──視界に、光の壁が現出する。
いいや、それは面に見えるだけでその全てが点。
剣による突きが無制限に、一切の常識を無視した速度で放たれ続けることでできた、神代魔法によって神光を帯びた剣閃の壁である。
魔力で強化された視力がその事実を捉えたのと同時に、手に持つ双剣に裂帛の気合と共に魔力を叩き込んだ。
「お、ォォォォ!!」
神によって作られ、人間を勝利させるためにその全てを叩き込まれたことで蕃神と化した肉体に秘められた
ステータスプレートの技能欄に神代魔法とひとまとめに記載された七つの魔法を並列使用。
生成魔法によって刻み込まれた紅蓮の炎が剣を包み込み、重力魔法によって剣閃の壁を構成する点と点の隙間を無重力にすることで一撃ごとにラグを作り無理矢理に隙間を作る。
その隙間に空間魔法で強制的に潜り込み、再生魔法にて時に干渉することで本来ならば届くことのない速度で放たれる刺突を全て遅らせることで一つ一つの刺突への対処の時間を捻出。
昇華魔法によってその全ての攻撃を見切れるレベルにまで己の知覚能力を高め、一撃一撃の重さに対抗できるように身体能力の強化。
そして同時に、現出した紅蓮を神域まで高めて神光と拮抗できるレベルにして、一撃の威力を同格にまで高め上げたところでどの刺突から対処するべきかを魂魄魔法によって強制的に冷静にした精神で見出す。
そうして、昇華魔法によって高められた身体能力を発揮しても肉体が壊れないように変成魔法で己の肉体を強靭なそれへと作り変えた。
そこまでして、ようやく迎撃が成功する。
「いったぁ!」
そう考えて魔力と魔法の並列処理をしようとして、思考と魔力操作が間に合わずに紅蓮の炎を帯びた双木刀が神光を帯びた木刀によって磨り潰される。
七つの魔法の同時行使、しかもその内の六つは神代魔法。
さすがにそれはこの肉体のスペックがおかしくても不可能なようで、重力魔法すら使用することはできず、頭をいい音とともに叩かれた。
「はい、ここまで」
クラクラする頭で目の前を見れば、目の前に立っていたのはヌル。
こちらの教育係として俺の意識が生まれた当時からずっと一緒にいた神の使徒。
あのパーティーから数日、少しだけやる気を出した俺は今日も今日とていつものようにヌルに叩き潰されていた。
完璧な肉体とそれを使いこなせる精神、さらにそこに成長という要素まで盛り込まれたヌルと、完璧な肉体と普通の精神だけな俺の差は大きい。
最低限彼女に勝てるようにならなければエヒトに勝てるようになるはずもなく、それはつまりエヒトと争っている魔人族側の神アルヴも倒せるはずがない。
もしも仮にアルヴを倒せるだけの実力を身につけたとしても、エヒトがそれ以降もまともな神であり続ける保証がない以上はこの肉体を完全にエヒトの手から外せないと勝負にすらできはしない。
アレーティアさんが平和な生活を送ることができているという事実に、その生活を砕かせないための実力を欲しいと願い訓練に乗り出しているのだが、どうやらそんな未来が来るのはまだまだ先のことらしい。
「やっぱり、戦いの最中ってなると魔法使えないなぁ……」
「そもそもマルドゥクの目指してるところがおかしいと思うけどね。普通の人は一気に七つも魔法を使用しようとしないもの」
再生魔法で砕け散った木刀を直しながらぼやけば、ヌルはからかうようにそんな言葉を口にする。
神の使徒という、生まれから完璧であることを求められた彼女は、その上で肉体的な成長も行うためにいつまで立っても勝てる気がしない。
それでも勝てるように、そして時が来たならば勝たなければならない、というのが辛く、そもそもずっと一緒にいた彼女と本気で戦う、というのは嫌悪が湧くし、そんな時が来ないで欲しいと思う。
「それなら、そもそも魔法を七つ使わないとどうにもならないような攻撃はやめてくれよ」
「経験できるうちにしておいた方がいいわ。戦争に参戦してからじゃ遅いんだから」
「やらないといけないことが多すぎる……」
基本的に、この世界における戦士が優秀かどうかは、ある程度の指標がある。
まず、全ての前提となるのがステータス。これが低ければ、まず魔物とまともに戦うことは不可能。
強力な魔法への適性があっても、魔力がないので使えない、なんて人は決して二流にすらなれない。
では、二流と呼ばれる人はどういう人なのか、というとステータスプレートに表記される技能とレベルで判断することができる。
レベルに関してはいうまでもなく、自分をどれだけ鍛えて来たのか、ということ。
そしてもう一つの技能。これは派生技能の数で判断している。
派生技能の数で、大体の鍛え方がわかるので、戦闘系の技能の派生がいくつ生えているのか、を指標にその人間がどれだけの戦闘能力を持っているのか、を大体測ることができる。
では、一流の戦士とは一体どういう存在なのか。
これは戦士としての総合的な部分で判断する。
