◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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第二十三話 球磨川禊と錬金術師

 球磨川―――そう名乗った少年を前に、二課の面々は下手に動くことができずにいた。

 あまりにも貧弱そうで、あまりにも隙だらけで、あまりにも無害に見えるただの少年。そんな彼から感じられる圧倒的マイナスの気配に圧されているのだ。銃口を向けて警戒していても、人数的に優位に立っていても、己の心を蝕む恐怖心が抑えられない。

 少年はへらへらと薄ら笑いを浮かべながらそれぞれの顔を見て首をかしげる。

 

「『あれ?』『どうしたの?』『自己紹介したのに無反応なんて』『酷いなぁ、傷つくよ』」

「ッ……球磨川君、といったな……なぜここにいる? そして君は何者だ?」

 

 そうしてやっと弦十郎が意を決して球磨川に語り掛ける。

 そう、ここは国家機密として設置された二課の指令室。百歩譲って、リディアンの生徒が迷い込んだなら、まぁ万が一の偶然と認めてもいいが、普通の学ランを着た一般男子高校生がここにいることは百歩譲っても、万が一でもありえない。

 そして更には一種命がけの現場を仕事とするプロである二課の面々を前に、こうしてヘラヘラ笑いながら振舞える精神も異常だ。明らかに、一般人ではない。

 

 そんな結論を抱いて問いかけた弦十郎の質問に、球磨川禊は顎に手をやり考えるような素振りを見せる。

 

「『なぜここにいるって言われてもなぁ』『僕も正直よくわからないんだよね』『気が付いたらここにいたというか』『そんな状況で何者だって言われても』『困っちゃうなぁ』」

「何……? そうなのか……?」

 

 球磨川の返答はわからないというものだった。

 気が付いたらここにいて、銃口を向けられている。そんな状況で何者だと言われても困惑するばかりでしかないと。

 弦十郎はそんな彼の言い分に意表を突かれ、一瞬呆気に取られたものの、それならば敵ではないのかと拳を緩めた。

 

「ならば君は我々の敵ではないということか?」

「『とんでもない!』『察するに、君達は市民を守る地球防衛軍みたいなものでしょ?』『僕の小さい頃の夢は正義の味方だったんだ』『危害を加えるつもりなんてサラサラないよ!』」

「……そうか。みんな銃を下ろせ……すまなかったな、今は緊急時で気が立っていたようだ。許してほしい」

 

 球磨川の言葉に弦十郎は警戒を解いた。二課の面々にも銃を下ろさせ、怯えた様子を見せる球磨川に頭を下げる。異様な雰囲気を持っているとはいえ、敵ではない少年に銃を向けて脅かしてしてしまったことは謝罪すべきだと思ったのだ。

 すると、頭を下げる弦十郎の姿を見た球磨川は慌てた様子を見せる。

 

「『わわっ!』『そんな、頭を上げてください』『いきなり知らない奴が現れたら』『普通は警戒するものですよ』『僕は気にしてないですから』」

「……そうか、ありが―――」

 

 瞬間、弦十郎を含め、その場にいた全員を無骨な螺子が貫いた。

 

 

「―――『ごめん』『気が変わった』」

 

 

 床に、壁に、無骨な巨大螺子に縫い付けられた全員が、自分の状態に気が付いたように口から吐血する。何が起こったのかと目を白黒させながら、この惨状を生み出した原因であろう球磨川を見た。

 そこには、三日月のように口で弧を描いて笑みを浮かべる球磨川がいる。

 

「『あはは』『考えてみれば』『正義の味方を目指していたのは』『小さい頃の僕であって今の僕じゃないよね』『銃を向けられて脅されたから抵抗しないと』」

「ぐっ……お前……!」

「『これは正当防衛だよ』『だから、僕は悪くない』」

 

 この場にいる全員が理解した。

 目の前にいるこの少年は明らかに真っ当ではないと。異常ではなく、特別でもなく、平凡でもない。圧倒的に正義とは対極にいるような過負荷(マイナス)

 自分たちの理解の範疇を超えた人外と同じような、理解してはならない負完全(マイナス)

 

 球磨川禊という、凶悪さを。

 

 ―――"Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 瞬間、螺子に貫かれながらも聖詠を歌う声が響いた。

 青い輝きと共にシンフォギアを纏った風鳴翼は、螺子に貫かれたまま刃を振るう。

 

「っぁああああああ!!!」

 

 激痛と共に振るわれたその刃から、青い斬撃が球磨川めがけて飛んでいく。

 

「『え』」

 

 そして、その斬撃は容易く球磨川の首を跳ねた。

 首から上が飛んでいき、棒立ちの身体を残して地面を転がる。頭部を失った首の断面からは、ピュルピュルと行き場を失った血が溢れた。そして平衡感覚を失った身体は、遅れたようにドサリと倒れこむ。

