ありふれない生まれで、世界観光   作:ぴんころ

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第一話

 その日、聖教教会の教皇であるイシュタル・ランゴバルドは歓喜の叫びと共に目覚めた。

 そして、その叫びは教会の中の一室、教皇に与えられることになっている部屋の外どころか本山にある教会全体に響き渡り、そこに努める神父、騎士、あらゆる人間をぎょっとさせる。

 そうして部屋から飛び出した、教皇の普段は決して見られない姿に一体何事か、と皆は思うのだがそれらも全て無視して、彼は教会から飛び出し、一直線にとある場所へと向けて走り出した。

 それは、教会の重要人物が護衛もつけずに年も考えずにどことも知れぬ場所へと向かう姿にしか見えない教会関係者を慌てさせるには十分な出来事で、だからこそ編隊を組むこともなく手の空いている者たちがその後を追いかける。

 

 追いかけた者たちは、その追いかけるという判断をした自分のことを一生誇った。

 追いかけなかった者たちは、その日どうして追いかけなかったのか、と一生自分の判断を悔やむことになった。

 

 追いかけたその先で、彼らは一つの奇跡を見た。

 

 イシュタルが、神の啓示を受け取る教皇が、神の啓示によって指定された場所にて、一人の赤子を拾ったという奇跡を。

 

 それは、戦争が激化し、たった一人の奮戦ではどうしようもなくなったことで異世界から勇者が召喚される18年ほど前のことだった。

 

 

 

 

「マルドゥク。今日もお勉強しましょ?」

 

 我輩は転生者である。

 転生者によくあるパターンの生まれた時から自意識があるタイプではなく、もう一つのよくあるパターンである中途で前世の知識だか人格だかがインストールされるタイプ。

 地球ではない世界のくせに育ての親と揃って地球の神話の神……それも両方同一の神話から持ってきているという謎な事態ではあるのだが、今はそんなことはどうでもいい。

 ただ、どうやら自分は”転生者”という以外の部分で普通の子供ではなさそうだ、ということを理解したのが数日前のことである。

 

「ねえ、聞いてるのマルドゥク?」

 

「ああ、うん、聞いてるよヌル」

 

 わずかにウェーブのかかった碧銀の髪を揺らし碧眼でこちらを見つめてくる少女、ヌル。

 彼女が持って来た本は、どう考えても四、五歳程度の見た目である彼女……ひいては自分が持つには重たいだろう分厚い本。

 けれど彼女はまるで重さを感じている様子はなく、それどころかまるで当然であるかのようにその本を空中に浮かせ、吹いた風がページをめくる。

 

「昨日は確かここまで教えたのよね?」

 

 ピタリと、風が吹きやんだ時点で開かれたページは、まさしく昨日の勉学の範囲の最終ページ。

 これは当然のことでない。

 だが同時に、自分はまず大前提として”魔法がある”ということだけは知っている。

 ただ、その魔法というのは”魔法陣を用意して””長々とした詠唱を行なって”初めて使用できるものであるのだ。

 それを、魔法陣も詠唱もなしに行えるという時点でヌルは普通ではない。

 

 彼女が神から使わされた俺のパートナーだ、なんて父親であるイシュタル・ランゴバルドが口にしていたことを思い出す。

 俺のパートナー、という言葉は疑うところだが少なくとも”神の使い”というのはその異常性から疑う理由はありはしない。

 そして、それは同時に、俺の警戒度合いを引き上げることになり、その引き上げられた警戒度合いは一気に霧散することになった。

 

「それじゃあ、今日はトータスの歴史について教えないとね。今日はお城でパーティーがあるんでしょう? 時間がないからまた明日しっかりと教えるけど、とりあえずの概要だけはね」

 

 トータス。

 異世界トータス。

 俺は、そう呼ばれる世界のことを生まれる前から知っていた。

 知識として、この世界のことを知っていたのだ。

 ”ありふれた職業で世界最強”という作品として。

 だからこそ、俺の父親も、ヌルという名前の神の使徒(少女)も、俺にとっては警戒こそすれど、信頼するような対象ではない。

 

