─金曜日─ 夜
「ありがとうございました」
今日最後の客となるであろう人が帰って行った。もう時刻は二十三時を回っているし流石にもう誰も来ないだろう。
「やーっと、終わりましたねー。これで賄いに興じれますー」
同じシフトだったポーラは扉が閉まると同時にだらけて机に突っ伏した。私もカウンター席に腰掛けて頬杖を付く。
「さっきから飲んでたでしょ。今日はザラがいないからって飲みすぎじゃない?」
「まーまー、アクィラもそんなこと言わないで一杯どうですか?」
「……欲しい」
「作ってきますねー」
ポーラはニヤけた顔をしてお気に入りのボトルとグラスを取りに裏に行く。待っている間にテレビでも見ようとリモコンに手を掛けたが……やめた。この時間はニュースぐらいしか見たいものはやっていないし、ニュースについては今は見たくない。
日曜からずっとグラーフが働いている会社の不正についての報道がずっと流れているからだ。詳しくはよくわからないけど、経営陣が殆ど変わるぐらいにやらかしたらしい。グラーフに限ってそんなことはないと思うけど、もし報道で彼女の名前が上がったりすれば……。
「持ってきましたよー」
「ん、ありがとう」
ポーラが私の前にワインボトルとグラスを二個置いた。
「今日は仕事が終わってワインが飲めるぞ〜」
「仕事中も……まあ、いっか。めいっぱい注いで。今日も酔いつぶれたいから」
二つのグラスに慣れた手つきでなみなみと赤ワインが注がれてゆく。近い方を手に取って、香りを確かめることもせずに一気に半分ほど飲む。
「はぁ……」
「ポーラが言うのもあれですけど、アクィラはここ数日飲みだと思いますよ? 今日だって二日酔いに効く薬やコーヒーを沢山飲んでいたんじゃないですか」
「そうだけど、飲まないとやってられないわ」
しばらく来ないだろうと書き残したグラーフはもう五日も来ていないし、連絡すらしてこない。日曜にやらかした手前、私から電話をかける訳にもいかずグラーフが今どこで何をしてどういう状況なのかは全くわからない。
唯一情報らしい情報といえば、ザラ経由でビスマルクから聞いた『グラーフはここ数日、家に帰ってこない、帰ってきても深夜』ぐらい。あっちは電話を掛けているらしいけどそれに出る暇もない様子。
グラーフにあんなことをしたにもかかわらず、彼女が心配で仕方ない。
「グラーフはちゃんとご飯食べているかな? 睡眠時間をしっかりとってるかな?」
「ポーラに聞かれても……。恐らくですけど、アクィラから電話を掛ければ出てくれると思いますよ?」
「うぅ、電話が掛けられたらなあ……」
私から掛けるなんて絶対に無理。掛けてもどうせ切られるに決まっている。でも、グラーフの声は聞きたい……いや、ビスマルクからの電話にすら出ないんだから私から掛けたって……。
「はぁ……」
難儀なものですね〜という酔っ払いの独り言のようなものが聞こえる。
それに少しムスッとして腹いせに残っているワインを全て飲む。ぶどうの芳醇な香りと風味が舌を包んで、程よく高いアルコールが気分を少し明るくしてくれる。本当に少しだけ。ワイングラスを持って照明の光を反射させているとしかめっ面をしている私の顔が写った。それを睨みつける。グラスの中にいる私も同様に睨みつけてきた。
「苦しみを忘れたいなら酒よりももっと効果が高いものを──」
玄関扉が開く音が聞こえる。誰が入ってきやんだろう。
顔をあげると、ポーラの目が珍しく開いていた。不思議に思い振り返る。
「やあ、その……まだ開いているか?」
グラーフだ。グラーフが息を切らしてドア枠に手をついていた。
「ま、まだ開いてますよ! 」
今座っているのはグラーフの定位置だから慌てて立ち上がり、席を開ける。グラーフは疲れているのか少しふらつきながら私の目の前を通って座る。通った時に少しきつい汗の匂いが漂ってきた。カウンターの中に戻って前に立つと私の方を見てくる。
