「えへへ、うへへへ、くふふふ~」
同行を許されて上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた。
「きめぇ」
「……確かにキモい」
隼人がポツリと呟く、それに同意するユエ。
「……ちょっ、キモイって何ですか! キモイって! 嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。何せ、隼人さんがデレたんですよ? 見ました? 最後の表情。私、思わず胸がキュンとなりましたよ~、これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~」
「……」
無言で宝物庫からガンランスを取り出す隼人、するとゾッとしたような顔をシアが優花の後ろに隠れる。
「あ、あの?それは?」
「俺のメイン武器だよ。これでシアの頭をぶん殴ったら少しはその残念な頭が治るんじゃないかと思ってな。」
「…ちょ!さすがに死にますって優花さ〜ん」
「隼人落ち着いて。さすがに私も今のは思うことがあるのだけど」
「優花さん!?」
「「……ウザウサギ」」
「んなっ!? 何ですかウザウサギって! いい加減名前で呼んでくださいよぉ~、旅の仲間ですよぉ~、まさか、この先もまともに名前を呼ぶつもりがないとかじゃあないですよね? ねっ?」
「「……」」
「何で黙るんですかっ? ちょっと、目を逸らさないで下さいぃ~。ほらほらっ、シアですよ、シ・ア、りぴーとあふたみー、シ・ア」
必死に名前を呼ばせようと奮闘するシアを尻目に今後の予定について話し合いを始めるハジメとユエ。それに「無視しないでぇ~、仲間はずれは嫌ですぅ~」と涙目で縋り付くシア。
「……なんというかやっぱり残念だな」
「隼人、それは女の子に言ったらダメだと思うよ」
隼人が呆れたようにしているとシアが文句を言おうとした時だった。霧をかき分けて数人のハウリア族が、ハジメに課された課題をクリアしたようで魔物の討伐を証明する部位を片手に戻ってきた。よく見れば、その内の一人はカムだ。
シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後に会っていなかったのだ。
「……ねぇ?隼人何かおかしくない?」
「ん?」
優花の言葉に隼人も気づく。そういえば騒がしかったハウリア族がこんなに静かでいること自体がおかしい。
早速父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ、しかし、シアは話しかける寸前で発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がついたからだ。
歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線をハジメに戻した。そして……
「ボス。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」
「ボ、ボス?と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」
父親の言動に戸惑いの声を発するシアをさらりと無視して、カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。
「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」 「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」
「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」
「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」
「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」
「見せしめに晒しとけばよかったか……」
「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」
……えっと、どういうことだ?
理解が追いつかず俺と優花は顔を見合わせる。お互いに訳がわからないよと言いたげな表情だ。
それを呆然と見ていたシアは一言、
「……誰?」
「ど、どういうことですか!? ハジメさん! 父様達に一体何がっ!?」
「お、落ち着け! ど、どういうことも何も……訓練の賜物だ……」
「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!? 完全に別人じゃないですかっ! ちょっと、目を逸らさないで下さい! こっち見て!」
「……別に、大して変わってないだろ?」
「貴方の目は節穴ですかっ! 見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか! あっ、今、ナイフに〝ジュリア〟って呼びかけた! ナイフに名前つけて愛でてますよっ! 普通に怖いですぅ~」
さすがにこればっかりは同情してしまう、どうしてこうなったと言いたがったが隼人はグッと堪え聞いた。
「あの〜カムさんなんですよね?」
「どうした?疾風の料理人殿」
「本当にどうした!!」
隼人は頭を押さえ、優花は言葉がでないのか口をぱっくり開けている。
「父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」
縋り付かんばかりのシアにカムはギラついた表情を緩め、前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。
だが…
「何を言っているんだシア? 私達は正気だ。ただ、この世の真理に目覚めただけさ、ボスのおかげでな」
「し、真理? 何ですか、それは?」
嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。
「この世の問題の九割は暴力で解決できる」
「やっぱり別人ですぅ~! 優しかった父様はもう死んでしまったんですぅ~、うわぁ~ん、はやとさ〜ん」
「……あ〜うん、大丈夫か?」
「うん、後からハジメにちゃんとお説教するから。元気だして」
さすがにかわいそうになってきて抱き寄せ頭を撫でてやる。優花も同じようにシアの頭を撫でている。
すると少年はスタスタとハジメの前まで歩み寄ると、ビシッと惚れ惚れするような敬礼をしてみせた。
「ボス! 手ぶらで失礼します! 報告と上申したいことがあります! 発言の許可を!」
「お、おう? 何だ?」
