けれど、よろしければ応援よろしくお願いいたします。
第十二話
アリーナ中央付近。前の試合での破損など無かったかのように修理されたネイビーカラーのラファール・リヴァイヴへ搭乗し、優介は開始位置である空中に居た。背部ユニット上部から左右に伸びるマニピュレーターで接続された二対のカイトシールドの如き物理シールド。背部ユニット下部へ取り付けられた可変推進翼。大型ヘリのテイルパイロン部を思わせる脚部。まるでSFのローターの無い攻撃ヘリを感じさせる姿ISを纏う優介は、白式の整備と修理が終了するまでに、雑念を取り払おうと黙って考え込んでいた。しかし、結局は堂々巡りの自己嫌悪にしかなっていなかった。感じる惨めさと恐怖。今の自分が居る環境への怒りと憤り。それらが過剰なまでの自身への蔑みと変わり、優介自身を嫌悪させる。
(くそ!くそ!くそ!)
必死に自分へ希望を持たせるためにポジティブな言葉を投げかける。だが、心の中ではすべては見栄を張るためだと投げかけた言葉を否定され、逆に蔑む声が反響する。見てくれだけを気にして周りにそう見えるようなアピールとパフォーマンスをしているだけの道化。いや、案山子だと。中身が空っぽで、何かを考え行動することもできない。手を出さなければ足を出すこともできない。やれることといえば、ただただそこに居るだけ。役目であるカラス避けの役目も満足にできない愚図。そんな愚図が努力をしたところでどうして報われる。どうして、そんな言葉をどうして信用できるのだろうか。
やってみなければわからない。何とかなる。何かあれば、その時考えれば良い。勇気を出そう。
そういった言葉が優介の頭に浮かぶ。だが、頭に浮かんだ言葉はどちらかと言えば、こういった言葉は一夏の専売特許。自分には似つかわしくない考えであり、不安と悔しさが溢れる今の優介には納得できるものではない。
(畜生、そんなんだから俺は駄目なんだ)
再び同じ様なことを考え自身を否定すると言う堂々巡りの流れに自己嫌悪のスパイラルを紡ぎ、前試合の疲労からか、頭の働きが鈍くなり意識がぼやけていることも手伝って、無自覚に無駄に無意味な思考を重ねていく。
(くそ……畜生……)
だんだんと周りの音が遠くなり、より意識がぼやけていく。原因を前の試合での疲労による眠気だと考え、働かない頭の状態ながらも、焦った。
ISには安全上の観点から搭乗者を気絶させない機能、ブラックアウト防御が組み込まれている。これのおかげでIS操縦者は過度の衝撃やGを受けても気絶しない。ただし、ブラックアウト防御は作動しないケースが二つある。
一つは搭乗者と機体のダメージが著しい場合。ダメージが著しい時、ISは不必要な機能をカットし、必要な機能へ機体エネルギーを振り分け、搭乗者と機体の回復を優先して行なう。この時の取捨選択で周囲の状況とエネルギー残量によってはブラックアウト機能は不必要と判断され作動しなくなる。
もう一つは眠気。疲労と眠気から来るブラックアウトは搭乗者から発せられる脳波が睡眠時のものに切り替わるまでISには感知できない。ブラックアウト防御は搭乗者の意識がある時に発動することで気絶を防ぐ仕組みとなっている為、眠った際にISがブラックアウト防御を行なっても搭乗者の意識が即座に覚醒する事は無く、数秒のラグが発生する。
ただし、こういったケースは稀であり、まず起こりえない。公式試合では過度な攻撃は減点や失格の対象になる為、普通はやらない。眠気も自己管理を徹底していれば眠気が襲ってくるなどありえない。もし、試合中に眠るような事があれば、それは末代までの恥となる。
優介は眠気を払う為に首を振った。墜落してもシールドエネルギーがあれば、墜落した高度にもよるが、搭乗者防護機能と絶対防御で搭乗者は守られる。だが、確実に周りから嘲笑され、蔑まれ、見下される。それは嫌だと、優介は眠気を払う為に頭を左右に振った。だが、その効果は皆無。まるで自分の意識が体の奥へ引っ込み、余計に意識がぼやけ行く。そんな中、優介に何処からとも無く声が響いてきた。
やってしまえ。
(やる?……何を?)
