◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
夜、一人の小さな人影がリディアンを駆けていた。
フードのあるマントを羽織り、姿を隠すようにして駆けるその人影は何か小さな箱を抱えている。何かから逃げようとしているわけではないが、急がなければという感情が先走るかのように、荒い呼吸のまま必死に走っている。
そうしてその人影が辿り着いた場所は、リディアン音楽院。
薄暗く、人のいないその場所に届けられたのは―――果たして希望か、絶望か……。
◇ ◇ ◇
アルカ・ノイズによる襲撃があった翌日、二課では現状の確認とこれからの方針を話し合っていた。
なにせ現時点で判明している特異災害に匹敵する組織は三つ、球磨川禊のいる錬金術師の組織、マリアと名乗る装者の所属する『F.I.S.』、そして単独で組織以上の脅威となる人外、安心院なじみ。この三つの組織を前に、どのように戦うのかが今の二課にとって最重要事項。
そこでフィーネが対抗策として挙げたのが、シンフォギアの強化と超常の力に対抗できる武装を作成すること。
現在二課が自由に動かせる装者は雪音クリスただ一人。そのクリスも、未だに二課に協力的であるというわけではない。なにせ敵対していたのだから、フィーネが二課と手を取り合ったからといって、ハイじゃあ協力しますとはならないのだ。
現在は二課のミーティングルーム。
この場にいるのは弦十郎や元の姿となっているフィーネ、オペレーターとして友里と藤尭の二人、そしてクリスだ。既にクリスにはフィーネが協力を要請した経緯を説明してあり、現状についても認識が済んでいる。
「現状、我々は最も不利な状況にある。こちらの戦力が装者であるクリスだけ。完全聖遺物を多く保有してはいるが、それでも使えるのはネフシュタンくらいだからね」
「昨日現れた『F.I.S.』の協力を得られたとしても、装者の数イコール戦力の増加と考えるわけにはいかないしな……了子君、君はこの組織について何か知っているのか?」
モニターを使いながら、フィーネが現状を説明すると、弦十郎もそれに頷きながら先の組織『F.I.S.』について問う。彼女たちの目的はフィーネの身柄を引き渡してもらうことだ、フィーネ自身に身に覚えがないというのはおかしな話だ。
するとその問いかけに対して、フィーネは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて説明を始めた。
「アレは、かつて私自身が創設した組織だ。お前たちにとっては気分の悪い話だろうが、私の転生……リインカーネーションシステムには私の死後、私の器となる躯体が必要になる。つまり私の遺伝子を持つ人間だ……私はもしもこの身が命尽き果てた時の保険として、私の器となる可能性がある子供を集めて管理していたのだ。そして、その子供たちを使って時にシンフォギアシステムの実験も行っていた」
「……つまり、非合法な人体実験ということか」
「ああ、奴らはおそらくそこにいたレセプターチルドレンなのだろうな」
「おそらく……? 君の作った組織だろう?」
フィーネの説明に対して一同に驚愕の色が走るものの、一旦はそれを置いておいて話を進める。弦十郎はフィーネが作った組織であるにも関わらず、フィーネの曖昧な口ぶりが気になった。
弦十郎の問いかけにフィーネは自嘲した笑みを浮かべながら続ける。
「奪われたんだよ、どこのどいつなのかは分からないが……私が機密に管理していた『F.I.S.』の存在に気づき、レセプターチルドレンを管理していた研究所からその子供たちを解放し、組織の実権を握った奴がいたのだ。元々は米国との通謀切っ掛けに作りあげた聖遺物の研究機関でもあったからな……うまいことレセプターチルドレンを解放したうえで、組織は継続させるなんて馬鹿げたことを成し遂げるなんてな」
「つまり……その子供たちは既に君の管理下から離れており、君は組織からも切り離されたということか?」
「その通りだ……だからこそ、資金力やあらゆる権限を得るためという意味も込めて二課に協力を要請したんだ」
フィーネの話に弦十郎は頷く。
