第四話
「この時間は実践で使用する各種装備の特性を解説する」
この言葉を聞いた瞬間、休み時間に勃発した一夏VSセシリアの口論による飛び火と激しい自己嫌悪によって、精神を大根おろしのように削られた優介は天にも登る気分になった。
銃器、鈍器、刃物、仕込み武器、ブースター、スラスター、追加装甲、ハイパーセンサー、システムなど様々な装備についての授業である。優介はIS自体には興味はない。試合はニュースのIS情報や、新聞のIS面というスポーツ面から派生したページで結果を知るぐらい。実際の試合を見たのはテレビで子供の頃に一、二度あるぐらい。当時、カメラワークがつまらず、眠りこけていた。
だけれど、武器については違う。小学校の時に見せてもらった父親のビデオデータのコレクションと中学からやり始めた『武装化核』というシリーズの傭兵メカアクションゲームの影響で武器にハマり、今では月刊誌でミニチュアがついてくる図鑑を定期購読するほどに興味を持っていた。人では扱うことが難しい形状、大きさ、重さでもISなら使える。そのため、まるでリアルやスーパーに関わらずロボットアニメに出てくるようなデザインの物が使用されているISの装備は優介には夢のようなデザインであった。ただし、教科書の装備関係の箇所は既に幾度となく端から端までを完全に読み終えるほど装備は好きではあるが、ISの外見は国防用の全身装甲しか好きではない。
さりとて、この授業は癒しであり心のオアシスであった。拉致されて受けさせられた合宿中では、元から容姿が良い講師だったが、彼女が女神に見えたほどである。
二時間目とは違い千冬が教壇に立つ。真耶はというと教室の端におり、持参したノートを開きいつでもメモを取れるように準備をしていた。この様子から優介は千冬の授業が生徒だけでなく、教師も参考にする質の高い授業なのだと理解し、期待はより一層高まり、千冬の姿が拉致合宿講師よりも三倍美しくみえる。
「では―」
千冬がそう言って教科書を片手に空中投影式の黒板型ディスプレイへ向く。
「ああ、その前に再来週に行われるクラス対抗戦へ出る代表を決めよう」
「クラス代表?」
(おい、ふざけんなクソアマ!今は授業の時間だろ!そんなもん放課後のHRでいいだろうが!)
千冬の発言により、彼女は優介の中では女神から、人にいちゃもんをつける迷惑ババアと同然になった。前の席に座る疑問符を上げた一夏を蹴り飛ばして千冬へ詰め寄り、床に倒れた一夏を踏みつけつつ教卓を叩いて授業をするように抗議したい優介であったが、自分にはそんな度胸はないのは百も承知である。そもそも、そんなことをすれば、これから始まる装備の授業を受けられなくなってしまう。優介はいつも通り黙っていることにした。
それに放課後のHRで決める時間がないから今やっているのだろう。さらに自分自身へそう言い聞かせ、優介はおとなしく授業が開始されるのを待つことにした。
「クラス代表とはそのままの意味だ。まぁ、クラス委員長みたいなものだ。対抗戦だけでなく、生徒会の会議への出席などをしてもらう」
優介が千冬に対して心の中で暴言を吐いていたことなど露知らず、彼女は話を続けていく。
「それと、代表の任期は一年。対抗戦は実力の推移を測るために年に二回ある。今の時点では大した差はないが、今後の努力次第で変わっていく。一応、優勝すれば特典もあるので慎重に決めろ」
(特典とか、そんなもんいらねぇから!さっさと授業始めろ!)
