──神と鴉──
川の畔から勢いよく飛び立っていった早苗さんを、にとりと私はぼんやりと眺めていた。彼女がどこに向かったのかは分からない。が、その目的は分かる。早苗さんなら大丈夫であるとは思うが、やはり少し不安だ。
「ぼさってしている暇はないよ」自分もさっきまで呆けていたのを棚に置き、にとりは手を引っ張ってくる。「そろそろ始まってしまう」
「あややや。焦らなくても間に合いますよ。私、速さには自信がありますので」
「私が間に合わないんだよ。まさか、文の背中にしがみつくなんて、みっともない真似はできないし」
「みっともない? 格好いいの間違いでは?」
「おぶられているのに格好いいわけないだろ」
「人の上に座っているんですよ」
「どういう意味だよ、それ」
「悪い奴を倒すぞっていう意味らしいですよ」
「どっちにしろ、格好良くない」
ですよね、と同意しつつ、私は勢いよく地面を蹴った。にとりの手を引っ張ったまま、風を切り、赤くなり始めた空を横切る。何やらにとりが文句を言っているのが分かったが、聞こえなかったふりをして、速度を上げる。間に合わなかったら、大変なことになる。何にか。もちろん、妖怪の山武闘大会に、だ。
戦いの舞台。そう言えば幾分か緊張感を覚えるだろうが、残念なことに、滑稽なことに、妖怪の山武闘大会の決勝が行われるのは、山の中腹あたりにある、ただの平原だった。かつては鬼がよく宴会を開いていたが、彼らがいなくなって以降、好んで来るような輩はいない。おそらく、かつての鬼の幻影が見えてしまうからだ。
けれど、今日だけは違った。どこから聞きつけたのか、白狼天狗や河童、鴉天狗の姿も見える。あまり大々的に広告していなかった割には聴衆は多い。彼らは、自ずから円上に並び、決勝の舞台を整えていた。
「緊張しているかい?」
その聴衆から少し外れた場所で屈伸していると、にとりが少し心配そうな顔つきで訊いてくる。
「こんなんで緊張していたら、生きていけませんよ。殺し合いよりマシです」
「頼もしいのかよく分からないね、それ」
「それで? 相手は誰でしたっけ」
「なんで確認していないんだよ」
そもそも確認する暇も、手段もなかったし、こんな河童の暇つぶしに行われる子供だましの大会に参加する気だって、更々なかったのだ。何もかも、椛が悪い。次会ったときには絶対に叱ってやる。どうせ、もう夕時だというのに、哨戒任務もさぼって爆睡しているに違いなかった。上司として、お灸を据えなければ。
「相手はその目で確かめなよ」にとりは投げやりに言ってくる。「ぱぱっと勝ってきてくれ。頼むから負けるなよ」
「あやややや。もしかして、河童ごときが私の心配をしているのですか。傲慢にもほどがありますよ」
「怖いなあ。ま、その調子なら大丈夫か」
眉をハの字にするにとりを見ると、どうして自分がこんな大会に参加しているのか、分からなくなる。別に、強引に彼女に頼んでも、それこそ鬼のように力尽くで命令しても、力を貸してくれただろう。もしかすると、何もしなくとも、にとりは自発的に協力してくれたかもしれない。余計なことを引き受けたか、と後悔しそうになる。が、それでも。不思議と苦痛ではなかった。
「あ、そうだ」
下駄をトントンと叩き、群衆の前に足を進めていると、にとりが呼び止めてきた。
「なんですか。もう、とっとと終わらせたいんですが」
「これ、持って行きなよ。お守りに」
「これって」私は振り返らず、足を進める。「どうせ、キュウリですよね」
「なんで分かったんだよ」
「分かりますよ」
結局、私の前に回り込み、強引にキュウリを手渡してきた彼女は、ぐっと親指を立ててきた。あれだけ心配していたのに、不安の影は消え去っている。私なんかより、キュウリの方を信用しているようだった。呆れ、笑みがこぼれてしまう。
甲高い鐘の音がなった。時間だ。群衆の熱気が一際あがり、悲鳴ともとれないざわめきが辺りを覆い尽くす。頭に血が上りそうになる。本来であれば、と思うとやりきれない。その苛立ちを相手にぶつけて
