◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
学校からの帰り道を未来と歩く。
入学からずっと、当たり前に続くと思っていたそんな普通のことが、今はとても脆いものなのだと思うようになった。
今もこうして一緒に歩いていて、お互いの距離は僅か数センチの肩が触れあう距離。傍から見ればとても仲が良い二人に見える筈のこの距離が、私には酷く、酷く、遠かった。
今の私たちはこの数センチを、真っ当な感情で埋めることができないでいるから。
分かっている。
私は未来に依存している。
そして未来も私に依存している。
珱嗄を傷付けた私と、珱嗄を失った未来。どうして珱嗄がいなくなったのかはわからないけれど、私は自分の無力が心の底から恨めしかった。強くなりたい、未来も、珱嗄も、大切な人を悲しませないで済むくらい、力が欲しい。そう思った。
その結果がこれ。
未来は珱嗄を失って不安定になってしまって、私に依存することでどうにか普段通りに振る舞うことができる状態。私も未来が私を受け入れてくれることに甘えて、辛いことから目を背けている。共依存でしか、自分を保てなくなっている。
「ねぇ響、今日フラワーにいかない? おばちゃんのお好み焼き、好きでしょ?」
「いいね! 行こう行こう!」
「もう、響ったらはしゃぎすぎ。そんなにお好み焼き食べたかったの?」
「えへへ……それもあるけどー、未来と一緒ならなんだって美味しいもん」
「! も、もう、響ったら……」
普段通りの会話、でもぎこちない空気。
ギリギリ歯車は回っているけど、何処か噛み合っていないような、そんな感覚。
きっと未来も気付いている。
原因はわかりきっている。
お互いがお互いに隠している、秘密があるからだ。
私はシンフォギアのこと、聖遺物のこと、二課のこと、何一つ未来には話していない。私がノイズと戦っていることも、何一つ。
そして未来も何かを隠している。こんな状況になってまで、私に話せない秘密がある。もしかしたら、それは珱嗄に関することかもしれない。師匠が未来のことを知っていたり、未来が珱嗄の恋人として一緒にいることが多かったり、珱嗄が消えた時期と未来が隠し事をし出した時期が重なっていたり、思い当たることは多いから。
でも私はそれを訊きたいとは思っていない。
今のこの関係は非常に脆い関係だから。どちらかの秘密が明かされただけで、きっとこの関係は壊れる。もしもそうなったら、私は未来に依存することはできなくなるし、未来が私に依存することもできなくなる気がしていた。
だからこのままでいい。
このままがいい。
いつか私が珱嗄を見つけだして、昔みたいに三人が揃う日までは、このままでいい。
幸いなことに、デュランダル移送計画の日からノイズの発生はぱたりと無くなって、出動も一切無くなった。ミーティング等で呼び出しがある時もたまにあるけど、それも緊急性はなく、事前にちゃんと連絡が入るくらい余裕が出ている。
未来と一緒にいる時間は、以前と変わらないくらいに確保できていた。
そう、これは危うい綱渡りで、とてもとても脆い日常。
「じゃあ―――」
だから、簡単に壊れることは十分、分かっていたんだ。
……"ヴーーー! ヴーーー!"
