◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
それからしばらくは、『ソロモンの杖』を奪取したことでノイズの発生もなく、リディアン周辺では束の間の平穏が訪れていた。雪音クリスも未だ二課の拘留室にて監視されている状態であるからか、黒幕側の動きは未だにない。下手に動けない状態だと予想されている。
そんな状況で目下二課が捜索しているのは、行方不明になった珱嗄と、その珱嗄の行方を知っている可能性の高い今回のノイズ騒動の黒幕。この二名だ。
とはいえ、こう長い間膠着状態が続けば、雲隠れしたのではないかという声も出てくる。二課の中でも、何も起きない現状が続くことで少々気が緩みそうになる空気が生まれていた。
それだけの時間が流れている。
翼の身体も一通り生活に戻れる程度には回復しているし、響もデュランダルの件以降は不穏な空気を見せることもない。未だ二人の間の溝は埋まっていないが、それでも二課の戦力は十全な状態に戻ったと言える。こうなると、油断が生まれそうになるのも仕方がない。
だが弦十郎は、この状況に一抹の不安を感じていた。
あまりに動きがなく、平穏そのもの。
それはとても喜ばしいことではあるけれど、あれだけノイズによって多くの人々を殺してきた上に、完全聖遺物を二つも所有していた黒幕が、この程度でおめおめと尻尾を巻いて逃げ出すとは到底思えなかったのだ。
まだ何かある。
必ず何か策を練ってくると、弦十郎は半ば確信していた。
「(クリス君の使っていた『ネフシュタンの鎧』は未だ敵の手中だ……だが、『ソロモンの杖』といい、これだけの完全聖遺物を個人が保有している筈がない……間違いなく、黒幕側には何かしらの後ろ盾がある……そして、我々の保有していた『デュランダル』を欲したこともそうだが、我々が『デュランダル』を保有していることを知っていることを考えると……怪しいのは米国政府、か)」
弦十郎の思考では、黒幕に繋がっている後ろ盾があり、それは米国政府である可能性が高いと出ていた。
過去、米国政府が聖遺物やそれに関する知識を欲している動きを見せることが多く、機密事項となっているシンフォギアや、その核となる『櫻井理論』にも何度か探りを入れることもあった。二課や日本政府とは別で聖遺物を幾つか手にしていてもおかしくはない。
だが完全聖遺物の起動には、相応のフォニックゲインが必要になってくる。
『ネフシュタンの鎧』はツヴァイウィングの歌によって起動させたものだが、『ソロモンの杖』に関しては違う。少なくとも二課や日本政府の方では起動させた記録はない。
そこで今回の黒幕と雪音クリスが協力関係になったのだろう。
完全聖遺物の起動を条件に、米国政府と黒幕は何かしらの契約を結んだとすれば、納得もいく。
「だが、聖遺物の起動方法を知っている者となれば更に限られてくる……」
そもそも聖遺物を活用する方法は、現状櫻井了子の提唱する『櫻井理論』以外には存在しない。米国政府もその詳細を知らない以上、聖遺物の起動は奇跡でも起きない限り不可能なはずだ。
二課の職員ですら、その理論を詳細に理解出来ているわけではないのだから。
弦十郎はその時点で、嫌な予感はしていた。
二課の中に内通者がいること。
聖遺物の活用する方法は、現状『櫻井理論』しかないこと。
米国政府に通ずるコネクションを持っていること。
それらを合わせて考えれば、該当するのは一人しかいない。
櫻井了子が内通者―――もしくは黒幕である可能性が高いのだ。
だがその証拠が今はまだない。可能性が高いだけで、そうと断定するにはこの硬直状態が厄介だった。
「司令、少しいいですか?」
「緒川……どうした?」
「かなり迷ったのですが……一つ、耳に入れておきたいことが」
すると、二課本部の通路にある休憩スペースで少々思考を巡らせていた弦十郎に、緒川が声を掛けてきた。何処か深刻な様子で、僅かに顔色も悪くなっている。
弦十郎の指示で様々な仕事をこなしていた緒川だったが、翼の絶唱の日以来、何処か様子がおかしかったのは弦十郎も気がついていた。
弦十郎からしてもあの日の事は未だにシコリとなって引っ掛かっていることである。珱嗄の負傷の関する情報改変、記憶改変――それを起こした何者か。
今となっては、その何者かがノイズ事件の黒幕とは別であると弦十郎は思っている。
記憶の改変ができるのなら、拘留中の雪音クリスを開放することや『ソロモンの杖』を取り返すことは容易だろうからだ。現在の均衡状態がそれができないでいることの証拠になる以上、両者は別人と判断できる。
「翼さんが絶唱したあの日、珱嗄君の負傷に関する記憶の改竄がありましたよね?」
