◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
現状を見て、この一件に関わる全ての陣営が手をこまねいていた。
二課は立花響の戦線離脱を検討中、風鳴翼もそれを推奨しており、弦十郎含む他の職員もそれがいいのではないかと思い始めている。無論戦力の低下は免れないが、雪音クリスの脱走を加味しても未だ均衡状態、下手に動くことができないでいる。
また雪音クリスのバックにいる陣営も同様に、動くことができないでいる。それはこの状況がずっと続いていることからもわかる。二課の監視の元、雪音クリスが帰還していないことから、黒幕側の戦力はネフシュタンの鎧ただ一つ。
ノイズによる攪乱も出来ない今、立花響を欠いているとはいっても風鳴翼がいる今、単身攻め入って勝利を得られる確率は低い。
両陣営が動けない中で、唯一泉ヶ仙珱嗄の母親の陣営だけが雪音クリスの脱走の一ヵ月、暗躍していた。
それが、今回翼が珱嗄の母親と面識を持っており、精神的に落ち着いていた原因でもある。
「やぁ翼ちゃん、この前は大丈夫だった?」
「はい、すいません……巻き込んでしまって」
「いいよ、お互い無事だったんだし、結果オーライとしよう」
雪音クリスの脱走から三日が経ち、事後処理も落ち着いてきた頃。
風鳴翼は珱嗄の母親と会っていた。もちろん弦十郎から彼女に関する情報は聞かされているが、それを知ってなお翼は彼女と会うという行動をとっている。
何故?
普段の風鳴翼であるのならば、危険な存在である彼女と接触を取ることは最大限の警戒の下行うはず。なのに彼女は今、弦十郎や二課に相談するわけでもなくこうして彼女と接触していた。
まるで珱嗄の母親に対し、一定の信頼を置いているような態度で。
「……貴女には感謝しています。目が覚めてからリハビリをする最中、私の心を導いてくれました……本当に、ありがとうございます」
「僕は何もしていないよ、君が勝手に歩いただけさ」
翼は感謝を述べて頭を下げると、珱嗄の母親は片手を振ってそう返す。
「まぁでも、あの時の君は世界から一人取り残されたような顔をしてたからね」
「そうですか?」
「そうだよ――」
すると、珱嗄の母親は、少し前のことを思い出すように語りだした。
◇ ◇ ◇
風鳴翼が絶唱のダメージから目覚めたとき、最初に思ったことはたった一つ。
―――ああ、また無様に生き恥を晒している。
二年前、ツヴァイウィングのライブで大勢の死者を出し、自身の片翼でもあった天羽奏を喪った彼女は、未だに奏の死から立ち直ることができていない。彼女の死に、今なお囚われている。
片翼を失っても、自身は戦わなくてはならない。自分が、あの惨劇を繰り返さずに済むだけの剣にならなくてはならない。そうして己を磨き上げ、防人として国防に努めてきた。
剣と鍛え、己の悲しみを殺して、ただ人に害為す敵を葬る刃であろうとしてきた。
それでも、これだけやってきても、彼女は取りこぼす。全てを一人では守れないことなど分かっていても、目の前でノイズに散らされる命を見る度己を責めてきた。
立花響という天羽奏の忘れ形見が現れても受け入れられなかったのは、奏という存在が彼女にとって唯一無二だったからだ。ガングニールを纏って共に戦う片翼は、天羽奏でなければならなかったからだ。
だからこそ、絶唱を歌った。
覚悟もなく戦場に立つ立花響に、戦うことの意思を示すために。
自分の力不足で失われた完全聖遺物を取り戻すために。
天羽奏がいなくとも、立花響がいようとも、その剣は何かを守れると証明するために。
結果は目を覚ましてすぐ理解した。
完全聖遺物は取り返せず、立花響を追い詰め、剣である自分は満身創痍。何一つとして守ることができていなかった。結果的に全てを取り零して、ただ自滅しただけになってしまった。
リハビリを始めても、どうすればいいのか分からない。
戻ったところで何ができるというのだろうか、そんなことばかり考えていた。記憶の中の天羽奏ならなんと言うか、そうやって答えを探していた。
