──鴉と神──
子供は純粋で無邪気だ。世間の荒波に揉まれていないからか、それとも揉まれていることに気づいていないのか、いつだって明るく、まぶしく、そして鬱陶しい。自分の欲望に素直で、短絡的に行動する。そんなこと、分かっているつもりだった。 だが、まさか現人神が迷子になるだなんて、さすがに想像もしていなかった。
たしかに彼女はまだまだ子供っぽいところを残してはいる。が、年齢的には大人のはずだ。ご飯処で「明日のご飯が美味しくなりそうですね」と私が嫌みを言いながら会計をしている最中にどこかへ消えてしまうなんて、そんな神様がいていいはずがない。
通りは再び活気を取り戻していた。人混みの中から緑色を探し出そうとするも、絶え間なく人間の波は動き、崩れ、また再び作られ、なかなか注視することができない。そうこうしている内に彼らの波に飲み込まれ、身動きがとれなくなる。どうせ、早苗さんもこうして、戸惑っているうちにどこかへ行ってしまったのだろう。なら、このまま波に身を任せていけば、彼女の元へとたどりつけるかもしれない。半ば投げやりに私はそう考えた。
何やら騒がしいな、と感じたのは、広場に出たため人が分散し、ようやく自由に身動きがとれると、文字通り羽を伸ばしたときだった。広場の奥にまた人が再結集し、わめいている。中には両手を挙げたり、指笛を鳴らしている者もいた。
群衆に後ろから近づき、一番手前にいた女性に「すみません、何が起きているんですか?」と困惑した声で訊ねる。
一瞬、女性は私が鴉天狗だと気づき、体を硬くしていたが、私がカメラを構えているのを見て、安心したのか「サッカーです」と耳慣れない単語を口にした。
「外の世界のスポーツらしいんです。詳しいルールは分かりませんけど、ボールを蹴って、向かい合わせの籠に入れれば点数が入るんですって。それを子供達がやっていて」
「そうなんですか」
それにしては盛り上がりすぎだ。不思議に思い、首を伸ばすと、その原因が分かった。何やってるんですか、と頭が痛くなる。
そこには、楽しそうにボールを追い回す早苗さんの姿があった。
子供達の中で、彼女の姿は大きく、目立っている。とても楽しそうに笑い声を上げ、大人げなく広場を縦横無尽に駆け回っていた。
とっとと呼び止めようとも思ったが、記事にできそうなので、しばらく見物することにした。カメラを取り出し、しきりにシャッターを切る。
最初こそ、はやく終わらないかと退屈していたものの、縦横無尽に転がるボールと、子供たちの鋭い動きに次第に引き込まれ、最後には拳を握り、周りの人間達と同じように声を出していた。あっちへこっちへとボールが転がる度に声を上げ、ボールが見当違いの方へとんでいったときにはため息が漏れ、ネットを揺らしたときには歓声が上がる。
が、必死に応援していた私の健闘むなしく、早苗さんのチームは惨敗だった。その原因は目に見えていた。早苗さんだ。彼女の動きは明らかに精彩を欠いていて、味方からのパスを受け止めきれず、相手の選手に奪われる、といったことを連発していた。え、これ僕にパスしたの? と相手チームの選手が驚いているようにすら思えた。一人だけ大人なのに、みっともない。
「あ、文さんじゃないですか!」
去って行く子供たちに、ぶんぶんと手を振った早苗さんは、私に気づき、大声を出して近づいてきた。できれば他人のふりをしたかったが、名前を呼ばれてしまったので、仕方なく返事をする。
「早苗さん、何やってるんですか」
「すみません」へこへこと頭を下げる彼女の肌は汗で湿っていた。
どうせ、ご飯処を出たはいいけれど、人の波に押されている内に広場にやってきてしまい、そこで子供達に、サッカーをやりたいのだけど人が足りないだとかを言われ、参加してたんだろうな、と考えていると、「人混みで流されてるうちにここに来ちゃって。そしたら人が足りないから、サッカーをやってくれって、子供達に頼まれちゃって」と予想通りの答えが返ってきた。ですよね、と頷きたくなる。
