第五話
「あなたのような、下賤で低俗な嘘つき男の推薦など願い下げですわ!!」
「え、えっと……ごめんなさい」
(ここまで言われて、どうして言い返さないの!)
教壇の前に座る一夏の後ろ、優介が自分の方へ向いて頭を下げるのをセシリアは腹立たしく思っていた。
彼女は女性最上主義者ではない。確かに女性は男性よりも優秀だと考えている。だが、自分が亡き親から相続した会社では性別に関係なく能力を優先しているし、社会も実力主義であるべきだとも考えている。
けれど、一夏と優介がISを動かせる男という理由だけで、何も努力せず、何の実力も持たない彼らが努力した者達をあざ笑うかのように狭き門のIS学園へ入学したことが許せない。特に彼、優介は弱々しい態度と自信の無いおどおどした雰囲気がセシリアの記憶に残っている父親と似ており、より苛立ちを覚えさせていた。彼女の母は厳格ではあったが、優しかった。当時の男性優位社会の中、いくつもの会社も経営し、母としても女性としても大成した彼女はセシリアの尊敬すべき、目指すべき憧れの人であった。けれど、それに引き換え父は入婿だったということもあり家の中では常に家族の、特に母の顔色を伺うような弱々しい人であった。そんな姿を見てきたこともあり、また母親との比較からセシリアは父親を、ひいては男を自然と下にみるようになっていた。
「だいたい、技術面や文化面でも後進的な国の卑しい生まれでわたくしを推薦しようなどおこがましいですわ! こんな国で暮らしていかなければならないこと自体耐え難い苦痛ですのに―」
「いいかげんにしろよ!」
優介だけではなく彼らの祖国である日本を蔑むセシリアにとうとう一夏がキレた。
(そうですわ、顔色を伺うのではなく、自分の思いを言い返せばいいのに)
荒々しいものの、反論してきた一夏にセシリアは自分の理想を見て、彼に対しては評価を上げた。
(なのに、あなたはどうして、そんな風に黙っていますの!)
けれど、反論した一夏とは違い、何かを言い出そうとして口を閉ざし黙ってしまった優介に対してセシリアは評価を下げ、さらに苛立ちを募らせた。
その姿に亡き父を重ねつつ。
セシリアは一度、母へ尋ねたことがある。なぜ、あんな情けない男と結婚したのか。情けない男とは結婚したくないという思考による疑問、傲慢による発言。
その時、彼女は自分の頬を初めて母に叩かれた。そして、母は凄まじい形相でセシリアを叱った。自分の父親をそういう風に言ってはいけないと。続けて母は目元に涙を溜めつつ語った。自分の思い。初めて父に出会った頃の事。両親へ紹介した時に反対された事。それから父が両親に認められ入婿として結婚できるようになった事。娘、セシリアが生まれた時の事。最近、父が自信を失い、失敗し続けている事。それを励まそうとしてうまくいかない母の事。そして、すれ違ってしまっている事。それは初めてセシリアが見る弱い母の姿であった。それからセシリアは母のそんな姿を見ないために、父親を卑下しないよう努めた。けれど、父親への不満は払拭されなかった。母を不安にさせ、泣かせた原因である父が許せなかった。
ある時、父に言ってしまった。どうして、母と釣り合いの取れるように努力しないのか、どうして、もっと自信を持って発言できないのかと聞いた。顔色を覗っているばかりの父でも激高すれば本音を言ってくれるのではないのかと思い。
けれど、彼女の父は弱々しく笑い、いつものように情けない姿で謝った。そんな父をセシリアは目的を忘れ、激しい怒りを感じ、普段の上品さとはかけ離れた荒々しい言葉で罵った。けれど何も言い返そうとしない態度に、本心ではまだ父を軽蔑していたセシリアは何故あなたが父親なのか、こんなあなたが母と未だに一緒にいるのか、あなたは母にふさわしくないと、父親に言ってしまった。「あなたなんて父親じゃない、居なくていい」と。それを聞いて彼女の父はただ「すまない」としか言わなかった。
セシリアはその言葉に怒りよりも絶望を感じた。激高して母を愛していると言って欲しかった。結果が実らないが、努力しているんだと反論して欲しかった。入婿の父親としてではなく、ただひとりの男性として母を愛しているのか聞きたかった。それを聞いて母を安心させたかった。なのに、父は語ろうとしなかった。
それから、両親は三年前、越境鉄道の横転事故に巻き込まれて亡くなった。父は二度と母への思いを語ることはなく、母は二度と父の思いを聞くことなく。
セシリアは恨んだ父を。あの時、母への思いを教えてくれれば、母へ思いを伝えていれば、もしかすれば違う未来があったかもしれないと。もしかすれば、家族全員で幸せな家庭を築けたかもしれないと。
「決闘ですわ!」
彼ら、一夏と優介は亡き父ではないし、何の恨みもない。けれど、男でISを操縦できるというだけで、努力した者を撥ね退け入学したことと、父親と共通部分を持っている言うだけで許せない。
特に蕪城優介。一時間目が終わった頃の休み時間では情けないのを自覚し悔しそうにしていた事から父とは少し違うのかもとセシリアは考えていた。だが、今の彼は生きていた頃の父と瓜二つの態度で情けない姿で謝った。
(許せないですわ……許せませんわ!)
