命が射す   作:ptagoon

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目の上のたんこぶ

──狼と鴉──

 

 

 

 文さんのせいで、酷い目に遭ったじゃないですか。

 

 いつの日だったか、妖怪の山のほとりに流れる小川で一休みしている際、部下にそう言われたことがある。直属の上司にあたる大天狗様にお叱りを受け、そのストレスを椛で解消しようとしていた時のことだ。

 

「どうして私まで大天狗様に怒られなきゃならないんですか」

「知りませんよ」

「どうせ、また文さんが何かやっちゃったんですよね」

 私は否定も肯定もしなかった。認めたわけではない。一体何をもって、やっちゃった、と見なすのか、分からなかっただけだ。

 

 一時間前、大天狗様からの招集を受けた私は、しぶしぶながらも山頂付近にある無駄に立派な建物に行き、その中でも一番大きな部屋へと入った。

 以前、といっても二年前だが。その当時の大天狗様は謙虚で、そして気取らない性格だったので、こんな絢爛な部屋に引きこもっていなかった。

 

 が、老衰を理由に大天狗の座を降りた彼に代わった次の大天狗様は、典型的な成金趣味を持っているようで、大きな部屋の壁一面がきらびやかに装飾されていた。鴉は光り物に目がない、とはよく言うが、それでも今代の大天狗様よりはマシだろう。もちろん文句は言わないし、不平もない。上司に刃向かうなんて、鴉天狗である私がするわけがなかった。

 

「射命丸。おまえ、どうして呼ばれたのか分かっているのか」

 私が跪くより早く、大天狗様はそう言った。低く、威圧感のある声のせいで体が震え上がる。顔を上げられない。実力行使をすれば、いくら大天狗様相手にも負けるつもりはなかったが、その圧倒的自信と権力がにじみ出る独特の声は、凍えるほどに不快感に溢れていた。

 

「お前はいつだってそうだ。どうして余計なことばかりする」

 顔を下げたまま、大天狗様の顔を窺う。眉間に刻み込まれた皺は怒りのせいか、それとも生来のものなのか、全く緩む気配はなかった。真っ黒な髪は私より長く、後ろになでつけているせいで、酷く悪人面に見える。天狗装束も変に着崩しているせいで、それを助長していた。

 

「お言葉ですが、この射命丸には、大天狗様が何をおっしゃりたいのか、察しかねます」私はできる限り、彼の逆鱗に触れないように言葉を選んだつもりだった。だが、何がいけなかったのか彼は激昂し、みるみる顔を赤らめていく。失敗した、と舌を打ちたくなる。

「察しかねますではない! お前の出す新聞に、見逃せないことが書いてあったのだ」

「お読みいただき光栄です」

「ふざけていると殺すぞ」

 

 私は至極まじめだったのだが、大天狗様はそう受け取らなかったようで、みっともなく子供のように地団駄を踏んだ。ああ、どうして、と心の中で嘆く。どうして先代の大天狗様はこのようなお方を後継者にしてしまったのか。

 

「お前、この前、新聞で妖怪の山の現状について言及していただろ。あの目障りな神社のことや、危なっかしい河童のことについて」

「それが何か?」

「その記事に、『妖怪の山の支配体制の変化が悪影響を及ぼしている』と書いてあった。あれは、我を侮辱しているのか?」

「まさか、滅相もございません」

 私は内心で舌を巻いていた。鋭い。まさか、あんな一文まで確認しているとは思わなかった。細かいというか小心者というか。

「もう二度と、あんなことを書くなよ。次書いたらただじゃおかないからな」

「ただじゃおかないって、一体なにをなさるおつもりなので?」

「お前、やっぱふざけてるだろ」

 大天狗様の顔にぎゅっと皺が寄り、鬼のような形相になる。もっとも、本当の鬼に比べれば可愛いものだが、恐ろしいことには変わりない。

 

 視線を逸らすことは悪手だと分かってはいたが、それでも私はきらびやかな壁に目を移す。部屋全体がキラキラと輝いており、ゴミ箱すら金色だった。

 

 そのゴミ箱の中に、見慣れた物が入っていた。燃やされたのか、黒く炭化しているが、わずかに燃え残った紙で、その正体が分かる。間違いない。私の新聞だ。

 