やってしまえ。この響いてきた言葉が意味するものが何か。優介はわからなかった。いや、無意識にそれが意味するものに気が付いていた。だが、一般的常識や倫理、価値観がそれを拒否し、その答えを否定した。
やるんだ、お前が望んでいることを。
(俺の望んでいること?何のことだ?)
優介は響く声が望んでいる事をやれと言った瞬間、頭から氷水を被ったかのように体が緊張して強張り、心臓が他者に握り締められた様に締め付けられた。内心を見透かされている気分になり、震えながらも惚けて優介は誤魔化そうとする。自分はそんなことをしたいと思うような人間じゃない。そんなことをしては人として終わってしまう。それは絶対にいけないことだと自分に言い聞かせ、それの実行に賛同し始める自分の心の一部分を押さえ込もうとする。
大丈夫だ。やってしまっても試合中の不幸な事故になる。大した問題ではない。
(そんな訳あるか!)
暗い部分が吐いた甘言を優介は自身へ叱責することで掻き消そうとする。響く声が一歩を踏み出すように奨励する。だが、優介はその一歩を踏み出す事は今の環境を一変させる事であり、今までのすべてを破壊する一歩、破滅への一歩だと知っていた。
(そんなこと絶対にできるわけないだろ!)
だが、しなければ、織斑一夏の影に居て、八つ当たりの標的にされ、比較されて蔑まれ、みすぼらしい一生を送ることになるになるぞ。それでいいのか。
優介の心に暗く悪意に満ちたせせら笑う声が響く。今までに聞きたくも無く聞いてしまった陰口や嫌味、叱責、嘲笑が一気に記憶から噴出し、優介の頭や心を破裂させんが程に充満する。無表情で何考えているのかわからない。優しいだけしか取り柄が無い。一夏と居る目立たない方。影の薄い器用貧乏。今までに自分が傷ついた言葉ばかりが蘇る。優介は目を背け耳を塞ぎたかった。けれど、頭の中から溢れ出すイメージはそんな事をしても防げず、何故だか体が動かなかった。まるで体自体が存在していないかのように。そして、ある日の光景が映し出された。ツーサイドアップテールの少女が涙を流しながら何かをつぶやいている光景。嗚咽交じりに涙と共に言葉をこぼす。二度と優介は見たくも無い光景から逃げようと抵抗しようとした。だが、それは体が動かない現在の状況では無駄でしかなかった。
ごめん。
その瞬間、優介の世界にノイズが走り、昔の壊れたテレビ画面のような砂嵐の映像が一瞬映ると、破砕音と共に色が反転し、空間が澱んだ映像に変わる。居るのは先ほどと同じツーサイドアップテールの少女。けれど。その表情はほくそ笑んでおり、虫をどう虐めようかと考えている子供のように無邪気で悪辣。そんな彼女は口を開いた。
何勘違いしてんの。キモイ。
それから続けざまに言葉が発せられる。あんたと付き合うなんて無理。ごめん、あんたのこと嫌いなんだ。鏡見てから考えて言えよ。優介は、彼女があの時とは別の言葉を言っている事に気が付いていた。しかしながら、これらの言葉達が生き写しのような眼前の彼女から発せられている為、現実味を帯びている。
(違う!鈴はあの時こんな事を言っていない!)
