異世界料理人   作:孤独なバカ

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閑話 剣姫

先手は、光輝だった。

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

曲線状の光の斬撃がベヒモスに轟音を響かせながら直撃する。以前は、〝天翔閃〟の上位技〝神威〟を以てしてもカスリ傷さえ付けることができなかった。しかし、いつまでもあの頃のままではないという光輝の宣言は、結果を以て証明された。

 

「グゥルガァアア!?」

 

 悲鳴を上げ地面を削りながら後退するベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が走り、赤黒い血を滴らせていたのだ。

 

「いける! 俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、雫と龍太郎は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備! 上級を頼む!」

 

 光輝が矢継ぎ早に指示を出す。メルド団長直々の指揮官訓練の賜物だ。

 

「ほぅ、迷いなくいい指示をする。聞いたな? 総員、光輝の指揮で行くぞ!」

 

 メルド団長が叫び騎士団員を引き連れベヒモスの右サイドに回り込むべく走り出した。それを期に一斉に動き出し、ベヒモスを包囲する。前衛組が暴れるベヒモスを後衛には行かすまいと必死の防衛線を張る。

 

「グルゥアアア!!」

 

 ベヒモスが踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

 

「させるかっ!」

「行かせん!」

 

クラスの二大巨漢、坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いた。

 

「「猛り地を割る力をここに! 〝剛力〟!」」

 

 身体能力、特に膂力を強化する魔法を使い、地を滑りながらベヒモスの突進を受け止める。

 

「ガァアア!!」

「らぁあああ!!」

「おぉおおお!!」

 

 三者三様に雄叫びをあげ力を振り絞る。ベヒモスは矮小な人間ごときに完全には止められないまでも勢いを殺され苛立つように地を踏み鳴らした。

その隙を他のメンバーが逃さない。

 

「全てを切り裂く至上の一閃 〝絶断〟!」

 

 雫の抜刀術がベヒモスの角に直撃する。魔法によって切れ味を増したアーティファクトの剣が半ばまで食い込み切断する

雫は体から力がみなぎってくることを感じていた

隼人を救うために雫は決意していた

 

「ここで負けるわけにはいかないのよ。」

 

実はこの瞬間雫の天職が上位職でもある、剣姫になっていた。技能は二倍近くに増え、ステータスに限っては五倍以上の力を出せるようになっていたのだ。まぁもちろん技能に恥ずかしいことを大量に書かれていて、雫が項垂れることになるのだがそれは王都に戻ってからの話である。

 

「ガァアアアア!?」

 

角を切り落とされた衝撃にベヒモスが渾身の力で大暴れし、永山、龍太郎、メルド団長の3人を吹き飛ばす。

しかし雫は先読により回避に成功しさらに追撃をかけていた

 

「舐めないで。」

 

雫の剣筋は初心者や知識のないものでも認めるくらいの美しく綺麗な剣筋で目の前の敵を蹴散らしていく。

 

「優しき光は全てを抱く 〝光輪〟!」

 

 衝撃に息を詰まらせ地面に叩きつけられそうになった三人を光の輪が無数に合わさって出来た網が優しく包み込んだ。香織が行使した、形を変化させることで衝撃を殺す光の防御魔法だ。

 香織は間髪入れず、回復系呪文を唱える。

 

「天恵よ 遍く子らに癒しを 〝回天〟」

 

 香織の詠唱完了と同時に触れてもいないのに3人が同時に癒されていく。遠隔の、それも複数人を同時に癒せる中級光系回復魔法だ。

光輝が突きの構えを取り、未だ暴れるベヒモスに真っ直ぐ突進した。そして、先ほどの傷口に切っ先を差し込み、突進中に詠唱を終わらせて魔法発動の最後のトリガーを引く。

「〝光爆〟!」

 

聖剣に蓄えられた膨大な魔力が、差し込まれた傷口からベヒモスへと流れ込み大爆発を起こした。

 

「ガァアアア!!」

 

 傷口を抉られ大量の出血をしながら、技後硬直中の僅かな隙を逃さずベヒモスが鋭い爪を光輝に振るった。

 

「ぐぅうう!!」

 

 呻き声を上げ吹き飛ばされる光輝。爪自体はアーティファクトの聖鎧が弾いてくれたが、衝撃が内部に通り激しく咳き込む。しかし、その苦しみも一瞬だ。すかさず、香織の回復魔法がかけられる。

 

「天恵よ 彼の者に今一度力を  〝焦天〟」

 

 先ほどの回復魔法が複数人を対象に同時回復できる代わりに効果が下がるものとすれば、これは個人を対象に回復効果を高めた魔法だ。光輝は光に包まれ一瞬で全快する。

ベヒモスが、光輝が飛ばされた間奮闘していた他のメンバーを咆哮と跳躍による衝撃波で吹き飛ばし、折れた角にもお構いなく赤熱化させていく。

 

「……角が折れても出来るのね。あれが来るわよ!」

 

 雫の警告とベヒモスの跳躍は同時だった。ベヒモスの固有魔法は経験済みなので皆一斉に身構える。しかし、今回のベヒモスの跳躍距離は予想外だった。何と、光輝達前衛組を置き去りにし、その頭上を軽々と超えて後衛組にまで跳んだのだ。大橋での戦いでは直近にしか跳躍しなかったし、あの巨体でここまで跳躍できるとは夢にも思わず、前衛組が焦りの表情を見せる。