「ああ、これか」私の目線に気づいたのか、大天狗様は面倒そうに見下してくる。

「読み終わったからな。鴉天狗の新聞を全て保管してたら、部屋が一杯になってしまう」

「いえ、そうではなく」我々の新聞全てに目を通していることにも驚いたが、それより。「どうして、燃えて炭になっているのですか?」

「ああ、そんなこと」

 彼の目の鋭さがふっと緩んだ。怒りの形相はそのままだが、年寄り独特の自慢げで、得意そうな表情がうっすらと浮かぶ。

「焚き火をしたんだよ」

「焚き火? この時期に、ですか」

「心頭滅却のためだ。単純な話だよ。いらん情報を漏らさんようにするついでに、我の機運も高める。一石二鳥ならぬ、一ゴミ二鳥だな」

 

 何もかかっていない戯れ言だったが、私はさも感服しています、という顔をして、実際に「感服いたしました」と声を上擦らせる。

 

 椛が部屋に入ってきたのはその時だった。

 

 失礼します、と震える声を出した彼女は、私から二、三メートル離れたあたりに跪き、大天狗様に頭を垂れた。その際、こちらを意味ありげに見つめてきたが、気づかないふりをする。

 

「射命丸。先刻、お前は『もし同じことをしたら何をするか』と訊いてきたな」入ってきた椛を見おろした大天狗様は、真顔のまま言った。

「もしお前がまた何かをやらかしたら、今度は椛にも罰を与える」

「え?」

「我は思うのだ。上司の責任は部下が取るべき、だとな」

 

 ならば、あなたこそが全天狗の責任をとるべきではないか。口から出かかる文句を必死におさえる。

 

「今回は、射命丸。我の寛大な措置により、山の哨戒作業だけで済ませてやるが、次は無いと思え。そこの白狼天狗もろとも、妖怪の山にいられなくなるぞ」

「承知いたしました」

 

 深々とお辞儀をしながら、私は内心で毒づいていた。どうしてこいつは、椛を罰することが私に対する抑止力になると思っているのだろうか。むしろ、私が悪さをする度に椛が叱られると思うと、心が躍る。大天狗様による罰を差し引いてでも、お釣りがくるくらいには魅力的だと、跪きながら私をにらみつけてくる椛を見て、思った。

 

 大天狗様のお叱りを受けた私は、彼の言った『哨戒任務』とやらを果たすために、正確には果たしていると見せかけるために、昨日、にとりが盗聴器をしかけた辺りにきていた。予想外だったのは、怖い顔をした椛も着いてきた、ということだ。きっと、私に文句を言いたいのだろうな、と思っていると、案の定彼女は突っかかってきた。

 

「文さんが勝手に何かをやらかして、怒られるのは構いませんが、私にまで迷惑をかけるのは止めてください」

「迷惑なんてかけてないじゃないですか」

「かけてますよ」

「かけてないですよ。かき氷のシロップくらいに」

「どういう意味ですか、それ」

 

 真っ白な髪を逆立て、椛の柄の入ったスカートをばたつかせながら怒る彼女は、よっぽど頭にきているようで、腰にかけられた鞘から刀を抜いていた。おそらく無意識的なのだろう、幅広の刀の切っ先をまっすぐに向けてくる。なんて無礼な。

 

「当然知っていると思いますけど、かき氷のシロップって、メロンもいちごも、色が違うだけで全部同じ味なんですよ」

「だから、何の話ですか。私は大天狗様に叱られたことについて」

「まあまあ、落ち着いてください」どうどう、と両手を体の前で立て、手のひらを向ける。「つまりですね。かき氷のシロップの味が違うのは、見た目に騙されているからなんですよ。思い込みです」

「それがなんだっていうんです」

「人を見た目で判断してはいけないってことですよ」

「はい?」

「あなた、今の大天狗様を尊敬しているのでしょう」

 

 椛の顔が固まった。彼女にしては珍しく動揺している。構えていた剣は震え、反対の手に握られた紅葉の葉が描かれた盾で自分の体を隠していた。なんて分かりやすい。

 

「だから、そんなに怒っているんですよね。『わんわん。私の大好きな大天狗様に嫌われちゃったら、どうするわん』って」

「そんなことないです」

「ありますよ」

 

