◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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第四十三話 ヤントラ・サルヴァスパ

 『深淵の竜宮』

 

 それは、海底に建造された異端技術に関連する危険物や未解析品を収める管理特区の通称。その名の通り、「玉手箱」になぞらえていつしかこう呼ばれるようになった場所であるが、竜宮城のお宝といった貴重品が管理されているわけではなく、どちらかといえば扱いに困る危険物などの保管庫である。

 

 海底ということで、当然ながら潜水艇を使って入らなければならない場所である。

 二課から送り込まれた人員は、キャロルたちの襲撃よりも早くこの場所へやってきていた。メンバーとしては、クリスを筆頭に、相性の良い切歌と調、そして弦十郎の四人である。弦十郎に関しては、念のため『ネフシュタンの鎧』を持ってきていた。

 

 現場指揮に支障が出るということで弦十郎が出動することはなかった今まで。しかし『F.I.S.』と同盟を組んだことにより、今はナスターシャやウェル博士といった指揮代行が出来る人材やフィーネという頭脳がいるのだ。

 『ネフシュタンの鎧』というノイズにも対抗出来る武装を入手した今、弦十郎に現場へ出撃しない手はなかった。

 

「わかっていると思うが、敵の首魁であるキャロルは非常に頭が切れる。おそらくこの場所を狙うに当たり、俺達が出張ってくることは予測出来ているはずだ。そして、こちらの戦力に関しても奴らは既に把握した上で手を打ってくる」

「だからこそチームを二つに分けたんだろ? アタシらの戦力を分断するために、こっちとは別口でノイズの襲撃が起こる可能性を考慮して」

「そうだ。敵は先のオートスコアラー二体との戦闘で、こちらの装者全員の戦力を確認している……イグナイトが如何に高出力の戦闘力を誇るからといって、搦め手まで力技で捻じ伏せられるわけではないからな」

 

 無線から届く指令室からのオペレーションに従い、弦十郎を先頭にクリス達は目標聖遺物のある区画へと歩く。

 その途中、弦十郎から掛けられる言葉をクリス達は頷きながら聞いていた。

 

 キャロルという人物は数百年という時間を生きているからか、とても経験に長けており、その頭脳も非常に優秀だ。実際、アルカ・ノイズを操って自分達を翻弄してみせている。まして、その襲撃がどういう目的で行われたものなのかを一切悟らせていないのだ。

 オートスコアラーを二体撃破することに成功したとはいえ、その結果すら予定調和であるようにも思えるほどに。

 

 だからこそ、弦十郎は今回の作戦には敵の想像を超える必要があると考えていた。

 

「つまり、奴らの想定を超える予想外を引き起こさなければ、こちらに勝ちの目はないということだ」

「だからアンタが出張ってきたのか? わざわざネフシュタンまで持ってきて」

「いや、俺がいることは誤差の範囲だ。それに、こう言ったが奴らの想定を超えるのはおおよそ不可能だ……なにせ、俺たちは向こうの戦力や計画の全容を知らないのだからな」

「じゃあどうするんデス?」

「全力を尽くすしかないな。そして、戦いの中で進化する以外に道はない!」

「滅茶苦茶なのデスよ!?」

 

 最後は空気を変えるためか明るく言った弦十郎に、ズッコケる勢いで突っこんだ切歌。

 とどのつまりはそれくらいの気概で臨むべき戦いであるということだ。相手の度肝を抜く策も、未知の力も、あればいいのだろうが無いのだ。

 であれば、この手にあるもので全力を尽くすしかない。

 

 そうしている内に敵の目標聖遺物である『ヤントラ・サルヴァスパ』の保管されている区画へと足を踏み入れる。

 

 すると、弦十郎が何かに気付いたのかハンドサインでクリス達を静止した。一気に緊張感が走り、鋭い眼光で弦十郎が視線を彷徨わせる。何らかの気配に気が付いたのか、もしくは敵の攻撃が始まっているのか。

 切歌と調は自身のアームドギアである大鎌と丸鋸を構え、クリスはフーーと息を吐き出して集中力を高めた。

 

 そして、数秒の沈黙の後―――クリスのハンドガンが二度、火を噴いた。

 

「ッ―――っと、まさかバレるとは思わなかったワケだ」

「少しは楽しめそうねん♪」

 

 弾丸から弾かれるように姿を見せたのは、二人の女性だった。

 一人は黒髪をおさげに結び、大きめの眼鏡を掛けた少女。そしてもう一人は青い髪を二つ結びにし、やや煽情的な服装に身を包んだ女性。

 

