あと、主人公は今回も出ません。かわいそうに、ギャラ発生しないじゃないか。
第十四話
「あ~、腹減った~」
「だらしないぞ、武士は食わねど高楊枝だぞ一夏」
食堂へ続く寮の廊下を一夏は箒と共に歩いていた。箒とは同室と言う事で入学してから毎日一緒に夕食を食べに行っている。この日は放課後にクラス代表を決める為の模擬戦があり一夏は普段よりも空腹であった。思わずそれを口に出してしまい箒に注意される。
「悪い。いつもより腹ペコで、つい」
一夏は彼自身確かにみっともないと思ったのもあり、箒がわざわざ注意をしてくれた為、それを快く受け止める。
取り留めのない話をしたり、模擬戦に関しての箒の小言などを聞いたりしていると食堂へと着いた。
(さてと、今日は何にするかな)
一夏は券売機上空に投影されている夕食の日替わり無料メニューへ目を通し、ボタンに書かれた定番の有料メニューとも見比べる。唸りながら迷う。
(迷うなぁ。Bのホッケ定食も良いけど今日は腹減ってるから、がっつりとカツ丼とかも食べたいんだよなぁ)
IS学園の食事はそこらのチェーン店や食堂よりも美味い為、まだ入学して一週間しか経っていない今、一夏にとってみればほとんどが未知の宝と同じであった。無料のメニューも日替わりで違った料理を楽しめる上、姉の稼ぎに支えられている織斑家の財政事情にとってはとても魅力的ではある。が、最初の一週間は昼食以外無料メニューしか食べて居なかった為、そろそろ欲を掻き未知なる味への探求を行いたいとも一夏は考えていた。
「一夏、何を長々と考えている。早くしないと後ろの者に迷惑―」
そう言いながら券売機に記された料理の誘惑に唸り迷う一夏の後ろに他の寮生が並んでいる事を指し示すように視線を向けた箒であったが、何かに驚いたように途中で言葉を止めた。一夏が不思議に思い後ろを振り向くと、そこにはセシリアがいた。けれど、いつも教室で見る彼女とは違い、しおらしく俯いて何か考え込んでいる。模擬戦に二勝してクラス代表の座を見事手にした彼女は何時もよりも態度を高飛車にしそうなイメージがある分一夏にはより暗く感じた。同じことを考えているのか箒が『一体どうしたのか』と目で訴えかけ一夏が『判らん』と目で答え再びセシリアへ視線を戻した時、彼女と目が合った。
「あっ、え?!」
セシリアはまるで一夏がいきなり現れたかのように驚くと、慌てて周りを確認する。そして、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
(もしかして、食堂まで来て俺の後ろに並んだ事に気が付いてなかったのか?)
「えっと、こんばんは、織斑さん」
セシリアは気を取り直すように小さく咳払いをすると、彼女が無意識にここまで来た事に気が付いている一夏へ挨拶をしてきた。
「あぁ、こ、こんばんは。オロコッ、オルコットさん」
一夏は今まで何度かセシリアに日常的な挨拶をされた事はあったが、その時は一夏の反抗心を煽るような今時女子の高飛車な態度でクラス代表決定戦に向けた挑発といった様子であった。だが今はそんな様子はなく、何かたくらんでいるのではないかと思えるほど下手な態度で、一夏は思わず狼狽してセシリアの名前を噛んだ。
「そのう……今までの非礼の数々申し訳ありませんでした!」
「えっ?」
某妻子を殺された復讐心から宿ったニンジャの力を使ってニンジャを倒す事を決意したニンジャを倒す者が主人公の小説にあるような挨拶を互いに済ませた事で、セシリアからアンブッシュ、いわゆる不意打ちを食らわせられるのではないかと警戒していた一夏。だが、意を決したように彼女の口から謝罪の言葉が発せられると、不意打ち以上に不意を突かれ驚く。一夏の傍らにいる箒もまるで鳩が豆鉄砲ではなく豆レールガンを食らったかのような顔で呆気に取られる。
「貴方の祖国である日本と友人である蕪城さんを侮辱した事、謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでしたわ」
「い、いやもう気にしてないし、良いって。こっちだって悪かったし」
「いえ、そんな私の方が織斑さんや蕪城さんに対して悪い事を―」
(これは埒が明かないな。悪いって思っているのは判るけど……あ、そうだ)
謝罪の言葉を紡ぎ出すセシリアに対して一夏は辟易し始める。彼女の謝罪は眼差しと声、態度から彼の心に届いており、一夏もセシリアに対して言った侮辱を謝罪させるほどであった。けれど、セシリアの気が済まないのか、彼女は外国人がイメージする日本人のように一心不乱に謝罪し一向にやめようとしない。過剰な謝罪であると思っていたのと女子に頭を下げさせたままにするのは嫌だった一夏はどうやめさせるべきか思案する。そして、ある作戦を思いついた。