少年の歴戦の軍人もかくやという雰囲気に、今更ながら、シアの言う通り少しやり過ぎたかもしれないと若干どもるハジメ。少年はお構いなしに報告を続ける。
「はっ! 課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族と土人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」
「あ~、やっぱ来たか。直ぐに来るかと思ったが……なるほど、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの……で?」
「はっ! 宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」
「う~ん、カムはどうだ? こいつはこう言ってるけど?」
話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷いた。
「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」
族長の言葉に周囲のハウリア族が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。自分の武器の名前を呼んで愛でる奴が心なし増えたような気もする。シアの表情は絶望に染まっていく。
「……出来るんだな?」
「肯定であります!」
最後の確認をするハジメに元気よく返事をしたのは少年だ。ハジメは、一度、瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。
「聞け! ハウリア族諸君! 勇猛果敢な戦士諸君! 今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する! お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない! 力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる最高の戦士だ! 私怨に駆られ状況判断も出来ない〝ピッー〟な熊共にそれを教えてやれ! 奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん! 唯の〝ピッー〟野郎どもだ! 奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ! 生誕の証だ! ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」
「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」
「答えろ諸君! 最強最高の戦士諸君! お前達の望みはなんだ!」
「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」
「お前達の特技は何だ!」
「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」
「敵はどうする!」
「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」
「そうだ! 殺せ! お前達にはそれが出来る! 自らの手で生存の権利を獲得しろ!」
「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」
「いい気迫だ! ハウリア族諸君! 俺からの命令は唯一つ! サーチ&デストロイ! 行け!!」
「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」
「うわぁ~ん、やっぱり私の家族はみんな死んでしまったですぅ~」
「ハジメ、あなた闇魔法も使わず洗脳したの?」
優花の言う通りだと思った。さすがにこれは洗脳だと思われてもしかたがない。
ハジメの号令に凄まじい気迫を以て返し、霧の中へ消えていくハウリア族達。温厚で平和的、争いが何より苦手……そんな種族いたっけ? と言わんばかりだ。変わり果てた家族を再度目の当たりにし、崩れ落ちるシアの泣き声が虚しく樹海に木霊する、流石に見かねたのか隼人、優花、ユエがポンポンとシアの頭を慰めるように撫でている。
しくしく、めそめそと泣くシアの隣を少年が駆け抜けようとして、シアは咄嗟に呼び止めた。
「パルくん! 待って下さい! ほ、ほら、ここに綺麗なお花さんがありますよ? 君まで行かなくても……お姉ちゃんとここで待っていませんか? ね? そうしましょ?」
どうやらまだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしているらしい。傍に咲いている綺麗な花を指差して必死に説得している。
シアの呼び掛けに律儀に立ち止まったお花の少年もといパル少年は、「ふぅ~」と息を吐くとやれやれだぜと言わんばかりに肩を竦めた。まるで、欧米人のようなオーバーリアクションだ。
「姐御、あんまり古傷を抉らねぇでくだせぇ。俺は既に過去を捨てた身、花を愛でるような軟弱な心はもう持ち合わせちゃいません」
「ふ、古傷? 過去を捨てた? えっと、よくわかりませんが、もうお花は好きじゃなくなったんですか?」
「ええ、過去と一緒に捨てちまいましたよ、そんな気持ちは」
「そんな、あんなに大好きだったのに……」
「ふっ、若さゆえの過ちってやつでさぁ」
ついでにこの少年は今年十一歳とのことだ。
「それより姐御」
「な、何ですか?」
〝シアお姉ちゃん! シアお姉ちゃん〟と慕ってくれて、時々お花を摘んで来たりもしてくれた少年の変わりように、意識が自然と現実逃避を始めそうになるシア。パル少年の呼び掛けに辛うじて返答する。しかし、それは更なる追撃の合図でしかなかった。
「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました。今はバルトフェルドです。〝必滅のバルトフェルド〟これからはそう呼んでくだせぇ」
「誰!? バルトフェルドってどっから出てきたのです!? ていうか必滅ってなに!?」
「おっと、すいやせん。仲間が待ってるのでもう行きます。では!」
「あ、こらっ! 何が〝ではっ!〟ですか! まだ、話は終わって、って早っ! 待って! 待ってくださいぃ~」
「……これはひどい」
さすがに隼人はかわいそうすぎてシアを抱きしめる。わんわん泣くシアを抱きしめて慰めている間ハジメの方をジト目で見ると目をそらしていたのだが優花に捕まり正座で説教を受けていた。
しばらくの間優花の叱る声とシアのすすり泣く音だけが響いていた。