◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
夜も更けて尚明るい街を彼は歩いていた。
不意に着信音が鳴る―――通話ボタンを押した。
「……うい、どうした未来ちゃん?」
携帯の画面に表示されたのは、恋人である小日向未来の名前。
彼女がアイコンにしている響とのツーショット写真がデカデカと画面に表れており、通話が開始されたのを一秒ごとに通話時間を刻む時間表記が示していた。
恋人である以上こうして電話をすること自体はよくあることであったが、事前にメッセージを送ることなく突然電話が来ることは珍しい。
彼――珱嗄はその珍しさから、何かあったのかと考えた。
珱嗄の問い掛けに対して、携帯の向こう側の彼女は少し言葉を選ぶような間を置いてから、不安そうに語り出す。
『あのね、響が帰ってこなくって』
「響ちゃんが? 寮の門限は過ぎてるだろ?」
『そうなの……鍵を開けておけば隠れて入ってくることはできると思うんだけど、連絡しても返ってこないし……今日は近くでノイズが出現したらしいから、ちょっと心配で』
未来が心配しているのは、響が帰ってこないことだった。
ノイズの出現をニュースで知った未来は、響が巻き込まれたのではないかと思って不安になっているようだ。
「なるほどね……でもまぁ、ノイズの件に関しては大丈夫だと思うよ。俺も現場にいたけど、響ちゃんの姿はなかったし」
『え、珱嗄も現場にいたの!? 大丈夫!?』
「あー……まぁ、大丈夫だよ。怪我はないし、今帰ってるところ」
けれど、珱嗄はその現場にいた。
普段の響の人助けというわけではないが、逃げる人々を誘導し、ノイズから多くの人を救う為に尽力していたのだ。珱嗄はノイズが出現する瞬間から現場にいて、そこで被害に遭った人も目撃している。そこで響の姿は見ていないし、避難していく人の中にリディアンの制服を着た生徒の姿はなかった。
少なくとも、珱嗄が知る限りでは響がノイズに殺されたということはない。勿論可能性がないわけではないが、珱嗄も余計な不安を煽らないよう言葉を選んだ。
『よかった……』
「まぁ、じきに帰ってくると思うよ。響ちゃんのことだし、また何処かで人助けでもしてるんだろ」
『だと良いんだけど……』
珱嗄は未来の言葉を聞きながら、少し黙り込む。
考えるのは、つい先程遭遇したノイズの件。
何故かノイズたちは、珱嗄を見ても襲い掛かるどころか無視したのだ。
それが珱嗄の脳裏に引っ掛かっていた。
珱嗄にはノイズたちにスルーされるような要因など心当たりがなにもない。自分だけが見逃されたという事実は、大きな疑問と共に一つの考えを生み出してしまう。
ノイズは人間のみを襲う。
つまり襲われなかった珱嗄は
「……」
『珱嗄……? どうしたの?』
急に黙ってしまった珱嗄に未来が心配そうな声を出す。
だが珱嗄は、自分の胸中に渦巻く感情に少しだけ困惑していた。ノイズと自分の間に何が起こったのか、何故見逃されていたのか……そういった疑問とは別で、珱嗄の胸中は穏やかではなかった。
だからだろう、珱嗄が放った言葉に未来は驚いてしまう。
「……未来ちゃん、ちょっとしばらく連絡取るの控えてもいいか?」
『えっ……ど、どうして? 私、何かしちゃった?』
元来心優しい未来は、珱嗄の言葉に対して自分が何かしてしまったのかと思う。響の件とは少し違った不安を感じてしまい、恐る恐るといった風に珱嗄に問いかけてきた。
「いや、そういうわけじゃない……ちょっと、考えたいことがあって」
『あ……そう、なんだ……珍しいね、なにか悩みごと? 私で良ければ聞くよ?』
「ああ……でもまぁ、まだ俺の中で整理が付いてないから、もう少し自分の中で整理してみるよ、ごめんね」
『そう……わかった。言ってくれれば私、いつでも力になるからね』