「随分と草臥れた顔をしているね、今にも死にそうな顔だ」
「―――?」
そうして屋上で黄昏れていた時に出会ったのが、泉ヶ仙珱嗄の母親だった。
「貴女は……?」
「ただの通りすがりの主婦だよ、まぁ自己紹介なんてしなくてもいい時だってある」
「……」
通りすがりの主婦。主婦というにはいささか若すぎる気もした翼だったが、見るからに美人な彼女を見ると、この若さで結婚していてもおかしくはないと思えた。
自分もアーティストをやっている手前、その見た目を褒められることは多かったが、目の前の女性は見た目以上に纏っている雰囲気がどこかミステリアスで、見た目の若さに反して妙に貫禄のある佇まいが魅力的。
何をやらせても完璧にこなしてしまいそうな、出来る女性の理想像の様な女性だと思った。
だからだろうか、女性がベンチに座る自分の横に腰を下ろした時、そこになんの違和感や嫌悪感も浮かばなかった。
「話してごらんよ、通りすがりの主婦でも大人だからね……悩める少女の相談に乗って、解決してあげることくらいはできちゃうんだぜ?」
「……ふふ、おかしな人ですね」
翼は女性の言葉に、久々に素の笑みを零す。
不思議な感覚ではあるが、この女性になら素直に悩みを相談してもいいかな、なんて思うくらいには、翼は女性に心を開いていた。
そうさせるだけの何かが、この人にはあるのだろうと翼は思う。自分にはないそんな器の大きさを、人はカリスマと呼ぶのかもしれない。
「……少し前に、大事な親友を亡くしたんです。彼女は私にとって、自分の半身とよべるくらい大きな存在で……これからもずっと一緒に、どこまでも走っていると思ってました」
「……」
「けれど……私に力が無かったから、彼女は無理をして……死んでしまった。二年前のことです……私は自分の無力を責めました。私がもっとしっかりしていたら、もっと力があったなら、彼女は死ななかったかもしれない……」
翼から出てくる言葉に、女性は静かに頷きながら耳を傾けた。
言葉にすると思い出す色々なことに、翼の表情は暗くなる。込み上げてくる悲しみが、両の瞳にじわりと染み出してくる。
「それからは必死でした……今日までの二年間、私は二度と大切な人を失わないように己を磨いてきました……そうしたら、つい先日……死んだ親友の後を継ぐ子が現れたんです。それでこれからは彼女が私と一緒に行動するパートナーになると聞いて……私は彼女を受け入れられなかった……私にとって、パートナーは親友だけだったから」
「それで?」
「私はその子を突き放した……彼女は決して悪い子じゃありません。優しくて、純粋で、必死に私に歩み寄ろうとしてくれています……でも、私は……」
翼がそう言って言葉に詰まると、女性は短く息を吐きながら立ち上がる。
「なるほどね……」
機密を守りながら漠然と話しただけ。
これだけでは何があったのかなど全く分からない、意味の分からない話だと取られても仕方がないだろうな、と翼もわかっている。それでも女性は少し自分の中で噛み砕くように二度三度頷いて見せると、翼の目の前に立った。
そして翼の頭を優しく抱きしめると、ポンポンと背を叩く。
「詳しいことは言えないんだろうから深くは聞かないけど……まず君に必要なのは、きちんと親友の死を悼んで、悲しんで、めいっぱい涙を流すことだよ」
「―――!」
優しく、けれどしっかりと女性はそう言った。
翼は柔らかな女性の温もりと、安心するような香りに包まれながら、その言葉に息をのんだ。その言葉が、自身の核心を突くような気がしたからだろう。
死を悼んで、悲しんで、めいっぱい涙を流すこと。
家族、親友、恋人、ペット……どんな存在でも、大切な存在を失ったとき、人はそうしてきた。
悼むのだ、全力で。
悲しむのだ、全身で。
涙を流すのだ、心で。
翼は思う。自分はそれができただろうかと。
奏が死んで、自分は悲しかったし、彼女の死を悼んだ。死にゆく彼女を看取って、涙を流していた。
それでも、自分の為に涙を流しただろうか?
