◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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第二十七話 アルカ・ノイズ

 未来との電話を終えてから今、帰路に着いている珱嗄。

 飄々とした佇まいで歩く彼の表情には、どこか不快感の様なものがあった。眉間にしわが寄っており、口元も普段とは逆に弧を描いている。片手でこめかみを抑えながら歩く彼の様子からは、頭痛を堪えているような色が見えた。

 

 珱嗄にしてみれば、どことなく久々な感覚である。

 此処まで生きてきて、彼はこれといった病気に罹ったことはない。至って健康体で今日まで過ごしてきたのだ。頭痛という症状に悩まされたのは、いつぶりだろうかと思う。

 激痛というわけではないが、頭の中で何かが暴れ回っているような、何かが叫んでいるような感覚に珱嗄は不快感を覚えていた。

 

「ッ……すぅー…………」

 

 頭の中で、何百、何千という人が自分の名前を呼んでいる声が聞こえている。

 珱嗄、珱嗄さん、珱嗄、珱嗄、珱嗄さん―――……誰なのか分からない大量の人の声が、珱嗄の脳内で反響しては消えていく。それがどんな意味を持つのか分からないけれど、珱嗄にはそれが誰なのか分からなくとも、懐かしさを感じられた。

 

「……わからないな……あー……イライラするなぁ、これは」

 

 普段ストレスなんてそうそう感じることはなかったのに、自分の中身の不明さが彼を苛立たせる。今まで彼を見てきたものであれば、その姿はまさしく彼らしくないと思うことだろう。

 すると、そうしながらもリディアンに戻るために歩く珱嗄の前に一人の人物が立ちふさがった。

 

 フードの付いたマントで顔も体も隠しているが、見て取れるシルエットからは女性だろう。その人物が目の前に現れたことで珱嗄も足を止める。

 

「誰だ?」

 

 珱嗄の問いかけに対し、マントの人物は何も答えない。

 代わりに被っていたフードを脱いで、その顔を見せる。

 

 そこには、珱嗄にとっても驚きの人物の顔があった。

 

「……お前は――――」

 

 そうして驚きの色を見せる珱嗄に、マントの人物はシニカルに笑みを浮かべた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 珱嗄不在のまま時間だけが過ぎ、二課が球磨川禊による襲撃を受けてから約一週間が経過した。弦十郎も翼も無傷のまま目を覚まし、表面上は今まで通りに二課は動くことが出来ている。

 だが、各々の心境は決して良くはない。

 球磨川禊、安心院なじみ、錬金術師、一度に多くの脅威が姿を見せ、その内の一人に二課は一度全滅させられたも同然なのだ。当然だろう。

 

 不幸中の幸いか、直前まで当たっていたノイズ襲撃の黒幕であった櫻井了子、もといフィーネが仲間になったことで、一先ずはノイズの件が解決したのはよかった。これでフィーネまで敵に回そうものなら、大きく戦力を欠いている二課は一気に壊滅していたことだろう。

 とはいえ、未だに脅威が去ったわけではない。

 フィーネが仲間になり、目の前に迫りつつある脅威の実態を掴めたのは大きかったが、これから先ノイズ以上の脅威が姿を現すことが分かっているのだ。油断はできない。

 

 だがそれ以上に、二課は今非常に危機的状況に陥っていた。

 

 それは、風鳴翼が戦闘不能状態に陥っていることだ。

 

 球磨川禊の襲撃によって一度死んだ彼女は、今でこそ無傷で生活を送ることが出来ている。だが死を経験したことによる恐怖と、球磨川に圧し折られてしまった心までは元通りとはいかなかったのだ。

 彼女は今、二課の治療ルームのベッドの上から動くことが出来ない状態である。

 弦十郎は背後から心臓を突き破られて即死だったことや、本人の精神力がタフなのもあって、平常通りに過ごしているが、まだ精神的に未熟―――かつ天羽奏の死という現実に囚われたままでいる翼にはあまりにショックが大きすぎたのだ。

 

「……辛い状況だな」

「本当にね」

 

 弦十郎と了子は指令室で険しい顔のまま呟くように言葉を交わす。

 今の現状を言葉にすれば、二課には戦えるシンフォギア装者が今一人もいない状況だということだ。ノイズを操る『ソロモンの杖』が手にある以上シンフォギア装者に頼らずとも良い状況なのかもしれないが、相手が超常の存在である以上その対抗手段もまた超常の力でなければならない。ノイズのように触れれば死ぬ相手でないのなら、弦十郎とて相応の対処をしてみせる自信はある。