「なら、名前で呼んでもいいか?」
一夏の考えた作戦とは何の事は無い。ただセシリアの事を名前を呼ばせてもらう事であった。苗字で呼ぶのは堅苦しいと感じる一夏はお詫びとして名前を呼ばせて貰う事で、この件を有耶無耶にしようと画策していた。この時、箒が「なっ?!」と奇声を上げて驚愕の表情に染まり、一夏へ抗議の眼差しを向けたが、彼はまったく気付いていなかった。
「名前?……ファーストネームでお呼びすると言う事ですか?」
「あぁ。ほら、『昨日の敵は今日の友』って言うだろ。今までの事を水に流して友達として新たに始める意味も込めてさ。俺の事も一夏って呼んでくれていいからさ」
セシリアの疑問に後もう一押しだと加えて自分の事を名前で呼んでも構わないと言う点を強調する。一夏に他意はない。片方が名前で呼ぶならば相手も名前で呼ぶのは常識だと思っていたので言っただけである。けれど、隣にいる抗議の目を彼へ向けていた箒は更にわなわなと驚愕し怒りを加え抗議の念を一層強くしてにらんだ。
「わかりました。それでは一夏さんこれからはどうぞセシリアとお呼びください」
「じゃあ、セシリアこれからよろしく」
「はい、一夏さん」
締めくくりにセシリアへ手を差し出して握手をすると一夏はほっと胸をなでおろした。これでセシリアの謝罪地獄から解放され夕食を取れると。
(何とか納得してくれてよかった)
夕食を一期一会の出会いかもしれないと直感的に日替わりのBホッケ定食へ決め食券を購入した一夏が箒の方を向くと彼女は明らかに不機嫌な様子でいた。
「ん、どうした箒?」
実は箒が隣の一夏という名の唐変木へ抗議の眼差しを送るのは無意味だと思い出しセシリアへその矛先を向けた瞬間に了承の返事をされた事と二人とも彼女を意図せず蚊帳の外へ追いやったので箒はいじけてしまっていたのだが、一夏がその事を知るはずも無くただ疑問符を浮かべた。
「どうしたんだよ箒」
箒は後ろから声を掛けてくる一夏を無視して食堂のカウンターへ食券を叩き置いた。苛立ちから無意識的に大きな音を立てる様な置き方を彼女はした。いや、無意識ではない。一夏へ自分の苛立ちを知って欲しくて箒は赤ん坊が親を求めて叫ぶかのように本能的にそうしてしまった。
「ご飯で頼む!」
(一夏の不埒者め……)
カウンターの内にいる調理師へ主食のセレクトを伝える際八つ当たりするように叫んで伝えた事を後悔しつつ、先ほどの一夏に憤慨していた。一夏は隣に箒がいるにも関わらず、ずっとセシリアと話をし自分から互いに名前で呼び合うことを提案した。
嫌だった。
小学三年の頃、『オトコオンナ』と呼ばれ、一部の男子から虐められていた箒は一夏に助けてもらった事で彼へ初めて恋心を抱いた。小学生の漠然とした思考であったものの、このまま一夏と一緒に過したい、その隣に居たいと箒は願っていた。けれど、その願いは数ヶ月で終わりを告げる。世界を混乱に陥れた世界同時ハッキング事件が起きた。各国の防衛システムを何者かがハッキング。そして、ありとあらゆるミサイルを日本のとある都市、当時各国首脳が出席していた国際会議の会場へ発射した。第一波のミサイルは奇跡的にハッキングを逃れていた一部の迎撃システムによって破壊されたが、続く第二波のミサイルを迎撃準備が間に合わず不可能。攻撃の範囲は広く、首脳陣の退避は間に合わない程であった。各国トップ交替が一斉に行なわれると誰もが思ったその時、ある人型の飛行物体がミサイルをすべて迎撃した。この事件は後に『白騎士事件』と呼ばれ、飛び抜けすぎた性能を持っていた故に絵空事と言われた『IS』とまだ実績の少ないにも関わらず学会を『低能の集まり』と非難した故に認められなかった『篠ノ之束』の名を世界中に知らしめた。
この事件によりIS開発者である篠ノ之束の両親と束の妹である箒は日本政府から重要人物保護と言う名目で引越しを強制され、一夏と箒は離れ離れになった。そして、六年と言う歳月の後、箒は一夏と再開を果たし、転校したあの日まで自分がいた場所に再び戻ってきた。彼女は今まで離れていた分、その時間を埋める為に彼と過ごそうと考えていた。されど、箒の想い人である一夏は他の女ばかりを見ている。彼が色恋沙汰に無頓着無関心なのは昔からの事でおかげで隣が開いたままであった事に箒は嬉しく思ったが、いざそれが自分にも働くと不満しかない。どうして自分を見てくれないのか。何故自分だけを見ていてくれないのか。そんな不満が生まれる。
「なぁ、箒。どうしたんだよ?」
「自分の胸に聞いてみろ!」
箒の言葉に一夏が困り顔となる。それを目の端に捕らえた彼女に胸の中で何かが萎縮するような罪悪感が生まれる
(ちがう、私が言いたいのはこういう言葉じゃない!)
