◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
いつも通り平和に続く日常の中に、ほんの少し刺激が欲しいと誰もが思う。
ソレは例えば、登校中に曲がり角でヒロインとぶつかったり、不思議な転校生が登場したり、いきなり変な組織が現れたり、突然奇妙な能力に目覚めたり―――そんな漫画みたいな自分にも起こって欲しいと、一度くらいは考えてしまう。
かくゆう俺も、そんなことを考えることはしょっちゅうある。
平凡な家庭に生まれ、何不自由なく生きてきて早十五年。
友達にも恵まれ、幼少から一緒にいる二人の幼馴染とは今も仲が良く、なんなら片方とは恋人でもある。体を動かす才能に恵まれたのか運動神経はずば抜けて優れていたし、スポーツはしていなかったが今のところ喧嘩で負けたことは一度もない。
平凡な日々を送っているが、かなり恵まれた環境にいると思う。
けれど、いつも思ってしまう―――何か違うと。
これから始まる高校生活、どんなことが待ち構えているのかワクワクしてはいる。幼馴染たちと同じ学校だし、さぞかし楽しい高校生活になるのだろうと思う。けれど、華やかな高校生活以上の何かを期待してしまっている俺がいるのだ。
どうしてだろうか?
物心付いた頃からずっとそうだったからわからないけど、俺はずっと胸の中に燻るモヤモヤした何かの正体を探している。何かを忘れているような、俺ってこんなんだったかな? って思うような、そんな何かが欠落した感覚。
ただ、二年前、幼馴染の一人が有名アーティストであるツヴァイウィングのライブで不幸な目に遭ったことがあった。ライブ中、特異災害として認定されている『ノイズ』という怪物の襲撃を受け、多くの人間が死んだ事件。
あの時、幼馴染は残酷にも多くの遺族たちから迫害された。
何故お前が生き残ったのかと、まるで自分は生きていてはいけないのだと言われているように、ずっと幾多の罵詈雑言浴びせられ、石を投げられ、学校でも虐められた。
もちろん当時は俺も幼馴染としてできる限りその虐めや迫害から彼女を守ったし、四六時中傍で励ますことで幼馴染を支え続けた。その甲斐あってか幼馴染が自殺や鬱病に罹るといったことはなかった。とはいえ幼馴染の家庭環境は滅茶苦茶になったからノーダメージともいえない結果になったけれど。
けれど、そんな幼馴染を襲ったこの一連の不幸な日々を俺は……何故か悪くないと思っていた。平凡な日常に訪れたその変化を、俺は、面白いと感じていたのかもしれない。幼馴染が大変だって時に、頭がいかれている。
ともかくそんな感覚を抱きながら生きてきたのが、俺――泉ヶ仙珱嗄という平凡な男子高校生である。
「……」
「また退屈そうな顔してるよ、珱嗄」
「ん? ……ああ、未来ちゃんか」
「うん、待った?」
「それほど」
するとそこへ、先の幼馴染の一人にして俺の現恋人である少女、小日向未来が声を掛けてきた。
今は朝、高校へと登校する道の上――高校生活初日ということで、此処で俺は幼馴染の二人と待ち合わせをしていたのだ。そして電柱に寄り掛かってぼけーっとしていたところ、未来ちゃんが声を掛けてきたというわけである。
朝だというのに何処か嬉しそうな表情の未来ちゃん。
彼女と恋人になったのは、中学時代のこと。
未来ちゃんの方から告白され、俺も彼女のことを好ましく思っていたのでソレを了承。晴れて恋人となったのだが……デートや手を繋ぐといった恋人らしいことはしつつも、それ以上にはどうも進めていない。
俺がどうにもそういう気分になれなくて、いつも申し訳なく思うのだけれど、未来ちゃんもプラトニックなお付き合いを楽しんでいるらしく、俺はそんな彼女の言葉に甘えてしまっている。
「響ちゃんは?」
「いるよ、ほら」
「?」
もう一人の幼馴染の姿が見えず、未来ちゃんに訊いてみる。
すると、彼女は自分が来た方向へ指を差した。その指の先にいたのは、まだうつらうつらと眠そうにしながら遅れて歩いてきている少女がいる。
彼女こそ俺の幼馴染のもう一人、立花響である。
「未来ぅ~……待ってよぉ」
「ほら響、しっかりして。いつまでも寝惚けてちゃだめだよ?」
「うぅん……それはそうだけど……ほら、春眠暁がどうのってやつ? 春の陽気は気持ちよくって」
「ははは、相変わらずだな響ちゃんは……おはよう」
「! あ、あはは、おはよう珱嗄……そういえば待ち合わせしてるんだった、恥ずかしいところを見せちゃったなぁ」