 完全に死んでいるのが、誰から見ても明白だった。

 

 すると、球磨川が死んだからか各々に突き刺さっていた螺子が崩れさる。致命傷には至っておらず、全員激痛に耐えつつも意識ははっきりしていた。

 よろよろと立ち上がった弦十郎が球磨川の死体の傍へと近づき、その生命機能が完全に停止していることを確認すると、脱力したように座り込む。

 

「はっ……はっ……翼、すまないな……」

「けほっ……はぁ……いえ、私は……力なき人を守る剣ですから」

 

 けしてありがとうだとか、よくやっただとか、そんな言葉を発することはできなかった。球磨川は確かに此処でどうにかしなければならない存在だと誰もが思ったが、それでも人間。

 まだ子供である翼に人殺しをさせてしまったことは、弦十郎にとって重い罪悪感となって圧し掛かっていた。

 そして翼もまた、自身の手で、明確な殺意をもって、人を一人殺したことを自覚していた。人を守る剣で、人を殺した。その事実が、手の震えとなって翼の心に押し寄せる。

 

 仕方がなかったのだ―――そう思うしか、この苦さから逃れることができなかった。

 

 踏ん張って立ち上がる弦十郎は、負傷した全員を治療しなければと動き出そうとする。

 

「『首を跳ねるなんてひどいなぁ』」

 

 そして一歩踏み出したその瞬間、背後から無骨な螺子で心臓を貫かれた。

 グチャ、という音と共に弦十郎の身体が前へと倒れていき、倒れる。胸側へと突き出た螺子の先端は地面へと突き刺さり、まるで弦十郎の身体が標本のように床に縫い付けられた形になる。倒れた弦十郎はピクリとも動かなかった。

 そして弦十郎の大きな体の後ろから現れたのは、無傷の状態で佇む球磨川禊だ。

 

 人を殺してしまったこと、弦十郎が殺されたこと、球磨川が生きていたこと、様々な出来事が頭の中をぐるぐると駆け回り、翼はパニックに陥った。

 

「あ、あ、あああああああああああああああああ!!!?!?」

 

 目を見開き、どうすればいいのか分からない状態にただただ叫び声を上げるしかない。

 

「ぐっ……翼ちゃん落ち着いて!」

「ああああ!! あああ!!」

 

 そんな彼女に了子は必死に声を掛けるが、まるで届いていない。感情が剥き出しになっている翼は、ブンブンと頭を振り乱しながら狂ったように叫んでいた。

 するとそんな彼女に追い打ちをかけるように、彼女の胸にあった結晶ごと大きな螺子が翼を貫いた。バキン、と結晶を砕く音と共に胸を貫く螺子を見て、翼はごふっと血を吐き出す。

 

 そして自分が致命傷を負ったことに気が付いて、震えながら球磨川を見る。

 

「ぅぁ……っ……!」

「『傷つくなぁ』『そんなに怖がらなくたっていいじゃないか』『君だって、さっき僕の首を跳ねたじゃないか』『死ぬほど痛かったんだぜ?』」

「ごっ……おごっ……ぁがっ……おお゛っ……!」

 

 トン、と額を押されれば、重力に逆らうことができずに仰向けに倒れる。

 すると球磨川は翼の胸に突き刺さった螺子のヘッドを踏みつけ、ぐりぐりと傷口を抉るように動かした。翼の口から喉の奥に血が溜まったような音だけが漏れ、苦悶の表情と共にその四肢が跳ねるように痙攣する。

 そして球磨川は、まだ微かに意識を残し、ヒューヒューと掠れるような呼吸音だけを漏らす翼を見下ろすと、笑みを浮かべながら話しかける。

 

「『それでなんだっけ?』『人を守る剣ちゃんだっけ?』『僕みたいな何の力もない非力な少年を殺して上に』『結局何も守れなかったわけだけど』『どんな気分かな?』」

「! ……ぅぅう゛っ……!」

「『うんうん』『わかるよ』『そんなカッチョイイ変身能力を持ってるんだもん』『そりゃあ人々を守る使命感に目覚めてもおかしくないよね』『その過程で何十、何百、何千人と犠牲にしてきても』『手の届く範囲の人の命を守れたら良いよね』『今まで精一杯戦ってきたんだもん』『此処で命尽きても、ここまで頑張ったんだから』『それでいいよね』」

 

 球磨川の言葉が翼の心を刺していく。

 翼の胸の螺子を踏みつけるように、翼の心もメキメキと踏みつけられているような感覚だった。それくらい球磨川の言葉は翼の剣としての誇り、信念も、蝕むように腐らせていく。

 

「『大丈夫』『僕は君を尊敬するよ!』『何千人と犠牲にしてきても』『人一人殺したとしても』『結局何もできずにこうして死んでいく無様を晒していても』『精一杯戦ったんだから』」

「……―――」

 