優介は否定する。過去と違う事実無根の映像を虚偽として拒絶する。これは自分自身の被害妄想だと言い聞かせるものの、今まで優介が覚えていた事柄がすべて嘘だったかのように信憑性が薄れていく。優介は必死に被害妄想を止めようとしていると、それに比例して更に知り合いの姿が浮かび、次々と優介を罵り始めた。やめろやめろと声を上げようとした彼であったが、まるで火口から流れ出てきた溶岩流の様な勢いで猛烈に迫って来たそれに彼はなす術が無かった。罵詈雑言の苦しみと痛みに飲まれ、優介は身を硬く閉ざした。
おーい、優介。
早く苦しみから解放されたいと思いながら揉まれる優介は罵詈雑言の中の、とある声に気が付いた。思わず目を開けると、自分の周りを覆う黒い集団の奥に声の持ち主を見つけた。
(一夏……?!)
集団を指揮するように奥の方から声を上げている彼は刹那、優介と目が合うと口角を吊り上げ、にたっとした笑いを向けてきた。まるで、優介の苦しむ姿を見てそれを楽しむかのような暗い笑った。
あれは一夏ではない。優介はそれがわかっていた。それぐらいはわかっていた。普段、心の中で一夏が優介を貶めようとしているのではないかと疑ってはいたが、同時にそうではないとわかっていた。優介が自分を好きになれない理由が一夏の太陽の如き無垢な輝き。そんな輝く彼がそのような卑怯な、優介が嫌う自分自身の様な事をするはずが無いとわかっていた。
いや、わかっているはずであった。
(くそ、畜生、この野郎!!)
周りの人間、黒い影のようなシルエットがまるで引火したガソリンまみれの人形が全身を焼かれていくように揺らめき、黒い炎へと変化していく。周りを火の粉を煌かせながら、黒煙で煤を撒き散らし優介の心を汚す。沸き起こる熱で焼き苦しめ、怒りを燃やし憎しみを焼入れた。
(畜生!畜生!畜生!畜生!)
一心不乱の叫び。表に出ることの無い優介の絶叫。泣き声のようであり、怒号のようである、それ。意識が再び薄れていく中、優介は叫び続けた。悔しさが爆発し発せられた声であったのか。それとも助けを求める救援サインであったのか。ごちゃ混ぜになり、まるで自分の感情すらもモザイクが掛かっているかのようにわからない。
ただし、優介には理解した事が三つある。これから自分を動かすのは溜め込んだ負のの感情の爆発。炸裂した怒りの矛先はこれから来る試合相手の一夏に向かう事。そして、やっぱり自分は変わることができず、惨めな者でしかないと言う事であった。
「またせたな、優介」
ピットから飛び立ち、アリーナ中央の待機位置へ飛んできた一夏はネイビーカラーのラファール・リヴァイヴを装着し空中で俯いた状態で待機している優介へ声を掛けた。セシリアとの試合前に一次移行を終えた白式。背後に一対の巨大翼型推進器、ウイングスラスター。踵に鉤爪の様なパーツが付いた脚部。打鉄に似た近接武器を扱い易くしたシンプルな腕。白をメインとし、青とアクセントとして一部に黄色が塗装された外装。白式を纏った一夏は、さながら翼の生えた剣士。そんな有翼剣士は胸の中に決意の炎を燃やしていた。
一夏はセシリアとの試合で姉である千冬の名前を守ると宣言した。それは周囲や自身への決意表明であり、両親がおらず、兄弟二人で生きていくしかない中、姉として弟の一夏を守ってきてくれた千冬へこれからは守られるだけではなく、自分も家族を守っていく事を伝える意思表示であった。だが、それは叶わなかった。白式の唯一仕様の特殊能力【零落白夜】の特性を理解していなかった為にシールドエネルギーが切れた為である。【零落白夜】は近接ブレード、雪片弐型が展開し形成する光の刃によるバリアー無効化攻撃。相手のバリアーを切り裂き、搭乗者本体へ直接ダメージが入れ、ISにシールドエネルギーを大幅消費する搭乗者保護機能、絶対防御を発動させてあいてのシールドエネルギーを大幅に削るものである。ただし、【零落白夜】の発動にはシールドエネルギーが必要であり、その事実を知らなかった一夏は最後の一手として無意識に発動した【零落白夜】の発動時必要シールドエネルギー量が残っていたシールドエネルギーを上回っていた為、シールドエネルギーが0となり負けた。
(今度はあんな失敗はしない!)