 だが、後衛組の一人が呪文詠唱を中断して、一歩前に出た。谷口鈴だ。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず 〝聖絶〟!!」

 

 呪文の詠唱により光のドームができるのとベヒモスが隕石のごとく着弾するのは同時だった。凄まじい衝撃音と衝撃波が辺りに撒き散らされ、周囲の石畳を蜘蛛の巣状に粉砕する。

 しかし、鈴の発動した絶対の防御はしっかりとベヒモスの必殺を受け止めた。だが、本来の四節からなる詠唱ではなく、二節で無理やり展開した詠唱省略の〝聖絶〟では本来の力は発揮できない。実際、既に障壁にはヒビが入り始めている。天職〝結界師〟を持つ鈴でなければ、ここまで持たせるどころか、発動すら出来なかっただろう。鈴は歯を食いしばり、二節分しか注げない魔力を注ぎ込みながら、必死に両手を掲げてそこに絶対の障壁をイメージする。ヒビ割れた障壁など存在しない。自分の守りは絶対だと。

 

「ぅううう! 負けるもんかぁー!」

 

障壁越しにベヒモスの殺意に満ちた眼光が鈴を貫き、全身を襲う恐怖と不安に、掲げた両手が震える。弱気を払って必死に叫ぶ。鈴だって雫にだって負けてはいないくらいの強い気持ちを持っている。次第に強度が増していき鈴の障壁は破られることはなかった

そして遂に、ベヒモスの角の赤熱化が効果を失い始めた。ベヒモスが突進力を失って地に落ちる。同時に、鈴の〝聖絶〟も消滅した。

 

「後衛は後退しろ!」

 

 光輝の指示に後衛組が一気に下がり、前衛組が再び取り囲んだ。ヒット&アウェイでベヒモスを翻弄し続け、遂に待ちに待った後衛の詠唱が完了する。

 

「下がって!」

 

 後衛代表の恵里から合図がでる。光輝達は、渾身の一撃をベヒモスに放ちつつ、その反動も利用して一気に距離をとった。

その直後、炎系上級攻撃魔法のトリガーが引かれた。

 

「「「「「〝炎天〟」」」」」

 

術者五人による上級魔法。超高温の炎が球体となり、さながら太陽のように周囲一帯を焼き尽くす。ベヒモスの直上に創られた〝炎天〟は一瞬で直径八メートルに膨らみ、直後、ベヒモスへと落下した。

 絶大な熱量がベヒモスを襲う。あまりの威力の大きさに味方までダメージを負いそうになり、慌てて結界を張っていく。〝炎天〟は、ベヒモスに逃げる暇すら与えずに、その堅固な外殻を融解していった。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

 ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。いつか聞いたあの絶叫だ。鼓膜が破れそうなほどのその叫びは少しずつ細くなり、やがて、その叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていった。

 そして、後には黒ずんだ広間の壁と、ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけが残った。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」


皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。その声にようやく勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。メルド団長達も感慨深そうだ。そんな中、未だにボーとベヒモスのいた場所を眺めている香織に雫が声を掛けた。

 

「香織? どうしたの?」

「えっ、ああ、雫ちゃん。……ううん、何でもないの。ただ、ここまで来たんだなってちょっと思っただけ」

 

 苦笑いしながら雫に答える香織。かつての悪夢を倒すことができるくらい強くなったことに対し感慨に浸っていたらしい。

 

「そうね。私達は確実に強くなってるわ」

「うん……雫ちゃん、もっと先へ行けば南雲くんも……」

「それを確かめに行くんでしょ?私だって隼人のことを探しにいくために頑張っているんじゃない」

「えへへ、そうだね。雫ちゃんも隠すつもりはないの?」

「ないわよ……だって隼人には優花がいるからそれなりの覚悟が必要になるのよ。隼人が私のことを選んでくれる可能性は低いわ。……でもせっかくの初恋なんだもん。私だって鈴や恵里みたいに隼人の隣に立ちたいのよ。」

 

香織は驚いたように雫を見る。隼人の隣にはいつも優花がいることを知っているし、隼人も優花のことがおそらく好きなんだろう。もしかしたら奈落で落ちてからもう付き合っているかもしれない。香織にはそんな不安があったのだが

しかし雫は諦める気はさらさらないようだ。

前までの雫であれば隼人のことを諦めていたのかもしれない

それでも。もし隼人が優花のことを特別だと思っていても、雫は特別を取りにいくつもりだった。

隼人は雫にとって初めて守ってもらった人間だったのだ。言葉だけじゃなく。行動で。私たちを守ってくれた

雫の頰を赤く染まっており、香織でさえちょっとドキっとしてしまうほどに魅力的だった

 

もう少し早く気持ちに気がついていたらよかったわ。

 

雫はそんなことを思いながら香織を見る

 

「あと三十五層よ。頑張りましょう。」

「うん。待ってて南雲くん。」

 

恋に浮かれる二人は未だ知らない。

再会するときはまた守られる立場であることを

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