「とりあえず、何かすっきりするのを一杯欲しいが……」
「わかりました」
グラーフの顔を見ると化粧で少しは薄くなっているけど、目の下に真っ黒な隈があった。それだけでなく全体的にやつれているような雰囲気がある。
もしかしなくても、ついさっきまで激務をこなしていたのかもしれない。そんな彼女を労う為にもいいカクテルを作らないと。
ふと、ポーラが近づいてくる。
「ふーん。ポーラは定時なんで先に帰ってますねー」
「あ、ちょっと」
引き留めようと手を伸ばしたけど、ポーラが出ていった。凄い含みのある笑みを浮かべて。追いかけるべきか、グラーフの相手を優先するべきか……。
「アクィラも定時なら、私は帰るが……」
「そそ、そんなことないですよ。ちょっと待っててください。今から作ります」
考えている時間はない。なんであんなに笑顔だったのかは明日聞けばいい。
グラーフの為に冷やしたピルスナーグラスをグラス入れから取る。そして後ろにある冷蔵庫からビールと炭酸レモネードを取り出す。グラスによく冷えたビールと炭酸レモネードを半々の割合で静かに入れた。
「すっきりするカクテル、パナシェです。爽快な気分になれますよ」
「ありがとう」
グラーフは受け取ると少しためらったあと、口を付けた。一口で半分ほど飲むと気の抜けた表情をする。
「その……大変だったって聞きました」
「ああ」
「色々と大丈夫でした?」
「……ああ」
気まずい沈黙が流れる。もっとグラーフに話しかけるべきなんだろうけど、何を言っても同じ反応を返してきそう。心ここに在らず、という感じだ。
どうやったらグラーフの気を惹けるかな。私から謝れば……いや、それはなんか違う気がする。カクテルの話や仕事の話をしても反応してくれなそうだし……。
「なあ」
「はい!?」
驚きすぎたと直ぐに後悔する。せっかく話しかけて来たのにこれじゃあ。
「……やっぱりなんでもない」
頭を抱えたくなる。何がグラーフをこんなに奥手にさせているんだろう。私がやっちゃったせい? それとも知らない間に何かやらかしてしまったとか? 違う気がするとか言い訳しないで謝れった方がいいのかも。
「その、グラーフ」
「っ、なんだ?」
「えっとー、その……」
なんて言おう。こっちを向いたグラーフの顔を見ながら考える。頭の中では話したいことがそれなりに纏まっているのに言葉にできない。私がしどろもどろしているうちにグラーフがそっぽを向いてパナシェを飲む。
やっぱりグラーフは今も怒っているのかな。やけに口数が少ないし、反応は鈍いし、いい加減に扱われている気がする。私が早く謝らないから失望したかも……。
ドン、とグラスがカウンターに置かれる音がして俯いていた顔を上げるとグラーフが空のグラスをこっちに差し出してきていた。
「すっきりするカクテルだった。……もし、残っていればでいいから先週買ったワインのカクテルを作って欲しいんだが、残っているか?」
「一杯分くらいなら残ってます。裏にしまっちゃったんで時間はかかりますが……作ってきますか?」
「ああ、お願いする」
「じゃあ、少し待ってて下さい。直ぐに作ってきます」
裏に行く扉を開けると冷たい空気が流れてくる。暖かい空気を名残惜しく思いながらワインボトルを入れた冷蔵庫に向かってゆく。
赤ワインはだいたいそのまま飲む人が多いからカクテルのレシピがあんまりないけど、何を作ろうか……。グリューワインとローザロッサは先週作ったし。
ん、ローザロッサ……あ、あれを作りましょう。
アクィラが扉を開けて中に入っていった。私のところまで冷たい空気が流れ込んできて少し肩を震わす。