試合後のピットにて、白式の整備中に千冬から、その特性をアドバイスとして教えてもらった一夏は今回は【零落白夜】を使いこなそうと考えていた。それはセシリアの試合で無様な姿を見せてしまった千冬と幼馴染である箒へ良い姿を見せて汚名返上するのと合わせて、優介に全力でぶつかって勝ちたいからであった。優介とは特に因縁があるわけではないが、同じ学び舎で学ぶものとしてどちらが上か全力で挑みたい。一夏は無自覚ながらも、彼を好敵手として認識し始めていた。
(あれ、聞こえてないのか?)
やる気に溢れた一夏はふと、自分の声掛けに優介が反応していないことに気が付いた。俯いたままこちらを見ようともせず、空中の試合開始位置に浮いているだけである。
「おーい、優介」
自分の声掛けに応答が無いことに不安を感じつつ、ただ単に聞こえていなかっただけかと思い一夏は再度優介へ声を掛ける。今度は顔を上げ、こちらに目を向けた。だが、一夏を一瞥すると目を閉じ再び俯いた。
(緊張してんのか? それとも……あ、落ち込んでるのか……)
一瞬、見えた彼の目に死んだ魚のように光が無かった事が気になった一夏であったが、錯覚だろうと考え優介が返事をしない理由を考え始めた。そして、前のセシリアとの試合で負け自信喪失しているのだろうと言う結論に至った。中学から優介は自分のペースが乱されたり、失敗すると途端に自信を喪失する傾向にあった。普段通りの表情でわかり難いが、そういった時は今と同じように俯いている事が多かった。どうやら、本人曰く色々考え込んで余計に自信をなくして目を合わせられないから俯いてしまうらしい。
『二人とも準備は良いか?』
優介が気兼ねなく全力でいけるようになにか、励ましや発破を掛ける言葉を一夏が考えていると、残念ながらすぐに千冬から最終確認が入り、言葉を掛ける事はできなかった。
「いつでも大丈夫です」
優介は一夏が声を掛けたときとは違い、管制室からの通信には顔を上げて、何時も通りの三白眼の無表情ですぐに返答した。ただし、目の輝きは無い、どこか病んでいるような眼。どこか台詞を言わされているような声を出した優介に一夏は違和感を感じていた。
「ああ、こっちも大丈夫だ」
違和感を感じていたものの、落ち込んでいるのではないかと心配していた優介が普通に答えたのを見て、一夏は違和感の事は忘れ、どこかほっとしていた。優介はセシリアと放課後に訓練をしている。クラスメイトが噂していたのを思い出し、一夏はもしかしたらメンタルも鍛えられて、もう自分が知っているほど落胆はしないのかも知れないと推測した。
(メンタル共に成長してるって事か。余計な心配だったな、こりゃあ)
中学の時に助け合うことが多かった。IS学園に入学してからは中学三年の時に別のクラスになったのと受験勉強から付き合いが悪くなり、関係が薄れてしまったが、それでも友達として真っ先に助けようと、ある種の使命感から心配していた。だが、杞憂であった事に気が付いた一夏は優介が成長していないと思い込んだ自分を恥じ、反省する。それから、それならば自分も成長している事を見せつけようと気合を入れ直した。
『それでは、織斑一夏対蕪城優介の試合を開始します』
その言葉を聴いた瞬間、一夏はまるで獲物を狙い猫科動物が体を屈め、狩る用意をする様に、雪片弐型を展開し、右手で柄を握り締め左手を添えて正眼に構えた。
(まずは先制して、こっちの間合いに持ち込み、ペースを掴む!)
