、消沈していた優介は勝者の名前を耳にした時、安堵した。もし、一夏が自分が負けた相手に勝った場合、自分は男子学生の駄目な方としてレッテルを貼られ、周りから一層軽く見られ、蔑まれる。けれど、これでその心配はなくなった。
「えっ、早!」
「あ、あとちょっとなのに~」
「大丈夫だよ。織斑君の機体は各部チェックとエネルギー補給があるから、まだ時間あるよ」
ラファール・リヴァイヴの整備の為に忙しなく動く生徒達。一夏とセシリアの試合が彼女達が想定していたよりも早く勝利宣言のアナウンスが流れ、試合が終わった事で焦り、より一層慌しくなる彼女達に整備課の教師が落ち着くように声をかける。
『蕪城』
「え、あ、はい、織斑先生。何ですか?」
いきなりコンソールが立ち上がり、現れた千冬の顔に驚いた優介であったが、その様子は何時もどおり無表情であった為、出れも気付かなかった。
『クラス代表はお前と織斑に勝ったことでオルコットに決まった。本来なら時間も差し迫っていることでここで模擬戦は終了なんだが……』
「えっと、続行ですか?」
『ああ。政府と国際IS委員会からの指示で二人の実力を記録しておきたいということでな……』
「わ、わかりました……」
優介は静かに恐怖心と怒りを抱いていた。この模擬戦はクラス代表を決めるためのものである。総当たり戦を予定していたが、一夏の機体搬入が遅れた事で順番が入れ替わり、優介とセシリアが模擬戦を先にし、セシリアが勝利。その後、一夏対セシリアの模擬戦が行われ、再びセシリアが勝利した。セシリアが既に二勝している為、共に一敗している一夏と自分が試合して、どちらが勝ってもセシリアがクラス代表になることは確定。一夏と優介の試合はやる必要の無い、無意味なものだ。
優介は自分の中へ再び鬱々とした空気が満たされていく。また自分に試合をさせて、負けさせて惨めな思いをさせる気なのかと憤慨もし始める。
『体調は大丈夫か?』
「……だ、大丈夫です」
そんな優介の様子を察したのか、千冬が声をかけてきた。事務的なようで少し心配するような気持が篭ったそれに、優介はここぞとばかりに鬱憤を爆発させこんな試合をするのは無駄だと返事をしたかったが、それは逃げたい自分を正当化しようとしているだけの愚かな行動で、そんなことをしても千冬を傷つけ、自分自身も傷付けるだけだと無理やり押し込めた。
『そうか……。では、お前と織斑の機体の整備、補給、点検が終わり次第試合を始める。準備が完了したらスタート位置で待機しろ』
「はい」
空中へ投影されていたコンソールが消えると、自分の中から叱声が響いてくるのがわかった。
またかっこつけているのか。無意味な行動だ。どうせ負けてみすぼらしくなるのに、いや、既に負けて十分にみすぼらしいのにまだかっこつけて、大人ぶるのか。見栄ばかりを気にする愚かな奴だと叫び始める。
「点検よーし!」
「がんばてね」
整備が完了し、ハンガーのラファール・リヴァイヴに乗り込む際、先輩方から激励を受けた優介であったが、今の優介には自己嫌悪も相俟って自身を追い込む言葉にしか取れない。
「はい、ありがとうございます。頑張ります」
ラファール・リヴァイヴを固定していた圧縮空気が抜ける音と共にハンガーの固定具が外れ、機体が解放される。優介はコンディションを確かめるためISに機体の状態を表示させ、確認すると完璧だった。
(すごい、あんな短時間で……)
試合間の50分ほどで、破損箇所がすべて修理されており、優介は素直に感心する。そして、こんな整備を一生懸命やってくれた彼女達がそんな言葉を自分にかけるはずが無いと信じて感謝の言葉を返した。本日数度目の期待。期待することが自分にとってどれだけ愚かな行動か知っているにも拘らず、またやってしまった。
(こんなことだから、俺はいつまで経っても変わらないんだ……)
意気消沈し、自分の学習能力の無さに嘆きながら優介はカタパルトへ移動し、管制室からの発進許可が下りるのを待つ。
(俺が負けるのに何で試合なんてさせるんだよ)
自分は量産機だが、一夏は専用機。スペック差は熟練者であれば埋められるだろう。だが、先ほどのセシリアとの試合で自分ではそれを埋めることはできなかった。そんな自分が一夏に勝てる訳が無い。棄権してしまいたい。優介は一戦目前に考えて事と同じ事を考えるが、それはもうできない。千冬にも体調は大丈夫だと言っており、自分の学習能力の無さを嘆いたばかりでそんなことはできない。更に訓練機を完璧な状態にまで整備してくれた先輩方に申し訳が無い。
(けど……一生懸命やったって……畜生……)
先ほどの試合を思い返し、悔しさが込み上げ、怒りまでもが込み上げてくる。だが、あれは努力が足りなかったからだと、まだ一生懸命さが足りなかったからだと無理やり押しとどめる。癇癪を起こしそうな自分の心を落ち着かせるために更に深呼吸していると管制室から発進許可がおりた。
(……畜生……)
惨めな思いはしたくない。嫌なのに、どうして惨めになるような機会しか俺には訪れないんだ。優介は自分の境遇を呪いながらカタパルトを飛び立った。