 大天狗様に睨まれた椛の姿を思い起こす。あんな生意気な彼女が、あそこまでしおらしくなるとは思わなかった。たしかに、私以外と話すときはそこまで生意気でないような気もするが、逆にあそこまでへこむこともないはずだ。

 

「大天狗様の見た目は、いかにも威厳がありますって感じですけれど、騙されてはいけませんよ。人は見かけによらないんですから。シロップと同じです」

「大天狗様をシロップ扱いするなんて、また怒られますよ」

「イッシーがあれば、バレて怒られるかもしれませんね」

 

 怒りすぎて冷静になったのか、やっと鴉天狗に剣を向ける愚鈍さを悟ったのか、彼女はおずおずと剣をしまい、その場にへたりこんだ。逆立っていた髪が収まり、風でさらさらと流れる。私も彼女から少し離れた平らな石に腰を落とした。厚い雲に空が覆われているためか、かなり涼しい。川の流れも心なしか速いような気がした。もしかすると一雨来るかもしれない。

 

「文さんには分からないかもしれないですが」

 椛は川辺を見つめ、聞いてもいないのに、ぽつりと呟いた。川の流れる音に負けそうなほど、小さな声だ。

「私たち白狼天狗にとって、大天狗様は雲の上の存在なんですよ。そんな彼から直々にお呼び出しを受けたとき、私は嬉しかったんです」

「嬉しい? なんでです?」

「どこかの誰かさんと違って、悪いことなんてしてないので、呼び出されるとしたら褒められるのかなって、そう思ったんですよ」

「いったいどこの誰なんでしょうか」

「あのですね!」椛は語気を強める。怒っている、というよりは落胆を隠しているようだった。「私にとって大天狗様は憧れなんですよ。まさにヒーローです」

「ひーろー」まるで人間の子供のようなことを言い出す椛に同情すら覚えた。あまりに幼稚で、馬鹿げている。

「そう。ヒーローですよ。正義のヒーロー。昔から有名だったじゃないですか。悪い奴らをバッタバッタ倒していく。格好いいです」

「正義」

 

 たしかにそうだ。大天狗様は昔から武勲を立て、多くの天狗に尊敬されている。伊達や酔狂で大天狗になったわけではない。少々目立ちたがりな性格を鴉天狗に煙たがられているが、それも嫌悪感を与えるには至っていなかった。

 

「私もさらに鍛えて、いつかは大天狗様みたいになりたいんです」

「椛は強くなりたいんですか?」

「もちろんです。いつかは、どんな奴からも妖怪の山を守れるようになるのが目標です。一人前になりたいんですよ」

「引き際も大切です」お節介にも、私は言う。そうすれば、彼女が腹を立てると知っていたから。「自分より強い奴なんて、絶対にいるんですから」

「分かってますよ。だから、今でも手に負えない奴が来たら、大天狗様に報告に行ってるんです。というより、文さんこそ、引き際を考えた方がいいかと」

「私だって、自分より強い奴が来たときは、ちゃんと対応しますよ」

「どうするんですか?」

「死んだふり」

「熊じゃないんですから」

 

 大きくため息を吐いた椛は、自身の剣を右手で撫でた。その目は慈愛に満ちており、とても戦いに使う道具に見せるものとは思えない。

 

「その剣、ずっと使ってますよね。いつからですか?」

 

 とくに興味もないが、私は訊ねる。理由は自分にも分からなかった。強いて言うのであれば、話題を大天狗様から逸らしたかったからだろう。

 

「もう覚えてないですね」そう薄く笑う彼女の顔は、見たこともないほど穏やかだった。「物心ついたころから使っていますから」

「そうですね。子供のころから椛は生意気で、今と変わらずアホでしたから」

「文さんだって、昔から陰湿で嫌味な鴉でしたよ」

「私はいつだって清く正しいですよ」

「面白い冗談ですね」

「そろそろ、新しい剣に新調したらどうです?」私のカメラのように、と胸にかけられたそれを見せつける。このままだと、またお互いに罵倒しあう羽目になりそうで、話を逸らそうとしたのだ。罵倒し合うのも悪くない、というより椛が悪いので仕方がないのだが、叱られたせいで言い合いをする元気が残っていない。

