─木曜日─ 昼
昼食時のラッシュが終わり閑散とし始めたあるショッピングモールのカフェに長いブロンド髪をシュシュでまとめた女性が険しい顔をして一人座っていた。左手に持つ角形封筒の中身を透視するかのように睨みつけてため息を着くと右手で前髪をかき揚げる。既にテーブルの上にあるコーヒーの残りは冷たくなっていて、向かい側には空のコーヒーカップが代金と共に置いてあった。考え込むように俯いていると声を掛けられる。
「あれ、ビスマルクさんじゃないですか。どうしてこんな所に?」
ビスマルクと呼ばれた女性は聞き覚えのある声を聞いて振り向く。
「あら、ザラとポーラじゃない。こんにちわ」
「こんにちわ〜」
紙袋や手提げ袋をもつザラと、既に酔っ払っているポーラがそこに居た。二人はビスマルクに空いてる席を勧められるとザラは遠慮がちに、ポーラはふらふらと向かいの席に着いた。ビスマルクが二人にコーヒーを注文する。ザラとポーラが荷物をテーブルの上に置くとお互いの顔が見にくくなる。
「それでどうしてビスマルクさんはこんな所に? グラーフさんから国家公務員だって聞きましたが」
「まー、仕事ね。さっきまで近くで打ち合わせをしていてその帰り」
「ん? 所属はどこなんですか?」
この辺りに特に国家公務員が来るような施設は無かったはずだとザラは付け加える。質問にビスマルクは一瞬、迷ったような表情をして顎に手を当てると口角を軽く上げた。
「ちょっといえないとこ」
「ええ……」
普段接している真面目なビスマルクからは想像出来ない悪戯っ子のような表情を見たザラは軽く引いてしまう。
「ところで何をそんなに買ってきたの?」
「あ、えっと、店で使う果物やつまみ、ポーラのワインとかですね。ただ……」
話題の転換に一瞬ついて行けなかったザラはため息をついてそもそも話に加わってこないポーラに向けて手を振る。
「今日もなかなかいいのが手に入りましたー」
「ポーラはいつもみたいに目を離した好きにこうなってたってわけね」
「そうなんです……」
「ポーラは酔っている方が、ちゃんとお酒を見分けられるからいいんですよ、あだっ」
ザラのデコピンがポーラの額を襲った。ポーラが仰け反っておでこを抑え唸る。ビスマルクは思わず吹き出してしまい、顔に若干の笑みが浮かぶ。
「ふふ、本当に仲がいいわね」
「こんな妹なんで目が離せないんですよねえ」
「ポーラはザラ姉さまがいないと生活出来ませんー」
「世話焼きとヒモの関係だったかしら?」
ポーラがザラの腹に抱きついて、こんな妹を見離せない姉は頭を撫でている。ポーラをどうやって引き剥がそうと考えていると店の店員がテーブルにコーヒーを三つ、届けに来た。店員はからになった二つのカップを下げると立ち去っていく。
「私からの奢りよ。ポーラの酔い醒ましにもちょうどいいと思わよ」
「い、いえ。奢りだなんて」
「受け取って欲しいのよ。一緒に話し合いたいことがあるから」
「話し合いたいこと? もしかして……」
ザラが息を飲む。机に突っ伏していたポーラですら目を細くして興味深そうに顔をあげる。
ビスマルクは真剣な表情をして顔の前で手を組むと口を開いた。
「グラーフとアクィラの関係がデートするまで進んだことよ」
ビスマルクはコーヒーを少し口に含むと髪をかきあげる。先程同様、深刻そうな顔をしてメモ帳をカバンから出した。
「昨日、グラーフはアクィラから買い物の提案を受け彼女はそれを了承したわ。出てきた時はいつも通り寂しげたったけど車の中では『アクィラと……買い物……』ってずっと呟いていたわ。途中で寝ちゃったんだけど、寝言まで同じだったから正直恐怖を覚えるレベルね」
「そこまでですか……。ビスマルクさん。私はアクィラとグラーフがイチャついているのを途中から目撃しました。今から見たものをお伝えします」
──私は用事があって出かけていましたが、予想より早く帰ることが出来ました。客がいる気配がしたので裏口から入ってコートを掛けて一息ついていると笑い声が聞こえてきました。
アクィラがカウンターに突っ伏していたグラーフの脇をくすぐっていたのです。
──なんですって
──付き合っているのかと思うほどのいちゃつきぶりでした。グラーフさんの顔は息苦しかったのもあると思いますがかなり上気したものでした。そしてビスマルクさんからの電話が来ます。グラーフさんが店の外に出たとたん、アクィラは急にそわそわしだして心配そうな顔をしながらグラーフさんが出ていった扉を注視していました。