彼女は理解している、これは八つ当たりだと。
セシリアはわかっている。こんなことをしても、どうにもならないことを。
けれど、彼女は母への思いを語らなかった父を許せない。他者を蹴落として入学した男を許せない。特に自分の期待を裏切り、父に似ている優介を許せない。
かくして、IS学園一年一組のクラス代表の選出はセシリアの八つ当たりによって、模擬戦で決めることとなった。
(勝てるわけがないだろう……クソっ)
放課後、優介は三時間目に起こったクラス代表決めでの事を思い出しつつ職員室へと向かっていた。
クラス代表は模擬戦の勝敗で決める。
発端はセシリアの決闘発言であった。一夏へクラス代表の推薦が集中した事と、優介の要らぬ気遣いによる彼女への推薦。これらが彼女の神経を逆撫でた為、怒りが頂点に達しテレビや映画、物語で良く見る貴族の高貴なタイマン勝負、決闘を優介と一夏は申し込まれた。三人のうち勝率が良かった者が勝者となりクラス代表となる。セシリアの勝手な発言であったが、一夏が了承。場の空気に飲まれた優介も嫌々了承し、担任である千冬がその条件を許可したので、正式なクラス代表決定模擬戦となった。
(あれは確かに俺がきっかけで起きたようなことだから、責任あるのはわかるが……推薦されてなかった俺も模擬戦に参戦するのは無茶苦茶だろ)
優介はこの事態を引き起こした責任の一端は自分にあると考えていたため、渋々了承した。が、よくよく考えてみれば自分はクラス代表に推薦されていなかった。今更ながら決闘を受けたことを後悔した。二つ返事で直ぐに了承した一夏が恨めしい。彼が「受けて立つ」などと、早押しクイズめいたスピードで間抜けな回答をしなければ、クラスの空気は優介に決闘を受けることを望む空気にはならなかったはずだ。
(だいたい、ド級素人やド素人が代表候補生と戦うとか、結果わかるだろ)
拉致されて受けさせられた合宿で優介はそれを嫌というほど体に覚え込まされた。IS訓練での試合ではIS搭乗者への、特に生身が露出している部分への攻撃を戸惑っていたこともあり、ISだけでなく心も体もゴミに出す前のボロ雑巾のようになるまでボコボコのボロボロにされた。最終日には、訓練と矯正によりIS搭乗者に対しての攻撃はできるようになっていたが、ISの動かし方が素人の優介は相変わらずギッタンギッタンのメッタンメッタンのケッチョンケッチョンにされるだけであった。
それほどまでに国家代表候補生は強い。ちょっと、ISについて学んだ程度の人間では決して勝つことはできない。いや、一夏はまだ良い。専用機を用意されるのだからそこそこは戦えるだろう。けれど、流石にコアの都合が付かなかったらしく学園訓練機で対戦する優介はきっと原型を留めない程にボコボコにされるのは確実だ。
そんなことを考えているといつの間にか職員室前の廊下へと着いていた。
初めてで校舎の中はうろ覚えなのによく着いたなと自分に驚きつつ、優介は扉の前に立とうとして、やはりこのまま職員室へ行ったら千冬へ棄権することを伝えようかと考え、足を止めた。
(けど、ここで逃げたら気まずくなるだろうし、今までと同じままだ。変わるためには……やるしかないよな)
なぜ、実力差が大きく、結果が見えている試合を千冬がわざわざさせるのかは理解できなかったが、だからと言って今棄権すれば一夏やセシリア、ひいてはクラス中から白い目で見られる。それに自分は変わると決めたはずだ。例え、無駄とわかっていることでも折角の機会だから精々自分なりに悪あがきをしてみよう。どうせ負けるとわかっているなら訓練かなにかだと思えばいい。
