命が射す   作:ptagoon

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オーマイゴッド

──狼と鴉──

 

 

 やっぱり、諦めるしかないんじゃないか。

 

 いつの日だったか、妖怪の山のほとりに流れる小川で一休みしている際、友人にそう言われたことがある。たしか、私と河童の河城にとりの二人で将棋をしながら語り合っていた時のことだ。

 

 昨日、萃香様を病院に運んだ後、私たちは、その病院の待合室で一夜を過ごした。単純に萃香様の様態が気になったのと、あとは、頭を冷やしたかったのだ。

 

 笑えたのは、血塗れの萃香様を見た医者が、分かりやすく動揺し、そして、体内に弾丸のように残った豆を取り除こうとメスを使った結果、そのメスの方が折れ、結果的には、一夜明けたら、豆が勝手に体外に排出され、驚くことに角も再び生え、傷跡も綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「寝たら治ったよ」

 

 と朗らかに笑う萃香様はピンピンとしており、まあ、大体予想はしていたものの、それでもほんの少し心配していたので、その気苦労を返して欲しかった。

 

 笑えなかったのは、萃香様が、今回の件について、手を引くと言って聞かないことだった。

 

「余計なお節介は、かえって状況を悪くするだけだよ」と鬼らしくもなく消極的なことを言い、とっとと博麗神社に帰ってしまった。ボコボコにされ、やる気を無くしてしまったのかもしれない。鬼である彼女ならば、復讐に燃えると思っていたのだが、大誤算だ。

「大天狗様が相手だったら、分が悪すぎるって」

 

 にとりは、将棋の駒を適当な場所に置き、沈んだ声を出した。

 

「大人しく、何も見なかったフリをした方がいい」

「たしかに、そうですね」

「そうだよ。そうしないと、私たちまで」

 

 言葉尻が段々と小さくなっていったせいで、にとりがなんと言ったのか、最後まで聞き取れなかった。が、予測はできる。私たちまで、同じ目に遭ってしまう。そう言いたいに違いない。

 

 自分の持ち駒である歩兵をピンと指で弾く。くるくると回転しながら空へ舞い上がった駒は、風に流され、川まで飛んでいってしまった。空を見上げる。一面を覆う黒い雲が、かなりの速さで流れている。夏の嵐の気配が濃くなっている。それでも、私もにとりもここから動く元気はなかった。

 

「私だったら、何とかなりませんかね」

 

 言葉こそ疑問形だったが、にとりに訊ねているわけではなかった。いったい誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。

 

「私が新聞に、椛の悪行はでっち上げで、大天狗様が賄賂をしていたと、そう書いたら、どうでしょうか」

「どうでしょうかって」にとりは語気を強めた。

「それはただ、文が妖怪の山にいられなくなるだけだよ。文の新聞なんて、誰も信じないし、大天狗様には目を付けられる。最悪だ」

「なら、どうすればいいんですか」

 

 どうすればいいか。答えは簡単だ。諦める。そうだ。別に、諦めても何の問題もない。ただ、椛の名誉は戻らないだけだ。大天狗様も意外と悪い妖怪だったんだね、と世間話をし、これは絶対に誰にも言えないぞ、と心の箱にしまい込めば、この話は終わり。それよりも、新聞大会について考えた方が、よっぽど有意義だ。

 

「でも、新聞大会もおかしくなってしまったんですよね」

「そうだな」何となしに口に出た言葉だったのだが、にとりは神妙な顔で頷いた。

「優勝とか、そういうのじゃなくなった。どれも同じ内容だよ」

「まあ、優勝は私ですが」

「それはないよ。というより、文はそっちじゃなくて、もう一つの大会に力を入れたほうがいいと思う」

「もう一つの大会、ですか」

「武闘大会だよ」

 

 ああ、と気の抜けた声を零してしまう。そういえば、参加することになっていたのだった。

 

「私は文に賭けたんだから、優勝してもらわないと困る」

「面倒なので、棄権しますよ」

「困るって」

「いいじゃないですか。困って困って、そうやって成長していくのです」

「成長する前に破産するんだよ!」

 