 そのはずだったのだが、それはこの世界では通用しないのだ、ということをこれまでの勉強で理解させられた。

 無論、それが本当にあっているのかまではわからないのだが。

 

「この世界には大迷宮があることは知ってるでしょ」

 

「うん、七つの迷宮……だったよね」

 

 七大迷宮。

 オルクス大迷宮、ライセン大迷宮、グリューエン大火山、メルジーネ海底遺跡、神山、ハルツィナ樹海、氷雪洞窟からなる、七つの危険地帯。

 それらは一つ一つ違うコンセプトを持ち、けれどその意思は『神の支配から脱する』ことに統一され、そのための手段として神代魔法を手にすることができる場所。

 つまり、彼女たちからすれば盤上を揺るがすイレギュラーな存在であり、そのまま放置していいような場所ではない。

 本来ならば、という言葉が前にはつくが。

 

「そこは、七人の”協力者”が作り上げた場所なの。人間が魔人族に勝って、いつの日かその脅威に怯えなくていいようにっていう想いを込めてね」

 

 そこで告げられた名前は、原作における”解放者”の七人。

 解放者のことが後世……それもイシュタル・ランゴバルドが存在する、原作に近い時間軸にまで伝わっている。

 

 この世界は、エヒトの遊び場ではない。

 本来の世界ならばエヒトの遊び場であり、魔人族も人間も亜人も、それ以外の全てもエヒトによって生み出された存在ではあったのだが、この世界においては魔人族はそれに当てはまらない。

 

「異世界からやってきた神アルヴと、それを信仰する魔人族。それらに劣勢に立たされた人間は、エヒト様によって与えられた力で戦いを繰り広げてきた」

 

 話を聞くだけでは、どうやらこの世界のエヒトは善神のようなのだが、それはどこまで信用してもいいのだろうか。

 自分がこの世界で自分という意識を取り戻す直前、自分からすればこの世界に生まれる直前のこととなるわけなのだが、その時に接触したのがエヒトであったのならば、おそらくは信用してもいいのだと思う。

 

『この世界を救ってくれ……』

 

 あまりにも切実に、あまりにも苦しそうに、そんな言葉を口にしていた輩が演技だったとしたならば、もう誰も信用できない。

 少なくとも、この世界の歴史などはまず間違いなく”原作”の世界からは外れている。

 それだけは念頭に置かなければならない、ということをこの数日で理解した。

 

「大迷宮っていうのは、彼らが残したエヒト様から与えられた”力”を託すに相応しいかを試すための試練の場なの。当然、魔人族にクリアされたりしたら劣勢に陥るわけだから、その難易度はとても高いけどね」

 

 クスクス、と笑うヌルは神の使徒の特徴を捉えながらも神の使徒らしくはない華やかさを持っている。

 神の命令に従いその使命を遂行する人形ではなく、普通の美少女にしか見えない感情の発露。

 けれど、そのステータスがこの世界の一般人や魔物、果てには並みの魔人族では決して叶わぬ程度にはあることは忘れてはいけない。

 先ほど本を平然と持っていたのだって、それが理由なのだから。

 

「あら、そろそろ時間ね。なら、今日はここまでにしておきましょう。戦闘訓練は帰ってきてから、ね」

 

 この世界の歴史、自分が知る歴史との違いをもう少し知りたい、という気持ちはある。

 というか、知らないともしもの時に『どうしてそんな考えなんだ?』と怪しまれる可能性が高い。

 だが、今日はハイリヒ王国にてパーティーがあるのだ。

 さすがに今から戦闘訓練をしていては間に合わないし、間に合ったとしても絶対に怪我を治している時間はない。

 そして何よりも、ヌルが終わりと言ったら終わりなのだ。

 逆らえば、訓練のための制限された力での戦いではなく、ステータスの暴力による圧殺が幕をあけることは必定なのだから。

 

 

 

 

「はぁ……疲れた」

 

 パーティー会場から抜け出して、そんな言葉を溜息と共に吐き出す。

 今は、原作とさほど変わらないと思われる程度には狂信者なイシュタルが神によって授けられた子である自分について賓客から聞かれている最中だったので外に出てくることができたのだ。