優介はセシリア戦では銃器による中距離射撃をメインに戦っていた。武装が近接ブレード、雪片弐型のみである一夏の白式では先にペースを掴まなければ勝利は難しい。ペースを握られる前に自分が得意とする間合い、接近戦へと持ち込み、その距離を絶対に死守し続け戦えば、優介の戦術は生かされないと考え、試合開始直後の突撃と速攻を一夏は画策。幸いなことに試合開始前の現在、優介は手ぶらの状態成功する見込みはある。だが、セシリア戦でレッドバレットを高速展開していたので、簡単にはいかないだろう。優介よりも数瞬でも早く動き出さなければならない。接近し銃の射程の内の内、優介の懐へ飛び込み【零落白夜】のよるバリアー無効化攻撃で絶対防御を発動させ、一気にシールドエネルギーを削れば自分に勝機はある。失敗したならしたでまた作戦を練ればいい。
そして、集中力を研ぎ澄ませ、試合開始のブザー音が鳴り響くと、草むらから獲物へ襲い掛かる猫科猛獣の如く飛び出した。ブースターを一気に点火させ、【零落白夜】を発動した雪片弐型を構え突撃する。
だが、一夏の右肩と胸の中間部分へ衝撃が走り、爆音と熱が爆ぜた。
(アサルトカノン?!)
後転しながら後ろへ吹き飛ばされる刹那、一夏の眼はガルムを構えている優介を捉えた。FN P90と言うベルギーのサブマシンガンに類似した形状のアサルトカノン、ガルム。優介は一夏が雪片弐型を展開するよりも早く展開し、同時に撃ったのだ。
(嘘だろ)
単純に考えれば、優介が高速展開と早撃ちを両方同時に一瞬でしたと言うことになる。展開はイメージし慣れていなければ呼出すのに時間が掛かる。先ほどの戦いではアサルトライフルのレッドバレットを初っ端で高速展開していた。なおかつ、試合中にメイン武器として多用していたので、一夏は優介が一番心象を描きやすいのはレッドバレットであると考え、彼の展開速度最速武装はレッドバレットだと踏み、そのほかの武装の展開は時間が掛かると推測していた。勿論、もしかすれば他に高速展開可能な武装があるかもしれないと危惧はしていたが、それが反動が高いアサルトカノンで、それで正確に銃撃するとは思ってはいなかった。
一夏は空中で受身を取り優介のほうへ向き直ると同時に銃弾が飛んできた。思わず一夏は左腕で頭部と胴体を守るように翳す。連続で発射される銃弾が白式の正面装甲やISスーツのみの柔な部分、一夏本体の前面へ飛来する。一夏は弾雨から逃れようと上空へ急発進。優介は重機関銃、デザートフォックスを腰だめに構え、連射しながら一夏の方へと接近してくる。M60に類似した形のIS用重機関銃、デザートフォックス。円筒形弾倉を左右二つ連結したCマグ型の弾倉を装着したそれは銃口から次々に弾と硝煙を吐き出していく。一夏は上下左右に移動しながらデザートフォックスの銃撃を避けるが、銃弾の炸裂と内部機関の動作に伴う反動で制御が効き辛くなる筈の重機関銃を優介は表情も変えずに扱う。一夏が避けてもすぐに銃口を彼のほうへ向け、追従しながら銃弾を連射する。
(くそ!このままじゃジリ貧だ!)