つまりフィーネは協力を要請する時点で、何者かに『F.I.S.』を奪われ米国からの支援を受けられない状態になり、雪音クリスという装者を失い、ノイズという戦力を操る完全聖遺物も奪われた状況だったということだ。その上で安心院なじみを相手にしなければならないとあれば、確かに二課を頼るほかに選択肢はない。
とはいえ、そうであれば解放されたレセプターチルドレンが組織としてフィーネの身柄を要求する理由はなんなのか。弦十郎はそれを問う。
「だが、その『F.I.S.』が今組織として君の身柄を要求している……これは何故だ?」
「解放されたからといって、レセプターチルドレンが私の遺伝子を持っていることに変わりはない。この身が死んだあと、その中の誰かが私になる可能性は十分に存在する……ならば、私を確保してそれを防ごうとしているんじゃないか? まして向こうは装者が四人だ……かつて『F.I.S.』で研究していた聖遺物の中には、シュメールの戦女神ザババの振るったとされる二刃の一つ、『イガリマ』があった。これが仮にシンフォギアとしてその四人の内の誰かが纏っているのであれば、その魂を切り刻む刃はこの身だけでなく私の魂を切り裂き、私の転生に終止符を打つことが出来る」
「つまり彼女たちは君の身柄を拘束し、今後一切の転生を封じようとしている可能性があるということか……交渉する姿勢を見せていたが、最悪の場合君の魂を殺すつもりなのだとしたら……容易に引き渡すわけにはいかないな」
「相変わらず甘い奴だな……」
弦十郎の言葉にフィーネは苦笑する。
だがそれならば球磨川の組織と今回の『F.I.S.』は完全に別の組織ということだろう。二つの組織が現れたというのに安心院なじみの動きがないのは気になるが、目下危険なのは錬金術師のいる球磨川陣営だ。
錬金術によって生み出されたアルカ・ノイズの解剖器官は、シンフォギアをも分解する可能性があり、またアルカ・ノイズを掃討できたとしてもその先には強力な錬金術師や球磨川が待っているのだ。
だからこそ早急に、シンフォギアシステムの強化改修が必要だとフィーネは判断する。
「……だとしてもよ、アタシが協力しなきゃいけねぇ理由はねぇ」
ふと、話が進む中で口を挟んだのは、昨日弦十郎に確保されたクリスだった。別段拘束具もついていないが、首に『イチイバル』のネックレスはないことから、逃げだすことは不可能な状態にはされているようだ。
敵意を剥き出しにしながらも弦十郎とフィーネを睨みつけるクリスに、二人は改めて向き直る。
「クリス……既に貴女の私に対する認識は最悪なものになっているのかもしれないけれど、この状況で動かなければ貴女の嫌いな犠牲が大量に出るのよ?」
「……」
「俺からも頼む……君が大人を信じられないというのも無理はない、だが俺達もまた君と同じく、一人でも多く何の罪もない人々の命を守りたいと思って動いている。どうか力を貸してほしい……協力してくれるのであれば、俺達も君に信じてもらえるよう、言葉ではなく行動で示すつもりだ」
フィーネはあくまで彼女の敵として、クリスの求めているものを提示する形で。
弦十郎は人命を守るための協力を求めるために誠意をもって。
そうして二人はクリスに協力を求めた。
クリスとて分かっている。
此処で協力するのが今できる正しいことであることは。それでもフィーネを信じられず、大人を信じられない。裏切られたら、利用されたら、それに気が付けずまた過ちを犯してしまったら、そう思うと、素直に頷くには心が怯えてしまっている。
「……っ」
それでも。
「くそっ……!」
クリスの頭に浮かぶのは響のやつれた笑みだった。
此処で自分が戦わなければ、その役目は誰に行くかと考えた時、響を巻き込む可能性がどうしても付きまとう。ならばここで自分が戦うしかない。
クリスの悪態に対し、同意とみなして弦十郎は改めて礼を言い、フィーネは軽く息をついた。
「それで、具体的なシンフォギア強化計画だけどね」
フィーネはそう言いながら髪を束ね、櫻井了子の姿に変わる。どうやらクリスを説得する意味でもフィーネの姿を取っていたようだ。それがフィーネなりの誠意の示し方だったのかもしれない。
そうして櫻井了子の口調に代わりながら、具体的な案を説明し始める。