携帯が鳴る。
この着信は、二課からの緊急連絡。
久々にやってきたその知らせに、私の身体はビクリと硬直してしまう。
「……響?」
「……ごめんね、未来……用事ができちゃった」
「……そっか」
未来は私の言葉に少し寂しげに頷いてくれる。彼女も、私が何を隠しているのかを探ったりしない。私と一緒で、ソレを知ることはこの関係の崩壊を招くと悟っているからだと思う。
私は申し訳ない気持ちを抱きながら未来に背を向け、電話に出る。
そして何があったのかを訊こうとして、振り向いた先に現れたその人影を捉えた。
「――!」
『響君、今拘束中だったネフシュタンの少女が―――』
「はい……今、見つけました」
電話の向こうで師匠が言おうとしていることは、目の前の光景が教えてくれている。
そこには赤いシンフォギアを纏った彼女がいた。木々を跳び、私の方へと向かってきている。その目は私を捉えていて、怒りなのか、強い感情を剥き出しにして私を睨んでいた。
雪音クリスちゃん、私が一度殺してしまった少女。
『な―――……!』
「見つけたぞ!! 今度こそ!!」
通話を着る暇もなく携帯を投げ捨て、見覚えのない赤いシンフォギアのアームドギアなのか大きな銃をこちらに向けてくるクリスちゃん。
その段階で私の意識はスイッチが切り替わるように冷たく沈んでいた。この場における優先事項をすぐに判断して、私は動き出す。
バン、という音が鳴るコンマ数秒前に、私は真後ろの未来に飛びついていた。
「ひび――ッ!?」
「……!」
困惑する声をあげる未来を無視して、私は未来を抱き寄せ後方へと飛ぶ。
私のいた場所へ弾丸が着弾し、爆発するタイプだったのか地面が爆散した。衝撃と地面の破片が飛び退いた私と未来を追いかけてくるけれど、私の動きの方が早かったのかなんとか直撃は免れる。
そしてすぐに未来を立たせると、守るようにクリスちゃんの前に立ち塞がった。
「どうして此処に……?」
「ハッ、甘ぇんだよ……アタシの本領はコッチだ。武器は隠し持ってないか確認すべきだったな……コイツがアタシの、『イチイバル』の力だ!」
「『イチイバル』……?」
拘束されていたと思っていたのに、どうやらクリスちゃんはネフシュタンの鎧の他にも聖遺物を隠し持っていたらしい。何処に隠し持っていたんだろう、師匠たちが見逃すとは思えないから……体内に隠し持っていたのかな?
とはいえ『イチイバル』というのが、あのシンフォギアを形作っている聖遺物の名前らしい。見た感じ銃をメインに遠距離での広範囲攻撃に秀でるタイプ、かな? 遠距離系の相手は実践じゃ初めてだから、正直どうしたものかって感じだけど……それ以前に、
「ひ、響……」
「未来……逃げるよ」
「え……う、うん」
未来の前でシンフォギアを纏う訳にはいかない。それは秘密の暴露に他ならないからだ。幸いクリスちゃんは致命的なことは言っていない……今ならまだギリギリ秘密のままで通せる。
私が未来の手を引いて走り出すと、クリスちゃんは未来の存在に気付いたのか舌打ちをしながら追いかけてくる。どうやら未来を巻き込む気はないらしい。一般人を無暗に傷付けるつもりはないのかな?
『ソロモンの杖』がないならノイズが出現する心配はないし、どうにか未来を安全な所へ連れていけば……!
「待て!」
「未来、走って!」
未来の存在のせいで攻めあぐねるクリスちゃんの声を背に、私は未来の手を強く握りしめた。
◇ ◇ ◇
響と未来が逃走し、クリスがそれを追いかける形になってから、二課の方でも迅速な行動が開始されていた。
既に全快した翼が出動し、現場へ急行しているし、二課の方でも響たちの動きを捉えている。一般人の避難誘導や響たちのサポートに人員が投入されているし、いつでも指示を出すことが可能な状態だ。
しかし当の響がシンフォギアを纏っておらず、インカムも付けていない。
これでは通信しようにも通信できない。携帯も逃走の際に投げ捨てていたので、電話も通じないだろう。
「くっ……!」
「どうして響ちゃんはシンフォギアを纏わないんでしょうか……?」
「確かに……未来ちゃんがいるとはいえ、人命救助の為なら迷わず装着すると思ったんですけど……」
「逆だろうな……響君は、未来君にだけは絶対に明かしたくないのだろう……珱嗄君を失い、未来君まで失ってしまった場合、響君の心は間違いなく砕かれてしまう」
司令室から監視カメラを通して響たちを追っている弦十郎たちは、響が戦えない理由を悟って歯噛みする。この場にいる全員は、子供である響や翼に戦わせてしまっている現状を良しとしていない。