先ほどからの銃撃でシールドエネルギーが3割も削れ、今も減っている。このままの状態が続けば遅かれ早かれ、シールドエネルギーが尽きて負けしまう。
「一か八か!!」
一夏は上空に向けて飛ぶのを止め、急降下。一気に高度を下げる。そして、地面まで6メートルと言うところまで行くと、そこから地面へ平行になるように飛びはじめた。機体の制御が思ったよりほど上手くいかず、計画していたよりも低い高度まで下がってしまった事に機体制御練習の必要性を感じつつ、一夏は優介を確認した。彼はデザートフォックスを構えながら一夏に習い、地面に対して平行になるように飛んでいる。一夏は優介が自分の思惑通り自分に追従してくるのを確認すると、蛇行運転する車のようにランダムに揺れながら、狙いを付けさせないように飛びはじめた。だんだんと優介のラファール・リヴァイヴとの距離が縮まっていく。デザートフォックスの大量の爆竹が破裂する様な発砲音と飛来した銃弾が掠め飛んでいく音が響く。一夏は飛びながら白式にヒットする弾丸が少なくなり、自分の作戦が少しは功を奏していると思う中、後を確認しつつタイミングを計っていた。自分が一か八かで立てた作戦はタイミングが重要。成功すればダメージを与えられ、なおかつ、こちらが有利な間合いとなる。だが、少しでも失敗すればペースはそのまま。いや、更なるへと追いやられる。そう考えた瞬間、プレッシャーが一夏へと掛かる。だが、一夏はそれをすぐさま振り払う。成功しなければ逆境のままなのだ。今はこの作戦を全力でやるしかないと雑念を振り払い、いや、感じたプレッシャーさえもスナイパーライフルのスコープの如くただ一点を狙う為に、自身の集中力を高める為に利用している。そして、自身がアリーナの壁まで残り30メートルを切った位置に到達した瞬間、一夏と優介の距離が絶好となり、急停止。そして、すぐさま上昇。追従していた優介が眼下を抜け、一夏の前方下方へと出た。
(貰った!!)
優介のラファール・リヴァイヴが前に出ると一夏は白式のブースターを急点火。優介へ急接近し、後ろを取る。【零落白夜】を発動し、優介の背に向けて光の刀身を生やした雪片弐型を振り上げ、背部ユニットすらも切り裂くつもりで振るった。
「くそっ!」
だが、雪片弐型の光る刃は寸前のところで空を切った。
一夏は優介が自分の攻撃を躱したことに驚愕し、そして気付いた。ISの視界は前方を見ていても、そのままの視線で後方も確認できる。優介は一夏が急上昇した後、後方から仕掛けてくる事を予測していたのだと。故に一夏に追いつかれ雪片弐型の【零落白夜】に切り裂かれる寸前、紙一重のタイミングで避けられたのだ。
(くそ、もう一度突っ込むしか―?!)
一夏が自分の読みの甘さを悔い、再度優介へ突撃する為に雪片弐型を構えた瞬間、一夏へ背を向け前方を飛ぶ形になった優介が、飛行状態のまま回転し前後を入れ替えた。自身が風を切る音を聞きながら一夏は彼の手にさっきまで持っていたデザートフォックスではなく連装ショットガン、レイン・オブ・サタディが構えられているのを確認した。二人の距離はレイン・オブ・サタディの有効射程圏内。白式のシールドエネルギーは【零落白夜】を発動させたせいもあり、既に残り4割弱。連射をまともに食らえばシールドエネルギー残量は3割から2割にまで落ち込む。下手をすれば、唯一の勝ち筋である【零落白夜】を発動させるシールドエネルギーがぎりぎりになり最悪セシリア戦の二の舞になる。
(ちくしょう!)
優介の指が動き、レイン・オブ・サタディのトリガーへと掛かった。その時、優介が背中から何かにぶつかり。咄嗟に停止しようとした一夏であったが、加速していた事もあり一夏も優介へ体当たりをするように、同じくぶつかり共に機体の制御を失い地面へと落ちた。その時、優介のシールドエネルギーが一気に70パーセント消費され残りが30パーセントにまで減った。まだ発動していた【零落白夜】の刃が衝突の最中、ラファール・リヴァイヴへと当たったからだ。本来の刀として振るわれていれば優介のシールドエネルギーは一気に無くなり一夏は勝利できたが、【零落白夜】の刃に触れていた面積狭かった為、ラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーを大きく消す事しかできなかった。一夏は偶然によるラファール・リヴァイヴシールドエネルギー消失の原因を理解してはいない。突然の対戦で優介に勝つ手段を講じるのと突然の壁への衝突の中で分析している暇などなく、一歩でも多く勝利に近づくことしか目にない。だが、一夏は地面へと落下する瞬間に受身を取ったものの、衝撃は通り、思わず顔を歪める。だが、その視界に転がってきた金属製の円筒を発見した。
(グレネードか?!)
