◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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第二十話 心の迷い子

 その日はしんしんと雨が降っていた。

 空は誰かの心を映すように灰色で、降り注ぐ雨は温もりを奪うように冷たい。人々はその冷たさから逃れるように色とりどりの傘を差し、自分の仕事や学校に行くために濡れた地面に傘と同じ数の足音を響かせていた。

 そんな雑踏の中で、一人その冷たさを受け入れている少女がいた。

 長いこと雨に打たれていたのか癖のある髪は酷く濡れており、リディアンの制服もびしょ濡れの状態でフラフラと歩いている。顔は俯き、まるで亡霊のような雰囲気を纏っていた。

 人々はそんな少女をどこか心配そうな顔で見るも、声を掛けずに通り過ぎていく。自分の用事や仕事を放って声を掛ける余裕がないのだ。

 

 少女はフラフラと歩き、水溜まりを踏んだ。

 ふと空を見上げ、そこでようやく雨が降っていることに気が付いたかのように小さく息を吐く。そして雨から逃れるように路地裏へと入っていき、雨宿りができそうなほんの小さな隙間を見つけると、そこで体育座りをして体を縮こまらせた。

 

「……っ」

 

 少女の肩が震える。

 雨に温度を奪われたせいなのか、それとも涙を流しているのか、膝に顔を埋めた少女を見てもわからない。けれど、雨音に混じって聞こえてくる少女の嗚咽は、確実に彼女の絶望を発していた。

 けれどその絶望を感じ取ってくれる人は誰もいない。彼女を受け入れてくれる人も、いなくなってしまった。

 

 少女の名前は立花響。

 

 家に帰ることもできず、自分の行き場を見失ってしまった少女。

 シンフォギアを纏い、ノイズと戦う力を持つ彼女ではあるが、それでも彼女はただの高校生で――寂しがりやの女の子でしかなかった。

 その手で誰かと繋がろうとした少女は、その手を伸ばすことが恐ろしくなっていた。

 

「……なにしてんだよ、お前」

「!」

 

 だが、そんな彼女を見つける人も、いた。

 銀色の髪を二つ結びにして、気まずそうに眉間にしわを寄せた少女。赤いややゴシック風のワンピースを着た彼女は、どこかで拾ったのか骨が一本外れているビニール傘を差して立っていた。

 雪音クリスが、そこにいた。

 

「クリスちゃん……」

「っ……お前、帰ってねぇのかよ」

「……帰る場所なんて、もうなくなっちゃったよ……クリスちゃんこそ、何してるの? 私の前に姿を見せて、捕まるかもしれないのに」

「バカ……今のお前じゃ、アタシを捕まえられるとも思えねぇよ」

 

 クリスは響に近づくと、膝をついて響の身体にくっついている雨を手をパッパッと払う。濡れた髪や服は今すぐどうにかできるわけではないが、最低限の水気を払うと、クリスは響の腕を取って強引に立たせた。

 響はクリスの力に抵抗することなく立ち上がり、どういうつもりなのかとクリスを見る。

 

「来い……こんなとこに居ても風邪引くだけだろ」

「……なんで?」

「……アタシにだってわからねぇよ」

「……そっか」

 

 グイッと腕を引かれて、響は大人しくついていく。

 今のクリスが黒幕の元へと響を連れ去ろうとしているわけではないことを、響はなんとなく察していた。これはクリスの純粋な優しさなのだろうと。

 どうせ行き場所もないのなら、クリスについて行ってもいいだろうと半ば投げやりな部分もあったが、それでもなんとなく……響はクリスを信じてもいいかもしれないと思った。

 

 腕を組むようにして引かれる響。傘の中に入らせるためにクリスがそうしているのだろうが、外から見たら腕を組んで相合傘をする少女達に見えただろうか。

 

「ありがとうね、クリスちゃん」

「……そんな言葉、アタシは言われるような人間じゃねぇよ」

 

 その言葉を最後に、二人の間で会話はなくなり、ただただ連れられるままに、響はクリスについていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――アタシがやってきたことは、間違いだったのかもしれない。

 

 昨日、二課の留置所からイチイバルの力を使って脱獄した後、アタシはフィーネの命令を遂行するために、あのガングニールの装者を狙って攻撃を仕掛けた。

 アイツはシンフォギアを纏うことをせず、一般人の手を引いて逃げた。アタシだって関係のない一般人を傷つけるつもりはないし、できればそんなことはしたくない。

 

 だからつかず離れずの距離で追いかけるしかできなかったんだが、そのあとのことがアタシの心をどうにも搔き乱す。

 

 そこで現れたのは、アタシが傷つけた泉ヶ仙珱嗄の母親だった。

 奴が失踪したことはアタシも知っている。

 フィーネができれば手に入れたいと言っていたから負傷させたんだし、結局失踪したことでそれは失敗したからな。

 

 ただ、それがここまで人を狂わせるなんてアタシは想像もしていなかったんだ。

 

 母親によってバラされたらしい、ガングニール装者の秘密。アタシが泉ヶ仙珱嗄を傷つけたことや、二課の存在……そしてそれを知った一般人の女子が、全てに絶望したような目になったこと。

 あの時の目が、アタシの心に深く突き刺さってる。

 

 アタシは争いをなくしたくて、悲劇が生まれる要因を取り除きたくて、今まで戦ってきたのに……アタシのやったことが原因で、悲劇が生まれていた。

 なら、アタシのやってきたことは間違いだったってことだ。

 

「くそっ、どうすりゃいいんだよ……!」

 