ここは暖房がよく効いているとはいえ、ここまで走ってきた時の汗が冷えてきてちょっとだけ寒かった。いや、さっきアクィラに話しかけられた時の汗もあるだろう。なんて言われるのか怖くて仕方なかった。自分から話しかけた時に怖気付かずしっかりと言えばよかったのかもしれない。
「はぁ……」
アクィラが私を少し恐れているのはなんとなくわかる。私がアクィラの立場になっていたた怖くて顔を合わせることだってできない。かと言ってここ
「わかっているるんだが、後一歩が踏み出せない……」
カウンターに肘をついて頭を抱える。何かきっかけがあれば……あっても既に何個か潰した気もするが、言えるかも。言わないといけない。
扉が開いた音がして、顔を向けるとアクィラがワインボトルとジンジャーエールを持ってきていた。開いた扉からはまた冷たい空気が流れ込んでくるが、さっきよりは冷たさを感じない。
「よいしょっと。今から作りますね」
アクィラが氷が入ったワイングラスを取り出してワインとジンジャーエールを注いでいく。特に飾ったり何かをアピールしてきているわけではないのにその動作が美しく感じる。
「はい、キティです」
「ありがとう」
グラスを掴み、中に入っている赤いワインを眺める。
先週も同じようなことをしていた気がする。あの時は同じようなレシピにリキュールを加えたローザロッサだったけ。それとはどう違うか気になる。
口に含むと赤ワインの芳醇な風味とジンジャーエールの炭酸がよく合っていて飲みやすかった。リキュールがないから前回ほど甘くないがその分ワインの風味が凄く生きてくる。
「あの、少し気になったんですが……」
「なんだ?」
アクィラがビクッとした気がする。思った以上に恐れられているのかもしれない。内心傷つきつつ言葉を待つと何度か口をもごつかせている。
「グラーフって、赤ワインをそのままじゃなくてカクテルにして飲みますけど何か理由があるんですか」
「それは……」
理由は確かにある。だが、それを今ここで言えるかどうかは別問題だ。言ったら……恥ずかしさで死んでしまう。
「その、なんていうか」
「あ、言いたくないなら言わなくていいですよ。ただ気になっただけですし。変なこと聞いてごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて」
アクィラが凄く悲しげに俯く。その琥珀色の目に僅かに涙が浮かんでいるように見えた。
私の中で何かが吹っ切れる音が聞こえた。勢いよく立ち上がり、カウンターを拳で叩く。
「違うんだ!」
もう、止まれない。
「アクィラが作ったカクテルを飲みたかっただけなんだ。買ってきて、そのままではなく、アクィラがその手で作り出したカクテルを」
信じられないと言わんばかりに目を見開いてくる。
「それって……
「そう? それがアクィラへの私と思いという事なら、そうだ」
アクィラが戸惑い、そして顔が真っ赤になる。
「え、え?」
……待て、私は何を口にした。勢いで言ったが、これは間接的にアクィラに告白した事になるのでは?
顔が一気に熱くなる。とても恥ずかしくてアクィラの顔を見れない。両手で顔を覆い隠す。
足から力が抜けて椅子に座り込んだ。
「その……土曜の夜のことは怒ってないんですか?」
「怒ってないわけではないが……タイミングがズレただけでいずれああなるのは理解していた」
嘘をついてでも怒ってないと言うべきだった気がする。
自分の心と頭が混乱していて上手く思考がまとめられない。少しでも楽になりたくなってキティを口に含んだ。
「ごめんなさい……」
「……謝りたいのはこっちの方だ。いくら急に仕事が入ったとはいえアクィラと面と向かって話すべきだった。 そうすれば……」
「そうすれば?」
舌が縺れる。一瞬誤魔化すべきという考えが浮かぶ。それを振り払って正直に自分の気持ちを口にする。
「アクィラが悲しそうに泣く姿を見なくて済んだのかもしれない」
息を飲む音が聞こえた。今度はアクィラの目を真っ直ぐに見る。