「それにしても、サッカーというのはいいですね。見ていて楽しかったです」
「ですよね!」手の甲で顎からたれる汗を拭った早苗さんは身を乗り出してきた。
「幻想郷でも流行ればいいのに。でも、文さんとかだったら、ボールを蹴破っちゃいそうですね」
「そうですか?」
「案外、難しいんですよ」
「そうみたいですね」
先ほどの早苗さんの動きを思い出す。あれで、簡単です、と豪語しようものなら、明日の一面になるところだった。
「早苗さん、酷かったじゃないですか。まるで相手にボールを渡しているみたいでしたよ。子供相手に」
「あ、あれはですね」私はてっきり、相手が子供だからと手加減をしていたのかと思ったが、どうやら違うようだった。「あれは作戦なんですよ」
「作戦?」
「ほら、最初から相手のゴールにシュートしますって、そういう雰囲気を出していると、相手も警戒するじゃないですか。だから、最初は相手にパスをしてたんです。私はあなたの仲間ですよ。言いなりですよ。協力するから、許してって」
「何を言ってるんですか」
「味方を敵に回したら、相手は、あ、こいつはこっちの味方なんだなって思うんですよ。そして相手は油断する。ですよね? その油断を突こうと思ったんですよ。敵のフリ作戦」
「最後まで敵の味方してましたよね」
言い訳を諦めたのか、頬をぷっくりと膨らませた早苗さんは「もう知りません」とそっぽを向いた。どうやらへそを曲げてしまったらしい。
どのように早苗さんの機嫌をとろうかと考えていると、タイミングを見計らったかのように、かき氷、と書かれたのぼりが見えた。今度は古びた店ではなく、綺麗できちんとした甘味屋だ。私の行きつけの店だ。
「早苗さん、もしよろしければ、かき氷一緒に食べませんか?」
「え?」
「おごりますよ。異変解決の前金だと思ってください」
「文さん」
早苗さんは私を真顔で見つめ、ゆったりとした口調で言った。
「あなたが神ですか」
神はあなたですよ、と私は苦笑を隠すことができない。
「おー、美味しそうですね」
机の上に出された山盛りのかき氷を見て、早苗さんは分かりやすいくらいにはしゃいでいた。金属でできた大きなコップ型の器を指で撫でている。
「さっそく食べましょう!」
彼女に気づかれないように、こっそりとため息を吐く。どうして私は、こんなことをしているのだろうか。分からない。本来であれば、今頃は妖怪の山で調査をしているはずなのに、呑気にかき氷を食べているだなんて、部下にバレたら怒られてしまいそうだ。「私とかき氷のどっちが大事なんですか」と。まあ、そう言われれば、かき氷と答えるのだけれど、それでも頭が痛くなる。
甘味屋はいつも通り繁盛していた。所狭しと並べられた机の半数近くが埋まっている。ほとんど人間だが、中には妖怪の姿もあった。蕎麦屋に入り浸っていると噂の天邪鬼だ。警戒しなければ、と一瞬思うが、大した力もない彼女に気を裂くより、早苗さんとの会話に集中した方がマシだとすぐに気づく。なんとなくだが、天邪鬼と一緒にここで食事をとることがあるだろうか、と愛嬌を振りまきながら行ったり来たりする店員を見ながら考える。
「文さんは抹茶のかき氷が好きなんですか?」
ストローの先を切り広げて作られたスプーンをこちらに突きつけ、早苗さんが言ってくる。さっきまでむくれていたのが嘘みたいに楽しそうだ。
「私はメロンが好きなんですよ」
「早苗さんは人を見た目で判断するタイプですね」
「はい?」
「いや、何でもないです」