六年越しの恋心は嫉妬の炎で箒を狂わせる。自分の心に気付いて欲しい。自分が一夏に恋をしているから他の女と話していると羨ましくなり嫉妬して憤怒して意地悪しているのだと。一夏なら気が付いてくれると根拠のない希望を持っている所為で伝えたい気持とは違う言葉を叫んでしまう。
「篠ノ之さん、ちょっとよろしいですか」
箒がジレンマに苛まれていると、カウンターへ食券が置いたセシリアが一夏の後ろから声を掛けてきた。むっつりとした表情のままで箒は若干の間を開けて「ああ」と答えた。
箒は話をしたいとは思わなかったが、どうにも彼女が一夏へ好意を持っているのかが気になり求めに応じた。セシリアは一夏へ代わりに二人の料理を受け取っておいてくれないかと頼み彼が快諾すると、一夏から会話が聞き取れない食堂の出入り口脇までセシリアは箒を招いた。箒はセシリアの話よりも先に一夏についてどう思っているのか彼女へ尋ねようと口を開こうとしたが、中学時代に重要人物保護と言う名目で転校を繰り返された彼女は親しい友人を作ることは無く。また、クラスメイトとも親しく話す事も無かった。その為、どのように話せばいいのか迷ってしまった。
「あのような言い方は無いのではありませんの? 一夏さんがかわいそうですわ」
箒が口を開くよりも先にセシリアが口を開くと、箒は彼女の言葉に今まで迷っていた事柄を忘れ、激昂した。
「貴様が言うか」
静かに冷たく箒は思わず言い放ってしまった。一夏とクラスメイトである優介に対して横暴な言葉を幾度吐き掛けたセシリアに言われたくなく、言われる筋合いは無いと。
「そう、ですわね」
(しまった!またやってしまった……)
箒は後悔した。また自分の激情に身を任せた行動の所為で人を傷つけてしまったと。もうあんな事は二度としないと誓ったはずなのに。
「すまん」
「待って下さい」
箒が後ろめたさからセシリアへ謝罪の言葉をつぶやくと立ち去ろうとするが、セシリアはそれを制止された。
「だからこそ……一夏さんへ伝えたい事があるのであれば篠ノ之さんにはきちんと伝えて欲しいと思いますの。悔いないために」
うっすらと目を潤ませているセシリアの悲しそうに何かを省みている表情を見て箒は彼女が自分と同じで何か過去に過ちを犯しそれを悔やんでいるのだと理解した。そして、セシリアが同じ過ちを繰り返さない為に必死なのだと同情と共感を覚えた。
(そうだ。こういう時こそ同じ失敗をしない為に……)
箒はゆっくりと深呼吸し頭を落ち着かせるとセシリアへ頭を下げた。
「すまん、頭に血が上っていたようだ。オルコット、迷惑をかけた」
「いえ、迷惑などとは思ってませんわ。あと、私の事はセシリアと呼んで下さって結構ですわ、篠ノ之さん」
「ならばセシリア、私のことも箒と呼んでくれ」
「おーい、二人とも料理きたぞ。と言うか一人で三人分運ぶの無理だ」
二人はそう言葉を交わすとカウンターから一夏の声が飛んできた。
「ああ、すまん。今行く」
箒がそういってセシリアと共にカウンターへ来るのを一夏はどこかほっとした様子で見ていた。