◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
―――生きるのを諦めるな!
二年前……意識朦朧となっている中、そう言われたのを覚えている。
トップアーティストである『ツヴァイウィング』のライブを見に行って、私はすぐさま輝かしいステージに魅了された。熱気と、光と、歌があった大きな会場で、大きくうねるエネルギーの一つとなって、私の心は感動を歓迎していたのだ。
けれど、ノイズの襲来でそれは全て崩壊した。
何千という人がノイズによって炭素へと変貌し、逃げようと出口に殺到した人々も人の圧力で転がり、踏み潰され、死んでいく光景。そして地獄へと変わってしまったあの会場で、私も死にかけた。
ソレを救ってくれたのが、ツヴァイウィングであり、"天羽奏"さん。
今はもう亡くなってしまった、私の命の恩人。
あの時何故ツヴァイウィングの二人がノイズと戦っていたのか、どうして兵器が効かないノイズと戦うことができたのか、あの時の歌はなんだったのか、わからないことだらけではあるけれど、あの人たちが私を救ってくれたことだけは覚えている。
そして、無事に生き延びることができたあの日以降は、もっと地獄だった。
亡くなってしまった人々のご遺族の声が、社会を揺らして牙を剥いてきたから。
ノイズによって家族を殺されたこと、我先に逃げようとする人の波に呑まれて死んだ人が多かったこと、そしてトップアーティストである奏さんが亡くなったこと―――これらの悲劇は、その行き場のない怒りを生還者に向けざるを得ない状況を作り上げてしまった。
もちろん、それは生還者の一人でもある私にも牙を剥いた。
自宅には大勢のマスコミや遺族の人たちが押し寄せ、心無い言葉や石が投げられる日々。世論とかバッシングとか報道とか、詳しいことなんて私にはわからなかったけど、お父さんも職場で辛い目に遭っていたみたいだし、リハビリを終えて学校に戻った私にも、酷いイジメが待っていた。
どうしてお前が生き残ったのか。
この人殺し。
お前が死ねばよかったのに。
絶対に許さない。
そんな声を浴びせ続けてきた人たちが、私の心を壊そうと毎日毎日その怒りと憎悪の刃を振りかざしてきた。正直辛かったし、何度も泣いたし、死んでしまいたいとすら思った。私の居場所なんてどこにもなくて、私が生きていることは罪なんだと思った。
それでも私が私でいられたのは、未来と珱嗄がいたから。
私を襲ったイジメは、最初こそ誰にもバレないように影で行われていた。私も心配を掛けたくなくて、普段一緒に居ることの多い未来にだけはバレないように隠し続けた。
それなのに、当時幼馴染というだけで頻繁に一緒にいるわけではなかった珱嗄が、最初に私の状況に気がついたのにはビックリしたかも。
珱嗄は影で行われていたイジメを悉く未然に防いで、気がつけばずっと私の傍にいてくれた。それでフラストレーションが溜まったのか遂にイジメが堂々と行われるようになったけれど、それでも珱嗄はその全てを跳ね返してくれたし、流石に気がついた未来も私の味方でいてくれた。
お父さんは家を出て行ってしまったし、お母さんも一時気を病んでしまったけれど、二人がいたから私は孤独じゃなかった。
未来には凄く感謝している―――私のたった一人の親友。いつだって私の帰る場所でいてくれて、昔から私の陽だまりでいてくれることがどれほど私の救いだったか。
珱嗄にも凄く感謝している―――私の大切な幼馴染。それほど関わりがなくなっても、小さい頃から変わらずずっと、知らないところで私を守ってくれていた。
私の大切な人たち、私の絶対に失いたくないもの、それがこの二人。
この二人を失う時があるとするならば……それはきっと、
◇ ◇ ◇
私立リディアン音楽院高等科―――立花響と小日向未来が通う高校である。
女子高故に珱嗄とは別の高校ではあるが、高等科だけで1200人もの生徒が在籍しており、小中高一貫教育ではあるが外部生も受け入れているので学生寮も備わっているという、設備の充実した場所だ。
その名前の通り、音楽教育に力を入れたカリキュラムを組んでいる少し特殊な校風ではあるが、創立してから約十年というほぼほぼ最近できた新しめの学校である。
響と未来はその教室内にいた。