 にとりは半泣きになっていた。いくら賭けに負けるとは言え、そこまで感情を露わにしなくても。

 

「大丈夫ですよ。賭けに負けても、出すものさえ出せば、何とかなります」

「出せるのは不渡りだけだ」

「というより、いったい何を賭けていたんですか?」

 

 にとりの様子から、勝手に金銭をかけているものだとばかり思っていたのだが、椛が棄権したことにより、彼女は既に多くの金を持っているはずだ。貪欲に、もっと多くの金を手に入れようと企んでいるとも思えたが、にとりらしくはない。

 

「何って、いろいろだよ」

 

 案の定、彼女はどこか恥ずかしげに鼻を擦り、そしてすぐに憂鬱そうな表情に戻った。大天狗様について、正確には椛についてのことを忘れようとしているのに、嫌でも思い出してしまう、といった顔だ。

 

「機械のこととか、キュウリのこととか、いろいろだ。私は審判もやってるからね。その関係で、色々面倒なんだよ」

「審判?」

「やっぱ、賭けをやると、白黒はっきりしないこととかあるだろ? そういう時にどっちが勝ったかを決めないといけないんだ」

「にとりにそんなことできるんですか?」

 

 むしろ、にとりに頼むと不正が横行しそうで怖かった。

 

「できるというか、やらされるというか」

「やらされる?」

「その賭けに極力関係ないような奴を審判にするんだよ。そうすれば、不正が減るだろ? 第三者って奴だ」

 

 意外と考えているんだな、と感心し、そしてすぐに、その知識をもっと他に生かさないのか、と呆れる。これでは、武闘大会の管理も案外ずさんかもしれない。いや、ずさんだったからこそ、私がエントリーされてしまったのだろう。

 

「第三者、か」

 

 なんとなく、にとりの言葉が引っかかった。特に理由があったわけではない。その語感と響きの良さが頭に残り、繰り返し木霊していただけだ。だから、ふと思いついたそのアイディアも、大した算段があったわけではなかった。だが、カチカチと、頭の中で未来が出来上がっていく。もしかすると、いけるのではないか、といった算段だ。

 

「あ!」

 

 にとりが叫び声を上げたのは、その時だった。また何か起きたのか、と慌ててカメラを構え、反射的にシャッターを切る。切って、後悔した。そのしょうもなさに、むしろ尊敬を覚える。

 

 にとりが叫んだ理由は単純だった。ポケットから取り出してのであろうキュウリが、彼女の手の上で真っ二つに折れてしまっていたのだ。撮った写真を確認する。キュウリに目を落とし、悲しそうに口を開けているにとりの顔は傑作だった。

 

「何やっているんですか」

 

 私の声もつい弾んでしまう。もしかすると、希望の光が見えたからかもしれない。

 

「たかがキュウリが折れただけで、そんな悲しそうな顔しなくても」

「たかがって。キュウリは丸かじりするのが一番おいしいんだよ。折れたら、喜びも半減だ」

「そんなことはないと思いますけど」

 

 これでは、いつか鍋にもキュウリを入れろだなんて言い出しそうだな、と肩をすくめ、そしていいことを思いついた。カメラに表示された、にとりの間抜け面を見る。もしかして、これは使えるのではないか。

 

「ねえ、にとり」

「なんだよ」 

「武闘大会、出てもいいですよ」

「え」

 

 ぽかんと、にとりは不安そうに見つめてきた。急な心変わりを怪しんでいるのだろう。何か企んでいるのではないか、と疑っているに違いない。そして、それは当たっていた。

 

「優勝賞品って、たしか、河童の技術力でできる範囲なら何でもしてくれるんでしたよね」

「あ、ああ。そうらしいね」

「それって、どの河童に頼んでもいいんですか?」

「私に頼みたいってこと?」

 察しのいいにとりは、人差し指で自分の鼻を突いていた。

「別にそれはいいけど、何をさせるつもりなんだ」

「協力してください」

 私はにとりの目を見て、はっきりと言った。まさか、断るわけないですよね、と念を押す。

「協力って、何にだよ」

「作戦です」

「作戦?」

「大天狗様の悪事を衆目に晒す作戦です」

 