 それでも、一人では多くを救うことはできない。ノイズの大量発生のように、一度に広範囲の人間が危険に晒される攻撃が来た場合、弦十郎一人ではどうにもできないのだ。

 

 故にこの一週間、弦十郎たちはフィーネの知識を借りてどうにか対策を練っている。

 

 幸い、こちらには完全聖遺物である『デュランダル』と『ネフシュタンの鎧』、『ソロモンの杖』がある。そこから人の身でも扱える武器を作れないか研究を進めている最中だ。主に『デュランダル』の無尽蔵のエネルギーを抽出して携帯武器を作るなどであるが、まだ手がなくなったわけではないのだ。

 

「苦しい状況ではあるが……我々は前に進むしかない。装者のケアは俺も全力を尽くす、皆耐えてほしい」

「勿論ですよ、今まで翼ちゃんたちにいっぱい背負わせてきたんですから、ここで俺達が踏ん張らないと」

「そうですよ」

「……ああ、そうだな。一先ずは警戒を続けてくれ、俺は翼の様子を見てくる」

『了解』

 

 オペレーターの職員が全員強い返事を返すのを聞いて、頼もしいと思いながら弦十郎は扉から出ていこうと振り返る。了子もそれに付いていくが、弦十郎が部屋の外に出ようとしたその時、

 

 大きな警告音が指令室に鳴り響いた。

 

「ッ指令!」

「どうした!?」

「これは……どうして!?」

「映像出ます!」

 

 急いで振り返って元の位置に戻る弦十郎に、藤尭が信じられないといったような声を上げ、女性職員である友里あおいが冷静に問題の起こった場所の映像をモニターに出す。

 するとそこには、『ソロモンの杖』がこちらにある以上起こりえない筈の光景が広がっていた。

 

 そう、つまり―――ノイズが現れたのだ。

 

 弦十郎は思わず了子の方へと視線を向けるが、当の了子も困惑した様子でモニターを見ている。つまり今回のノイズは彼女の仕業ではない。

 どういう状況なのだと全員が戸惑いながらも、避難誘導や道の封鎖など冷静に出来ることから行動を開始する中、現在進行形で進む映像に了子は必死に頭を回す。

 

 すると、今回のノイズと今までのノイズとの決定的な違いに気が付いた。

 

「ッ! これはただのノイズじゃない……! 弦十郎君、球磨川の陣営が動いている可能性が高いわ!」

「何かわかったのか!?」

「今回現れたノイズには今までのノイズにはなかった発光部位がある。しかもそれで触れた場所は生物、無機物関係なく分解(・・)されているわ……これは間違いなく、錬金術の技術よ」

 

 今回現れたノイズが映像の中で動き回る様子の中で、今までのノイズと違う部分。

 それは、触れただけで人間を炭素に変換してしまうだけでなく、それぞれが持つ発光する部位で触れた場所が赤い塵と分解されていること。この部位は今までのノイズにはなかったものだ。

 そしてフィーネとしてかつて幾度となく争った錬金術師の存在が、その答えを出す。

 

 このノイズは、ノイズを見本に錬金術によって人工的に作られた全く別種のノイズであると。

 

「さしずめ……アルカ・ノイズってところね」

「アルカ・ノイズ……対策は出せるか?」

「おそらく今までのノイズの持つ位相差障壁分のエネルギーをあの分解器官に割いているのでしょうから……通常のノイズほどの物理無効性能はない筈……なら――」

 

 弦十郎と了子がそうしてこの状況を打破する方法を探している途中で、さらなる警報が鳴り響く。

 

「指令ッ大変です!」

「なんだ!?」

「ノイズ出現地に、シンフォギア反応がでました! これは……ガングニールとイチイバルです!」

「響ちゃんとクリスが……!?」

 

 ノイズ出現によって街に流れた警報を聞いて、どうやら立花響と雪音クリスの二人が動きだしたらしい。戦闘不能になったわけではなく、二人で身を潜めていただけである以上戦闘は可能だろうが、まさか姿を見せるとは思わなかった。

 弦十郎は、なんにせよノイズに対抗できる二人がこの窮地に現れてくれたことに若干の安堵を覚える。だが、了子は全くの逆だった。

 