「もうアクィラを悲しませたくないんだ。笑ってるアクィラが一番、綺麗なんだ」
「グラーフ……」
不意にアクィラが身を乗り出してきて両頬を掴まれる。心臓の鼓動が耳に響く。
彼女は頭を振って大きく深呼吸をした。瞳が私を貫かんばかりにじっと見つめてくる。
「グラーフ。アクィラは貴女にはずっと私が出したカクテルを飲んでいて欲しいと思っています。だから……一緒になりませんか?」
「ああ、喜んで」
どちらも、もう我慢できなかった。私が唇を近づけると同時にアクィラもその綺麗な唇を近づけて──一つになった。
驚くほど柔らかくて暖かい唇。もっとアクィラのが欲しい。舌を唇の隙間からアクィラの中へと潜り込ませようとする。一瞬だけ抵抗があったあと、先端が中に入った。そこでへこたれて舌をどう動かせばいいのかわからなくなるが、アクィラが舌で撫でて吸い付いてくる。されるがまま舌を彼女の口の奥へと運び、されるがまま舌で蹂躙されてしまう。惚けるような甘さで頭が麻痺していく。やられてばかりいられないと口の中をゆったりと撫で回す。唾液を送り込むと求めるかのように彼女の喉が鳴った。
次第に息苦しくなって流石に離して欲しいとアクィラの背中を軽く叩く。
薄らと開いている彼女の目がちょっと不満げな色を宿した後に糸を引きながら離れていく。
触れ合ったところは熱を持っていた。ぽぉっとするような、不思議な熱を。
プツっと糸が切れて口の周りについた唾液だけが残る。それを手の甲で拭き取ると不思議と現実感がでてきた。
「あ、そうだ。グラーフ、私から一杯奢らせてくれません?」
「だし抜けにどうしたんだ。まだ土曜のことを負い目に感じているのか?」
「もう、アクィラの口から言わせてくださいよ。そうです、負い目に感じています。だから区切る為にもグラーフに今から作る一杯を捧げます」
「……わかった。よろしく頼む」
アクィラは僅かに口角を上げて微笑むと後ろの棚にあるコニャックを一つ手に取った。更にカウンターの下からホワイトキュラソーとレモンジュースを取り出してそれらをシェイカーへと注いでいく。そして慣れた手つきでシェイカーの蓋を閉めシェイクを始めた。腕を動かす度にアクィラの香りが漂ってきて……焦れったく思ってしまう。
シェイカーの蓋を開けカクテルグラスにアクィラの瞳と同じ琥珀色の綺麗なカクテルが注がれていく。
「どうぞ、サイドカーです」
「ありがとう。どうしてこれを?」
「カクテル言葉って知っていますか?」
「一応知っている。だが、存在を知っているだけでサイドカーのカクテル言葉までは知らないな」
「サイドカーのカクテル言葉はですね、『いつも二人で』なんです。今回はグラーフとずっと一緒になれるようにという願いを込めて作りました」
言葉を切ってカウンターに頬杖を着くと優しい表情をして早く飲んで欲しいと言わんばかりにじっと見つめてくる。
カクテル言葉と見つめられて恥ずかしい。照れ隠しに飲もうと思ってグラスを口に近づけるとブランデーと柑橘系の香りが鼻に漂ってくる。いざ少しだけ飲むと、コニャックがベースの割には随分と飲みやすく感じた。アルコール度数は高いはずなのに、何杯でも行けそうなほどすっきりとしている。
「凄く飲みやすいな。お代わりを頼もうかと考えてしまう」
「一杯だけならともかく、二杯も飲んだら潰れちゃいますよ? これで最後にしてください。今日こそは覚えていて欲しいですし」
「むぅ。確かに、これで最後にした方がいいかもしれない」
「まあ、夜はこれからですけどね」
アクィラが着てるシャツのボタンに手を掛けて、上から一つ一つボタンを外していく。柔らかそうな彼女の胸とピンク色のブラジャーが少し見えたところでは恥ずかしくなって目を逸らした。
「日曜に見たのに恥ずかしがるんですか?」
「それとこれとは状況が違うだろ……」