 そして、これほどの気疲れを生み出すことになった自分のステータスプレートに視線をやる。

 

 

 ===============================

 

 マルドゥク・ランゴバルト 5歳 男 レベル:1

 天職:蕃神

 筋力:1000

 体力:1000

 耐性:1000

 敏捷:1000

 魔力:1000

 魔耐:1000

 技能:武器戦闘・格闘術・魔力操作・神代魔法・全属性魔法適性・全属性魔法耐性・気配感知・魔力感知・状態異常耐性・限界突破(才能)・言語理解

 

===============================

 

 

 訓練を始めてから未だ数日ということで、全くと言っていいほど鍛えられてはいないが、これが今の俺のステータス。

 原作連中のステータスを知っている身としては未だそこまで高いとは思えないが、”原作世界におけるレベル1での平均ステータスは10”という常識がこの世界でも通じるならば、結構……というところではなく非常に高い。

 その証拠と言わんばかりに、パーティー会場に到着してから来賓からは延々と話しかけられ、その度に神が遣わした存在は如何程の実力者なのか、と問いかけられ、ステータスプレートを見せる羽目となったのだが、見せるたびに『これは素晴らしい』『これならば戦争の勝利も確実ですな』などなど、肯定的な言葉をかけられることになった。

 

「こんな子供に何を期待しているのやら……」

 

 このパーティーへの参加者は、原作では決してありえなかった存在ばかり。

 原作を知っている身としては帝国の人間はまだわかるが、竜人族やら吸血鬼、果ては亜人まで参加しているなど、どうして想定できたのか。

 エヒトが善神をしているだけでこうまで変わるものなのか、と思わず呆れてしまった。

 

 吸血鬼は、神子という天職を持つユエ──この世界ではアレーティアなのだが──にエヒトが手を出そうとすることがなかったために滅ぶことはなく、今はアレーティアの叔父の孫の孫が王様をしているらしい。

 竜人族は、聖教教会による迫害が存在しなかったために原作でもヒロインをやっていたティオ・クラルスが今は長としてまとめているらしく、彼女もパーティー会場に存在していた。

 亜人族に関しても、『エヒト様が生み出してくれた仲間であり、獣の特徴を持つのはいずれは知性なき魔獣とも我らが繋がることができるように、という我らの成長を期待したものだ』という認識らしく、さらにそこに神の使徒と同じ”魔力操作ができる”シア・ハウリアが生まれたことでその認識は高まったらしい。

 

 原作を知る身としては、「なんだこれ……」と口に出さなかった自分を褒めてやりたい。

 ただ同時に、少しだけ嬉しいところもある。

 この世界では、”原作”世界線において酷い目にあった存在達のそのほとんどが──少なくとも味方側においては──その過去が存在しない。

 

「こんなところで何をしてるの?」

 

 そんなことを考えていたからか、一人の少女が近づいていたことに声をかけられるまで気がつかなかった。

 振り向けば、そこにいたのは黄金の髪とガーネットの瞳を持つ12歳くらいの見た目をした吸血姫。

 されどその年齢は300を超えている。

 

「アレーティアさん」

 

「ん……覚えてたんだ」

 

「印象に残る人程度は、ですけどね」

 

 こんな綺麗な人は一度見れば忘れられないだろう、と思う。

 同時に、これを見捨てようとした原作の南雲ハジメがどれほど荒んでいたのか、も想像に難くない。

 

「私だから良かったけど、ちゃんと気をつけてないとダメ」

 

「はは……そうですね……」

 

 言われて、背筋が凍るような感覚を得た。

 もしもこの場にいたのが彼女じゃなくて魔人族だったなら、そんなことにようやく思考がたどり着いたのだ。

 

「それで、どうしてこんなところに一人でいるの?」

 

「さすがにあんな風に人に集られると疲れまして……」

 

「なるほど……」

 