珱嗄と幼い頃から共に居た未来からすれば、珱嗄に悩みが生まれたということが少し驚きでもあった。未来からみて、彼は小さい頃から勉強も運動も人並み以上にでき、人に好かれることも多い一種のカリスマすら持っている人物だったからだ。
憂鬱そうにしていることはあれど、何かに悩んでいる姿など見たことがなかったし、彼にできないことなど何もなかった。
「ありがとう、じゃあ落ちついたらこっちからまた連絡するよ」
『……うん』
そんな珱嗄が悩んでいる時に、恋人である自分が力になれないというのは少し寂しく思う未来。珱嗄もそれを感じとったのだろう、電話を切る前に少し苦笑しながら一声掛ける。
「今回みたいに不安な時とか、緊急時とか、どうしても話したい時は遠慮せず連絡してくれていいから……未来ちゃんにしんどい思いさせてまで距離を置こうとは思ってないよ。まぁ……少し時間が欲しいだけだから」
『……うん、わかった。じゃあ早めに整理を付けてね? あんまり放っておかれると私、寂しすぎて死んじゃうかも』
「ハハハ、わかったよ。じゃあまたね、おやすみ」
『おやすみ……珱嗄、好きだよ』
「! ……さんきゅ」
ぷつ、と電話が切れた。
珱嗄は少しの間画面を見た後、携帯をポケットに仕舞う。
恋人同士、理想的な会話だったようにも思う。
不安な時に電話を掛けられ、ソレを受け止められる関係であり、悩みあることを打ち明けられ、ソレを支えたいという意思表示が素直に出来る関係であり、互いの気持ちを汲み取ってきちんと想いを伝えられる関係。
恋人としてこれ以上なく理想的で、甘酸っぱくも信頼と安心が感じられるようなやりとりは、おそらく誰もがこうなりたいと思うようなやりとりだっただろう。
珱嗄自身も、先程の電話で未来に掛けた言葉は嘘ではない。
不安な時や何かあった時は連絡してくれて良いと思っていたし、未来にしんどい思いをさせたくないと思ったのも本当。
けれどやはり珱嗄の胸中は違和感に包まれていた。
「なんなんだろうなぁ……」
夜の街の明かりを見上げ、珱嗄は自身が憂鬱なのを理解する。
「どうしてだろうな、あの時俺は……」
珱嗄はノイズが出現した時、危ないと思った反面、少しワクワクしたのを覚えている。そして自分がノイズに無視されたとき、何故だと思った反面、高揚したのを覚えている。
あの時珱嗄は、自分の置かれている状況にこう思ったのだ。
―――面白い。と
人間じゃないのかもしれないと不安になったのは本当だ。
けれど人間じゃなかったからといって、怖いとは思わなかった。寧ろ、それはそれで面白いと思ってしまったのだ。普通に考えて、普通ではない。
「……未来ちゃん、ごめんね」
そしてなにより、今の電話で未来から十分すぎるほどの愛情を向けられて嬉しいと思う反面……違うと思ってしまった。
未来のことは好きな筈なのに、珱嗄は何かが違うと思ってしまっている。未来を通して、未来じゃない誰かを探してしまっているような、そんな感覚。
とどのつまり最低かもしれないが、珱嗄は未来との関係を素直に受け入れられていないのだ。
「さて……そこにいるのは誰かな?」
「! ……気付かれるとは思いませんでしたね」
「いや、実は全然気付いてなかった。本当に出てきてびっくりしてる」
「……」
「……なんかごめんね」
珱嗄は突如背後から現れたスーツ姿の人の好さそうな男性に少し驚きながら、気まずい空気に同情した笑みを浮かべながらぺこりと頭を下げた。
◇ ◇ ◇
「……」
一方、電話が切れた後の未来はというと、珱嗄の様子が違うことに響とは別の不安を感じていた。
元々珱嗄と自分の間に気持ちの差があるのは、未来も気がついている。未来自身、そこまで鈍感ではないからだ。人のことを気遣い、空気を読んで行動することもできる未来からすれば、珱嗄の気持ちが自分のものとは少し違うことくらいすぐにわかる。