「ねぇ未来……未来と珱嗄って付き合ってるんだよね?」
「ど、どうしたの響、急に……まぁ、そうだけど」
「いやぁ、恋人ってどんな感覚なのかなぁって思って。私、男の人を好きになったことなんてないし、周囲にいる男の人っていったら珱嗄くらいだったからさー」
ぼーっと窓から空を見つめていた響は、ふと気になったのか未来にそんなことを訊いてくる。未来は予想外の質問に動揺してしまうが、響がただの興味本位で質問していることを知ると、少しほっとした様子で苦笑する。
恋人ってどんな感覚――そう問われても、未来にはどうも形容しがたかった。
珱嗄と付き合いだしてもう大分時間が経つけれど、珱嗄との間に何か進展があったかと言われればそういう訳でもないからだ。
手を繋ぐ、抱きしめて貰う、デートをする、そんなありふれた恋人らしいことはしたけれど、キスなんて一度もしたことがないし、それ以上先のことなんて想像もできない。
未来からすれば、珱嗄はあまり触れ合うことは好まない人間なのだ。
「……私にもわかんないや、ごめんね」
「えぇー! 恋人がいるのに?!」
「あはは……こういうのって多分、理屈じゃないからさ」
「そっかぁ……未来と珱嗄って私の前じゃあまりべたべたしたり、いい雰囲気になったりはしないから、二人きりの時は違うのかなーって思ったんだけど」
「……別に、変わらないよ?」
響が机にぐでーんと身体を倒しながら言ったことに、未来は一瞬息が詰まったものの、ソレを表情に出すことはしなかった。無難に返事をして、いつも通り微笑んで見せる。
未来自身にも、何故響の言葉につっかえたのかはわからなかったからだ。
「でも急にそんなことを言ってくるなんて、どうしたの? ……まさか、気になる人でも出来たの!? 響!」
「なななな!? ち、違うよぉ! ただ、ちょっと気になっただけで……」
誤魔化すためにからかうつもりでオーバーに響をつついてみれば、先程の空気は何処へやら、響はあたふたして未来の想像を否定しに掛かる。笑って見せれば、からかわれたのを察して響はぷんすかと文句を言ってくる。
こういう何気ないやりとりが楽しくて、未来も響もお互い一緒に居るのだろう。
不貞腐れてしまった響を宥めながら、未来は話題を変えた。
「そういえば、今日は翼さんのCDの発売日でしょ?」
「はっ! そうだった!」
「いまどきCDなんて珍しいよね」
今日はツヴァイウィングの片翼、風鳴翼の新CDの発売日であった。
あんな悲劇があったものの、響は未だに翼のファンであり、その歌に魅了された一人なのである。CDも特典まで楽しみたいと思うくらいには、熱狂的なファンなのである。
未来も、響がCD発売を心待ちにしていることを知っているからこそ、この話題を出したのだ。
「初回特典が違うんだよ~! 色々付いてるの!」
「じゃあ、早く行かないと売り切れちゃうんじゃないの?」
「あああ!? ごめん未来! 私すぐにいかないと!」
「はいはい、いってらっしゃい。気をつけていくんだよ」
未来の予想通り、響は慌てて教室を出ていった。
バタバタと慌ただしい彼女の姿は、やはり彼女らしく、未来もその姿にくすりと笑ってしまう。
そうしてすぐ、未来は一人感慨に耽ってしまう。
「……恋人ってどんな感じ、か」
珱嗄はどう思ってるんだろう、なんて考える未来。
無意識に自分の唇に触れ、もしも珱嗄とキスしたのなら―――なんて妄想に、顔が熱くなるのを感じた。もしも、もしも、もしも、考え始めてしまえば止まらない妄想に、未来の頭がぷすぷすと煙を立ててしまう。
なまじ優等生な未来は、色々とおませな知識も存じているので、余計に妄想が止まらなかった。
ブンブンと頭を振って妄想を振り払うと、余計なことを考えない内に帰ることにした未来。響もCDを買ったらすぐに帰ってくるだろうし、お風呂掃除でもしながら待つのがいい、そう思ったのだ。
けれど、未来は今日このあと響を襲う事件を想像もしていなかった。
そして響だけではない。
今日この日、珱嗄にも一つの出来事が起こるということも、彼女は知らない。
二年前の悲劇から始まった物語。
それは今日この日に、動き出すのである。
Merry Christmas with lot of love!(メリークリスマス、愛をこめて。)