「いや、古くても、この刀がいいんです」椛も同じようで、話を逸らさないでください、といつものように、がみがみ言ってこない。

「古いのに、ですか」

「案外古いものもいいですよ。思い入れもありますし、使いやすいです」

「まあ、確かに老人はボケてて扱いやすいですね」

「そういう意味じゃありませんよ」

 

 やっぱ、文さんとは反りが合いません、と当然のことを口走った彼女は、はかなげな笑みを浮かべ、立ち上がった。どうも調子が狂う。怒ったかと思えば呆れ、かと思えば微笑を浮かべるだなんて、躁鬱病か、更年期障害か。まあ、どちらでもいいか。別段、椛がおかしくなろうが、私にはどうでもいい。だが、もしかすると記事にできるかもしれない。そうだ。あの椛がおかしくなったと記事にすれば、間違いなく興味を惹くだろう。少なくとも、にとりは読む。なら、調べるしかない。

 

「そんなに怒られたのがショックだったんですか?」

「え?」

「憧れの大天狗様に叱られて落ち込んでるんですか、と聞いているんです」

「まさか」彼女は、それまでの朧気な雰囲気から、いつもの生意気な表情へと変わった。失敗したか、と後悔が頭をよぎる。やっぱり、椛は椛だ。

「怒られたのは私じゃなくて、文さんじゃないですか。別に私は悪いことをしてませんし。ただ、こんな情けない姿はさらしたくないなって思いはしましたけど」

「格好良かったでしょ」

「よくないです」

「誰かに叱られるってのは、格好のいいものなんです」適当なことを言いながら、私はどこか安堵している自分に気がついた。どうして自分が胸をなで下ろしているのか、理解できない。もしかして。もしかして私は、大天狗様が椛に悪印象を持ちかねない事態を引き起こしてしまったことに、責任を感じていたのか。椛が大天狗様の前で怯える姿と、彼に対する憧れを見て、罪悪感を覚えているのか。

「まさか、ね」

「何がまさかなんですか?」

「何でもないですよ」勝手に口が動いたことに動揺しつつも、平然と首を振る。

「でも」

「私、何かいいことがあると、『まさか』って呟いてしまうんです」

「まさか」

 

 赤い厚底の下駄をはき直し、立ち上がる。木々も薄く、開けっぴろげになっており、視界はかなりいい。だが、逆にそれが寂しさをかき立ててくる。ただ何もない空間に囲まれていると、自分以外の連中はいなくなってしまったのではないか、と錯覚する。黒っぽい雲が陰と同化し、世界が真っ暗になっていくような不穏さを感じた。

 

「もう哨戒はいいんですか?」

 私はただ、座っているのに飽きたから立ち上がっただけなのだが、どうやら椛は帰ろうとしていると思ったらしく、どこか不安げな声を出した。「大天狗様に、また怒られちゃいますよ」

「大丈夫ですよ。哨戒作業を命じられたのは、半分見せしめみたいなもんですから。悪いことをすると、面倒な仕事をやらされるぞ、と他の鴉天狗に伝わればいいんですよ。実際、妖怪の山に侵入者が来ることなんて、まずないですし」

「でも、もしきたら」

「もしきたらやばいですね」やばいやばい、と若者言葉をあえて繰り返す。

「その時は、私の客人だということにしますよ」

「え?」

「そうすれば、怒られないかもしれません」

 

 そんな強引な、と口を尖らせる椛だが、いつものような侮蔑は浮かんでいなかった。やはり、どこか彼女の様子がおかしい。何か悪いものでも食べたのだろうか。「あの、文さん」

 

 まあ、拾い食いは犬の代名詞か、と勝手に納得していると、椛がたどたどしく言ってきた。あまりにらしくなくて、気持ちが悪い。

 

「ひとつ、お願いがあるんですが」

「お願い?」

「突然ですみませんけど、稽古をつけてくれませんか?」

「ほう」

 

 ほうほうほう、と梟のように繰り返す。なるほどなるほど。これで、やっと彼女の妙な雰囲気の理由が分かった。

 

 嫌っている私に稽古を頼むなど、彼女にとっては屈辱なのだ。しかし、そうしなければならない理由があった。可哀想にこの純粋な白狼天狗は、私の機嫌をうかがい、いつ言い出そうかとオロオロしていたのだ。それで、私が去ってしまいそうだったので、慌てた。そんなところだろう。