 にとりは固まった。生き物はこうも微動だにせずに佇むことができるのか、と驚くほどにピクリともしない。

 

「止めたほうがいい」

「いえ、にとりには迷惑をかけはしませんよ。失敗しても私が殺されるだけです」

「殺されるって」

「大丈夫ですよ。私を信じてください。というより、協力してくれなければ、武闘大会には出ませんよ」

 

 折れたキュウリを頬張ったにとりは、ガシガシと頭を掻いた。はぁ、と溜め息を吐き、そしてまだ息を吸っていないのに、もう一度溜め息を吐いている。はぁはぁ、と自らの内に巣くった不安と恐怖を吐き出すかのように、何度も何度も吐き出した。

 

「分かったよ」

 俯きがちに言ったにとりの声は、思ったよりも明るかった。

「やるよ。私も、このままだと嫌だしね」

「あややや。いい判断です」

「それで? いったい、作戦って何をするんだよ」

「とりあえず、この写真に合成をして欲しいんですよ」

 

 私は手に持ったカメラの画面をにとりに見せた。先ほど撮ったばかりの、情けないにとりが映し出されている。

 

「そうですね。この木陰の辺りに付け加えて欲しいんです」

「付け加えるって何を」

「怪しげな顔で金銭を受け取る大天狗様とか、どうでしょうか」

 

 はぁ? とにとりは顔をしかめた。何を言っているんだ、と馬鹿にするような表情だな、と思っていると「何を言っているんだよ」と実際に口を尖らせてくる。

 

「椛が捏造の写真で貶されているからって、その報復のつもりかい? たしかに上手くいくかもしれないけど、間違いなくバレて怒られるよ。それに、失敗する確率も高い。誰も信じないよ。私だって、萃香様の言葉じゃなかったら、大天狗様が賄賂をしただなんて、信じられないさ」

「まあまあ、落ち着いてください。早とちりは駄目ですよ。急がば回れ、です」

「それを文が言うのか」

 

 呆れるにとりを前に、私は頷いていた。そうだ。こんなものでは大天狗様が賄賂をしたと、そして無意味に椛を甚振ったとは信じてもらえない。もっと、決定的な証拠が必要だ。写真以外の、決定的な証拠が。そのためには、些細な犠牲には目を瞑らなければならない。

 

「この写真は、あくまでも誘導のためです」

「誘導?」

「そうですよ。きちんと防水用に袋に入れて、持ってきてください。あとは、そうですね。私も誘導用の新聞を作りますよ。妖怪の山襲撃事件! と銘打って、さも悲劇的な異変が起きているように」

「待て待て。話の全体が見えてこない」

「にとり、冷静になってください。説明しますから」

 いいですか、と私は指を立てて、笑う。

「一つだけ、冴えた方法があるんですよ。私もにとりも、極力被害を被らずに、事態を明らかにする方法が」

「なんだよ」

「第三者に解決してもらうのです」

 にとりはピンときていないようで、どこか上の空だった。

「いいですか。もし、誰かが賄賂について熱心に調べていると大天狗様が知ったら、絶対にくいつきます。くいつけば、何かしら証拠を残すはずです。そこを、私たちが抑えるんですよ」

「でも、それだと」

 

 にとりはやっと、額の皺を解いた。かわりに眉根を下げ、悲しげな顔になる。

 

「その、第三者とやらは危険な目に遭うんじゃないか?」

「カナリアですよ」

「え?」

「炭鉱のカナリア。聞いたことありますよね」

「あるけど、それが?」

「カナリアは繊細なんです。だから、炭鉱に連れて行って、カナリアが鳴くのを止めるのを見て、人間は毒ガスの有無を察知していたんですよ。まあ、そんなことしていたら、カナリアはすぐに死んでしまいますが」

「だから、それがどうした」

 

