IS 一夏も自分も嫌い   作:ヌタ夫

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第二話 休み時間に自己嫌悪

第二話

 

 

(この状況はなんとかならないのか)

 

 一夏は一限目のIS基礎理論を終えたあとの休み時間、周りからの視線にどうしたものかと考えていた。

 

 廊下には二年と三年の生徒が教室の出入り口から一夏と優介を興味津々に見つめている。教室内の女子もいくつかのグループが遠巻きにふたりを見ている。しかし、尻込みしつつ誰かに先を越されるのが嫌なグループと話しかけようとする行動派のグループが睨み合い、絶妙な拮抗状態を作り出して話しかけてこようとしない。

 かと言って、近くの誰かに視線を合わせると目を逸らす。話しかけてくるのを待っているのだろうが、どうにも話し掛けにくい。

 

(だけど、優介がいてくれるからまだマシだな)

 

 一夏の後ろの席には中学入学時から顔なじみの蕪城優介がいる。偶然彼もISが使えることが判明しIS学園へ入学することとなった。しかも同じクラスに。中学三年になってからは、別のクラスになった事や受験勉強などの影響もありあまり合わなくなっていたが、一夏にとってはそれだけで心が救われた。もし、完全女子高のIS学園へ一人で入学することになっていたら今のこの段階で心が折れていたかもしれない。

 

 後ろの席にいる優介を見ると、そこにはいつも通りの三白眼で、不機嫌な時の自身の姉と同じように眉間に皺を寄せて仏頂面をして携帯をいじっていた。

 

(やっぱ優介もこの空気は居心地良くないのか)

 

 一夏は優介が仏頂面していたのを自分と同じでクラスの雰囲気が居心地が悪いからだと考え、仲間がいてくれたことに胸をなで下ろす。

 

「なにか用か、一夏?」

 

「いや、なんか久しぶりだな。こうやって話すの」

 

「そうだな。前はクラスも違ったし、受験があったから遊ばなくなってたからな」

 

「そうだ。今度、弾も誘って久しぶりに一緒に遊びに行かないか」

 

「あぁ、時間があったら一緒に行きたいな。ん?」

 

 話していると優介が不意に一夏の左後ろを見た。見ると、そこには釣り目で肩下まである黒髪を白いリボンでポニーテールにしている鋭い印象の少女が立っていた。

 

「箒?」

 

「……」

 

 名前で呼ばれたことに対する驚きからなのか、はたまた名前で呼ばれるのが嫌だったのか、黒髪ポニーテールの少女、かつての幼馴染、篠ノ之箒は一夏のことを睨んだ。実際は名前を覚えてもらっていたことに顔がほころびそうになり、我慢をしただけなのだが。

 

「知り合いか?」

 

「ああ、幼馴染だよ。箒って言うんだ」

 

「篠ノ之箒という、以後よろしく頼む。か、かぶ……らぎだったか?」

 

「はい、蕪城優介と言います。こちらこそよろしく」

 

 箒は優介の名前を覚えていなかった事を謝り、彼に一夏と話をしたいと告げた。

 

「自分は構いません」

 

 そう言って、再び携帯を取り出していじり始めた優介に一夏は簡単に謝り、箒と共に廊下へと向かう。出入口に陣取っていた他学年、他クラスの生徒は二人から逃げるように廊下の方方に散って行った。

 

せっかく、話をしに廊下に出て来たというのに箒は俯いたり目を泳がせ「え~」だの「その~」というばかりで話そうとしない。

 

(あ、そうか。久しぶりだか何を話そうか考えてるんだな)

 

 気を使って話題を探しているから会話に間が空くのだろうと一夏は考え、話しやすいようにこっちから話題を振ることにした。

 

「そういえば、去年の剣道の全国大会優勝したんだってな。おめでとう」

 

 箒が去年剣道の大会で優勝した事を思い出し賞賛と感嘆の念を込めた言葉を伝える。

 

「な、何故知っている」

 

「新聞の記事で読んだんだよ」

 

「なんで新聞なんてとっているのだ?!」

 

「え?!」

 

(新聞をとるのがそんなにおかしなことか?)

