「暇だな。」
「……何よ突然。」
不意に呟いた言葉に優花は反応する
「いや。ずっと同じ景色だろ?さすがに暇すぎてあくびがでてくるんだよ。」
「あ〜まぁ確かにそうだけど。でも今更じゃない?」
「じっとしているの苦手なんだよ。ぶっちゃけ空飛んだ方が早いし。重力魔法で余計に空中戦は得意になったからな。」
整備されてない道をスポーツカーとバイクが通り去る。もちろん隼人たちでありバイクで走っているのはユエとハジメである
かつてライセン大峡谷の谷底で走らせた時とは比べものにならないほどの速度で街道を疾走している。時速八十キロは出ているだろう。魔力を阻害するものがないので、魔力駆動二輪も本来のスペックを十全に発揮している。
「まぁ、このペースなら後一日ってところだ。我慢しろよ。」
「分かっているっつーの。てか少しばかり変化があってもいいのに。」
「なんか最近毒を吐くようになったわね。」
「……少しくらい愚痴をこぼしたくもなるよ。」
「まだ豚にイラついているのかお前は。」
「……悪いかよ。」
ハジメはため息を吐く。シアは気持ちよくてさっき睡眠に入ったばかりだった
「お前ないつものお前はどこにいったんだよ。」
「…ん〜こっちが結構素だったりするんだよなぁ。俺結構根に持つタイプだし。」
「……意外。」
「ストレスを人前で出さないのは基本だろ?……正直お前らに隠していても意味ないだろうし素でいた方がいいだろうが。」
俺は運転しながらため息を吐く。
「てかあれからまだ三ヶ月しか経ってないんだよな。」
「……俺からしたらもう三ヶ月なんだよなぁ。」
「あれ?そうなの?」
「……なんというか結構楽しいんだよなぁ。この世界に来てから色々トラブルや死にかけたこともあったけど結局俺もハジメも優花も暮らし自体は別に問題ないだろ?正直簡略式だけど自分の店を出したりしたし結構充実してたし。ぶっちゃけこっちに来た意味もあったんじゃないかって思ってな。」
すると二人は納得した様子らしい。
「確かに責任感や自由ということだったらこっちの世界の方がいいかもな。シアやユエに会えたのもこの世界に来たからだしな。」
「……そうね、キャサリンさんやユンケルさんとも会えたし。地球に戻っても付き合いが続けばいいんだけど。」
「付き合いは続かせるさ。こっちの世界とあっちの世界で守るものがある。……こっちの世界にも大切というものができたんだしな。」
と隼人の声に二人も頷く。
目的の地ウルに着くまでは後もう少しだ。
「……はぁ。今日も目撃証言はなしか。」
とぐったりしている前髪が長くため息をつく男子がバツマークを付ける。恐らく男子生徒の中で隼人がハジメの次に仲がよかった清水幸利である。
実は奈落に隼人が落ちた後真っ先に行動したのが幸利だったりする。
隼人がこの世界に来てから明らかにおかしい動きをしていたことにも気づいていた。隼人が善人ではないというのを恐らく一番知っている人物こそがこの幸利である。
内面の腹黒さ。敵対してからの恐ろしさを一度体験している幸利は二度と隼人を裏切ったら社会的に抹殺されることを身をしみて分かっていた。何故なら幸利は社会的に潰された隼人を想っているクラスメイトの親の末路を知っているからである。
しかし基本的には優しいので基本的には怒らないし自分のことを蔑ろにしている節があるんだが、友達に手をかけると本当に怖いのである。
隼人が生きている。それはほとんど確定事項だと思っていた。
あいつが檜山を抹殺するために奈落から這い上がってくることも。
だからオルクスの大迷宮の方ではなく愛子の護衛を名乗り出たのだ。絶対に一番にあって檜山を殺させないようにしないといけない。
「清水くん。大丈夫ですか?須藤くんたちが奈落に落ちてから全く寝ていませんが。」
「大丈夫だ。問題ない。」
「そこでネタに走るあたり隼人くんの影響かな?」
と愛子と宮崎奈々が幸利を励ます。当たり前だ。今の幸利の目には目の隈が目立つ。
腹黒さを知りながらも幸利は隼人を探し続ける。当たり前だ。隼人は親友だ。理由はそれだけでいい。
親友を探すことに理由なんていらないのだから。
…清水ってこの世界に来て少し変わったよな
これがクラスメイトが幸利に最初に思ったことだった。
隼人と仲がいいといっても隼人がいつものメンバーといえば恵里。鈴、ハジメ時々優花といったメンバーだろう。実際隼人自身もそう思っているし、他の人もそう感じていた。しかし隼人の内面を一番知っているのは幸利である。実際隼人が遊びに行く家は幸利の家くらいであろう。
隼人の幸利の評価は結構高い。元々寡黙であるために分からないが思考や発想力はかなり優秀である。
だからうまく使い、使われていたのだ。お互いに利用しあっていることがわかっている
「てか隼人くんも凄いよね。クラスのほとんどを落としてるよね。」
「でも隼人くんって優花のこと好きなんですよね?もしかしたら付き合っているのかも。」
「それじゃあ雫ちゃんや恵里ちゃん達はどうするんだろう。」
「……どうせあいつのことだから断れないで同時に付き合うんじゃないのか?こっちの世界じゃ重婚できるし。」
「……へ?」
と愛子は幸利の発言にキョトンとする