痛みの事はすぐに忘れ、すぐさま、起き上がり跳躍すると、倒れていた地面が爆ぜた。土煙交じりの爆風と共に飛んできた破片が装甲を掠れ火花を発生させ、一夏の露出した生身の部分にISが許容範囲内と判断した礫が傷を付ける。爆発の影響で吹き飛ばされるも、両腕をクロスさせるように身を守る事でシールドエネルギーの消費を抑えた。地面へ何とか着地した一夏は優介の姿を探そうとした瞬間、残っていた土煙を突き破り優介が出てきた。左肩を突き出すような形でラファール・リヴァイヴの背部ユニットから伸びるマニピュレーターに接続されている物理シールドを構え、突進してくる。一夏はこれを好機だと捉えた。右側へ飛び退くと好機と捉え優介の方へ向き直り、その無防備な背中へ斬りかかった。優介のシールドエネルギーは残り30パーセント。対する一夏のシールドエネルギーは40パーセント。遠距離攻撃の手段を持たない白式で勝つ為には少しでも隙を突いて攻撃を入れ、間合いを詰めなければ勝てない。射撃武器を持ち遠距離攻撃の手段が豊富な優介に勝つ為に一夏が考え付いた作戦は、試合開始時のものと何も変わらないものであった。彼自身それはわかっていたし、自分自身何も変わっていないじゃないかとあきれていた。だが、非常に自分らしいとも考えていた。一夏は性格上、あれやこれやと考えるのよりも一つのことを実直にやり抜く。これと決めたらそれをやり通す。
(決めたら最後までやり抜く!)
雪片弐型を振り上げ、シールドエネルギー残量の都合上、この試合最後となる【零落白夜】を発動させようとした。
だが、雪片弐型を振り上げ無防備となった一夏の腹部を何かで突かれた。
(何だ?!)
後ろによろめきつつ一夏が見るとそこにはラファール・リヴァイヴの脚部。一夏が切りつけようとした瞬間、優介が後ろ蹴りを放ったのだ。そして、追い討ちを掛けるようによろめく一夏へ構えていたレッドバレットの銃床で一撃を加える。その衝撃に思わず後ろへ倒れかける。
(やべぇ……)
どうやら絶対防御が発動したらしく、シールドエネルギーが30パーセントを切るまで減っていた。ぎりぎり【零落白夜】が発動できるラインの残量。発動すればだが、10パーセント以下の微々たるシールドエネルギーしか残らない。目の前にはレッドバレットを構え、今にもトリガーを引こうとする優介。試合が始まった時と同じ、死んだ魚のような光の無い目のままで一夏を狙う。
ここで【零落白夜】を発動させ攻撃しても、もう間に合わない。自分が斬りかかるよりもレッドバレットによる射撃の方が速く自分へ到達する。そうすればシールドエネルギーが10パーセント以下の自分は負ける。逆に【零落白夜】を発動しなければ、【零落白夜】を発動できなくなるが、レッドバレットの攻撃は多少受けても敗北にはならない。現実的に考えれば発動させない方が利口だ。
(けど、これが俺のやり方だ!)