「でも顔を逸らしている割にはチラチラ見てきますね」
「うっ……」
柔らかそうな彼女の胸が頭から離れない。手を伸ばせば届く距離にあるそれを触ってみたいが、どこか抵抗を感じる。
「ほら、もっと寄ってみて下さい。触ってもいいんですよ」
「ちょっと待ってくれないか」
アクィラが口を少し尖らせて、僅かに唸る。私の左手を掴んだかと思うと、柔らかい感覚が左手一杯に広がる。本当に凄く柔らかくて、暖かい。
「ダメです。早く飲んでゆっくりしましょう。仮眠室ならもっと」
「っく、調子に乗るんじゃない」
左手を振り払って彼女の額にデコピンをする。
「あいた!」
「いくらなんでも調子に乗りすぎだ……全く」
妙に身体が熱い。右手に持ったままのサイドカーを口に流し込む。
「顔を真っ赤にしたまま言われても説得力がないですよ」
「むぅ」
なんというか、悔しい。いじけてそっぽを向いていると左手をゆったりとと掴まれ、手の甲を撫でてくる。彼女の手が左手を撫でる度に擽ったく、なんとも言えない幸福感が出てくる。
「ねえ、グラーフ。真面目な話それを飲み終わったら仮眠室に行きませんか? グラーフと混じり合いたくて堪らないんです」
「上目使いでそういうことを……はぁ、わかったから少し静かに飲ませてくれ」
「やったぁ。ちょっと暖房つけて来ますね」
仮眠室に行かないと行けないことはとりあえず置いておくとして、やっとゆっくりと飲める。そう思っていると目の前を手が横切って両頬を掴まれる。反応する間もなく顔を回されてアクィラのにやけ顔が見えたかと思うと、またキスをしてきた。
今度は先程のように激しくはなく、唇を合わせただけだった。彼女は直ぐに離れると軽く手を振って風のように仮眠室へと向かい消えていく。
バタンという扉が閉まる音がすると同時に静寂が訪れる。
度重なる思ってもいなかった出来事を受け、動きが鈍くなった頭に手を当てる。
今日は兎に角ここに来て、日曜のことを口から伝えようと考えていたとだけ考えていた。なのになかなか伝えられず、ようやく言えたかと思うとトントン拍子でお互いが気持ちを伝えあって、濃厚なキスをした。さらにアクィラからカクテルを奢られたかと思うとベットに誘われる。驚くほどの進み具合に、現実感があまり無い。
ここまでのことが夢だったのかもしれないと考えてしまうぐらいには。
「本当に夢だと思いますか?」
「アクィラ、いつの間に」
「ここまでのことがーって声に出した時にちょうど戻ってきました。暖房のスイッチを入れるだけですし、そんなに時間はかかりませんよ」
カウンターから出てきて私の右隣の席に座ると肩に寄りかかってくる。
「ねえ、グラーフ。さっきも聞きましたけど、今日のことが本当に夢だと思いますか?」
「そうだな……」
「アクィラは夢であってもいいかなって考えてます。これ以上幸せな時間はそうそうないですから……」
「少なくとも夢ではないと思うぞ」
「どうしてです?」
不安そうな声を上げた彼女の肩を掴んで更に体を密着させる。
「夢だったら、こんなに私の鼓動が高鳴らないと思うぞ」
「グラーフ……」
やばい、やったのはいいが凄く恥しい。それにもっといい言葉にするべきだった。
アクィラは余程嬉しかったのか頭を乗せている私の肩に擦り付けている。嬉しそうにしているし、さっきの言葉の選択は悪くはなかったようだ。
「ねえ、早く仮眠室に行きませんか? 飲み終わったんですよね?」
「ああ、飲み終わった。だが……私はそうことを殆どした事がないんだ」
「だから自信がないと言うんですか? 大丈夫ですよ。アクィラが手取り足取り教えてあげますから」
耳元でボソボソと呟かれる。呟かれただけなのに耳が擽ったく、気持ちいい。
うなづいて返すと少しだけ満足そうな顔をする。
「それじゃあ、一緒に行きましょう。一名様ご案内〜」