「隼人の悪いところをあげるとするならば、責任感が強いところだろう。あいつ簡単に人を斬り捨てたりするクセに構った奴らにはとことん甘いからな。それに周囲が見えすぎている点も悪い点だろうな。見えすぎて気を使いすぎているところだろ。」
「……」
「あいつは責任感を重視するからな。今回も爪痕をしっかり残した。これだけであいつにとったら勝ちなんだよ。人の気持ちなんか考えもしないで人を救っていく。あいつのそういうところが本当に羨ましいんだよ」
とかなり毒を吐く幸利に二人は苦笑する。今回このウルに来たのはこの三人だけだ。
残りの元優花パーティーの三人はオルクスの大迷宮を攻略していて万が一そっちに隼人や優花たちがいたならば速達で伝えるようになっている。
そんな話をしているもとへ、六十代くらいの口ひげが見事な男性がにこやかに近寄ってきた。
「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」
「あ、オーナーさん」
愛子達に話しかけたのは、この〝水妖精の宿〟のオーナーであるフォス・セルオである。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。
「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」
愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んだ。しかし、次の瞬間には、その表情を申し訳なさそうに曇らせた。何時も穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情だ。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目した。
「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」
「えっ!?どうしたんですか?」
愛子が驚いたように問い返した。
「申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」
「あの……不穏っていうのは具体的には?」
「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね……」
愛子が眉をしかめる。他の皆も若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは、「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。
「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な〝金〟クラスの冒険者がリストアップされていた。
愛子達が、デビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、入り口の方から声が聞こえ始めた。それに反応したのはフォスだ。
「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。〝金〟に、こんな若い者がいたか?」
「ん?この声どこかで。」
と奈々がまず反応する。そして声はやがて鮮明になっていく
「愛ちゃんいた?」
「いないな。豊穣の女神様って聞いてもダメだ。てかあれ宗教だろ。思いっきり愛ちゃん信仰されているじゃねーか。」
「なんでそっちで聞いているんだよ。」
「俺に食神なんてつけあがった愛ちゃんなんて俺たちみたいに被害を受けるべきではないかと思うんだ。」
「もう隼人さん子供っぽいですよ。」
「元からこんなんだぞこいつ。」
「オムライスとか好きだもんね。」
「優花もカレー好きだからどっこいどっこいだろ。」
「カレーおいしいじゃん。」
「……カレーって何?」
と聞き覚えのある声が聴こえてくる。愛ちゃん。豊穣の女神。それってと思い何よりも早く飛び出したのは奈々だった。
「えっ?宮崎さん?」
「隼人くん!!優花!!」
「「えっ!?」」
するとその声に反応して二人が反応する。
「……って宮崎?なんでお前。」
「奈々?なんであんたここにいるのよ!!」
と隼人達は驚いたように奈々を見るとそれと同時に隼人たちに走っていく
「って隼人じゃん。ハジメと園部もいるじゃん。」
「おっ。幸利もいるじゃん。ってハジメってわかるの?」
「いやどう見ても厨二病みたいな格好しているだろ?こんなの異世界でも見たことないしな。」
「……おい。清水。」
「否定できないな。てかお前驚いてないのか?」
「いや。驚いているけど。なんとなくさっきの流れがテンプレだったからな。」
「……テンプレで俺らって分かるのか。」
隼人の最もな指摘に優花も頷く。声ではなくテンプレで隼人たちだと分かったのは後にも先にもこいつくらいだろう。
「須藤くん!!園部さん!!南雲くん!!」
「「愛ちゃん!!」」
「久しぶりだな先生。」
とどうやらほっこりとした流れができる。
隼人自身とりあえず三人が生きていてよかったと息を安堵の息をついたのであった。