―――していない。
奏がいなくなったことは自分の責任だと自分を責め、心身共に痛めつけてきた。体を鍛え、心は剣と徹し、人生を戦場に捧げてきた。
自分が涙を流すことは、あってはならないと痛みから目を背けて。
「……私は、剣です」
「君は人間だよ。それ以外の何にもなれやしない……そして人間は悲しみで涙を流す生き物だ」
「わたしが涙を流すなんて、許されない」
「許しが必要なことじゃない、涙を流せない人間はいずれ自分を殺すだけだ」
女性の言葉に、翼はかつて奏が言った言葉を思い出した。
『真面目がすぎるぞ、翼。あんまりガチガチだと、そのうちポッキリいっちゃいそうだ』
それは女性の言葉と相まって、奏が翼に許しを与えているような気さえする。
溢れそうな涙、それをそっとひと押しするように、女性は翼の頭を優しく撫でてこう言った。
「人間のくせに強がるなよ、十億年早い」
それは翼の弱さをあるがままに受け入れているようで、ガチガチに固まっていた翼の心の糸をしゅるりと解く。
翼の瞳に浮かぶ悲しみは、限界だった。
「う、ぅ……うぅぅぅぅぅぅぅ……!!!」
「よしよし、服についた涙や鼻水は後で洗濯代請求するからね」
「ひっぐ……す、素直に……泣かせてくれない……ぐしゅ……ぅぅぅ……!」
「わはは、嘘だよ」
「うぅ……貴女はイジワルだ……」
ボロボロと零れる涙を両手で拭いながら、翼は二年越しにようやく涙を流した。そしてそんな彼女を揶揄ってくる女性に、泣きながら笑みを零す。かつて奏としたようなやり取りに、冷たく冷え切っていた翼の心が熱くなる。
悲しくて、辛くて、悔しくて、ボロボロと涙を流すけれど、奏が心の中にいることが分かった。女性との会話の端々から、奏を感じたからだ。日常のちょっとしたことに、いつも奏との思い出があった。
「すんっ……ありがとうございます……貴女のおかげで、少し……すっきりしました」
そして少しの間涙を流した後、翼はすっきりした表情で礼を言う。
もちろん、立花響を受け入れられたわけではないし、自分の力が未熟であることの悩みは解決したわけではない。それでも自分で自分に掛けていた重りを外せたような感覚だった。
今の自分であれば、今身の回りで起こっていることをしっかり見定められる。現に響に対する怒りは理不尽だったと思えているし、戦況を読んで自分がどうすべきなのかがしっかり見えている。
あとは翼自身の勇気の問題だ。
「さて、それじゃあ僕は帰ろうかな。君も病人ならしっかり休養することだね」
「あ……はい」
そうして女性が帰ろうとすると、途端に寂しそうにする翼。
そんな彼女を見かねてか、女性はくすりと笑って翼の頭を撫でる。
「同じ街に住んでるんだ、会おうと思えばいつでも会えるよ」
「! はい!」
「そうだなぁ……もし僕に会いたいと思ったら、ここにおいでよ。もしかしたら、また通りすがるかもしれないからね」
そう言って、女性は去って行く。
翼は連絡先を交換したり、自己紹介を交わさなかったことを少し悔やんだが、それでも彼女が最初に言った言葉を思い出し、それを信じることにした。
自己紹介をしなくてもいい時もある。
その通り、全く見知らぬ他人だったから、翼は今前を向くことができた。
ならば見知った他人となった今、また会うことができないなんて到底思えない。
「奇跡にも満たない、ありふれた偶然だから」
翼はそう呟き、病室へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
「泣き虫は治ったのかな?」
「そ、それはもう言わないでください」
珱嗄の母親とシンフォギア装者、敵対しているのかどうかわからない両者ではあるが、それでも翼は彼女を敵とは思っていない。
そうでなければ、失意に沈む自分を救う真似をする意味がない。
そう、信じて。
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