優介の堪忍袋は丈夫で、表情には表さないものの、苛立ちから優介が貧乏ゆすりをし始める。
「あの、特典ってなんですか?」
特典という言葉に興味を惹かれたクラスメイトの誰かが千冬へその内容が何かを問う。
「確か……学食デザートの半年フリーパス……だったか」
千冬が優勝クラスへの特典を思い出し、特典の内容をを告げると、クラスの半数以上が活気づいた。
(授業マダー、つうか質問とかスルーしろ)
しかし、そんな興奮したクラスメイトたちのことは関係なく、優介は授業の開始を望み一層、心の中で暴言を吐く。逸る気持ちから貧乏ゆすりが加速し、前の席に座っている一夏が小さな地震でも来たのかと錯覚したが、優介には関係なく、知る由もない。
「自薦他薦は問わない。好きに候補を上げろ」
千冬の言葉にクラス内の騒ぎが小さくなる。あるものは周囲の者と誰を推すか相談し、あるものは黙って周りの様子を覗っている。そして、一分も経たぬうちに手が上がり始めた。
「はい、織斑くんがいいと思います」
「はぁ?」
「私も織斑くんがいいと思います」
「はぁ?!」
その時、手を挙げた者が次々と一夏を推薦する。一夏はまさか自分が推薦されるなど考えていなかったようで、次々と推薦されていくことに驚きの声を上げる。
(あれ? なんかこの流れはヤバ気でねえか?)
そして、優介はこの状況に危機感を感じ、冷や汗を流し始めた。
自分が推薦されていない事について優介は気にしていなかった。パッとしない自分と『織斑』というネームバリュー、その場のノリ、外見と性格の良さを持つ一夏を比べた場合、一夏が推薦されるだろうと予測はしていた。それに優介はクラス代表などという面倒くさそうなことはしたくなかったので、一夏に票が集まるのはむしろありがたかった。ありがたすぎて、お礼に一夏へ顔面パンチを当社比50%増量で一発、消費税込で贈りたいほどである。
けれど、一夏の推薦を快く思わない人がこのクラス、一年一組にはいる。それを思い出した時、優介は貧乏ゆすりが止まり、体の熱が一気に引いた。そして一夏は優介の貧乏ゆすりが止まった事で地震が治まったと勘違いした。
(や、やばいって)
その快く思わない人、セシリア・オルコットの方をこっそりと伺うと、席で目を閉じて腕を組み一見大人しそうにしているが、眉をピクピクとさせて今にも声を荒らげて立ち上がりそうな様子であった。
(このままではまずい)
「はい。セシリア・オルコットさんを推薦します」
どうしたものかと悩んだ挙句、優介は椅子から立ち上がり手を挙げて、甚だ嫌ではあるが素直に彼女を推薦することにした。流石に、一人でも彼女を推薦するものがいれば、フリーパスという欲に目がくらんだ何人かが釣れられて推薦し、彼女がクラス代表になるだろうと優介は考えていた。しかし、推薦した後にクラスの大半が既に一夏を支持していることに気がつき手遅れだったと後悔した。
この推薦にクラスが静寂に包まれ、一夏とセシリアだけでなく、先ほどのセシリアの優介に対する罵倒を聞いていたクラス中が驚愕した。
「ほぉ、蕪城はオルコットを推薦するか……なぜだ?」
周りから「え、蕪城くん?なんで?」や「もしかしてセシリアさんのこと……?!」、「なら、蕪城クンってもしかしてドM?」など、優介の趣味趣向について否定したい根も葉もない無責任な会話が聞こえる中、教壇にいた千冬が他の娘には聞かなかった推薦理由をたずねた。
「えっと、先ほど彼女と話した時に入試主席と聞きましたので……一夏よりは優勝の可能性は高いと思い推薦した次第です」
(なんで俺には聞くんだよ?)
千冬が一夏を推薦した女子には聞かなかった推薦理由を尋ねてきたことに優介は困惑したが、自分の弟には何か光るものがあると信じていたり、贔屓していたりするのかもしれないと考えて、そこについては深く考えず、適当に思いついた犬が歩けば雪崩で棒が襲って来るぐらい、忍殺者が忍者を見つければ慈悲なく殺すぐらいに当たり前の理由を述べる。
「……お前はクラスを優勝させたいのか?」
「ま、まぁ……」
「なぜだ?」
(なんで、どんどん掘り下げて聞いてくるんだよ! バラエティーでもトーク番組でもねーんだぞ!)