とはいえ、珱嗄が自分のことを大切にしてくれていることも感じているからこそ、珱嗄が自分を嫌っているだとか、ましてや恋愛感情を抱いてくれていないとは思っていない。
ただ不安なのだ、珱嗄がいつか自分に愛想をつかしてしまうかと思うと。
珱嗄が別れ話を切り出してくる気配もないからこそ、未来はそれに甘えて恋人関係を継続しているが……いつかそんな話が珱嗄の口から出てくるかもしれないと思うと、不安で不安でたまらない。
「はぁ~……ただいまぁ」
「! 響、どうしたのこんな時間まで……心配していたんだよ?」
「ちょっと色々あって……あれ、未来……ど、どうしたの?」
「え、な、なにが?」
「なにがって……泣いてるよ? ご、ごめんね! 心配かけちゃって、私なら大丈夫だから……ね、泣かないで?」
響の言葉で、未来は自分の頬を伝う涙に気がついた。
未来を泣かせてしまったかと、響は慌てて未来を宥めるが、未来の瞳からはポロポロと涙が溢れて止まらない。
未来自身も自分の感情がわからず、ただただ涙が流れる感覚に戸惑いを隠せなかった。
「……響」
「なに!? 私にできることなら何でも言って!」
「……ごめんね、私少し情緒不安定になってるみたい……」
「未来……?」
「不安なの……響も、珱嗄も……いつか私から離れて遠くにいっちゃうような気がして……不安で不安でたまらないの」
だからとりあえず、自分が今感じていることを言葉にした。
二年前の事件、自分が響をライブに誘ったことで響を失いかけたこと、その後響が謂れのないバッシングを受けて彼女の家族がバラバラになったこと、未来は今でもずっと後悔している。そして珱嗄との関係にも、ずっと自分が珱嗄の重荷になっているのではないかという不安が積もりに積もっていた。
そして今日、ノイズの事件が起こって響が帰ってこず、珱嗄からも一時的に距離を置きたいという連絡が入った。
未来は二年前の事件で響を失いかけたトラウマがフラッシュバックし、同時に珱嗄から距離を置きたいという連絡が入ったことで、二人が同時に自分の傍からいなくなってしまう恐怖を感じたのだ。
珱嗄が思った以上に未来の心は揺れ動いていたし、響が思った以上に未来は追い詰められていた。
「……大丈夫だよ未来、私も珱嗄も、未来を置いて離れていったりしないよ」
響は未来の心が弱っているのを感じて、包み込むように抱き締めながら未来を慰める。何があったのかはわからないけれど、自分の親友が素直に泣くこともできずにただ涙を流している姿は、あまりに痛々しかった。
未来は響の胸におでこを擦りつけるようにして、普段の彼女とは違って甘えるように響の身体にくっつく。
今はただ、響の言葉を信じるしかできない。その言葉が嘘でないことを、信じるしかなかった。
「ありがとう、響……ごめんね」
「いいよ、未来は私の陽だまりだから……いつだって、私が帰ってくる場所は未来の傍なんだよ。未来がいるから私は安心できるんだ」
「……珱嗄も、そう思ってくれてるかな?」
「珱嗄は……どうだろ? あはは、私もわかんないや」
「……そこは嘘でもそうだって言うところじゃない?」
「う、ごめん」
「ぷっ……あはは、いいよ……そうやって嘘がつけないのが、響だもんね」
「えー!? ちょ、未来、私のこと馬鹿にしてない!?」
「あははっ」
響の言葉は未来の不安を少しずつ溶かしていく。
どうにか涙を止めることができ、未来は響の優しさと温かさに感謝した。響は自分のことを陽だまりと言ってくれるが、未来にとって響は太陽なのだ。彼女がいなければ、今の自分はないと思う。
だからこそ、二人は親友なのだ。
「響、今日はくっついて寝たいな」
「もー……いいよ、甘えんぼの未来はレアだからね」
「ふふふっ」
「あははっ」
そうやって、二人は抱き合いながらしばらく笑い合っていた。
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