以前来たときはおはぎを食べたのだが、かき氷も絶品だった。やっぱり夏といえばこれだ。しゃりしゃりとした食感を楽しみながら、口へ運ぶ。と、油断していたのか、気が抜けていたのか、はたまた気を詰めすぎていたのか、口に入れる前にかき氷を落としてしまった。
「文さんでも、食べ物をこぼすんですね。食べ物こぼし仲間です」
「そんな仲間には絶対に入りたくなかったですよ」
というより、彼女は日常的に食べ物を零しているのか。冗談半分にそう考えていると「私、いつも食べ物を零しちゃうので」と何やら懐を漁りながら言ってくる。呆れよりも、それを堂々と言える勇気に感服した。
「だから、いつも台拭きを持っているんですよ。これ、使ってください」
「あやややや。ありがとうございます」
真っ白な台拭きを汚すのは忍びなかったが、さすがに使わず返すわけにもいかないので、かき氷を拭き取る。粘り気のある抹茶シロップが緑の跡をつけてしまった。
「ああ。それ、汚れても大丈夫な奴なんですよ」私の心配を感じ取ったのか、早苗さんは優しげに言ってくる。「ボロボロになった私の服を再利用して台拭きにしたんです。だから、汚れてもいいんです」
「守矢神社は財政難に陥っているんですか?」
「あはは。違いますって」それは霊夢さんのところです、と怪しげで興味深い情報を口走ったあと、彼女は得意げに、ふんす、と鼻を鳴らす。
「どんな物でも有効活用しなきゃ駄目ですよ。もったいないじゃないですか。応用して、再利用するんです。どうです? ナイス応用でしょ」
「早苗さんは、新聞で焚き火をするタイプですか?」
「え。ああ。たしかに、やりますね」
「やっぱり、そうですか」貧乏くさいですね、と喉まで出かかったが、飲み込む。また機嫌を損ねられたらたまらない。幸せそうな早苗さんの顔を崩したくないなんてわけではないが、私は黙って台拭きを机の端に置いた。
「そういえば文さん。妖怪の山の異変について、聞きたいことがあるんですけど」
積み重ねられた薄切りの氷を見て妖怪の山を連想したのか、早苗さんは唐突に切り出した。見れば、メロンのシロップのせいで、たしかに雰囲気は似ている。
「妖怪の山って、天狗と河童の皆さんが住んでいるんですよね」
「そうですが」
「そこで、悪さをした妖怪が何者かに襲われている」
溶けた氷にストローをさし、ぶくぶくと泡を立て始める。ぴしゃりと飛び散った緑の甘水が飛び散った。
「でも、天狗も河童も、皆さん強いじゃないですか。それに、会社みたいに縦社会で、上司には逆らえない」
「一般的な会社の様態を知らないですけれど、上司に逆らえないのはたしかです」
「そんな規律が整った環境だったら、悪さをした妖怪はそもそも、内々に罰せられるんじゃないですか? それに、河童と天狗を闇討ちするだなんて、よっぽどの強さでないと不可能です。だったら、犯人はかなり絞られると思うんですけれど」
「鋭い」
いつも、どこか間が抜けていて、全体的にほんわかとしている彼女だったが、地頭は切れるのだ。だからこそ、頼りがいがあり、恐ろしい。少しだけ、情報を出し過ぎたことを後悔した。鴉天狗らしく、ごまかし、場合によっては嘘をついた方がよかったかもしれない。
「その通りですよ。早苗さんの言うとおりです。だからこそ異変と言えるかもしれない。悪さをしたからと言って、無条件で殴っていいわけじゃないんです」
「霊夢さんは何もしてなくても妖怪を殴ってますけど」
「人は人、妖怪は妖怪です」
そんなお母さんみたいな、と笑う彼女は、きっと私のことを同年代の友人程度にしか思っていないはずだ。というより、そう思ってくれなければ困る。実際は、母親どころか、祖父の祖父、またその祖父の年齢を足しても届かないというのに。
「とにかく、そんな妖怪を倒せるほど強大な妖怪がいるってことが問題なんです」
「まあ、そうかもしれませんね。でも、少し格好いいとは思いますよ、やっぱり」「格好いい?」