やろう、と私は翼を広げ、輪の中央へと飛んだ。私のことを知っている妖怪も、知らないであろう木っ端も、皆が一様に手を上げ、叫んでいる。応援しているのか、それとも負けてくれと呪詛を吐いているのか、それすら分からない。半々と言ったところだろうか。
相手はまだ来ていなかった。遅刻だ。宮本武蔵を参考に、私が現れるのを待っていたのかとも思ったが、中々姿を現さない。どうやら、予想外の事態のようで、視界の端で河童たちが慌て始めるのが見えた。このまま不戦勝になったら楽なのだが。
が、期待を裏切るように、群衆をかき分けて誰かが近づいてくる。収まりかけていた歓声が再燃し、また騒がしくなる。飛べばいいのに、そいつはゆっくりと輪を突っ切ってやってきた。
「え」そいつの姿を見て、最初は何かの冗談かと思った。迷子になって、間違ってやって来たのかと、そう思った。が、「因縁の対決って感じね」とにっと頬をつり上げる彼女は、どう見ても迷子には見えない。
「嘘でしょ」私はらしくもなく叫んでしまう。
「もしかして、対戦の相手って、はたて?」
「もしかしてって何よ」紫色の市松模様が描かれたスカートをばさりと揺すり、腕を組む。挑発的なその笑みは、これ以上無く腹立たしかった。
「私、こう見えても強いんだからね」
自分のことを強いと言う妖怪は弱いですよ。そう言うも、はたては首を傾げるだけだった。
姫海棠はたては出不精な引きこもりである。
それは、もはや変えられない真実であり、常識だ。それは例えば、朝になれば太陽が顔を出すように、否定することすら馬鹿らしいようなことだった。
彼女も鴉天狗である以上、たしかに外出はするし、必要最低限ではあるが、会議にも参加する。取材のために出かけることも、ごく稀にだが、ある。
だが、こんな目立つ大会に好んで参加するような性格ではなかったはずだ。
「いったい、どういう腹づもりなんですか?」語気が強くならないよう、注意しながら言葉を紡ぐ。「どうして、こんな大会に」
「私だって、本当は出るつもりは無かったんだけどさ」あははと朗らかに笑う彼女は、どうやら寝起きのようで、髪はぼさぼさのままだった。
「けどまあ、色々事情が重なってね。にとりには恩があったし、新聞大会ももっと頑張らないと」
「にとり?」
「ほら、文も知っているでしょ? 私の新聞に、にとりが勝手に音が鳴る機能を付け加えたこと。あれ、受けがよくてね。もしかしたら大会で優勝できるかも」
「そうじゃなく」
「それに、あんな新聞を優勝させるわけにはいかないしね。誰が書いたか知らないけれど。そのために、私自らがこの大会を面白くして、記事にしようと思ったわけ。にとりの頼みを聞いたのは、そのついでだよ」
にとりの頼み。いったい、彼女が何を頼んだのか。知りたくもないが、にとりのずる賢さと思慮深さはよく分かった。はたての気持ちも、だ。
「まあ、それでも易々と負けてやるつもりはないですが。しかも、あなたのような鴉天狗の面汚しにね」
不意打ちをしかけようと妖力を高め、そこではっとした。思わず、苦笑してしまう。本能的に弾幕を放とうとしていた。弾幕ごっこに毒されている。私も随分と平和ぼけしてしまったようだ。
「ちょっと待ってよ、文」
が、はたては、私の笑みを誤って解釈したらしく、バタバタと手を振った。呑気の象徴であるその間抜け面にも、どこか焦りの色が浮かんでいる。
「そんな本気出さないでよ。これはあくまで武闘大会で、殺し合いじゃないんだから。殺気はだめだよ。記事にできない。事件になっちゃう」
「あやややや。私が殺気なんて出すわけないじゃないですか。これでも、手加減しているのですよ」
「嘘だ」彼女はぶんぶんと首を振った。「普通の人には分かんないかもしれないけど、文が本気を出してるかどうか、私はすぐに分かるんだから。三百年前、白狼天狗を襲った木っ端妖怪を惨殺したときと同じくらい、本気だ」
「そんなこともありましたね」
「ちょっと、本気で本気を出すの?」