──早く付き合いなさいよ
──私もそう思います。それで話を戻しますが、グラーフさんが電話を終えて戻ってくると多少明るくなりましたが、三十分後に帰ると聞くと寂しそうな顔をしました。その後、アクィラがカクテルを作るために後ろに来たのと帰ってきたポーラの対応で数分様子を伺えませんでした。ポーラを寝かしつけてから戻るとちょうどアクィラがグラーフに買い物に一緒に行かないかと誘っているところでした。
──アクィラもグラーフに対しては奥手だったけど、大きく出たわね。それ以上にグラーフは奥手だけど
──アクィラもグラーフも失うのを恐れてすぐなんですよね。不器用というか、コミュ障と言うべきでしょうか。まあ、それはともかくグラーフさんは誘いを受けると一瞬固まって笑顔で誘いを受けました。その時のアクィラの喜びようは……言うまでもないです。
──尻尾をつければブンブンと振っていたでしょうね。いや、グラーフも同様に振っているのが目に浮かぶわ。
──何かこのタイミングでなにか進まないかと期待していたんですが、ダメでした。今度は私に電話が掛かってきたので様子を見るをやめて電話を終わらせてから戻るとグラーフさんは帰る準備をしていました。すると、カウンターからアクィラが出てきて寂しげに彼女を見つめました。
──なんで付き合わないのかしら
──早く付き合って欲しい限りです。アクィラがまた来てくださいと言うとグラーフさん頑張って金曜に来ると言いました。私はここでグラーフさんが耐えきれずアクィラを抱きしめると思ったんですが…… 。
──何もしなかったんでしょ? あのへっぴり腰が! もう少し勇気を出しなさいよ!
──アクィラだってグラーフさんが自身を好きであることを薄々感ずいています。だから、あの時アクィラからも抱きしめに行くべきだったんですよ! グラーフさんが帰ったあと、バックに来て私を見ると開口一番に『また、言いたいことを言えなかった』ですよ! ああ、もう、もどかしい!
──本当に、頭に来るわね! 私達がこうやってどうすればいいか話し合っていると言うのに!
「あのー。ビスマルクさん、ザラ姉さま。もう少し声を下げた方がいいと思いますよ」
立ち上がっていたビスマルクとザラがはっと、我に返りあたりを見渡す。流石に煩いと感じた店員が注意をしようと近づいて来ている。二人はやらかしたことに気づいて店員や周囲の客に謝ると恥ずかしそうに顔をうつ向けながら座った。
「アクィラとグラーフさんのためってことは分かりますけど二人とものめり込みすぎですよ。ポーラは放っておいても勝手に進むと思いますよ」
予想外の否定に険しい顔したビスマルクが拳でテーブルを叩くが、自信が音で正気に戻る。
「あの二人よ? いつまでかかるかわかったものではないし、ちょっとした出来事で崩れるかもしれないのよ? しかもグラーフは性的な面に未だに拒絶感持っているからアクィラが襲った時やばいわよ?」
「私も同意見です。一見すると強固な関係に見えますが、内情はかなり危ういと思います」
もっと信用したらと言いたげにポーラは不満げな顔でため息を着いた。腕を枕にする彼女の前にある空のコーヒーカップの縁を撫でる。
「崩れる時は崩れますが、なんて言いますかねえ。同じようにふとしたきっかけとかで元通りになるとポーラは考えますぅ。心配し過ぎなんですよ。あ、店員さん。追加でカフェラッテをお願いします」
「だから、ポーラ。それではダメよ。土曜は私達が見張らないと」
「見張るのは賛成するけどどうやってついて行くの?」
「こんなこともあろうかと、さっき変装ようにいくつか買っていたものがあります」
ザラが机の上の紙袋を口を広げてビスマルクに見せる。ビスマルクは中を見て驚くと、真剣な顔して頷いた。手を顔の前で組んでポーズを決める。
「これなら問題ないわね。では尾行の方法を詰めましょう」
再び白熱したビスマルクとザラの議論をよそにポーラはカフェラッテを満喫してゆく。アクィラとグラーフさんに尾行がバレませんようにという呟きは、二人の声と周り喧騒の中に溶けて消えていった。
後日、不審者情報が出たとか出なかったとか。
次回は金曜夜です