俺が声を掛けると、響ちゃんの肩がびくっと跳ねた。寝惚け眼で俺の姿を捉えると、たははと笑いながら照れたように頬を紅潮させている。
「ま、遅刻するわけにもいかないし、行こうか」
「うん!」
「はーい」
俺が歩きだすと、未来ちゃんと響ちゃんが俺の両隣に並んで歩きだす。
平和で、幸福で、少し甘酸っぱいような、青春の一ページ。誰もが望むような少女漫画のような日常……可愛い幼馴染の恋人がいて、もう一人可愛い幼馴染がいて、これから始まる高校生活に胸躍らせる瞬間。
まさしく恋愛漫画が始まりそうな王道的展開だ。
いやはや全く―――……
◇ ◇ ◇
泉ヶ仙珱嗄という存在がどういう存在だったのか、この世界にソレを知る人間は誰もいない。
何故なら当の本人ですら自分がどういう存在だったのかを覚えていないのだから、仕方のないことだろう。
今まで数々の世界を渡り、あらゆる強者と戦ってきて尚敗北のない人生を送ってきた彼は、あまりにも強くなりすぎた。何兆という年月を生き、ありとあらゆる経験をしてきて、最早その精神は人外の領域――人間の起こし得る残酷さでは、彼の心を傷付けることなど出来はしないほどに。
強く、強く、ただひたすらに強く、無敵以上に強く在った珱嗄という存在は、あらゆる世界で強烈な光を放っていた。
勝つか負けるかではなく、どういう風に勝つのかしか選択肢にない珱嗄という存在に触れた者達は、例外なく彼に惹かれたのだ。
だがそんな彼が、最後と決めたこの世界でその強さを手放している。
彼を説明する上で、彼を理解する上で、彼の強さは欠けてはならない要素――今まで出会ったほとんどの人間がそう思っている筈だ。強さこそ、彼が彼であるために唯一必要なものであると。
その強さを放棄することを珱嗄が選んだと知ったのなら、おそらく全員が絶句する。あらゆる人間が欲する強さを放棄する? そんな選択を取ることなど愚の骨頂……どうしてそんなことをしたのか、納得いくまで珱嗄に追及することだろう。
けれど、その程度ではまだまだ珱嗄を理解出来ていない。
珱嗄は強いから珱嗄として生きてこられたわけではない。
あの傍若無人な振る舞いには確かに強さがいるのかもしれないが、珱嗄の存在を説明するのに必ずしもなければならないものではないのだ。彼はもしも最弱の存在だったとしても、違う形で同じように生きてきたはずだから。
珱嗄が一番最初の世界で定義付けた自分の生き方―――娯楽主義。
この世界の全てを娯楽として楽しもうとする、狂気的な思想。
そう、文字通り全て。
つまり人の生き死にですら、娯楽として楽しもうという思想なのだ。それは誰にでもできるわけではなく、唯一無二、珱嗄にしかできない生き方だ。狂人以上に人外の領域、誰もが足を踏み入れることができない領域。
並外れた強さだけでは、到底真似できるはずもない。
彼が彼であるために必要なのは、並外れた強さではなく―――狂気を超越した意志の強さ。
『面白くないと、面白くない』
珱嗄の根底にあるこのシンプルな思想こそが彼の全てである。
だからこそ、たかが強さを放棄したところで、彼の存在が揺らぐことはないのだ。
けれど、珱嗄の予想を外れ――彼はこの世界に生まれ、自身のこれまでの記憶を全て忘れてしまっていた。
神によって創られたチートを全て排除された新しい身体は、赤ん坊としてこの世界に産み落とされ、平凡な人間として成長してきた。
かつての記憶を全て失い、強さも失い、果たして珱嗄は珱嗄としていられるのだろうか?
娯楽主義に目覚めた瞬間も、人外の領域に踏み込んだ瞬間も、出会った人々とどんな関係を築いたのかも、全てを忘れても尚彼は、珱嗄として生きられるのだろうか。
ソレは誰にもわからない。
本人が本来の自分を忘れてしまっているのだから、過去を知る者がいない以上彼自身が全てを思い出す以外に彼らしさを取り戻す方法はない。
けれど、本当にこの世界には彼の過去を知る者はいないのだろうか?
今まで身体はそのままに異なる世界へと降り立ってきたというのに、何故今回は赤ん坊として普通に生まれ落ちるという形でこの世界にやってきたのか。
今まで記憶はそのままに異なる世界へと降り立ってきたというのに、何故今回は記憶が失われているのか。
神は本当に、珱嗄という存在を消失させてしまったのだろうか?
「待つのは慣れているさ―――誰よりも、ね」
本当にこれが珱嗄にとって最後の世界。
戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生―――開始