 

 一夏は不思議に思いながら箒を見ると、目が合うと更に顔を赤くして俯いてしまう。

 

「それにしても、六年ぶりだけどすぐに箒だってわかったぞ」

 

 一夏がそう言って自分の頭を指差すと、箒は自身のポニーテールのことだと気付き、赤い顔のまま髪をいじりだした。

 

「か、髪型が一緒だというだけでよく覚えていたな……」

 

「忘れないだろ、幼馴染なんだから」

 

 一夏にとっては幼馴染というだけで箒は大切な存在である。幼馴染の箒だからこそ忘れなかったのだが、彼女は「幼馴染だから」という言葉を聞いた瞬間、まるで何度もセリフを間違えた役者に映画監督が向けるような目を一夏に向けて睨む。

 

(……何か俺まずいことでも言ったか?)

 

 箒が睨んだ本当の意味を一夏は当然察せず、空気が悪くなった時にタイミングよく鳴ったチャイムに救われたと思いつつ、箒と共に教室へと戻る。その頃には何故睨まれたのかなど、忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一夏の野郎、話しかけんなよ)

 

 取り出した携帯をいじりつつ、今しがた再会した幼馴染に連れられて教室の外へ出た一夏へ優介は心の中で悪態をつく。休み時間はこの視線の針の筵を携帯をいじってやり過ごそうとしていたら、一夏は後ろを向いてきた。さらに注目され、理不尽だが、優介は一夏が向けた顔をぶん殴りたく思った。

 

 しかし、入学初日に謂れのない暴力を生徒に、ましてや二人だけのISを動かせる男の片割れをボクシングミットのように殴るのは、下手をすれば退学。いや、解剖標本として新たな人生を歩むことになりかねない。優介は然るべき時に誰もが納得するような理由で殴りつけようと考え、自分の理不尽な感情を抑え、そんな理不尽な感情を抱いたことに自己嫌悪した。

 

 そして、適当に話をしていると一夏の近くにまで来て、まごまごとしている娘、箒と目があった。自分の知り合いではないので、一夏の知り合いかも知れないと思っていたら案の定、彼女は一夏の知り合い、幼馴染だった。

 

(あの娘には感謝だな。一夏を廊下へ連れて行ってくれたし)

 

「ちょっと宜しくて?」

 

 これから箒が困っていた時はクラスメイトとして極力協力しようと、心に決めつつ、ニュースサイトで面白そうなニュースがないか携帯をいじっていると隣から声をかけられる。

 

(うぇ、絶対めんどくさい奴じゃないですか)

 

 携帯から目を離さずしてわかる。声音から見下している感じがわかり、返事をしたくないと思った。しかし、この手の娘は無視したら、無地のシャツについたカレーとコーヒー、トマトケチャップのシミぐらいしつこい。

 

(どうせ、「男の癖に―」とか「これだから男は―」みたいな鬱憤を俺にぶちまけてストレス発散したいんだろうな)

 

 一夏ならばきっと反発するだろうが、優介にはそんなことをする度胸は無い。あったとしても、やれば世界中とまではいかないだろうが、学園内多くの生徒に反感を持たれてしまう。反感だけならばいいが、女子のいじめは陰険である。上履き隠しに、教科書隠し、ノート隠し、机隠し、椅子隠し、神隠し。これらが起こるかも知れないと思うと優介はぞっとした。できるだけ下手に出て、波風立てないようにしていた方が無難である。

 

(いや、万人がそういう人じゃないだろう)

 

 実際、自分が好きだった娘は乱暴な物言いはしたが、差別して見下す事はしなかった。

 

「ちょっと! 聞いていますの?!」

 

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

 

 もしかしたら、今話しかけてきている娘も話し方はきついが、根は優しい人かも知れない。優介は自分が否定的な考えをしていたことに反省し、ほんの少し期待して、携帯から目を離し、彼女に顔を向ける。

 