「いけない……弦十郎君、今すぐ二人を止めないと不味いことになる!」

「何故だ? シンフォギアならノイズに対抗できるのでは……」

「言っただろう、今回のノイズには生物であれ無機物であれ分解する力があると!」

 

 了子が口調を乱してまで警告してくるその必死さに、弦十郎は戸惑いを覚えるが、了子の言葉にまさかと目を見開いた。

 

「アレは―――"シンフォギアをも分解できる"可能性がある!!!」

 

 弦十郎は言葉を返す間もなく、現場へと急行するべく走り出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 警報が鳴り響いた時、響とクリスは廃ビルの一室にいた。

 クリスが響を拾い上げてからしばらく、二人はここで身を寄せ合って過ごしている。主にクリスが響の世話を焼くような形ではあったが、日に日にやつれていく響にクリス自身も胸を痛めていた。

 響はあの日からずっと、クリスの前では平気だと言いながら歪な笑みを浮かべて気丈に振舞っているが、少し目を離せば部屋の隅で力なく虚空を見つめている。まるで現実から逃げるように、何かに怯えていた。

 

 小日向未来に拒絶され、泉ヶ仙珱嗄も失っている今、彼女には生きる希望など無かったのだろう。

 

 クリスはそれでも彼女に献身的な世話を焼いた。

 不器用ながらも食事を調達しては響に食べさせ、時間のある時は常に響の傍で彼女を支え続けた。自分が原因の癖にと自分を責めながら、響の傍で彼女が救われる方法を探していた。

 罪滅ぼしかもしれない、ただの自己満足かもしれない、それでもクリスには響のような優しい人間がこのまま死んでいく現実を許せなかったのだ。

 

 そうしている中、いつものように寄り添って座っていた響が、不意に顔を上げた。

 

「……クリスちゃん」

「なんだ?」

「……私、行かなくちゃ」

「な、どこに行く気だよ!?」

 

 立ち上がってそう言う響に、クリスは動揺を隠せない。

 今更どこへ行こうというのかと響を引き留めるが、響は窓から外を睨みつけた。

 

「人助けだよ……こんな私でも、誰かの盾くらいにはなれるから」

「どういう……」

 

 響の言葉にクリスも立ち上がり、その言葉の真意を訊こうとした瞬間、

 街中に大きな警報が鳴り響いた。

 無論その音は響たちのいる廃ビルにも届いている。

 

「これ……ノイズ出現の警報か!?」

 

 クリスは二重に驚きを隠せなかった。

 自分たちが姿を眩ませてからしばらく、ノイズの出現なんて一度もなかったし、フィーネが動けない状況なのだろうと思っていたのだ。にもかかわらずここにきてノイズの出現が意外だったということ。

 そしてもう一つは、警報が鳴り響く前に響がノイズの気配に気が付いたことだ。まるでノイズが出現する前に、それを察知していたかのような振舞い。クリスには響のその直感が人知を超えているようにも思えた。

 

「行かなくちゃ」

「……ッ、待て!」

「……?」

「アタシが行く」

 

 それでも窓から飛び出そうとした響の手を掴み、それを引き留める。

 そして自分が行くと言い切った。

 

「アタシが行くから、お前はここで大人しくしてろ」

「でも……」

「お前……死ぬつもりだろ」

「!」

 

 クリスにはわかっていた。

 このまま響を行かせてしまえば、響は無茶な戦いをして最後には死ぬ気なのだろうと。戦いの中で死ぬのだから、誰も文句はいわない――そんな身勝手な考えで。

 

 それは許さない。クリスはそんな自殺を許さない。

 

 戦いを、争いを、無意味な犠牲を失くしたくて戦って、間違えてきた。けれどその意思は今でも変わらない。響のような何の罪もない人間を、クリスは戦いに近づけないために戦ってきたのだ。

 だから今回もそうする。今回は間違えない。

 

「アタシはお前を死なせねぇぞ……大人しくここで仲直りの方法でも考えてろ!!」

 

 クリスの言葉に目を丸くした響を、クリスはグイッと引っ張って部屋の隅に転がす。そして燃えるほど熱く響く胸の歌を歌いながら、窓を突き破って現場へと急行した。

 赤い輝きはクリスの感情に呼応するように輝き、炎のようにクリスの身を赤く染め上げる。すぐに小さくなっていく彼女の背中を見ながら、部屋に尻餅をついた響は動くことが出来なかった。

 

 




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