 

「へぇ。ふーん。そうですかそうですか。稽古ですか」

「なんですか。やってくれるかくれないか、どっちなんですか」

「あやややや。それが上司に物を頼む態度なんですか」

 

 椛の顔が真っ赤に染まっていく。羞恥と怒りのためだろう。これだから文さんには頼みたくなかった、と吐き捨てている。それが、ますます私に悦楽を与えてくれた。無意識のうちに、唇を噛む椛の姿をカメラに収めている。

 

「ほら。ちゃんと頭を下げて、お願いしたら考えてあげてもいいですよ」

「しませんよ、そんなこと」

「あややや。残念ながら私は無償で人助けをするほど、お人好しじゃないんですよ。どんな物事にも、必ず対価が必要なんです」

「対価、ですか」

「そうですね、これからは上司に生意気な口を叩かない約束とかどうです?」

「それは無理ですね」にべもなく椛は否定した。

「部下と上司は対立する運命なんですよ。私が上司に歯向かうのは、自然の摂理なんです」

「他の鴉天狗に対しては礼儀正しくしてるじゃないですか」

「まあ、そうですね」

 

 仕方ない、と肩をすくめた椛は、懐をガサゴソと漁り、何やら一枚の紙を取り出した。ついに白狼天狗まで新聞を作り出したのか、と衝撃を受けるが、その紙が薄っぺらいチラシであることに気づき、ほっとする。

 

「なんですか、これが対価だなんて、馬鹿なことは言いませんよね。私は紙なんてもらっても嬉しくないですよ」

「そうじゃないです。これ、読んでください」

 

 無理やり押しつけてきたそれを、しぶしぶ受け取る。綺麗にたたまれているが、激しく動いたせいで四辺は皺になっていた。黄色い蛍光色が目立つ。大量に刷られたものなのか、全体的に印刷は荒い。私の新聞とは雲泥の差だ。

 

『妖怪の山武闘大会!』と丸みの帯びたフォントで大きく書かれている。センスがない。さっと全体的に目を通す。どうやら、暇を持て余した妖怪の山の誰かが企画したものらしかった。どうせ河童あたりだろう。奴らは金になりそうなことは何だってする。機械が絡む場合は尚更だ。

 

「ほら。弾幕ごっこに飽きたって妖怪もたくさんいるじゃないですか」私は何も言っていないのに、勝手に椛は弁明を始める。

「だから、安全に配慮した範囲で、武闘大会を開こうってなったらしいんです。文さん達がやっている新聞大会みたいなもんですよ。それに私も参加しようと思っていまして。だから文さんに稽古を」

「それで、対価というのは」

「優勝賞品ってとこ、見てください」

 

 椛に言われる前から、私は目を通していた。というのも、わざわざご丁寧にも赤枠でくくり、目に悪いほどのビビッドなピンクで書かれているせいで、嫌でも目についたのだ。こういう新聞だけは作らないようにしよう、と決意する。

 

「優勝賞品は『どんなお願いも答えてみせる』ですよ。凄くないですか?」

「どんなお願いでも、ね」小さく、河童の技術力に叶う範囲でと注意書きがされている。やはり主催者は河童のようだ。彼らであれば、経費さえ度外視すれば、本当にどんな願いも叶えられるような気がするから恐ろしい。

「私が優勝したら、文さんの願いを叶えてあげます。それが対価です。どうですか?」

「どうですかって」

「私は単純に自分の実力を試したいんですよ。賞品なんていらないんです。どうです? 中々にいい条件じゃありませんか?」

「ありません」

 

 椛は確かに強い。白狼天狗という枠を超え、様々な妖怪の注意を惹くほどの実力を持っている。だが、それでも所詮は白狼天狗。私や、それこそ大天狗様には敵わない。まあ、大天狗様がこの催しに参加するとは思えないが、とにかく。もし、本当に私が優勝賞品を狙うのであれば、椛に稽古をするより、自分で出た方が確実で、楽だ。わざわざ面倒なことをするまでもない。

 

「ありませんが」だが、それでも面白いと思えた。

「いいでしょう。私の優しさと寛大さに感謝してください」

 

