「ど、どうも初めまして! セレネと言います!」
そんな言葉を告げたのは、プラチナブロンドの髪をなびかせた吸血姫だった。
「は、はぁ……どうも初めましてマルドゥクと言います。……別にそんなガチガチにならなくても問題ないと思うよ」
「そ、そうですか? ……うん、それならそうさせてもらうよ。さすがにどんな人が来るのかわからなかったから、普通の話し方じゃまずいかなって思ってたんだ」
城へとやってくるように嘆願書が届いたのは、昇華魔法によるおかしな強化を修復してから数日の時間を挟んでのこと。
神の使徒パーティーのメンバーと早い時期から交流、および連携の訓練を執り行うべき、という視点からの出頭の嘆願。
神への信仰が根本に根付いているからこそ、命令ではなく嘆願だったのだが、それに関しては今回はどうでもいいことである。
重要なことは、嘆願でしかない以上は全員が集まるとは限らないということ。
そして、今回やって来たのは吸血鬼からセレネという少女だけ、という悲しい事態だった。
残りの存在は風邪をひいていたり、迷宮探索に潜っていたり、そもそも来る気が無かったり、という、色々と不安を感じる状況。
だが同時に、二人だけしかいないという状況は、お互い以外の仲間に対して関係性を深める努力をこの場でする必要はないということで、数日間という時間の全てをお互いに使えるのは便利だ。
「とりあえず、行こっか」
「はい、そうですねマルドゥクくん」
……とはいえ、まずは何から聞くべきか。
女性に対して年齢を聞くのはマナー違反だというし、そもそもそんなことをしなくてもあとでお互いの戦闘スタイルを確かめるためにステータスプレートを見せることになるだろうから、知ることはできる。
聞くべきことが定まらないためか、ぼうっとその姿を眺めることしかできない。
吸血鬼特有なのか、それともハニートラップを狙っているのか、あるいはただ純粋に神の使徒として選ばれた彼女がたまたま綺麗だったのか、それはわからないが、少なくともセレネという少女はとても綺麗だった。
おそらくは、神が造形した使徒であるヌルを超えるかもしれない、と思わせるほどに。
「〜〜」
鼻歌を歌いながら、セレネの足に迷いはありはしない。
白金色の髪をゆらゆらと揺らしながら、トパーズのような瞳は楽しそうに細められている。
この城のことを熟知しているのだろうか。
今の俺よりも頭一つ分だけ大きな背丈ながら、俺よりも子供っぽく少女は歩いている。
「ところで、今日からの訓練って何をやるのか聞いてます?」
「いや、聞いてないけど……」
「ですよねー。そもそも、里の方でも鍛えられて来た私たちって、普通の人間の限界ははるかに超えたステータス持ってるんですけど、どうやってこちらに訓練を施すつもりなんだろう? 多分、魔法もこっちの方が強いの使えるよね」
「まあ、わざわざここに呼んで訓練ってことなら、こっちよりも戦闘が上手い人とか、そういう人を呼んでるんじゃないかな」
例えば騎士団長とか。
彼女の言葉通り、こちらはステータスは高いが戦闘経験は皆無。
いや、セレネはそうではないかもしれないが、俺はそうはいかない。
なので、そういう『格上と渡り合うための小技』みたいなものを俺は全くと言っていいほど知らない。
これまでの訓練でも、まずは武器の使い方や魔法の習熟ということで、そういうところは一切教えてもらうことはなかった。
「ふーん。そんな人、アレーティア叔母様以外にいるのかなぁ?」
けれど、セレネはそんな存在がいるとは思っていない様子。
アレーティアさんを叔母様と呼ぶ存在がいる、ということは原作とは違うところであり、なんとなくあの人が原作で辿った運命を思うと涙が出そうになる。
知り合いであるからこそ、なんとなくセンチメンタルな気持ちになってしまう。
「いると思うよ」
「なんで?」
「だってほら、あの人戦闘が本職っていうよりも移動砲台でしょ。多分、至近距離で戦えって言われたら前線で長いこと戦ってる戦士とは……」
「あー……そういう人たちの直感ってバカにできないもんね」
「そうそう。それに選ばれてからここに来るまでにも訓練はしてたわけだし、それを前提とした訓練になるんじゃない?」
会話を続けながら、訓練施設へと向かう。
そこに訓練相手が待っているということは聞いた。
一応神の使徒ではあるのだが、どうやら案内をしてくれることはないらしい。
あるいは、それをしているほどの余裕がないのか。
その辺りはわからないが、訓練施設へと向かう最中、どうしても話は訓練の内容についてのものとなり、最終的にはお互いの戦い方についての話となった。
「へー。ってことはマルドゥクは魔法戦士、みたいなものだと思えばいいんだ」
「最終形がそれってだけで、今はまともに魔法を戦闘中に使うこともできないんだけどね」
つまり、今はまだ普通の戦士職というのが正しい。
ステータスの暴力で戦うほかないのだが。
そして、セレネはその真逆。
「私は、叔母様と同じで完全に後衛職だよ。だから魔法支援に関しては任せてね。それと、わからないことがあったら答えられる範囲なら答えるよ」
「ああ、うん、ありがとう。それなら──」
そんな風にお互いの役割を分担していると、訓練施設にたどり着いた。
そうして扉を開くと、そこにいたのは──
「来ましたね。それでは始めましょうか」