「本気なんて出しませんよ。いつも通り、手加減して遊んであげます」
「いつもはそんなこと言わないじゃん」
じりじりとはたては後ずさり、距離をとろうとしている。そんな些細な行為で私の攻撃から逃れられるわけがないのに。愚かだ。本当に私と戦いたくないのであれば、降参するしかない。まあ、決勝まで勝ち残って、降参する馬鹿はいないか。
「だめだ、降参だよ降参」
だが、はたては私の想像を凌駕するほど馬鹿だということを忘れていた。
「本気の文じゃ、命が何個あっても足りない。事故どころか、巫女が飛んでくる」
やめやめ、と大きく手を振って、バツ印を作った彼女は、ブーイングを始める群衆など見えていないのか、どこか清々しい表情で向かってくる。不意打ちを狙っているのかと注視するも、それにしては隙だらけだ。
「まさか、本当に降参する気なんですか?」
「本当にって、どういう意味よ。私が文に嘘を吐くわけないじゃん」カラカラと、乾いた笑い声を上げる。「文は昔から疑い深いのよ」
「だって、普通に考えれば、決勝で降参なんて、考えられません」
「私は普通じゃないからね。空気を読まないことに定評があるんだ」どうして自慢げにそんなことを言えるのか。はたての神経は鋼鉄でできているに違いない。もちろん、悪い意味で。
「それに、にとりがどうとか言ってましたよね? 何か約束してたのでは?」
「ああ、まあしてたけど」悪びれもせず、彼女は笑う。「だけど、よくよく考えてみれば、音の鳴る新聞って、あんまりよくないよね」
「え?」
「家に置いてある新聞が急に音を出し始めたら、怖いでしょ。あれは改悪だよ。新聞大会で優勝を逃したら、にとりのせいだ」
「あややや。さっき、受けがいいとか言ってませんでしたっけ」
「言ってない」
嘘を吐くわけない、と言った舌の根も乾かぬうちに、よくもまあ、ぬけぬけと。がくっと体の力が抜けてしまう。そこで、ようやく自分の肩に力が入っていたことに気がついた。彼女の言うとおり、想像以上に私は本気だったようだ。
「それに、文の気持ちも分かるし」すでに、はたては自身の家へと足を向けている。
「私だって、文が相手じゃなかったら、少しは粘って戦ったと思うけど、気持ちで負けたよ」
「気持ちって、なんの」
「さあ。親しみとか?」
適当なことを言い残し、はたては去って行った。少し送れて、「優勝は、射命丸文!」と戸惑い混じりの叫び声と共に、歓声が沸く。だが、私の耳には、ずっとはたての言葉が鳴り響いていた。親しみ? 何だそれは。私の親しみに負けた。いったい、どういう意味だ。
「優勝おめでとう、文」
後ろからにとりに声をかけられ、意識が呼び戻される。観客は、あんな茶番劇でも一応は満足したようで、ほくほく顔で帰って行った。そもそもが茶番じみた大会なので、あれでよかったのかもしれない。
「予想外な結末だったけど、まあ、うん。はたてらしいよ」
「主催者の河童は泣いてるんじゃないですか? こんな興ざめな結末で」
「盛り上がったからいいんだよ。金もがっぽりだし」
「そういうもんですか」
優勝者がここにいるというのに、聴衆は目もくれずに去って行った。私には都合いいが、少しどうかと思う。こんな大会に本気で参加しようとしていた椛が馬鹿みたいではないか。いや、みたいではなく、馬鹿だったのだ。
太陽が地平線に沈みかけ、いつの間にか世界が真っ赤に染まっていた。夕闇が緑の木々を照らし、晩秋のような赤さが目に染みる。ちょうど、風に流された楓の葉がひらひらと舞い落ちてきた。例に漏れず、真っ赤に染まっている。この大会が物足りないのは、はたてが降参したからではなく、他の理由があるからではないか。一瞬浮かんだ疑問を、頭を振ってかき消す。馬鹿な。そもそも、こんな大会に何も期待していなかったではないか。だったら、もの悲しさを感じる必要もない。
「何をしんみりしてるんだよ」にとりがすまし顔で肩を叩いてくる。「そんなに戦い足りなかったのかい?」
「少し、考え事をしていまして」
「なんだい? 早苗のこと?」