「悪い奴らをバッタバッタと倒していくなんて、漫画の世界です。スーパーマンですよスーパーマン」
「博麗の巫女も悪い妖怪をバッタバッタと」
「あれは駄目です。無差別テロです」
早苗さんだって言えた口ではないのに「美学がありませんよ」とすまし顔で言ってくる。早苗さんと美学なんて、不釣り合いすぎて笑えてくる。
「あれですよ。人知れず悪い奴らを倒して、名も言わずに去って行く。これが格好いいんじゃないですか。名声も求めずに、ただただ平和を求めてるって感じで。それで、唯一の理解者だけがそのことを知っている、みたいに!」
「なに酔ってるんですか」
「よってる? お酒にですか?」
「自分にですよ」
私には、彼女の言う格好良さが理解できなかった。たしかに実力を隠すことは必要だ。だが、それはあくまでも、相手との関係性を考え、敵対する可能性を加味し、その上で取る安全策だ。名声を求めず、というわけでもなければ、平和を求めているわけではない。それに、そもそも、だ。
「自分のやっていることが世の中のためになると確信し、自己満足と存在証明のために拳を振るっているだけですよ、それは。盲目的に善悪をかたづけるだなんて、それこそ、閻魔しかやってはいけないことです」
「辛辣ですね」
「だって、そうじゃないと」
「じゃないと」
「私は悪役ってことになってしまいます」
ああ、と早苗さんが深く頷いた。その緑の大きな目に、呆れの色が混じる。早苗さんに呆れられるなど、あまりに心外だ。
「文さんって、漫画だと敵キャラって感じですもんね。なんか、相手を策略で陥れて、ニヤニヤしているって感じの」
「ニヤニヤはしませんよ。真顔です」
「否定するのそっちですかー」それに、真顔の方がもっと悪役っぽいですよ、とストローで頬を突っついてくる。冷たいし、汚い。文句を言う前に「でも、文さんはそのうち仲間になるタイプですよ」と嬉々として言ってくる。いつの間にか、ヒーローの物語についてへと話題が変わっていた。
「ああいうのって、美人な敵は仲間になっていきますからね。文さんは美人ですから、私たちを助けてくれるはず」
「早苗さんの方が可愛いですよ」分かりやすくお世辞を言ったのだが、それでも早苗さんはえへへー、と頬を緩める。
「ということは、ですよ。私は相対的に美人ではなくなりますので、早苗さんを助けることはできませんね」
「なんでそうなるんですか!」
「可愛いって言葉には拒絶の意味があるんですよ」
「ないです! それじゃあ、可愛いって言われても、素直に喜べなくなります」
「あなたは素直すぎるんですよ」
今度はお世辞ではなかった。というより、そもそも褒めたわけでもなかったのだが、どうやら彼女は褒め言葉として受け取ったらしく、「えへへー」とまた例の微笑みを浮かべる。
「とにかく、文さんは何だかんだで私たちを助けてくれるんです。現実通りに」
「私は別に誰も助けたりはしていませんよ」またまたー、と指を向ける早苗さんには一切の悪意もない。
「基本的に文さんは優しいじゃないですか。助けてくれますよ」
「ありえません」
「いいじゃないですか。食べ物こぼし仲間のよしみで」
「最悪なよしみですね」
いいじゃないですかー、と早苗さんは妙に突っかかってくる。かと思えば、急に小声になり、ぼそりと「怒ると無茶苦茶怖いですけど」と呟いた。てへっと笑う姿から察するに、茶目っ気のつもりだろう。いい年した大人が何やっているのか。
「もし文さんに怒られたら、私は泣いちゃいますよ」
「そうですか? というより、怒ったことなんてないと思いますけど」
「以前、一回だけ見たことあるんです。たしか、誰かにカメラを壊されそうになっているときだったような気がします。ぱっと見は怒っているように見えなかったんですよ。ニコニコ微笑んでて。だけど」
