ありふれない生まれで、世界観光   作:ぴんころ

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第八話

 あの日、訓練が一時的とはいえ終了し、一時帰宅を許された日からは三年が経った。

 もともと神が作り上げた肉体ということもあってか、この体は理想的な形での成長を遂げながら、それでも未だに実戦へと出してもらえることはない。

 聞いた話では、共に戦うことになる予定の人たちは──共に暮らしているセレネを除いては──全員すでに一度は実戦を経ているらしい。

 すでに俺も戦争に参戦するための資格はある、はずだと思う。

 少なくとも、魔人族が人の形をしているから殺せないかもしれない、ということは絶対にない。

 すでにその辺りの訓練はさせられた。

 

 では、どうしてかというと、彼ら彼女らが参戦したというその実戦のせいで”魔人族が強化されている”ということがわかったために、十全に十全を重ねてから戦わせたい、と。

 聞いた話ではベヒモスクラスの実力は普通にある、という状態になっている相手に、俺たちを出すのはまだ早い、と、そういうことなのだそうだ。

 そして、もう一つの人類救済の手段である”勇者召喚”は、着々と準備は進んでいるそうだが、エヒトの方がそちらに向けられる力が少なくなっているために、魔力がなかなか溜まりきらない。

 

 そういう理由で、人類の敗北はかなり目前にまで見えてきている状況だった。

 

「……こっちに入ってこなかったら、あんたもこんな目には合わなかったのにな」

 

 そして、その象徴と言ってもいい、”人間族の陣地にまで入り込んできた魔人族”に対してかけられたのは憐憫の瞳だけだった。

 家から半径一キロメートル。

 これがヌルの概念魔法による結界の感知範囲であり、空間魔法によって定められた境界を超えてこの結界に入ってきた相手を昇華魔法によって選別を行う。

 そしてそれが魔人族だったならば、彼らは昇華魔法による情報改竄によって両腕両足が存在しなかったことになって動くことを封じられる。

 それと同時に魂魄魔法によって強制的に魔力を生み出され続けられるようになり、生み出した魔力を結界の起点となるアーティファクトに流し込む魔力電池へと変えられるのだ。

 魔力の強制徴収で死ぬまで……いいや、そこにさらに、流し込んだ魔力で再生魔法が発動し死ぬことすら許されない地獄を味わうことになる。

 

 その状況に憐憫の情を持つことはあれど、彼らを外に出してやろうとまでは思わない。

 

「ちょっと、マルドゥク……」

 

「ん、どうした、セレネ」

 

「私をヌルと二人きりにしないでよ」

 

 声をかけられ、後ろに立っていたのはセレネ。

 あの時から、結局彼女は一度たりとも実家の方に帰っていない。

 何度かアレーティアさんが迎えにきたりしていたのだが、彼女が怒っても一切怯えることのなかった少女なのだが、一緒に暮らしているヌルに対しての怯えは隠せていない。

 

「あの子、なんだか怖いじゃない」

 

「うん、まあそれはわかる」

 

 魔人族に家族を殺された、魔人族を許せない、などと思って魔人族を殺そうとするのが一般的な人間だろう。

 もしくは、いても”魔人族に家族を殺された”からそいつの家族を殺す、なんて形。

 ヌルは、そういう類ではない。

 

「ヌル、いつのまにか魔人族を生物として見てるのか、わからなくなったからな」

 

 視界に入れず、けれど呻き声は聞こえてくる背後にいる魔人族。

 セレネからしたら確実に視界に入っている。

 彼を放り出して、せめてまともに死なせてやるということを考えないでもなかったが、それをすればヌルにはわかる。

 今の彼女に相対しようと思う心はすでになく、そして何よりもその行為の全てが”俺たちを守るため”という一点に帰結しているのが、俺たちにはどうしようもなかった。

 

「悪いな、俺たちじゃ、あんたを助けてやれない。……あんたが魂魄魔法で引きずり出されてる魔力を多少なりとも自分で使えれば、もしかしたら自殺ぐらいはできるかもな」

 

 彼らが逃げ出すには”昇華魔法によって奪われた手足を修復する”ことが大前提。

 ”魔人族には手足などない”という情報を書き加えられている彼らに、通常の義肢は使えず、そもそも存在しないのだから再生も不可能。

 ”昇華魔法を使える”が、逃げ出すのための大前提となる極悪な結界なのだ、これは。

 だが、魔法を使用するだけならば、”魂魄魔法によって引きずり出された魔力を徴収されるよりも先に使用する”という手段でどうにかならないわけではない。

 難易度は非常に高すぎて、これまでの連中は全員”無理だ”と諦めてしまい、死人のような状態になってしまったが。

 

「……とりあえず、戻ろっか」

 

「……うん、そうだね」

 

 多分、俺も同じような顔をしているんだろうな、と思う暗い顔をセレネはしていて、それでも戻らないという選択肢はない。

 いつのまにか、背後からの呻き声は聞こえなくなっていた。

 

 そうして歩く間、俺たちの間には会話はなく、家に近づけばなぜか扉の前でヌルが待っていた。

 

「二人とも、おかえりー!」

 