「違いますよ」私はあえて、にこりと微笑んだ。「あなたがはたてと交わしていた約束のことです」
「え」
「とぼけても無駄ですよ。本人からしっかりと訊いたんですから」
「ああ、うん。いや、別にとぼけていたわけじゃないんだ。単に、はたてが文に言うとは思わなくてね」
「いったい、どんな約束をしていたんです?」
「言ってもいいけど、驚きすぎて口から心臓を吐くなよ」
「吐きませんよ。なんですかそれ」
あまりに大げさだ。下らなすぎて口から心臓が飛び出そうなくらいに。そして、にとりがこんな大仰なことを口にするときは、大抵驚くに値しないような、下らないことを言おうとしていることも、よく知っていた。
想像通り、彼女はしょうもないことを自信満々に言う。
「はたてが優勝したら、彼女の家を防火性にしてあげるって、約束をしたんだよ。だから、頼むから優勝してくれって」
「はたては、そんなんで出場してくれたのですか」
「腐っても鴉天狗だからね。出場さえしてくれれば、決勝まではいけると、彼女も分かってたんじゃないかな。他は白狼天狗や河童ばかりだし。そして何より、ああ見えて、はたては強い」
たしかにそうだ。強く、そしてその強さが露見していない。怠慢な性格のせいで、見下されているフシがある。あえてそう振る舞って、実力を隠しているのだろうか。 いや、それはあり得ないか。
「ま、結局のところ、私を前に降参したんですがね」と私が吐き捨てると、にとりは首を振った。
「文がはたてに気持ちで勝ったんだよ」
「はたてに気持ちで負ける奴なんていますか?」
「それは……いないけど」
いつの間にか聴衆の姿は完全に消え去っていた。太陽の光が木々に遮られ、急激に薄暗くなっていく。真っ赤だった空も黒ずみ、一番星が瞬いている。
「とりあえず、帰るか」その星を写真に撮ろうと試みていると、にとりがぽつりと言った。「文が優勝したことだし、きちんとやるけどさ、さすがに一旦帰ろうよ」
「ですが」
「早苗だって、もう守矢神社に帰ってるだろ。普通に考えればね。時間的な制限があるわけでもないんだから、焦らなくても大丈夫だって。むしろ、急ぎすぎて失敗したら身も蓋もないよ」
ぐずる子供を諭すように、ゆっくりと彼女は言ってくる。耳が痛くなるほどの正論で、そんなことは私も分かっていた。にとりをチラリと見る。ふざけるように肩をすくめているが、その手は虚空を掴んでいた。先ほどの言葉は、もしかすると私にではなく、にとり自身に向けた言葉だったのかもしれない。焦っているのは、彼女も同じだ。
二人同時に息を吐く。あまりに重苦しくて、よどんだ空気が私たちの周りを包み込んでいるかのようだった。
「あ、やっと見つけました!」
が、そんな重い空気を吹き飛ばすような、元気のよい声が聞こえてきた。どこからかと目をこらし、耳をそばだてる。鈍い、風を切る音が頭上から聞こえてきた。空を見上げる。ちょうど一番星に照らされるように、彼女の緑の髪が、暗闇の中に浮かび上がった。
「てっきり、まだ川原にいると思ってましたけど、こんな所にいるとは。人の流れを辿ってみて正解でした!」
「早苗さん」
昼間もあんなに元気だったのに、よくこの時間までこんな大声を張れるものだ。子供は風の子というが、これほどまでとは。だが、私に操れない風はない。
スカートを翻しながら、彼女は一直線に突っ込んでくる。あまりの勢いに、にとりの帽子がふわりと浮かび、慌てて手で押さえていた。夏の夜特有のじめじめとした空気も、早苗さんが来るとどこかへと消え去ったような気もする。
「いったい、ここで何をやってたんですか? たくさんの妖怪が集まっていたので、異変かと思いましたよ」
「大会ですよ大会。武闘大会です」
「武闘大会って、本当ですか! あの、天下一とかの?」
「別に天下は狙っていませんけれど」
「うわー。知らなかった。私も出たかったです」