響の心を守ることも、大人である自分達の役目だと思っている。
だから、この状況で何もできない自分達の無力さを悔やむ。
「翼が到着するまで、どうにか逃げ切ってくれれば……!」
弦十郎と緒川が話していた時に鳴り響いた警報は、雪音クリスが二課の発見した第二号聖遺物である『イチイバル』のシンフォギアを使い、強行突破したことに対する警報だった。
きちんと身体検査をした上で拘留したというのに、何処に隠し持っていたのかと驚愕した。ましてや『イチイバル』は、かつて二課で保有していた聖遺物であり、十年前に紛失した聖遺物なのだ。
それが今になって出現したことにも驚きである。
だが、驚愕の事態は更に続く。
「司令! 正体不明のエネルギー反応が出現! 聖遺物の反応ではありません……これは!?」
「なに!?」
突如現れた別の反応が、弦十郎に衝撃を与える。
聖遺物ではない正体不明のエネルギー反応、それはまさしく先程まで緒川から聞いていた話を想起させるものだった。もしかしたら、ソレは珱嗄の母親である可能性もあるし、また別の存在である可能性もある。
なんにせよ、それは珱嗄の失踪の真相に迫る手掛かりであると弦十郎は直感した。
「その反応場所は!?」
「は、はい! これは……響ちゃんたちの進行方向、約百メートル先の十字路です!」
「なんだと!? 映像を出せ!」
「映像出ます!」
ヴン、という音と共に映像が出る。
巨大スクリーンに現れた十字路の映像には、一人の女性が立っていた。
「あれは……!」
「……ついに現れたか」
緒川がその姿を見て声をあげる。弦十郎はその反応で女性の正体を察した。
何処か見覚えのあるような笑みを浮かべるその女性は、成人しているようにも見えて、女子高生の様に若々しくも見えて、人間のように見えて、人間ではないようにも見える。
まるで正体の掴めない感覚に、一同は息を飲んだ。
「司令、あの女性は一体……?」
「彼女は、泉ヶ仙珱嗄の母親だ……だが油断するな、彼女は我々の理解の範疇を超えた場所にいる存在だ」
弦十郎の言葉に、司令室は一気に緊張感に包まれた。
◇ ◇ ◇
「貴女は……」
「え……?」
走って逃げた先で響達を待ち構えていたのは、珱嗄の母親。
彼女はフと笑うと、響達の方へと近づいてくる。後方から追いかけてきていたクリスも彼女の異様な空気に足を止めていた。
少し茶色の混ざった長い黒髪を黄色いリボンで括り、ラフな私服を着た彼女は、何処からどう見ても一般人だ。
それでもシンフォギアを纏ったクリスですら下手に動けない圧がある。どう動いても勝てないと思わされるような、そんな圧倒的な格差を感じさせられている。
「珱嗄の、お母さん……?」
「やぁ未来ちゃん、久しぶりだね。最近はあまり姿を見なかったから、元気にしてた?」
「は、はい……でも珱嗄が……」
「ああ、そうだね。珱嗄がいなくなっちゃったからね、僕も懸命に探しているんだけれど……君たち何か知らないかな?」
「っ……」
珱嗄の母親は何もかもお見通しと言うような目で響たち三人にそう訊いてくる。
まるで何があったかも、この三人がどう関与しているのかも、何もかも知っている様な口振りで、そう、訊いてくる。
響達はその言葉に言葉を詰まらせた。
響は珱嗄が負傷したことに罪悪感を感じているし、未来も珱嗄の秘密を知っているし、クリスは珱嗄を傷付けた張本人だ。各々が珱嗄がいなくなる原因足りうる事柄を知っている。
母親という存在を前に、その原因を話す勇気が三人にはなかった。
「何か知ってそうだね? 僕も母親として息子の安全をできるだけ早く知りたいんだよね……心配で心配で夜も眠れないくらいだから。ねぇ、響ちゃん?」
「それは……その……」
「未来ちゃん?」
「あ……ぅ」
「それともそこの変な格好した君が教えてくれるのかな?」
「っ……アタシは……」
母親の言葉に三人はそれぞれ言葉にならない声をあげるしかできない。詰め寄られても、目を逸らすことしかできなかった。
「うーん……仕方ないから、僕が喋らざるを得ないようにしてあげよう」
「え?」
母親が放った言葉に、一瞬理解が及ばなかった三人を置き去りにし、母親が手をポンと叩く。
すると―――
「なっ!?」
「えっ……響!?」
「聖詠無しで……!?」
パキン、という音と共に響の姿がシンフォギアを纏った姿へと変化した。聖詠もなしに変身したことに驚くクリスと、響の姿が変わったことに驚く未来。
「お互い、秘密は無しで話そうよ」
何をされたのか、したのか分からない状況で、母親だけがゆらりと笑った。