「聖遺物を使用したシンフォギアを強化するには、やはり聖遺物による改修をするしかないわ。別の聖遺物の性質や能力をシンフォギアシステムに組み込むことによって、その力の底上げをするってことね……まぁ完全聖遺物でできるかは分からないけれど、例えるなら無尽蔵のエネルギーを持つ『デュランダル』を強化の触媒に使うことで、シンフォギアの出力を大幅に引き上げたり、"不滅不朽"の性質を利用した防御フィールドの形成ができるようにしたりね」
「なるほど……だがそんなことが一朝一夕で可能なのか?」
「当然、一筋縄ではいかないわ。別々のものを解析して再構成するわけだし、超常の力を扱うのであれば、それこそこれは錬金術の領分だもの」
錬金術の技術を用いて強化改修する。
言葉にすれば簡単なようで、二課には錬金術のイロハを知る人物はいない。つまりその案は実現不可能ということではないのかと誰もが思った。
しかし、それを察して了子は不敵に笑みを浮かべる。
それを可能とする手があるのだと。
「私は悠久の時を生きるフィーネよ、かつて錬金術師とは何度となく異端技術の奪い合いをしてきた……錬金術に関する知識も少なからず持っているわ。それに、思わぬサプライズがきたのよ」
「サプライズ?」
「入ってきて」
そう言って了子が呼びかけると、ミーティングルームの扉が開く。
そこから現れたのは、癖のある金髪の少女だった。黒いフード付きのマントを羽織っており、その下はどうにも露出の多い恰好をしている。
一体何者なのかと弦十郎たちは思ったが、了子がその意図を汲んで少女を紹介し始めた。
「この子の名前はエルフナイン……昨晩、球磨川達の陣営から二課に逃げてきた子よ」
「なにっ……!?」
「昨晩は皆休んでいたから、偶々私が見つけたのよ。話を聞いて驚いたけれど、おそらく危険はないわ……エルフナインちゃん、昨日の話をもう一度してくれるかしら?」
「はい……皆さん初めまして、僕の名前はエルフナイン……錬金術師キャロルの作ったホムンクルスで、不完全だった故に廃棄躯体とされていました。キャロルは恐ろしいことをやろうとしています! 僕はそれを皆さんに伝えるために此処まで逃げてきました」
キャロル、という名前がエルフナインの口から出た時、弦十郎は球磨川も同じことを言っていたことを思い出す。球磨川禊は正確には錬金術を行使していないが、アルカ・ノイズを使役していたことから錬金術師が背景にいるのは確実とフィーネから伝えられていた。
つまりそのキャロルというのが球磨川の陣営にいる錬金術師なのだろう。
エルフナインが必死な様子でそう言ったのを聞いて、了子は口を開く。
「昨晩私が聞いた限りでは、球磨川陣営の頭はキャロル・マールス・ディーンハイムと呼ばれる錬金術師のようね。エルフナインちゃんのようなホムンクルスを作って自身の存在を転写することで、私までとは言わないけれど数百年は生きているみたいだから、かなり腕のある錬金術師だと思うわ」
「そのキャロルと球磨川との関係は?」
「わかりません……僕が作られた時には既にキャロルの傍に球磨川禊がいました。キャロルに訊いても、詳しくは教えてもらえませんでした……キャロルの記憶を転写されている完全な躯体であれば分かったかもしれませんが、僕に転写されているのは最低限の錬金術の知識だけなので……」
「そうか……それで、そのキャロルの目的は一体何なんだ?」
エルフナインに訊いても、キャロルと球磨川禊の関係は未だにわからないままである。
弦十郎はそれについては仕方がないと思いながらも、球磨川達の頭であるキャロルの目的を問う。
すると二人の関係に答えられず申し訳なさそうにしていたエルフナインは、再度気を取り直して真剣な表情をした。
そして告げる。
「キャロルの目的は、ワールドデストラクターである『チフォージュ・シャトー』を完成させ、この世界を分解することです」
キャロル・マールス・ディーンハイム。
数百年の時を生きる錬金術師の掲げる、恐るべき目的を。
「僕はそれを阻止するために、ここに来ました」
エルフナインは決意の表情で、そう言った。
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