セシリアが学年主席かどうか、彼女の実力をよく知っているのは今日会ったばかりの自分やその他のクラスメイトよりも教師である千冬の方がよく知っているはず。だからセシリアについてはそれ以上追求しなかった千冬だが、代わりになぜ優勝したいのかを聞いてきた。
「えっと……できることなら自分のクラスが優勝してくれる方がやっぱりいいですし……あとはデザートの半年フリーパスですかね……」
「ほぉ……フリーパスが欲しいのか?」
(んなわけあるか)
しどろもどろになりつつ、適当に口から苦し紛れの言葉と嘘を吐く。優介は甘い物にそこまで興味があるわけではない。食べるには食べるが、たまに食べるぐらいでいい。千冬に言った理由で本当の部分は自分のクラスが優勝してくれると嬉しいというところだけだ。流石に嘘をついてまでセシリアを推薦し続けるのは千冬とセシリアへ失礼である。けれど、もう後には引けないと思っていた優介は、周りの状況を確認せず推薦したことに対する後悔し、真剣に考えて一夏を推薦していたクラスメイトへの罪悪感を感じつつ言葉を続けた。
「あ、甘党なんです、俺……」
どうせここには知り合いは少ない。更なる罪悪感を感じつつも、嘘の理由をより尤もらしくしようと嘘を重ねた。前の席の人間の存在を忘れて。
「えっ?! お前甘い物あんまり食わないんじゃ……」
(コイツの口を縫い合わせておけばよかった!)
失敗した。自爆である。自滅である。花瓶に水が入っているか、花瓶を逆さにして覗き込んだぐらいにバカバカしい墓穴を掘った。
「結構ですわ!!」
嘘をバラした一夏に対して嫌悪感を覚える一方、嘘をついた自分が悪いのに一夏へ責任転嫁して考えている自分を疎ましく優介が思っていると、教室後方部分で一人の生徒、お嬢様風金髪ロール、セシリアが叫び、勢いよく立ち上がった。
「あなたのような、下賤で低俗な嘘つき男の推薦など願い下げですわ!!」
「え、えっと……ごめんなさい」
セシリアの方向を向き、深く頭を下げる優介であったが、頭の中では彼女について愚痴っていた。誰が下賤で低俗だ。自分はお前が逆上して一夏と口論になるのが嫌だから、クラスの空気が悪くなるのが嫌だから嫌々推薦したんだ。お前が原因なのに、なんで自分が言われなければならないんだ。優介はセシリアの言葉をひどく理不尽に感じ、口を開けば優介を傷つける彼女を憎いと感じた。
しかし、その反面で場の空気を読んだつもりになって、よく考えもせず嘘をついた事を悔やんだ。
セシリアは本当に優介がクラス代表に相応しいと思って推薦してくれたと思い、きっと嬉しかったのではないのだろうか。実は海外から一人で見知らぬ地にあるIS学園へ来て、不安と寂しさがあったのではないか。高飛車な態度であったが、心では不安に彼女は埋もれていたのかもしれない。そこに自分を照らしてくれる光が差し込んでくれば誰でも希望を持つ。けれど、優介が差し込んだのは偽りの光。安価で安っぽい光。きっと同情に思えたのかもしれない、侮辱に思えたのかもしれない。激昂するなという方が無茶だ。
(そんなつもりじゃなかったのに……)
いや、自分が授業を早く受けたいという欲求を抑えきれずに招いた結果だ。これがその結果だ。空気を読んでいたつもりで、相手の心情など理解せずにでまかせを並べて、相手を傷つけ怒らせた。
(やっちまった……畜生……)
「だいたい、技術面や文化面でも後進的な国の卑しい生まれでわたくしを推薦しようなどおこがましいですわ! こんな国で暮らしていかなければならないこと自体耐え難い苦痛ですのに―」
「いいかげんにしろよ!」
セシリアが、優介と日本を侮辱したことで一夏の堪忍袋は切れ、休み時間と同じように二人の口論が再び勃発した。優介はこの場の収集をなんとかつけようと口を開こうとした。が、今自分が行った人の気持ちを理解せずに、空気を読んだように行動して招いた結果を思い出し、言葉が出なかった。悪化させるだけかもしれない。
優介は口を閉ざし、唯々自分の勘違いと情けなさを恨みつつ、セシリアと一夏の争いを聞いているしかなかった。