「ああ、そうだな」
「実は……あの日、僕の記憶は改竄されていませんでした」
「なんだと!?」
緒川の語る事実に驚愕する弦十郎。
確かに、緒川の記憶が改竄されていなかった事実は驚愕に値するが、それ以上に、既にあの日から一月以上が経過している今、緒川がそれを隠していたことも驚きであった。
ここまでずっと同じ仲間として仕事をしてきた緒川のことは、弦十郎もよく知っている。誠実な人間だし、何の事情もなく二課の不利益になるようなことをするとは思っていない。
ならば何故今回、こんな重要なことを隠していたのか。
「すみません。本来なら、響さんが改変された事実を知っている時点で話すべきだったのかもしれませんが……これから話すことは、それを踏まえても容易に話すことができない内容でしたので」
「それほどのことか……わかった」
緒川の口振りからして、人の耳に入ると危険な話なのかもしれないと思った弦十郎は、場所を変えることにした。まずは一対一で、誰の耳にも入らない所で聞いてから考えるべきだと判断したのだ。
「場所を変えて話を聞こう」
「お気遣い、ありがとうございます……」
弦十郎と緒川は別室へと移動していった。
◇ ◇ ◇
二課本部の中にある個室の一つで、弦十郎と緒川が向き合っていた。
二人は普段信頼の厚い上司と部下として共に仕事をしている故に、二人でいてもピリついたような空気感を出すことはあまりない。
それでも、今この時ばかりは二人の間に重たい空気が流れていた。
「それでは聞かせてもらおうか、お前の話を」
「はい……」
深刻な表情で頷いた緒川は、あの日のことを滔々と語り出す。
「僕がお話するのは、泉ヶ仙珱嗄と、その血縁に関することです」
「血縁だと?」
「はい……あの日、雪音クリスの攻撃によって腹部を貫かれた泉ヶ仙珱嗄は、僕が駆けつけた時には意識を失い、大量出血による危機的状況でした。なので僕は応急処置を施し、医療班の搬送を促しました……」
「響君の言と同じだな……だが事実は異なり、彼は搬送されず、負傷も負うこともなく帰宅したということになった」
まずは当時の状況を語る緒川に、弦十郎は響の言っていた記憶と状況が同じであることを確認し、頷く。その状況であれば自分も珱嗄に応急処置を施しただろうし、緒川の行動になんの不備もなかったことを理解した。
つまり、その段階ではある意味問題なく現実は進行していたということになる。
ならば緒川が話したいのは、この後のことだ。
「まず先に伝えておきますと、泉ヶ仙珱嗄は特殊な生まれではありません。調べた結果、普通の一般家庭に生まれた少年で、御両親含め血筋に特殊な由来があるわけでもなく、家族全員至って普通の一般人です」
「うむ……」
「家族構成は専業主婦の母親が一人、父親は海外での仕事の為に不在ですが、共に健在。また小学生になる妹が一人います。余談でペットに猫がいるくらいでしょうか」
「ああ」
珱嗄の家族構成にこれといっておかしな所はない。
普通の両親の元に、普通に生まれた少年。小学生の妹が一人いて、ペットを飼っている。そんな何処にでもありそうなありふれた一般家庭――それ以上のことはなにも出てこなかった。いくら調べても、黒い部分どころかグレーな部分すら出てこなかったくらいだ。
けれど、緒川は知っている。
この普通の家庭に潜んだ、普通ではないものを。
「至って普通の一般家庭ですが……あの日、重傷を負った泉ヶ仙珱嗄を連れて去ったのは、彼の母親でした」
「なに……? 母親だと?」
「はい、僕が接近に気付くことができないレベルの気配の無さ……そして彼女は泉ヶ仙珱嗄を連れていく際に、『泉ヶ仙珱嗄は負傷せず、後日話を聞くことにして帰ったということになる』と言って、姿を消しました」
「つまり……今回の現実改変は彼の母親がやったことだというわけか」
「おそらくは……ですが、どういう力なのかはわかりません。聖遺物らしきものを持っている様子はなかったので……すみません、余計なことはするなと釘を刺されたので、容易に話すわけにはいかず……」
緒川の言葉に、弦十郎は黙って考える。
現実改変なんていう力の持ち主に半ば脅されていたとすれば、不用意にこの話をするのは確かに何を引き起こすかわからない。緒川の判断は正しいと言えるだろう。
しかしそうだとすれば、この現実改変の犯人像はますます謎めいた存在になってくる。彼の母親は一般人――経歴や血筋を辿っても一切怪しい所はない真っ白な一般人だ。聖遺物に関わる機会など毛頭ないだろうし、緒川に気付かれずに接近するなどという技術を持つはずもない。
一体どういう存在なら、これに説明が付けられるのか?