そして、今の自分から変わるのだ。
優介はそう考えると、胸の中にあった決闘を勝手に受けた一夏に抱いていた怒りを振り払い、さっきまでクラス代表決め模擬戦に思っていたネガティブな考えを忘れて扉の前へと立った。
「失礼します」
昨今でも目新しい自動扉が圧縮空気の抜ける音と共に開く。職員室内に足を踏み入れると雑務に追われている教員達からまるで水族館で初めてシーラカンスを目の当たりにしたような好奇の目を向けられた。優介は踵を返して職員室から立ち去りたい衝動にかられたが、ここは堪え、早く視線から解放されるために目的の人物、千冬を探す。けれど職員室を見渡してもいない。近くの席に座っていた教師に聞くと、どうやら所用で学園から出かけたらしい。
(がーんだな。出鼻をくじかれたな)
まるで、出先での食事が唯一楽しみな輸入雑貨を扱うどこかの個人商人染みた感想を思い浮かべながら、どうしたものかと考える優介に教師は一年一組の事だったら副担任の山田先生が居るからそちらに話をしてはどうかと言って、彼女がいる席を指差す。優介はその指を綺麗だなと思いつつ、その指し示す方を見ると、並べられた教職員用のデスクの一つに手元の書類を見て唸っている小動物のようなオーラを醸し出す真耶を見つけた。教えてくれた教師にお礼を言うと彼女の元へと向かった。
「山田先生、お疲れ様です」
「か、蕪城くん。ど、どうかしましたか?」
書類を見ていた真耶へと声をかけると少し驚いたように手元の書類を彼女は隠した。
「はい、訓練機を借りたいのですが、どうすればいいでしょうか?」
慌てた様子の真耶に優介は疑問を持ったが、きっと機密書類でも見ている時に自分が来てしまったから慌てているのだろうと思い、彼女に申し訳ないと思いつつ話を始めた。
「ああ、それなら総合事務受付に行って書類をもらってください。必要事項を記入した物を提出して学園から許可が降りれば借りることができますよ」
「許可ってどれぐらいで降りるものなんですか?」
「普通なら許可が下りるまでに1日から3日程度掛かりますけど、学園の上層部から蕪城君には優遇して訓練機を貸し出すよう通達が来ているから貸出申請した次の日には借りられると思いますよ」
(ならすぐにでも、申請してきたほうがいいか)
優介は借りられるのならば借りたかったと不満を抱いたが、申請した次の日に借りられるように優遇措置を取ってくれた学園へ感謝した。
「そうですか。ありがとうございます」
「あ、あ、あの待ってください」
実は申請方法は学生手帳に記されている事を真耶に教えられ、恥ずかしさを誤魔化すためにすぐさま総合事務受付へと向かおうとする優介を真耶は引き止めた。それはまるで魔王へ宣戦布告した勇者のような意を決した様子であった。
「あ、あのね、きゅ、急遽、織斑君と蕪城君の入寮が決まったんだけど……」
(ああ、そういえば政府の人が言ってたな)
優介は拉致合宿最終日に政府関係者らしき人から入寮が決まっていると知らされていた。事前に知らされていたことなので別段驚かなかった。けれど、続きを言い淀む真耶に優介は首をかしげた。
「どうかしたんですか?」
「え、えっと……ご、ごめんなさい!!」
何が原因で言い淀んでいるか見当がつかなかったので、なるべく優しく声をかけた優介に対して真耶は何故か涙目になりながら大声で謝り、職員室の空気を凍りつかせ、優介の背筋を冷え上がらせた。