◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
―――ユグドラシルシステム、シェム・ハがそう呼び、地球上に幾つも屹立し始めた巨大建造物は、地球を巨大な実験施設と見立てて星を改造するための惑星環境改造装置だった。
シェム・ハはその後、これから自分がどのように動くかの説明をした。
ユグドラシルシステムの概要、自分がそれを使ってこの星を改造し、全ての生命を怪物へと改造し、地球そのものを遊星神殿として作り替えようとしているということ、後に去ったアヌンナキ達を侵略し、神も人も区別なく全ての知性体を一つにし、この宇宙に唯一神を生み出そうとしていること。
バラルの呪詛によって、分かり合えない痛みを知った人類もいずれ分かる。一つになることだけが、その痛みを克服することが出来ると。彼女はそう断言して、その姿を消した。
ユグドラシルシステムがどのようなものかを知ったところで、それを今すぐにどうこうすることは出来ない。どのようにしてこのシステムを起動したのか分からないからだ。
しかし、ヒントはあった。
「なじみとアダム・ヴァイスハウプトがそれぞれ現れた場所……奴らは此処から一歩も動いていない。つまりこの場所がそもそもゲームの鍵になっているってことだ」
「だがここは……風鳴本邸とユグドラシルシステムの一つだぞ。後者はともかく、何故風鳴本邸に……?」
「さてね、風鳴機関ってのはこの二課の前身でもあるんだろ? であれば、それなりの設備だって持ってるんじゃない?」
「確かに、本邸の地下には風鳴家の保有する機関電算室があるが……だがあくまで電算室であって、そこには別段異端技術などは……」
「だったら、それがつまり必要なことだってことだろう。ユグドラシルシステムも、システムと付くからには奴らなりの理論があって、それに基づいて製造されている。てことは、人類の作ったインターネットや電算機器を利用している可能性だって十分考えられるだろ」
珱嗄はあくまで冷静に、シェム・ハの述べた事実を分析していた。
安心院なじみが待っている風鳴本邸、アダム・ヴァイスハウプトが待っているユグドラシルの一本、そこにはきっとゲームクリアのための鍵があるのだと。あくまでこれはゲームと称された戦いであり、あの平等性の怪物である安心院なじみが仕掛けたゲームである以上、そこには必ずクリアできるだけのヒントも方法も用意されている筈だと。
故に、そのヒントを元にシェム・ハの手の内を読み取っていく。
「なるほど……じゃあアダムがいるあの場所は」
「あそこにシェム・ハがいるってことだろうな。これからユグドラシルシステムがどのようにしてこの星を改造するかは分からないが、制限時間があるってことは逆にそれなりの時間が掛かるってことだ……その間、あの場所を守るのがアダム・ヴァイスハウプトの役割なんだろう……ま、奴が何故協力しているのかは分からないけどな」
一先ずの指針を手に入れ、珱嗄の言葉に全員がやるべきことを理解する。
安心院なじみの守っている風鳴本邸を制圧し、ユグドラシルシステムを稼働させている可能性のある電算室を奪還すること。そしてアダム・ヴァイスハウプトを打倒し、シェム・ハ本人を止めること。その二つ。
だがそれは、どちらにしてもかなりの難関だ。
あの安心院なじみを倒すことは、おそらく不可能だ。その上アダム・ヴァイスハウプトもパヴァリア光明結社の統制局長――サンジェルマン達相手に徹底的に敗北した響達に、勝ち目があるかどうかは分からなかった。
「まぁ、なじみの方は俺が行こう。アイツを相手にするなら、それが妥当な選択だろうしな」
「ではアダム・ヴァイスハウプトの方は装者全員、あと俺も出よう」
「で、異世界組についてだが……お前らは、アレをどうにかしてくれ」
『!?』
珱嗄が指差したモニターに、映像が出る。