だが、一夏は【零落白夜】を発動させた。倒れそうになっていたのを踏ん張り耐える。雪片弐型を持つ手へ更に力を入れ、ブースターを噴かせ、そして一夏は迷わず雪片弐型を横一文字に振るった。
試合冒頭より、優介は自分の体が自分のものでないような感覚にとらわれていた。まるで自分で考えている決めた行動をするよりも、条件反射で体が勝手に動いてしまい別の行動をとっているような感覚。まるで自分がラジコンにでもなったような感覚。体の動きに自分の考えが反映されない。いや、動くたびに自分が考え行動しているような気分になる。自分が一歩一歩一夏を追い詰めている、圧倒している気になりかける。だが、優介にはなんとなくこれは自分の行動ではないような気がした。そう思うと優介は情けなくなった。実際に自分が動いているにしろ、動かされているにしろ、一夏との試合をまるで他人事のように見る自分はさっきまで抱いていたはずの暗い感情も無く、ただ何も感じずに機械のパーツの如く動くだけ。いや、感情を出すことを躊躇している。余計なことを言って傷ついたり、傷付けた記憶がストッパーのように優介の感情が流れ出すのを押さえ、溜め込ませる。怖い。怖いから感情を出さない。それが安全、無難だから。だが、そうし続けているとまるで自分の色が抜けているような気がする。まるで水性塗料で描いた絵が水に浸され色が落ちていくように自分が無色透明になっていくような不安が生まれる。けれど、自分の感情や考えを出す事は怖いし危ない。ジレンマが生まれ、感情を出すべきか、このまま出さないべきか迷い、どうすればいいのかわからなくなる。
『けど、これが俺のやり方だ!』
優介がジレンマに苛まれていると何処からとも無く、一夏の声が響いた。そして、光り輝く【零落白夜】の刃を構え、飛び出す。何故、【零落白夜】を発動させたのか。優介は知らないはずの白式の唯一仕様の特殊能力をなぜか知っていた。バリアーを切り裂く光の刃を雪片弐型から展開させ、絶対防御を発動させ、シールドエネルギーを削る強力な能力。だが、シールドエネルギーを糧に発動するため、現在、一夏のシールドエネルギーは一ケタ台。対するこちらは一撃でもまともに【零落白夜】の刃を受ければ敗北するシールドエネルギー量ではあるが、レッドバレットを構えいつでも迎撃できる状態。距離を考えてこちらの攻撃の方が先に届く。
(馬鹿だ)
何故。理に合っていない。止め処なく驚愕と疑問があふれ出す。だが、同時に一夏らしいと思う自分が優介の中にいた。そして、小さい頃に祖父に言われた言葉を思い出した。
感情は殺し続けなくても良い。ただ量をその時々で調整すれば良い。
かつて、祖父に言われたことを思い出しながら、優介はレッドバレットの引き金を引いた。大切な祖父の言葉を思い出させ、その行動で大切なことをわからせてくれた一夏に勝ちを譲っても良いと思う感情が優介の中にはあった。けれど、それよりも強く、一夏に勝ちたいと言う感情があった。ただし、試合前に渦巻いていたようなドス黒い復讐心のような物ではなく、純粋な全力で戦い、自分の強さを証明したいと言う欲求。その欲求はこの瞬間、優介の中では何にもまして強い。優介は自分自身でトリガーを引いた。勝つために。
『勝者、織斑一夏』
試合終了のブザーが響く中、一夏の荒い息が左後方から聞こえる。優介は手のなかにあるレッドバレットを見ると、ISに弾詰まりを知らせるメッセージが現れた。ISの武装が弾詰まりを引き起こすのはほぼ皆無に等しい。あったとしても0.001パーセント以下。偶然の勝利。弾詰まりがなければレッドバレットの射撃で優介の勝利となっていた。
(くそ……勝ちたかったな……)
悔しさが溢れる。自己嫌悪する。優介は何時ものように自分が惨めに思えてきた。だが、優介の心は晴れていた。そして、何かに火が灯り始めた。
少しだけでも主人公を前向きにしないと書いてるこっちが辛い。
いろんな意味で。