 アタシのもやもやした気持ちを映したように降り注ぐ雨が鬱陶しくて、その辺のゴミ捨て場にあったビニール傘を差して歩く。

 こんな気持ちでフィーネの元へ帰る気もなれず、一人答えの出ない思考に耽るしかできない。

 

 そうして歩いていると、ふと路地裏に見覚えのある人影があるのを見つけた。

 

「あいつは……なんでこんなとこに」

 

 アタシが昨日攻撃したガングニールの装者が、路地裏で縮こまっていた。傘も差さず、雨に打たれてびしょ濡れになって、捨てられた子供のようにそこにいた。

 その姿を見て、アタシは思い出す。あの絶望に染まった目をした少女は、こいつの友人だったと。

 

 なら、こいつがこうなったのもアタシのせいじゃねーか。

 

 胸が痛かった。地団太を踏んで、ひと思いに何もかもぶっ壊して台無しにしたいくらいに、アタシの心臓が大きく跳ねる。

 

「……何してんだよ、お前」

「クリスちゃん……」

 

 顔を上げたこいつの目は、赤く充血していて、昨日の少女のように絶望に染まっていた。泉ヶ仙珱嗄を失い、あの少女が心の支えだったのかもしれない。それを引き裂かれたのだから、当然だと思う。

 

 そしてこいつら三人を引き裂いたのは、他でもないアタシだ。

 

 アタシは衝動に従って、こいつの腕を引いた。

 こんな場所にいたら、風邪を引くどころかふとした瞬間に自殺でもしかねないと思ったからだ。雨に打たれる場所ではなく、どこか落ち着ける場所へと連れていくのが先だと思った。

 

「……帰る場所なんて、もうなくなっちゃったよ……クリスちゃんこそ、何してるの? 私の前に姿を見せて、捕まるかもしれないのに」

「バカ……今のお前じゃ、アタシを捕まえられるとも思えねぇよ」

 

 ごちゃごちゃ言うこいつを強引に立たせて、引っ張っていく。

 これは優しさなんかじゃない。ただ自分のやったことの罪滅ぼしをしているだけの、アタシのエゴだ。争いをなくそうとして、その方法に戦いを選んだことは間違いだった。悪い奴を一人ぶっとばせば、それがまた新たな火種を二つ三つと増やし、その分だけ悲劇が生まれる。

 

 それを理解した今、アタシはフィーネに盲目的に従っていてはいけないと思った。

 

「ありがとうね、クリスちゃん」

 

 ぽつりと、そう言われる。

 やめてほしかった。そんなことを言われるようなことはしていない。むしろこいつはアタシを糾弾すべきなんだ。殴って、怒って、全てを奪ったアタシに憎しみをぶつける権利があるんだ。

 だから礼なんて言わないでほしかった。

 

「……そんな言葉、アタシは言われるような人間じゃねぇよ」

 

 こいつの心が本当に優しいことを知って、アタシの胸は張り裂けそうだった。アタシのしたことがどれほど罪深いのか、今では痛いほどよくわかる。

 

 傷つけてごめんなさい。

 大切な人を失わせてごめんなさい。

 全部全部、ごめんなさい。

 

 けして言うことができないごめんなさいの言葉は、アタシの心臓をじくじくと痛めつける。腕を引くアタシの手に、力がこもった。

 

 ―――こんなにも優しい人が苦しむことなんて、絶対にあってはいけないんだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 独りぼっちの部屋の中で、私はただ座り込んでいた。

 昨日帰ってきてから、制服から着替えることもなくずっと座っている。体に力が入らなくて、動く気力なんてこれっぽっちも沸かなかった。

 結局、あの後響は帰ってこなかった。私が拒絶したから、帰ってこれなかったんだと思う。

 

 私に嘘をついていた響。

 生きていてほしいと言って、傍にいると言って、裏では命がけの戦いに身を投じていた響。私に心配すらさせてくれない、私を大切に思ってくれるのは嬉しいけれど、そんな響を許すことはできなかった。だから、突き飛ばしてしまった。

 

 でも、帰ってきて……少し冷静になれば私も似たようなものだった。

 

 響が人助けをするのは、昔から変わっていない。ノイズと戦える力を手に入れたのなら、響は迷わず戦うことを選ぶ。そういう子だから。

 二課の人たちと関係していたのなら、秘密にしていたのは私と一緒だ。話せない事情があった。私も秘密にしていたのだから、それを責めるのは筋違い。

 

 珱嗄のことを秘密にしていたのは、きっと私のことを思ってだ。

 私は珱嗄がいなくなって、響の知らない原因を考えて勝手に死のうとしていた。それを必死になって救おうとしていた響。

 であれば、なんとか普段通りの状態に戻った私に、珱嗄が傷を負った話なんてできるはずがない。それを知った私がどうなるか、響からすればきっとすごく恐ろしかったはずだから。

 

 ああ、そうか……じゃあなんだ。

 

「全部私が弱いのが悪かったんじゃない……」

 

 私の心がもっと強かったら、響はきっと私に話してくれたかもしれない。私が弱かったから、響に全て背負わせていたんだ。私を守るために、不安と秘密を背負って、一人で必死に戦っていたんだ。

 全部全部、私を守るために。

 

 そんな響に、私は感情的になってひどいことを言ってしまった。

 

「……っ……響、ごめんね……ごめんね……!」

 

 そうやって分かった今も、弱い私は響を探しに行けない。

 自分の弱さに甘えて、響に拒絶されることを恐れている。最初に拒絶したのは私の方なのに、都合のいい言い訳を考えてしまっている。

 

 あの時響が呟いた意味が、私にもわかった。

 

「どうしたらいいのか、わかんないよ……」

 

 今の私たちを繋いでくれる手が、私たちには失われていた。

 

 

 




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