 ぴょーん、と抱きついてくるヌル。

 行動そのものは見た目相応の可愛らしいそれなのだが、そこに込められた物理的な破壊力はやはり神の使徒。

 まともに喰らえば、それこそ骨折は免れない。

 というか、アレーティアさんが食らって全治三週間の骨折をしたことがある、自動再生は発動していたというのに三週間。

 

「ただいまー」

 

「ただいま……」

 

 すっと、気持ちセレネよりも前に出て、ヌルをしっかりと受け止める。

 アレーティアさんの時はまだヌルが概念魔法をアップデートされた肉体と、それに伴う不調に慣れていなかったこともあって、神の使徒としての力をわずかに漏らしていたのだ。

 神の使徒特有の”分解”の魔法、それが、アレーティアさんの再生の力を強制的に分解していたらしい。

 今回はそういうこともなく、昇華魔法と変成魔法によって強化されたステータスALL100000の肉体から放たれるただの突撃であるので、うまいこと受け流せばどうとでもなる。

 

「それで、今日はどこに行ってたの?」

 

 彼女の不調は、つまり精神の不調。

 概念魔法を放つための極限の意思が、彼女の方向性を縛ってしまっている。

 そのせいで、どことなく子供っぽくなってしまったのだ。

 だから、やることは残酷で、同時にこちらのことを常に気にしている。

 

「まだ、今日はどこにも行ってないぞ。むしろ、これからどこに行こうかって考えるための散歩をしてたんだ。……結局、決まらなかったけど」

 

 嘘ではない。

 ただ、その途中で魔人族を見つけてしまっただけで。

 そのせいで、どうするのかは決まらなかった。

 

「そうなの? それなら、一つお願いがあるんだけど……」

 

 首を傾げてこちらに”お願い”をしてくるヌル。

 その内容に、快諾するのだった。

 

 

 

 

 ヌルの頼みを聞いて、向かった場所はオルクス大迷宮。

 表の百階層、奈落の百階層の合計二百層からなる七大迷宮の一つであり、階層が深くなるにつれて出てくる魔物も強力となる場所である。

 ”自分の実力を測りたい冒険者や傭兵、新兵などに人気”と原作で言われていた通り、オルクス大迷宮へと向かう人たちが食料、水、そう言った代物を補給するための冒険者たちの街、ホルアドにて多数散見された。

 

「おや、セレネちゃん。久しぶりだね」

 

「あ、おばさん。ええ、お久しぶりです」

 

「そっちの男の子は……彼氏かい?」

 

「違いますよー」

 

 数年前にオルクス大迷宮に潜っていたため、ホルアドにはセレネのことを知っている人たちがたくさんいる。

 そして、大体の人間がなぜかこちらを彼氏と誤認してくる。

 

「オルクス大迷宮に潜るのは明日でいいよね? 今日はもう遅いし」

 

「準備に時間かかったしな」

 

「もう……私のせいって言いたいわけ?」

 

 責めるような言葉だが、表情は別に怒っていない。

 

 ここに来るまでの時間はほとんどない。

 神代魔法の無駄遣いによって、移動時間はほとんど省略できた。

 昇華魔法によってホルアドの位置を把握、空間魔法によって距離を飛び越えての移動。

 この程度ならば、今の俺でも不可能なことではない。

 

 だが、準備そのものはどうしようもない。

 何が必要で、何がいらないのかの判断は、俺だけではなくセレネにも必要なことでセレネは神代魔法を習得していないのだから。

 

「確か……アザンチウムが欲しいんだっけ」

 

「概念魔法で生み出せないわけではないらしいけど、それでも0から生み出すのと量を増やすのだったら後者の方が楽だって言ってたね」

 

「で、アザンチウムはオスカー・オルクスの迷宮には確実にあるってミレディが言ってた」

 

 オルクスの生家を探す、というのは現実的ではない。

 そもそも”解放者の子供”やら”解放者の後継”などはこの世界に存在しない。

 解放者の名を利用して詐欺をしようとした連中がいなかったわけではないが、それらは全て『あいつらのような存在がまた出てきたら困る』と考えた魔人族によって殺されている。

 そういうわけで、自分たちの影響力を理解していた彼ら七人は、そういう存在を残さなかったか、あるいは残しながらもそれを名乗ることを禁じたか、そのどちらかだと言われている。

 

「私の分の武器を用意するためのアザンチウムと……」

 

「俺たち二人の防具を用意するためのアザンチウム。量は少なくてもいいから実物を用意してくれってことらしいけど……」

 

「そのためにはオルクス大迷宮の最深部にまで潜らないといけないのよね……」

 

 俺たちの間の不安は三つ。

 用意した食料や水で足りるのか、そもそもこの食料や水が重荷にならないか、そして何よりも奈落にいるという魔物達に今の俺たちで適うのか。

 

「……とりあえず、今日はもう休もうか。俺たちの実力でたどり着けないなら、其の時は其の時でヌルに任せるしかない……」

 

「そうね。不安になりすぎても本来のパフォーマンスが発揮できなくても困るし」

 

 その言葉とともに、今日の宿を探すことにした。




セレネちゃんは主人公を一人で残すのが心配だったから一緒に残ってるよ、友情万歳!
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