そこにはリディアン音楽院前に姿を現した人物がいた。おそらくはゲームにおけるこちら側に対する侵略者。二課の本部が壊滅したとなれば結局のところそれは敗北に他ならない。仮に此処でシェム・ハを止めたとしても、その後の復興や手続きに尽力する術が無くなり、異端技術についての全てが世界中に明らかになるだろう。
そうなれば、バラルの呪詛が解除された今であっても、人類はより一層の争いを始める可能性は高い。とどのつまり――異端技術の奪い合いによる戦争が起こる。
このゲームの趣旨はつまり、自分達の本陣を守りながら、敵の目論見を阻止すること。
「全く、よりにもよって面倒くさいのを呼んだもんだ……」
珱嗄だけでなく、この場にいる全員がその人物に驚愕した。
何故なら、その人物はいるはずのない人物だったからだ。安心院なじみよりも強く、かつて珱嗄が生きてきた全ての世界にいた存在。この珱嗄をして、ひきつった笑みを浮かべてしまうような、厄介者。
おそらくは、安心院なじみが犯したたった一つの反則技。
『さぁ、始めようか―――手加減だけはしてやるよ』
青黒い髪を揺らし、ゆらりと笑ったその男は、両手をプラプラと揺らしながらそう言う。圧倒的な威圧感を放ちながら、今と違い無数の針でチクチクと刺す様な空気感――人間的ではなく、人外的な雰囲気が強い。
「おいおい嘘だろ……"あの"珱嗄が相手かよ」
其処に居たのは泉ヶ仙珱嗄だった。
十六夜が冷や汗を流す。
理解したのだ、見ただけでソレを理解した。現れた珱嗄は、おそらく安心院なじみの知っている珱嗄だ。それはつまり、かつて全盛期とも呼べる強さを持ったままの珱嗄である。
神の特典を全て保有し、身体能力も全世界で最高、人外として目覚め、人外として生きていた頃の泉ヶ仙珱嗄。今までの能力全てを使える今の珱嗄と比較しても、おそらくより強い。
これこそ安心院なじみのスキルの一つ。
記憶を取り出すスキル―――『
「多分、なじみの記憶を元にスキルで生み出された俺の分身だろうな。時系列的にスキルの類やスタイル、あとはギフトも使えると思う。魔法や念に関してはなじみの記憶にないから、そこは再現されてないだろ」
「『いや、それだけでも』『十分脅威なんですけど』」
「これ珱嗄が行くべきなんじゃ?」
「じゃあお前らはなじみを止められると?」
「……」
珱嗄は泉ヶ仙珱嗄と安心院なじみの両方を一度に相手にすることは出来ない。戦場が全く違うからだ。スキルで分身を作って置いていったとしても、泉ヶ仙珱嗄もまたスキルを使える以上、スキルで生み出されただけの分身程度、簡単に対処される。
であれば安心院なじみの下へ行く珱嗄の手は借りられない。
「ま、いざとなったら奥の手もある。勝てなくとも、この本部を守ることが出来ればいい」
「ハッ! 上等じゃねぇか、俺としちゃ願ったり叶ったりだ。元々、珱嗄とサシでやりあって勝ちてぇってのが俺の願いだったわけだしな」
「ま、勝てるならそれが一番だ」
そうして話がまとまったところで、行動を開始する。
珱嗄は安心院なじみの所へ。装者と弦十郎はシェム・ハを止めに。残った十六夜達は泉ヶ仙珱嗄を食い止め、本部の防衛。残ったものは現場指揮と伝達事項の共有に努める。
鍵はやはり、安心院なじみだ。
◇ ◇ ◇
動きだした二課の面々と共に、珱嗄はすぐさま安心院なじみの下へと向かった。
空間転移のスキルなど、珱嗄にとっても朝飯前。時間短縮の為にそれぞれをそれぞれの担当場所へと送り届けた後、珱嗄もまた、安心院なじみの下へとやってきている。
風鳴本邸前にて、珱嗄を待っていた安心院なじみ。
どこか気持ちを抑え込んでいるような様子で珱嗄と見つめ合う彼女に、珱嗄はただふと笑みを浮かべた。珱嗄は悟っているのだ、安心院なじみが何をしようとしてこんなことをしているのかを。
こんな戦いはいわば茶番だ。
安心院なじみにとって、今までの世界が全てフィクションだとしても、自分が生きた人生には意味があり、本物であった。であれば、この世界の人間が全てキャラクターだと知っていても、その物語を破綻させるなんてことは絶対にしない。