 オートスコアラーではない、れっきとした生きた人間である。しかし、得体の知れない二人の空気に、弦十郎達は警戒心をグッと高めていた。

 

「お前たち、一体何者だ……キャロルの手下か?」

「手下だなんて、随分甘く見てくれるワケだ」

「ま、協力者ってとこね。その証拠に、あーし達はキャロルの目当ての物を取りに来たわけだし」

「『ヤントラ・サルヴァスパ』か……!」

 

 不敵に笑う二人の敵に、弦十郎は歯噛みする。 

 察したのだ、この二人は既に『ヤントラ・サルヴァスパ』を手にしてしまっていると。現にその聖遺物が目当てであれば、自分たちの前に姿を現す必要はなかった。身を隠したまま、さっさと去ってしまえばよかったのだ。

 それでも尚自分たちの前に姿を現したということは、相応の目的があるということ。目的である聖遺物を手に入れたというのに、この場で果たさなければならない目的があるとすれば―――

 

「まんまと罠に掛かったってわけか」

「ああ、そのようだな……足止めだ」

「殲滅かもな」

 

 ―――此処に投入される戦力の足止めだ。

 

 つまり、この場で目的を達成した彼女たちの別なる目的は、この場でのことではなく、また別の場所でのこと。そしてそれを達成するために分断された戦力をこの場に押し留めることが、彼女達が此処にいる理由である。

 

 弦十郎とクリスの言葉に、切歌と調も息を飲んだ。

 間違いなく、この場において一つ格上の二人が警戒しているのだ。切歌と調の胸中には不安と勇気が鬩ぎ合っている。

 

「さて、しばらく付き合ってもらうワケだ」

「しっぽりと、ね♪」

 

 そして、罠に嵌めた二人がそう言ってばら撒いた結晶から召喚されるアルカ・ノイズ。

 無数の怪物を前に、もう一方のチームへの心配と焦燥感に駆られながら、クリス達の戦いが始まった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 リディアン音楽院に隣接している二課の医療施設内、その一室で、風鳴翼は横になっていた。意識はなく、目を覚ましても動くことはない。

 心が砕かれ、日常生活を送る気すら起きないほどの虚脱感に満たされているのだ。念のため監視と警護の為、ドアの前に職員は配置されているが、刺激しないように部屋の中に人はいない。バイタルチェックのための機材の機械音と翼の呼吸音だけが、部屋に存在していた。

 

 けれど、そこへ新たな人影が現れる。

 そこに現れたのは、安心院なじみだった。ずっと前から其処に居たかのようにそこに現れた安心院なじみは、眠り続ける風鳴翼の傍に立ち、彼女を見下ろしている。特に何をするわけでもなく、ただ何かを待つようにそこに立っていた。

 

「……やれやれ、球磨川君の行動はある意味ナイスだけど、行動不能が続くと少々面倒なんだよね。かといって僕が手を貸すのもなんだし、自分で立ち直ってくれるのが一番いいんだけど」

 

 呟き、小さく溜息をつく安心院なじみ。

 球磨川禊が風鳴翼の心を破壊し、戦闘不能に陥らせたことで、二課の戦力は大幅に激減した。立花響と決定的に決別した直後のことだったこともあり、立花響も二課に戻ることはできず、それにより団結した二課とフィーネの下に戻った雪音クリスのみが残った形になった。

 安心院なじみとしては、これも想定内の展開である。

 結果的に立花響と雪音クリスは戦う意思が強くなり、またそれに応じて限界を超えた強さを手に入れた。そして安心院なじみとしては、その二人の領域に、風鳴翼も至ってくれれば尚良いと思っている。

 

 敵対している彼女達が強くなることは損でしかない筈なのに、何故そうするのか、それは安心院なじみ本人にしか分からない。

 

「ああ、やっぱり……此処にいたんだな」

「!」

 

 すると、不意に扉が開き、安心院なじみに声が掛けられた。

 現れた人影は一つ。聞きなじみのある声に、安心院なじみの表情が変わる。嬉しいのか、悲しいのか、複雑そうに歪む顔だった。

 

「珱嗄」

「久しぶりだな、母さん」

「……帰ってきたんだね」

 

 其処に居たのは、珱嗄だった。

 母さん、と呼ばれたことに少し言葉に詰まった様子の安心院なじみだったが、努めて平静に返す。何日ぶりか、何ヵ月ぶりか、それとも何年振りか、そんな気すらする再会に、両者の間で奇妙な空気が流れていた。