「まあ! なんですの、その物言いは! 私に話しかけられるだけでも光栄なのですから―」

 

(だと思いましたよ。期待なんて抱くものじゃないな)

 

 案の定、優介が考えていたとおり高飛車な娘であった。一割の期待は、金属バットにフルスイングでノックされた花瓶のように砕けた。

 

「聞いてますの?!」

 

 僅かにロールしている柔らかそうな、くすみのない金髪。ややつり上がった透明度の高い青い瞳の彼女は肌の白さから一目で日本人でないとわかった。おそらく、欧米からの入学者であろう。

 

「あ、すみません。ぼーとしてました」

 

 続けて「綺麗ですね」や「あなたに見惚れていました」など言えば、少しはマシになるのではないかと優介は考えた。が、今しがた期待して砕かれたことを思い出して可能性を除去した。「キモいですわ!」と「自意識過剰乙ですわ!」、「そんな糞のようなセリフ吐いている暇あったら首吊れですわ!」など更にトラウマを自身へ植え付ける言葉が自分へ飛んでくるに違いない。一瞬でも同じ失敗をしそうになった自分に自己嫌悪する。

 

「まったく! ISを操れる男というから多少は知性があるのかと期待していましたのに、これほど愚鈍とは……私が間違っていましたわ」

 

「すみません」

 

「さっきからすみません、すみませんと言ってますが情けないと―」

 

(愚鈍でも、饂飩でいいから早くどっかいけよ)

 

 彼女が一言一言、言葉を発するたびに優介の心が傷つき始める。惨めになる。普通に道を歩いて落とし穴に落ちたように彼の気が塞ぐ。

 

「……ここまで言われて、反論もしませんの?」

 

 本当は反論したい。お前に言われる筋合いはないよと言いたい。しかし、言えば彼女だけでなくクラス中。いや、脚色された噂を信じた学園中の女子から、侮蔑と暴力に溢れた日々をプレゼントされることになる。そもそも、自分がもっとうまく言葉を交わせていれば目の前の彼女の気分を害すことはなかったかもしれない。

 

「い、いや、俺が情けないのは事実で、す、し……」

 

 悔しさと悲しさと恐怖がごちゃまぜになり、言葉が詰まり気味になる。

 

「あら、少しは自覚はありますの。多少は分をわきまえてますのね」

 

 彼女がさらに言葉を続けようと口を開いた瞬間、天から救いの音。授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

 

「もう時間ですわね。いいですか、ISを動かせるからといって調子に乗らないでくださいね」

 

 そう言うと、彼女は自分の席へと戻っていった。優介は心底ほっとした。これで、一夏が前の席へ座るとしても、彼女の嫌味を一時的にしろ聞かなくて良いのだから。

 

「席に付け。授業を始めるぞ」 

 

 先生が授業の開始を告げると、遅れて教室へ一夏が入ってきた。どうやら箒は一夏より先に教室に戻ったらしい。

 

「遅いぞ織斑」

 

 そう言うと彼の姉である千冬、織斑先生が出席簿で一夏の頭を叩く。

 

「……ご指導ありがとうございます」

 

 よほど痛かったらしく、一夏が叩かれた部分を押さえつつ、席へ着く。

 

(良い気味だ。……くそ……)

 

 優介は一夏が叩かれたのを心で嘲笑う一方で、そうやって金髪の彼女に休み時間罵られた鬱憤を晴らしていることに嫌悪する。

 

(だいたい、本音言えるように変わるんじゃなかったのかよ、俺は……)

 

 金髪の彼女に本音を言ったとしても状況を悪化させただけだったろう。しかし、それでも優介の心は晴れたかもしれない。

 

「では皆さん。教科書2ページを開いてください」

 

 副担任の山田先生が授業を始める。

 

(畜生、俺のクズ野郎……)

 

 晴れない心で自分を罵り、優介は教科書を開いて予習した授業を受ける。彼は自分で自分の傷をえぐる。

 

 彼の心の中で本当に蠢き、螺旋を描く感情に気付かないまま。

 

 

 

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