「仮に彼の母親が犯人であることは置いておくとして……この現実改変能力は完全ではない。少なくとも響君や緒川の記憶は残ったままだし、おそらく了子君も覚えているようだった……これが意図的なのか、もしくは何らかの欠陥があって完全に現実を改変することはできないのかはわからないがな」
「はい、なので家庭環境の隠蔽には使っている可能性も考えましたが、おそらくはないと思いました。あの日の数十分を改変するだけでもそれなりの改変漏れがあったのに、過去何十年分の現実改変になんの穴も無いのはおかしいですから」
「確かにな……だとすれば彼らが一般人であることは疑いようがない……」
珱嗄たちが一般人であることと、一般人らしからぬ力を保有していること、その二つが矛盾し弦十郎たちを悩ませる。
母親の使用した現実改変能力、珱嗄の対ノイズ性、どちらも人間には余る力だ。それを聖遺物を使った様子もなく行使するとなると、ますます理解の範疇を超えていた。
弦十郎は眉間に皺をよせ、唸る。
「仮に……母親の現実改変能力の穴が意図的に作られたもので、その能力は本来完璧に現実を歪ませることができる代物だったなら……今回わざわざ穴を空けた理由はなんだ……? 響君の記憶が残ったままであるなら、珱嗄君が負傷した事実はすぐにバレることなどわかっていた筈……」
「それは司令も仰っていた、彼の身体を調べられるのを防ぐためでは?」
「ああ、だが彼の身体を調べられるのを防ぐためなら、こうして不完全に現実を改変する必要はないだろう? 強引に彼を連れ去ってしまえばいい……それをせずにわざわざ現実を改変した理由は……?」
弦十郎は頭を回す。
最近はずっと考えを巡らせていることばかりしているが、少しずつ、少しずつ前進している実感があった。今回のこともそうだ、緒川がこのタイミング話してくれることで、行き詰っていた思考が少しだけ前に進むことができた。
ふと気がつく―――前進している、出来過ぎているくらいに少しずつ前進している。
もしもこの状況がその母親の予想通りの展開だとしたのなら?
「珱嗄君の身体を調べられるのを防ぐため、という理由はフェイクか……?」
「それは……!?」
「だとすれば本来の目的は、我々に現実改変能力を持った存在がいると認識させるため?」
もしも母親の予想通りの展開になっているのだとすれば、弦十郎にはそうとしか思えなかった。珱嗄の身体を調べられるのを防ぐため、というすぐに思いつく理由を囮にして、現実改変能力を持った存在がいるという事実そのものを認識させること、それが母親の目的なのではないかと。
何故なら、それ以外にあの場での現実改変と改変された内容にはなんの意味もないからだ。すぐにバレる雑な改変、珱嗄を連れ去った母親、そして緒川にのみ脅しを加える不可解な行動。そのどれもが、ある種の示威行為にしか思えない。
そしてこの考えが合っているとすれば、緒川がこうして話したことで、今それが明らかになったのはどういうことを意味するのか?
「―――まさか、時間稼ぎか!?」
弦十郎がハッとそう言った瞬間、
"ヴーーーー!!"
二課本部内に、久方ぶりの警報が鳴り響いた。
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