 

 なじみは察する。

 珱嗄は現状を正しく認識していると。

 珱嗄も察する。

 なじみはもう母親としての役割を演じる気はないのだと。

 

 であれば、此処にいるのは一人の女と、一人の男だ。

 対等な目線で、不平等な能力で、全てを知っている側と忘れている側で、それでも互いにどうあるべきなのかを探っている。

 

「球磨川君に聞いたよ、俺の母親じゃなかったんだってね。それに、俺はかつての自分を忘れているってことも気付いた」

「……そうかい。それで、どう思ったのかな?」

「知っているんじゃないのか? こういう時に、俺がどう思うのかなんて」

「……」

「――面白いと思ったよ、日常はつまらないと思っていたけれど……こんなファンタジーが待ってるなんて、嬉しい限りだ」

 

 ゆらり、と笑う珱嗄に、安心院なじみは切なそうに笑みを浮かべる。

 

「変わらないね、君は……君じゃなくなっても変わらない……その在り方」

「何をしようとしているのかは知らない……けど、それはきっとかつての俺を取り戻すことに繋がっているんだと俺は見てる」

「……」

「俺は気付いてるぞ。球磨川君の他にも俺を知ってる奴が何人かいることも、この世界の他にも違う世界があっただろうことも、お前が響ちゃんたちを使って何かをしようとしていることも―――」

「そのくらいなら、別に気付かれたところで――」

「―――お前がきっと、俺の恋人だったってことも」

 

 息が止まった。

 珱嗄の言葉に、心が激しく動揺したのを理解する。別段、何に気付かれたところでどうとも思うはずがないと思っていた。珱嗄なら気付くだろうし、珱嗄ならどんな真実に辿り着いたっておかしくないと思っていたから。

 

 けれど、自分との関係性に気付かれることが、こんなにも怖いとは思わなかった。

 

 怖かった。

 今の珱嗄が自分の気持ちを知って、それを拒絶するかもしれないということが。かつての珱嗄のように受け入れてくれると信じられるほど、安心院なじみは気軽に考えていなかった。

 

 今の珱嗄は普通なのだ、普通の無力な一般人だ。人外としての力を持つ自分を、受け入れられるなんて到底思えない。

 

 仕方がないことだ。かつての珱嗄を取り戻せば、きっとかつてのように通じ合えると信じているけれど、今の珱嗄に受け入れられないかもしれないなんてことは、仕方のないことなのだ。

 なじみとてそんなことはわかっている。

 

 それでも、自分の最愛の人に、仕方がないことでも拒絶されたくはないのだ。否定されたくはないのだ。だから言わなかった、ずっと黙っていた、母親として過ごしてきた。

 

 全ては、いつかかつての珱嗄を取り戻した時を待って。

 

「…………」

「当たりだろう? まぁ、俺に対する愛情は母親としても行き過ぎていたから、すぐにわかった」

「……だとしたら、どうだっていうのかな?」

「別に? 好きにすれば? なんにせよ、俺にはお前の記憶がない。好意も嫌悪もない、母親でなくなった以上、他人でしかないからな」

「っ……そうかい」

 

 珱嗄の言葉は、当たり前のことだった。

 拒絶でもなければ、許容でもない。ただありのままの事実を受け入れ、その上で他人であると称しただけのことだった。家族ではなく、敵ではなく、味方でもなく、友人でもなく、恋人でもない―――顔見知りなだけの、他人。

 

 けれどなじみとっては、やはり心にきた。

 

「それじゃあ、僕はいくよ……やることがいっぱいあるからね」

「そう、じゃあね」

「……」

 

 ふ、となじみの姿が消えた。

 珱嗄に顔を見せないようにして。

 

「……さて」

「もういいか?」

「ああ、話したいことも話せたしな」

「じゃあ、アタシたちの目的に取り掛かるか」

 

 余韻に浸るように数秒の後、扉の外から奏が入ってくる。球磨川禊の姿はなかった。珱嗄の指示でどこかに行っているのか、単に解散しただけなのか、ともかくこの場にいるのは珱嗄と奏、そして眠っている翼のみ。

 

 安心院なじみが居なくなった今、風鳴翼の病室へやってきた彼らの目的とはなんなのか。

 

「じゃあ早速、翼ちゃんをいただいていこうか」

「おう」

 

 珱嗄の言葉と共に、二人は翼に設置されていた点滴の針を取り外し始めた。

 

 

 




自分のオリジナル小説の書籍第②巻が発売となりました!
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