つまりシェム・ハもアダム・ヴァイスハウプトも、この世界の物語には必要な敵であった。利用してはいるが、この世界で起こりうる全ての事件を、安心院なじみはきちんと起こしている。
「久々だな、なじみ」
「……うん、久しぶりだね。珱嗄」
「色々、俺のことを考えてくれたみたいだな……お前が死んだとき、お前が考えそうなことだった」
「うん……僕は珱嗄のことしか考えてないよ」
「そんなに嫌だったか? 俺が物語の中でただ生きることが」
「嫌だったよ、君の生が偽物になることが」
記憶を取り戻した珱嗄と、それを待ち望んでいたなじみ。遂に再会を果たすことが出来た二人には、最早戦う理由はない。安心院なじみが珱嗄に与えたかったのは、困難を乗り越え、記憶を取り戻し、この世界で現実を生きること。その過程で様々なリアルを感じさせることだ。
珱嗄はこの世界で十分なほど、懐かしい経験、新しい経験をした。
普通の家庭に生まれ、幼馴染が二人、片方と恋人となって、高校に入学して、非日常の中で戦いに巻き込まれ、怪我をし、戦い、己の正体を探し、悩み、仲間に触れ、そして記憶を取り戻し、最後の戦いに挑む―――なんてよく出来た主人公の物語だろうか。
珱嗄は、安心院なじみがそういう人生を自分に与えようとしていたことを、察していた。
「だからこそ……最後まで僕は君の敵だよ」
「大したエンターテイナーだな―――最高だぜ、なじみ」
互いに戦闘準備は終わっている。
珱嗄もなじみも、自然体のままに戦闘に入ることが可能。行き過ぎた実力の持ち主は、最早日常と戦いの境目すら無くなっていくのだ。
次の瞬間には既にスキルが発動する。
次の瞬間には相手の身体に手が届く。
次の瞬間には――――そんな領域の戦いである。
「なじみ」
「何かな? 戦いはもう始まって……」
「悪いが勝負は一瞬だぞ」
「え?」
珱嗄が笑みを浮かべながらそう言ったことに、なじみは僅かに動揺した。珱嗄以上のスキル量、そして珱嗄が魔法を使おうが、ギフトを使おうが、あらゆる対策を用意してきたなじみ。なんなら、現在珱嗄の身体能力は以前とは比べ物にならないほどに下がっており、何処まで行っても人間の域だ。
安心院なじみの人外としての肉体であれば、それは決定的な弱点となる。
そんな珱嗄が、一瞬で勝負を終わらせることが出来るなど、安心院なじみにはその方法が全く想像出来なかった。
一体何を、そう思って身構える安心院なじみに、珱嗄はただ悠々と歩み寄ってくる。
一歩一歩、近づいてくるのに何の予兆もない。スキルの発動も、スタイルの発動も、魔法も、ギフトの発動もない。正真正銘無防備の状態で近づいてくる。
「い、一体どういうつもりだい? こんな無造作に近付いてきて……わざわざやられに来るような真似」
「なじみ」
「!」
そして遂に目の前までやってきた珱嗄の、有無を言わさない空気感に安心院なじみは半歩後退った。内心では、何をするつもりなのかと警戒しまくっているが、珱嗄はこの距離に入ってなお攻撃をする様子がない。
痺れを切らしたなじみが動こうとしたその瞬間、スタイルの応用で行動の起こりを読み取った珱嗄が振り上げたなじみの右手首を掴み、彼女の腰を引き寄せた。
そして、
――――ちゅ。
唇を奪う。
「!?!?!?!?!?!?!?!?」
たっぷり時間を掛けて、一秒、十秒、一分、一分半……安心院なじみが、あの人外安心院なじみが動揺と歓喜と驚愕と羞恥とで目を回すまで、珱嗄は安心院なじみの弱点を容赦なく攻めていく。
「……っは……」
「はぁっ……はぁ……な……なっ……な……」
「なじみ」
「ひゃい!」
「俺の勝ちでいいな?」
にこり、優し気に笑う珱嗄に頬を撫でられた安心院なじみの心は、一気に限界を迎えた。
「は、ひゃい」
「サンキュー、超愛してるぜ」
そして、しっかりとしたトドメにノックアウトされた。
ここが書きたかった。
◇
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