 私は息を吐き、思い切り吸った。これが非情な選択だと言うことは分かっている。だが、現状これしか選択肢がないのも確かだった。努力をしなければ。いずれにせよ絶望するのなら、まだ、被害が少なくなる選択肢をとったほうがいい。

 

「理には適っていると思いませんか? 誰だって自分が大事ですから。危険性を他者になすりつけられるのであれば、積極的にそうするべきです。カナリアは必要経費なんですよ」

 

 私はにとりに背を向けた。彼女が何かを小さく呟いているが、うまく聞き取れない。気にせず、私は言葉を続ける。

 

「いいですか。私が、第三者に何とかして、妖怪の山襲撃事件を解決してくれ、と頼みます。頼んで、やる気にさせます。そしたら、にとりは、大天狗様が賄賂をしている合成写真を落としてください。ああ、そうですね。にとりも、その襲撃犯に襲われた、と言った方がいいかもしれません。そうすれば、賄賂と襲撃についての関連性が強調されますし」

「ちょっと待ってくれ」

「きっと、その写真を拾ったら、気になるはずです。この賄賂をしている妖怪は怪しそうだ。もしかすると、襲撃事件に関係があるかもしれないと。あとは、勝手に調べてくれるはずです。調べて、大天狗様に勘づかれてくれるはずです」

「ちょっと待てって!」

 

 にとりが大声で声を挟んできた。横目でチラリと様子を窺う。パクパクと口を動かしていた。言いたいことがありすぎて、戸惑っているように見える。

 

「だったら、大天狗様が怪しいと思うから調べてくれ、と直接頼めばいいじゃないか」やっと口に出した言葉は、戸惑いに満ちていた。

「どうしてそんな」

「それだと、私たちが情報源だとバレたら大変じゃないですか。あくまで、自分で探し出した、と思ってくれないと。それに」

「それに?」

「男と皿の話、知っていますか?」

 

 にとりは動かない。知らないのだろう。当然だ。私だって知らなかったのだから。

 

「むかし、ある人間が、実験をしたらしいんですよ。男に一枚の皿をプレゼントして、これは三銭の価値があると伝える。その後で、別の奴が、そのプレゼントをもらった幸運な男に、その皿を、十銭でもいいから売ってくれ、と頼むんです。それでも男は、結局売ることはなかった」

「だから、それが」

「つまり、です。私が何を言いたいかと言うと」

「言うと?」

「自分が手に入れたものは、価値があると勘違いするってことですよ。それが物だったら高価であると思うし」

 

 私はそこで言葉を切った。振り返り、にとりを見る。

 

「情報だったら、それが正しいと信じるんですよ」

 

 私は頭の中で、その第三者は誰が適任であるかを考える。あくまで、大天狗様を恐れているのは、妖怪の山の支配体制に組み込まれている我々だけだ。例えば博麗の巫女に、真実を明らかにしてくれと頼めば、権力なんて気にせず解決してくれるはず。だが、霊夢には頼めない。もしそうすれば、確実に萃香様に止められる。

 

 そもそも、彼女が妖怪の山の賄賂について、私に情報提供を求めた主な理由が、霊夢を巻き込みたくない、だったはずだ。それなのに、私とにとりが頼み込めば、いい顔をしないに違いない。それに、そもそも足を突っ込むなと忠告されている以上、萃香様の周りの人間や妖怪には頼みづらい。

 

「でもさ、そんなうまくいくか?」

 

 にとりはまた、眉間に皺を寄せた。このままずっと険しい顔をしていると、一生その皺が取れなくなるのでは、と心配になる。

 

「文の力になって、それでもって、写真一枚で、大天狗様の賄賂について熱心に調べるような奴はいるのか」

 

 私の頼みを聞いてくれるような優しさを持つと同時に、合成写真から大天狗様への道のりを推理する地頭の良さと、実際に解決しようとする行動力を併せ持つ人物。それでいて、我々の支配体制の外にいて、万が一襲われた場合にも対処できる強さと背景をもつ人物。そんな都合のいい人は。

「困った時の神頼み、ですよ」

 

 そんな都合のいい人は、早苗さんしか思いつかなかった。

 

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