 苦笑するアレーティアさん。

 彼女もあの時にこちらに話しかけてはきたが、さらっと自己紹介だけして”いずれ吸血鬼の国に来た時はよろしくね”程度の話で終わったので、話していた時間で言えば短い。

 

「そういうアレーティアさんこそ、どうしてこんなところに?」

 

「マルドゥクと話してみたかったから。こっちに行くのが見えたしチャンスだと思っただけ」

 

「え……?」

 

 一瞬ドキッとする。

 だが、次の言葉で理由がわかり、納得した。

 

「マルドゥクはいずれ、あの子と一緒に旅をすることになる。そんな子がどういう人間なのか、気になるのは当然」

 

「ああ、そういうことですか」

 

 アレーティアさんは、この世界では決して旅に出ることはない。

 この世界における彼女は王族のままであり、神子という天職はこの世界では一つの権威でもあるがために。

 神子は本来の世界ならば”エヒトの器に相応しい”という程度の意味しか持たなかったのだが、こちらの世界ではそんなことはない。

 神子というのはつまり、”エヒトの力を短時間のみ自らの身に降ろして戦うことができる”という一種の最終兵器のような扱いである……らしい。

 そんな彼女は防衛ラインに位置することはあっても、旅に出ることを許されるような立場ではないのだ。

 

「面倒なことになってますよね……」

 

「ん……」

 

 いずれ、神の使徒という立場らしい俺は魔人族との戦争に勝利を与えるために旅に出ることになる。

 その時、『神によって施しを与えられた人間が戦争を終結させた』という形になれば種族間の上下関係が始まり、いずれは新しい戦争が始まるかもしれない。

 そうならないように、いずれの種族からも一人ずつ旅の仲間を募ることになるのだ、ということを聞いた。

 そして、そこにはアレーティアさんの血族もいるのだ、と。

 

「とりあえず、そういうわけだから何か困ったらうちに来るといい」

 

「その時にはお世話になります……」

 

 まあ、そういうタイミングでは世話にならないのが一番なのだが。

 

「にしても、どうして今回はアレーティアさんだったんですか? アレーティアさん、一応王族ではあるけど、王様ってわけじゃないでしょう」

 

「……? あの子もちゃんと来てる。多分、興味ないから挨拶しなかっただけ。……礼儀をわきまえてない」

 

 すっと、凍るような怒気が周囲に満ちる。

 息が詰まって、変な声が出て、それでようやくアレーティアさんが気がついたのか一旦その怒気を収めてくれた。

 

 と、そんなことを話しているとパーティー会場の方が騒がしくなってきたことに気がついた。

 アレーティアさんがきてからそこまで時間は経っていないが、自分が抜け出してきてからは結構時間が経ったから、そろそろ誰かに気がつかれたのかもしれない。

 二人で顔を見合わせて苦笑し、そろそろ戻りますか、と口にすれば彼女も短いながらも確かな了承の返事をくれた。

 

 その最中、彼女の姿を見て一つだけ思ったことがある。

 この世界では、幸せを掴んでいるのかはともかくとして、少なくとも辛い過去だけはアレーティアさんには存在しない。

 それこそ、この場にはいないミュウやレミアといった存在や魔人族側についてはわからないが、それでもこのパーティーに参加することになっていたほとんどは家族とともに暮らせるという意味では幸せな生活を送っている。

 なら、それを崩させるわけにはいかないのだろう。

 

 その考えが始まり。

 こんなちっぽけなことが、将来の戦争に向けての意欲を生み出すことになるなんて、この時の自分にははっきりとは理解できていなかった。




原作との変更点
・滅んでない吸血鬼(エヒトが手を出してないため)
・人間側には差別されていない亜人族(戦争の戦力になるし、神の使徒と同様の力が発現した個体が出たため)
・迫害されてない竜人族(そんなことをしている暇がない)
・”反逆者”改め”解放者”改め”協力者”になった零の七名
・亜人族の間で魔力持ちが信仰対象の可能性が出てきて、拝まれる対象に(神の使徒がやってきたため)
・神子という天職の内容

この全てがエヒトとアルヴが全く別の神になり、エヒトに善神をさせた結果である。
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