されるがまま立ち上がって店の奥へと連れていかれる。
これで、よかったんだろう。私もアクィラも今は幸せだ。山や谷を越えてようやく一つになれる。
だが、アクィラに主導権を握られるのはあんまり良くない。
反抗心から生まれた少しでもやり返さないとという思いは、ベットに押し倒されアクィラの顔を見た時に捨てる他なかった。
─土曜─ 朝
暖かい。そう感じて寝返りを打つ。その時に手が暖かく適度に柔らかいものに触れる。なんだろうと思って少し手を動かすと握り返してきた。
「おはよう、アクィラ」
「んぁ……おはようございます」
重い瞼を上げるとグラーフがこっちを見ていた。私と彼女との間には恋人繋ぎをしている手がある。
「眠い……今起きたんですか?」
「いや、アクィラよりちょっとだけ早く起きた。ぼーっとしていたらアクィラが手を伸ばしてきたから握ったんだが……余計だったか?」
「そんなことないですよ。凄く嬉しいです」
前と違ってグラーフが居てくれるからそれだけでも充分嬉しいのに、手まで繋いでくれるなんて……。
「ところで、夜の感想はなにかありますか?」
「感想って……。その、自分でやるのとは違って、気持ちよかったがなんというか不思議な感じがした。慣れるまで時間がかかりそうだ」
「ふふ、直ぐに慣れますよ。グラーフはなんでもできますし」
グラーフが戸惑ったような表情を浮かべて、納得したのか微笑んで頷いた。
その姿があまりにも可愛いい。左手を彼女の頭に伸ばしてよしよしすると、こそばゆいのか頬がほんのりと赤くなる。
「あ、そういえばグラーフの口から直接好きって聞いてませんね。おはようのキス代わりに言ってくれません?」
「……言わないとだめか?」
「言ってください。貴方の口から直接聞きたいんです」
頭を撫でていた左手を頬まで動かして、そっと表面を軽く撫でる。
グラーフは恥ずかしいのか目をあっちこっちに向けてもじもじした後に、ぎゅっと目を瞑る。
少ししてから開かれた目には覚悟の色があった。
「アクィラ、好きだ」
「私も大好きですよ、グラーフ」
共に顔を近づけてキスをした。
*
グラーフがベットから降りて服を着ている。キリッとしていたでろうスーツは少しよれている。
「ところで明日はともかく、明後日以降はどれくらいの頻度で来れますか?」
「実は……」
肩を竦めて溜息をついた。
「昨日、会社に辞表を叩きつけて来たんだ」
「ふーん、え!?」
「色々あってな。自主退職者を求めていたから昨日までに引き継ぎを終わらせて、辞めた。そして直ぐにここに来たんだ」
「色々って……今は置いておきますけど、これからどうするんです?」
グラーフが気まずそうに黙り込む。
「もしかして……何も考えないんですね」
「ああ。だが後悔はしていない。あの会社に留まるくらいなら辞めた方がいいからな」
自嘲気味の口調だった。辞めたのはまあ、今どき珍しくはないけど、働き先が決まってないとなると……あ、そうだ。
「なら、うちで一時的にでも働きませんか? リットリオとローマがやっているレストランが忙しくてよくザラとポーラをそっちに回しているんです。だから人手が少し足りなくて……」
「ぜひ、やらせてくれ! アクィラと一緒に働きたい」
「思ってたよりグイグイ来ますね……。わかりました。いつも二人で、一緒に働きましょう」
グラーフの顔に幸せそうな満面の笑みが広がる。私の顔も彼女と同じように幸せそうな表情をしているのがよく自覚できた。
さあ、これからの予定を考えなくちゃ。いつまでも、一緒に働けるような予定を。
アクグラはいいぞ(素振り)
書きながら死んで確認しながら死んで、読み直して死んでます。やったぁくっ付いた!
完結したので次回作は──えっちぃのだと思います。ちょっとした合同の原稿の進捗しだいですが。精神削りながら書くの気持ちいい(白目