「だけど?」
「空気が凍っていました。文さんは気づいていないかもしれないですけど、微笑みを浮かべながら淡々と悪口を言われるのって、かなり怖いですからね」
「あややや。私は悪口なんて言いませんよ」
「またまたー」
今度は指でもスプーンでもなく、どこから取り出したのか大幣を突きつけてくる。巫女がよく持っている、先に白い紙がくくられた謎の棒だ。
顔を逸らし、避けるついでに壁に掛けられていた時計を見た。いつの間にか話し込んでいたらしく、すでに三時になろうとしている。時間に余裕があるとはいえ、予想外だ。おやつ時だからか、人の姿も多くなっていた。かき氷はすでに溶けきり、甘ったるいシロップ水になっている。ここまで時間の経過に気がつかないだなんて、と驚いた。罪悪感を抱いているわけでもないだろうに、どうして足踏みしているのか。私は自分で思う以上に小心者なのかもしれない。
あ、と声がしたのは、その時だった。早苗さんの持っていた大幣が机の上に置かれたストローを吹き飛ばし、地面へと落ちる。「あちゃー」と眉をハの字にした彼女はかがみ、机の下に潜り込む。彼女の鮮やかな緑の髪が足下に近寄り、どきりとする。蹴飛ばさないように足を引いた。それがいけなかったのかもしれない。
机の下にいたらしい翅虫が、不快な低音と共に飛び上がった。早苗さんの髪を住処である草原と勘違いしたのか、彼女の魅力に虫ながら取りつかれたのか、まっすぐに向かっていく。ひぎぃ! と信じられない悲鳴を上げた早苗さんは、その場で飛び上がった。そう。机の下で飛び上がったのだ。そんなことをすればどうなるか。当然、頭を打つ。強く打ち付ける。ゴンと、鈍く、大きな音が木霊した。しんと店内が静まりかえる。驚きのあまり見開かれた客の目を一心に集めていた。こんなことで注目されても何も嬉しくない。
「文さん。頭が! 頭が割れました!」
「大丈夫です。割れてないですよ」
「何か冷やせる物を!」
涙目で頭をかかえる早苗さんは、ぐらぐらと揺れる机に手を伸ばし、立ち上がろうとする。と、ちょうど机の揺れのせいで不安定になっていたかき氷のコップに手が当たった。ゆっくりと、だが着実にコップが倒れていく。倒れて、中に残っていた氷水がこぼれ落ちた。どこにか。早苗さんの頭にだ。
元々緑の彼女の髪は、水に濡れたせいか、それともメロンのシロップのせいか濃緑になっていた。中腰の姿勢のまま、微動だにしない。ポタポタとしたたり落ちる水滴が哀愁を漂わせていた。
「あ、あやさーん……」ようやく口を開いた彼女の顔は、汗と涙とシロップでぐちゃぐちゃになっていた。
「冷たくて風邪引きそうです」
「頭が冷えてよかったじゃないですか」
シャッターを切りながら、私は言う。こんな特ダネを逃すほど、のろまではない。
「さすが早苗さんですね。有言実行だとは」
「え?」
「溶けたかき氷を使って、ぶつけた頭を冷やしたんですね。驚きました」
「い、いや」
「ナイス応用。一ゴミ二鳥ですね」
どういう意味ですか、と抱きついてくる早苗さんを引き剥がそうとする。が、彼女の力は意外なほどに強く、手こずる。仕方がなく、僅かに残っていたかき氷の溶け残りを早苗さんの頭にかける。と、彼女は呆気なく私の服を離した。
「なにするんですかー! 酷いです」
「い、いえ。あれですよ。えっと、敵のフリ作戦です」
「敵なんていないですよ!」
まったくもって、彼女の言うとおりだった。
「助けてくださいよー」翼をも抱きしめ、早苗さんは言った。「食べ物こぼしのよしみで」
「早苗さん」
「なんですか?」
「やっぱり、早苗さんは可愛いですね」
それってどっちの意味ですかー、と彼女は騒ぐ。それでも、素直な彼女は額面通りの意味で捉えずにはいられないようだった。
彼女の泣き顔に、赤い色がさす。それはとても魅力的に思えた。