要するに二流と一流の間を阻む壁として『戦闘時に派生技能を含めた全ての技能を適切に使用できる』という判断能力が必要となるのだ。
その上で戦闘経験を積んで、経験から来る勘をはじめとした”幾度となく戦い、生き残って来た”人間でないと持たないものを持っているような存在のことを指す。
ならば、俺はこの中でどのあたりに位置するのかと言われれば、二流になれてすらいない雑魚、というのが正解。
一応、ステータスだけは非常に高いので、ステータスの暴力に任せれば一定の敵は倒すことは可能だと思うが、それでも勝てない相手の方が未だ多い。
そして何よりも、今はまだ技能に振り回されている状態であるので、俺はまだ戦士になれていないのだ。
特に、
《全属性魔法適性》と《武器戦闘》と《格闘術》。
これらは、”できることの幅が広すぎる”ために”ここまでできればまあいいだろう”が存在しない。
そのため、派生技能もなかなか増えることはなく、先の双剣に関しても”今回の戦闘ではそれを使った”というだけで他の武器に関しても使い方を理解させられている。
”全ての武芸を最低でも一流レベルにする”というのがヌルの言であり、さらにそこに魔法を組み合わせて戦えるようになれ、というのだから地獄の特訓になるのは仕方ない。
「はい、それじゃ次ね」
こちらが再生魔法で木刀を再生させている間に、ヌルによって傷が治療されている。
木刀をアーティファクトへと変えている魔法を付与した鉱石を溶かして塗った部分までも復活してアーティファクトとしての機能を取り戻したのだが、次の戦闘訓練で使うものはまた別なので一度ぽいと捨てる。
この世界、アーティファクトを作れる存在というのは貴重ではあるが、今の時代にゼロという訳ではない。
そうでなかったとしても、アーティファクトを投げ捨てたとしても、神の使徒である自分たちに向かって声を荒げることができるような存在はこの場にいない。
「あ……ごめんね……そういえば忘れてたわ」
そう言って、ヌルはこちらに近づいてくる。
武器を捨て、戦闘に赴く際の気配が霧散したために、こちらも一度次の武器を取り出そうとするのを止める。
「うぉっ!」
それとほとんど同時にヌルに首元を掴まれて強制的に一本背負い。
一切の用心をしていなかったせいで、とても痛い。
「昇華魔法で変な形に強化されてないか見るから、動かないでねー」
動けないように、重力魔法までピンポイントに使われている。
しかも、こちらが苦しくないように、けれど魔法を使わないと脱出できないように、絶妙な力加減。
けれど、魔法を使おうとすれば確実にこちらの動きを潰しに来る、と確信できるのでされるがままになるしかない。
少なくともこの時点で俺を殺しにきたりすることはないと信じるしかないのだ。
「あー、やっぱり……」
「やっぱりって何があったのさ」
「他の魔法と一気に併用しようとしたせいで、昇華魔法のかかり方が変なことになってるよ。このまま続けてたら日常生活も難しくなってたんじゃないかな?」
「えぇ……」
聞いた話では、右足と左足の脚力が非常にずれていたり、右腕と左腕の力が安定していなかったり、魔力の回路がねじ曲がって魔法を使うまでにラグが発生するようになっていたり、と面倒な事態になりかけていたらしい。
それを自分で理解できていなかった、ということは、どれぐらいの強化を施せば安定するのかわかっていなかったということであり、いつまでズレた状態で過ごすことになっていたのかわかったものではないということだ。
そのため、ヌルがこちらに再生魔法をかけることでそもそもの強化が行われる前の状態にまで肉体の状況を整えてくれた。
時間遡行に位置する能力のために、この訓練でのステータス上昇にまで影響はあるのだが、全く戦えないようになるよりは強くなるのにかかる時間が増える方がマシなはずだ。
「もともと、その肉体はスペック的には最高峰なんだから下手な強化は弱くなっちゃうよ?」
「肝に銘じとく……」
それに、再生魔法で回復したとしても魔法の感覚までは忘れたりはしない。
感覚さえ忘れなければ、最終的には昇華魔法での強化も一律に揃えることもできるだろう。
問題が一つあるとするならば──
「まあ、そろそろお城の方に行くことになるんだから、マルドゥクがそれまでにどうにか鍛えておきたいって思うのは当然かもしれないけど」
共にチームを組んで戦うことになる相手との合流が、それほど遠くない日にやってくる、ということだけ。
その時までに一切鍛えられていない状況、だなんて失笑を買うに決まっている。
……それを考えると、今の状況で魔法の並列使用を前提とした攻撃を仕掛けてくるのはおかしい気がするが。
「さ、もう一回やろっか」
「はいはい……今度はあんな頭おかしい攻撃はやめてくれよ……」
そう言ってもやめないのだろうな、ということがわかる程度には、彼女への理解はあった。