その場で地団駄を踏み、うがー、と唸り声をあげた早苗さんは、心底悔しそうに唇をかみしめていた。そこまで悔しがるとは。もし私が優勝したと伝えれば、面倒なことになりそうだな、と懸念していると、にとりが嫌みな笑みを浮かべ、言った。
「実は、武闘大会の優勝者は、何を隠そうこの文なんだよ」
「まじですか!」
いいなー、と服にしがみつき、体を揺らしてくる。いったい何がいいのだろうか。早苗さんが戦いに飢えているとも思えない。単純な彼女のことだから、漫画やらの創作物にでも影響されたのだろう。
「武闘大会の話はいいんですよ」赤ん坊のように引っ付いてくる早苗さんを引き剥がし、乱れた服を整える。
「それよりも、今まで早苗さんは何をしていたのですか?」私は彼女のしたであろう行動を頭に描きながら、訊ねる。「なんか、悪い笑顔を浮かべながら去って行きましたけど」
「気になりますか? なりますよね!」
「いえ、そこまでは」
そこは気にして下さいよ、と彼女は不満げに声を漏らす。が、表情は誇らしげなままだった。彼女の大きな瞳には一寸の濁りもない。笑えなかった。今さらになって、惨めな気持ちになる自分の弱さに呆れる。
「久しぶりに、私もハッスルしたんですから」早苗さんは、白く細い腕を曲げ、力こぶなんてできていないのに、二の腕をぺちぺちと叩いた。
「三時間くらいですかね。色んな場所で、色んな人に聞き込みをしたんですよ」
「聞き込み、ですか」
「探偵っぽいですよね! 刑事でもいいですけど」
どちらかと言えば新聞記者っぽかったが、そういうとヘソを曲げてしまいそうなので、そうですね、と適当に相槌を打つ。「きっと、名探偵でしょう。名探偵早苗。響きも悪くないです」
「ですよね! いやあ、私にかかれば、幻想郷の謎なんてちょちょいのちょいです。きっと、いつの日か早苗探偵事務所を構えてやりますよ」
「守矢神社はどうするんですか?」
「神社兼探偵事務所ってどう思います?」
「胡散臭いと思います」
「もともと守矢神社は胡散臭いので、問題なしですね!」
分かっているのであれば何とかすればいいのに。もしかすると、宗教には、その胡散臭さが必要なのかもしれない。だが、探偵の胡散臭さは必要でないはずだ。
「まあでも、早苗は本当に探偵に向いてるかもしれないね」にとりは苦笑しながら言う。私のお世辞とは違い、本気でそう思っているようだった。
「早苗相手なら、なんでもペラペラと口を滑らせちゃいそうだ」
「信用されていますもんね」
「間抜け具合を信用されているんだ。早苗相手なら、言っても大丈夫だなって、思っちゃうんだよ」
「悪口ですか?」
「違う違う。いい意味で、だよ」
何がどういい意味なのか、さっぱり分からない。きっと、にとり本人も分かっていないだろうが、それでも早苗さんは納得したようで、笑みを浮かべている。
「それで? 誰からも信用されている早苗さんは、いったい何の聞き込みを?」その嬉しそうな笑みを崩さぬように、柔らかく声をかける。「こんな時間まで聞き込みをするなんて、何を調べていたんですか? 子供はもう寝る時間なのに」
「子供じゃないですって!」
こほん、と咳払いをした彼女は、その笑みを深くした。自慢げで、得意げで。テストで百点をとった子供のように無邪気だ。子供じゃない、と否定する彼女の言葉ですら、子供らしいと思えてしまう。
「私は気づいたんですよ」
「気づいたって何をです」
「それ、聞いちゃいます?」
ああ、と私は声を出してしまう。うざったく、そして面倒くさいその聞き方は、見覚えがあった。
「きっと、聞いたら驚きますよ」
「何を気づいたんですか」
その場でくるりと回った彼女は、真上に手を伸ばし、人差し指を立てた。真上に浮かぶ一番星が、彼女をスポットライトで照らしている。その顔は、自身に満ちあふれていた。
「犯人です。例の異変の犯人が誰か、気づいたんですよ!」
「あややや。それはそれは」私はにとりを小突き、大げさに肩をすくめる。
「口から心臓が飛びでそうですね」
「それ、褒めてます?」
自信満々だった早苗さんの顔に僅かな影がさす。それは、とても魅力的に思えた。