奈落までの突入は、とてもスムーズに進んだ。
すでにベヒモスはセレネが一度粉砕した、という話なので、空間魔法で奈落までを端折って、何事もなく進むことが可能だった。
ただ、当然のことながらそれ以降は普通に歩いて進むしかない状況。
一体一体がベヒモスには及ばずとも、コンスタントに強い。
そんな魔物達がぞろぞろと湧いて出てくる、そんな空間が奈落であり、一体一体ならば話は別だが、群れを組んでやってくる二尾狼をはじめとして、必ずしも一対一の状況を作れるわけではない。
「遅い」
それでも、二人だったから、特別辛いとは思わなかった。
多角的に、洞窟の壁を蹴りながら残像すら見える速度で動き回る蹴り兎(仮)。
その動きに合わせるように、ヌルによってすでに作られていた自分用の武器を斧へと変形させて粉砕のために叩きつける。
その武器には前回と同じように生成魔法によって”錬成”が付与されているが、錬成が発動するのと同時に再生魔法によって加速された魔法で一瞬以下の時間で変化が完了する。
そして、昇華魔法による情報改竄もそれには使用されていて、常に重さは一定、合成された材質もどんな粗悪な材質だろうと強制的に”世界で最も硬く、最も加工しやすい”という概念が付与された鉱石に変えてしまう。
どれほど蹴り兎の足に力が集約していようと、この武器は壊れない。
それを示すように、激突の結果は蹴り兎の足が砕けるだけで終了。
断末魔という概念すら許されないかのように、兎の肉体は粉砕される。
「はいはい、油断大敵だよー」
兎と斧が接触するわずかな瞬間を狙って、地中深くから隠れていたウサギが飛び込んでくる。
が、それすらも無駄。
オルクス大迷宮の奈落は、やりすぎるぐらいの注意を払っていて当然の場所。
それは二人の間の共通認識であり、飛び出た瞬間にセレネが放った炎弾が着弾する。
完全に地中の魔物の存在と動きを読みきっていた動きだった。
「いやぁ……やっぱりヌルちゃんの作ったこれは優秀だねー。……ヌルちゃんがあんなに怖い子になってなかったら普通に喜べたんだけど……」
「……否定できない」
最初の頃のヌルに関しては、セレネは知らない。
ただ、俺が何度か語ったことがあるだけだ。
それだけにもかかわらず、今のヌルだけを見て忌避するのではなく、過去のヌルと会いたいと思ってくれるのはとてもありがたいことだと思う。
「……先に進もうか」
ヌルのことを話したためか、わずかにどんよりとした空気を振り払うように、先に進むことを促す。
「……うん、そうだね。行こうか」
そのことをセレネも理解して、わずかに笑って前へと一歩を踏み出した。
道中立ちふさがる全ての魔物は、階層に入るのと同時に昇華魔法による情報観察によって丸裸となる。
それも相まって、俺たちの奈落探索は、ある程度の強さを持つ冒険者が奈落ならざる上層の、そのまた上の方を巡るのと同じような速度で進んだ。
エセアルラウネをはじめとした、いやらしい技能持ちの数々の魔物も、状態異常耐性を持つ俺には通用しなかったし、セレネの方も自分の周囲に結界を張ることで対処していた。
そして、たどり着いた最奥のヒュドラがいるはずの空間。
「ふわぁ……綺麗……」
横でセレネが思わず、といった声を漏らすが、それも仕方ないことだろう。
その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だけしかなかった。
柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。
柱の並びは規則正しく一定間隔であり、天井までは推定ではあるが、だいたい三十メートル程度。
地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。
その空間に足を踏み入れるのと同時に、柱が淡く輝き始め、警戒心を煽る。
本来ならばここで油断させるのかもしれないが、この階層にまでやってくるような人間だったならば、そんな間抜けを晒すはずもない。
「え……」
そのはずだったのだが、光が消失する。
奥の方へと順次輝いていく柱は、しばらくの間光を灯しながら、それでも何かを発生させることはなく最初訪れた時と同じ姿へと立ち返った。
「……何も起きないな」
「何も起きないね」
仕方がないので進むしかない。
そう判断してセレネとともに歩けば、二百メートルも進んだ頃、巨大すぎて行き止まりにしか見えない扉を見つけた。
それはあまりにも荘厳で、ここがオスカー・オルクスの用意した住居なのだ、と察するに余り有る。
さて、本来の世界ならば最後の柱を超えた先でヒュドラが現れるはずなのだけれど──
「……ここまで来ても何も起きないって、この階層まで来たら最後の番人とかいるものじゃないのか?」
「もしかしたら、マルドゥクがもう生成魔法を持ってるから何も起きないのかもね」
「それならいいんだけど……」
ヒュドラは現れない。
それどころか、ガコンという音がしたかと思えば、扉が勝手に開いていく。
これはセレネの口にした通りかな、と思って、俺たちはオスカーの住処へと足を踏み入れた。