 椛が優勝してくれれば彼女の活躍の秘密と原動力を記事にできるし、負けてくれれば、その奮闘ぶりとおこがましさを前面に押しだせば、ゴシップになる。そして何より、稽古と銘打ってストレス解消に彼女をいたぶれるのだ。椛と顔を合わせなければならないのが難点だが、苦汁を飲んで目をつむる。

 

「ありがたいですけど、ありがとうって言いたくないですね」

「言ってくださいよ」

「嫌です」子供のようにべえっと舌を出した椛は、すっかりいつもの調子に戻っていた。安心している自分に嫌気が差す。椛を気にかけている暇なんてないはずだ。

「なら、文さん。ここにサインして下さいよ」その、生意気な態度のまま、彼女はチラシの裏にペンを載せ、渡してくる。

「ちゃんと、約束を守りますって、サインをお願いします」

「あやややや。なんでそんなことを。私を信用できないんですか?」

「できないから、頼んでいるんですよ」

 

 誰がしてやるものか、と頭に血が上る。が、大きく深呼吸し、上がった血を抑えこむ。椛が今まで、サインを求めてきたことなんてなかった。きっと、苛立つ私を見て馬鹿にしたいだけだろう。

 

「分かりました。サインをすればいいんですよね」

 

 ならば私は、その彼女の目論見を破ってやらなければならない。

 

 こくりと頷いた椛の手から、チラシとペンをひったくり、乱雑に急いで書く。ご丁寧にも、契約書のように、びっしりと文字が書かれており、四角い枠があった。わざわざ作ったのか、もともとあったものを流用しただけなのかは分からないが、適当に名前を書き、突き返す。

 

「これで満足ですか?」

「はい。満足です。てっきり、断られると思いましたよ」

「私はあなたほど心が狭くないのです。では、さっそく訓練をしますか」

「もうですか? 早すぎますよ」

「何事も早いほうがいいんです」

「文さんは早すぎるんですよ」

「褒め言葉ですか?」

 

 うんざりとした椛は、やっぱり他の人に頼めばよかった、とぽつりと呟いた。どうせそんなこと、思ってもいないくせに。

 

 そんなんだと、優勝できるものもできないし、私が椛を殴ってストレスを解消することもできないじゃないか。そう言おうと思ったが、できない。椛の顔が、急激に険しくなっていたからだ。彼女の大きな目が輝く。それだけで、私は何が起きているのか察してしまった。そしてすぐに舌打ちをする。こんな時に限って。ついてない。

 

「犬走さん!」

 遠くから声が聞こえた。風を切る音が段々と近づいてきている。振り返らずとも、いったい声の主がどういう存在で、椛に何を伝えたいか、分かってしまう。

「侵入者です! ちょうどここの裏手から」

「分かってる」椛は、淡々と言った。いやに落ち着いているが、それが逆に焦りを感じさせる。「いま見えた。油断してたよ」

「行きましょう」

 

 最悪だ。別に侵入者が来ることは別にどうでもいい。それが、他の白狼天狗に、すでに広まっているという事実が最悪だった。だとすれば、結果的に大天狗様の耳にも入るだろう。それで、いったい誰が責任を追及されるのか。いつもであれば、別に誰の責任でもない。ただ、入ってきた奴が悪かった、となるだけだ。だが、今回は違う。私が哨戒作業を懲罰として任せられていた以上、それで侵入を許したとなると、罰の意味が無くなってしまう。さぼってもいいと思われてしまう。愚痴を零したくなるが、耐えた。そして、自分の言葉を思い出す。

 

「その侵入者は」そこまで口にし、息を吐く。大天狗様に叱られる影響と罰則。そして侵入者の存在と自身の人望を秤にかけ、そして頷く。大丈夫だ。確率的には、こちらの方が優位だ。

「その侵入者は私の客人ですよ」

 

 空気が凍った。見知らぬ白狼天狗はあたふたとし始め、椛は頭を押さえている。嫌な予感がした。

 

「文さん」椛はどこか遠い目をしながら、私に振り返った。

「侵入者っていうのは、鬼です」

「え?」

「伊吹萃香様がいらっしゃったのです」

 

 私はその場に倒れ込んだ。目を閉じ、仰向けになる。ここで死んだふりをしても意味ないですよ、と言ってくる椛の声にも生気が宿っていなかった。

 

 

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