ヌルとそっくりの見た目をした、けれどヌルよりも肉体年齢が上に見える、神の使徒だった。
魔法が飛ぶ。
訓練であるために、九つの雷剣はその全てが殺傷能力を持たず、けれど同時に確実にこちらの意識を刈り取れる本命にして囮。
そして何よりも、その魔法はどれを取っても自分で迎撃できるようなものではない。
「昇来」
それも、自分一人ならの話。
セレネは魔法使いであると語ったが、それは彼女が叔母様と慕うアレーティアさんとは違って、支援魔法をも得意とする魔法使いであった。
それこそ、未だ神代魔法を手にしていない状態で、未熟なれども昇華魔法にて強化したこちらの倍率をはるかに超えるほどに。
戦闘訓練を開始する前に、最初にどう動くのかだけは決めたので、ここまではスムーズに行けたが、問題はここからだ。
双剣術の技能を持つヌルを師としたがゆえに、最も練度が高いのは双剣。
故に当然のごとく此度の訓練も双剣を引っ張り出して来たのだが、それは間違いなく正解だった。
少なくとも、双剣の手数がなければ、たとえ強化されたとしてもこの雷剣を弾く途中で脱落する未来しか見えなかっただろうから。
「セレネ! 新しく生み出される術式の方は任せた!」
「任された!」
新たに生み出される術式にはセレネが全て対処する。
視界の端にわずかに見えたのは術式そのものが霧散させられる光景。
この世界における常識を学んだが故にありえないと思えるその光景に足を止めそうになったが、それをしてしまったが最後、そこで雷剣に敗れる。
そのことだけは本能的に理解して、己の中の魔力を爆発させた。
「まず、一本!」
雷剣に対して魔力を流し込んだことで炎を帯びた剣を叩きつける。
同時に、空間魔法で他の雷剣を同士討ちさせながら足元から魔力を放出することで一気に加速して飛び込む。
この体に想定された才能と、セレネから魔法について聞いたことでコツをつかんだのか、それとも使っているのが複数箇所同時とはいえ目視できる範囲に対しての空間魔法だけだからか、スムーズに使用できた。
放たれる魔力で飛び込んだ先には空間魔法による歪み。
その歪みが繋いだ先は、今回の訓練の相手である神の使徒──ノイントの懐で。
「その程度、読めていないと思いますか」
出現した瞬間、ノイントの持つ双大剣を模した木刀が振るわれた。
「思ってない」
それに合わせた一撃は、相手の一撃がこちらの木刀がへし折れるかと思うほどの威力を持っていることを優に伝えてきた。
瞬間的な強化が木刀に施されたことを確認し、セレネの魔法を信じて剣戟を続けるか、それとも空間魔法で撤退するか。
確実なのは撤退すること。
全く合わせたことのない俺たちでは合図も無しにコンビネーションをとることなど不可能。
そして、火力という一点で判断するならば間違いなく魔法に頼る方が正しい。
だが、それでは結局のところ”前衛と後衛、あるいはパーティーでの連携訓練”という趣旨に反する。
だからと言って、このまま接近戦を行なっていてはノイントによって俺が訓練をつけられているだけにしかならない。
ならば如何とするべきか。
「ほう、そうしますか」
剣同士がぶつかり合った瞬間、後ろに全力で跳ぶ。
というか、そうでなかったなら確実に態勢を崩していた。
その瞬間、詠唱いらずなセレネの魔法が飛んだ。
炎、氷、雷、風、岩、光、闇、パッと見ただけでも本当に大量の魔法がたった一人を叩き潰すために放たれていたのだが。
「効きません」
その一言と共に、振るわれた大剣が台風を生み出し全てを巻き取りあらぬ方向へと飛ばした。
「そして、もうこれぐらいで様子見は終わりです」
その言葉とともに開けた距離が詰められて。
「貴方達は眠りなさい」
ドゴン、というド派手な音が後頭部に響いて、俺の意識は落ちた。
「最後、こうなってたんだ」
それを、魔法によって記録されていた映像として見せられていた。
そこで映像が止められたので、セレネがどうなったのかと問いかけようとしたのだが、それよりも先に隣で見ていたセレネがその結末を教えてくれた。
「私はこの後、魔法を全部かわされておしまい」
そんな、お互いの結末を知って、隣で見ていた今回の先生が発言をする。
「とりあえず、今回の訓練でお互いがどういう技を使うのかは理解できたでしょう。明日からは連携の訓練です」
「「はーい」」
今回の先生は、原作で主人公に倒され、その後ヒロインの肉体として使われた神の使徒であるノイント。
彼女が師匠となることに思うところがなかったというと嘘になるが、それでも選択肢は俺たちにはなかったので、彼女に訓練をつけてもらうことになったのだ。
とはいえ、彼女に人に教える機能なんて搭載されていなかったので、やることは『毎日のように戦って、その映像を後で確認して自分たちでどこが悪かったのかを判断する』ということを繰り返すだけ。
なので彼女は二人で明日以降の訓練の時の連携を考えておけ、と言い残してすぐに外に出て行った。
「えっと……」
残された俺とセレネは顔を見合わせる。
この状況下で話す内容はと言えば先ほどの戦い以外にありはしないわけなのだが、それについて言葉を発するのはこちら側からは少し憚られるところがあった。
何せ、先ほどの戦いではまず間違いなく『俺が後ろに下がった』ことが原因なのだから。
「……とりあえず、反省会、しよっか?」
だから、彼女がそれを言いだしてくれてとても助かった。