 それ以上は、限界だった。

 その先は言ってほしくなかった。

 そんなことを言われたら、翼の心は完全に折れてしまうと、まるで他人事のように理解できてしまっていた。

 

 けれど球磨川の言葉は、翼の胸に突き刺さった螺子を更にグシャリと捻じ込むのと同時に、翼の耳を叩く。

 

 

「『君は悪くない』」

 

 

 翼の命の糸が切れるのと同時、翼の心が砕ける音が聴こえた気がした。

 

 シン、と静まり返る空間の中で、風鳴弦十郎と風鳴翼の命が奪われた事実だけが現実だった。俯せに倒れて血だまりに沈む弦十郎も、仰向けに倒れ、顔を吐血した血で真っ赤に染めながら、どこか安心したように瞳から光を失わせている翼も、もう死んでいる。

 球磨川禊は二人の死に悲しみを感じる暇さえ与えないかのように、ゆらりと翼の胸に刺さっている螺子のヘッドから足を退けた。

 

「……お前っ……絶対に、許さない……!」

 

 藤尭が倒れ伏しながら憎悪の声を上げる。両目からは滂沱の涙が溢れていた。

 それもそうだろう、何が何だかわからない内に信頼していた上司を殺され、まだ子供である翼をも殺されたのだ。球磨川への憎悪と怒りは沸々と彼らの心をマグマのように煮えたぎらせ、どす黒く歪ませていく。

 

 復讐してやる。殺してやる。絶望させてやる。

 

 そんな人類を守る組織とは思えない感情に支配され、球磨川を睨みつけていた。

 

「『何のこと?』『僕が何か悪いことでもしたかな?』」

「白々しいッ! 指令と翼ちゃんを殺したッ!! お前だけは絶対に許さない!! お前だけは! 球磨川ァ!!」

「『わ、怖いなぁ』『僕が誰を殺したっていうんだい?』『濡れ衣だ!』」

「げほっ……この場所は監視カメラで撮影されている……仮にここで私たちを殺したところで、貴様の犯行は然るべき場所に知れ渡る……逃げおおせると思うな」

 

 藤尭とは違い、未だ冷静さを残す了子――否、フィーネは球磨川に事実を突きつける。球磨川が仮にこの場から逃げたとしても、その犯行はありとあらゆる政府機関に知れ渡ることになるのだ。そうなれば、どこへ逃げようとありとあらゆる方法で彼は処分されるだろう。

 この場の全員を殺したところで、彼に待つのは処刑か永遠の牢獄に入れられる未来だ。

 

 それを理解したのだろう。

 球磨川禊ははぁ、と溜息を吐いて頭を掻いた。

 

「『まいったなぁ』『まぁ、潮時かなって思っていたし』『そろそろ戻らないとキャロルちゃんに怒られちゃうから』『僕は帰るとするよ』」

「キャロル……だと……?」

「『おっと』『口を滑らせちゃったぜ』『これ以上ボロが出ないうちに退散するとするよ』」

 

 球磨川はポケットから何らかの結晶を取り出すと、それを地面に落とす。

 するとその結晶は砕けて、地面に赤い光の魔法陣を生み出した。聖遺物ではない、何らかの技術が使われた代物であることは、フィーネはすぐに理解する。

 

「『あーあ』『世界が変わっても』『また勝てなかった』」

 

 球磨川はそう言い残して、魔法陣の輝きに消えた。

 

「まさか……錬金術師……か?」

 

 静まり返った室内で、フィーネはポツリとそう呟く。

 すると、自分たちを床に壁に縫い付けていた螺子が消えていることに気が付く。傷も全て最初から無かったかのように消えており、部屋も完全に球磨川が現れる直前の状態に戻っている。

 まさか、と死んだはずの二人に近づくフィーネ。翼の傷も、弦十郎の身体を濡らしていた大量の血液も、全てが最初から無かったかのように消えている。

 

 そう、二人は無傷の状態で生きていた。

 

 気を失っているだけで、生命活動に一切の問題がない。

 完全に死んでいたはずの二人が、最初から殺された事実なんて無かったかのように普通に生きている。

 戦慄だった。

 球磨川禊という存在は、己の死すらも覆してみせ、そして殺した二人の死すらも無かったかのように覆してみせた。そういう力を持っているということだ。

 

 決して殺せない存在、というだけではない。

 

 殺した事実がなくなったのならば、藤尭が抱いた憎悪は、怒りは、無意味と化す。彼への憎悪はお門違いになるのだ―――全てが台無しにされたかのように。

 

「……何が起こっているのだ……この世界に」

 

 初の融合症例、人外の怪物、球磨川禊、そして彼の零したキャロルという人物と、突如姿を現した錬金術―――一度に様々なことが起こりすぎている。

 

 この世界に何かとてつもない思惑と変化が起ころうとしていることを、フィーネは確信していた。

 

 




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